第360話 闇落ち戦士さん

  ボクは団長を探すために、コロシアムの受付に向かう。


 その最中に、

「てめぇ!!! いい加減にしやがれ!!」

 途中の通路で男性の怒り狂ったような怒声が聞こえてきた。


「この声は―――」

 間違いない。アルフォンス団長の声だ。ボクは急いで声が聞こえた方へ向かう。


 そこには、ネルソン選手の襟首を掴み、

 今にも殴りかかろうとしているアルフォンス団長の姿があった。


「やめて下さい!」

 ボクは慌てて二人の間に割って入る。すると、団長はバツが悪そうに、ネルソン選手はあざ笑うかのような表情を浮かべた。


「止めんなよ、レイ。こいつ、さっき対戦相手の女性を―――」


「聞いてます。ネルソン選手が過剰な暴力を振るったって話ですよね。

 ですが、ルールに違反していないし、彼女は降参せずに最後まで戦った。

 だから失格の処分もされなかったって聞いてます」


「あぁ、そうだ。

 だが、こいつは女性に暴力を振ったんだぞ! それに―――!!」

「団長!!」

 と、アルフォンス団長は怒りのままに、言ってはいけないことを口走りそうになったので、ボクが静止する。


「―――っ!!!」

 団長は、ボクの言葉にハッとなり、掴んでいた手を離す。

 ネルソン選手は躊躇した団長を、悪魔めいた表情で睨み付けて、

 そして団長を突き飛ばす。


「っ!!」

 ドスンと、廊下の壁に突き飛ばされた団長は、

 地面に倒れて、一瞬顔をしかめるが、すぐに立ち上がる。


 そして、ネルソン選手は威圧する様に言葉を吐く。


「調子に乗るなよ、アルフォンス。その気になれば貴様なぞいつでも殺せるんだぞ。そこの女と一緒にこの場で始末してもいいんだぞ」


 ネルソン選手は、ボクと彼を威圧しながら、

 彼の周囲から言い様のない不気味な威圧感を醸し出していた。


 同時に、以前に遭遇した<魔王の影>と同質の気配を感じる。


 ボクは団長を庇うように、彼の前に立つ。

 そして、言った。


「―――アナタなんて、敵じゃない」

「何!?」

 ネルソン選手は、ボクの発言を聞き、苛立ちを募らせる。


「おい、小娘。誰に向かって口を利いているのか分かっているのか?」


「雷光のネルソン、ですよね。予選で『ボク』に負けた、ネルソンさん」

 ボクのその挑発を交えた言葉に、彼はイラつき始める。


「良い度胸だな、この場で殺されたいのか」


「この場で? もし、ここでこれ以上騒動を起こせば間違いなくアナタは失格になる。それに、おそらく王都からも追放されるでしょう。そうなれば、困るのはアナタじゃないですか?

 ――それとも、明日の試合で正面から勝てる自信がないから、こんな所で問題を起こすんでしょうか」

「…………」


 ボクの指摘に、ネルソン選手は黙り込む。

 彼が今、黙ったことで一つ確信したことがある。


「(ネルソン選手はまだ自我がある)」

 もし、彼が完全に魔物に乗っ取られていれば、予選でボクに負けたことなどどうとも思わないはず。今のボクの啖呵だって無視して、攻撃の一つでもしてくるだろう。


 それをしてこないということは、まだチャンスがある。


「次の準決勝、ボクとあなたが試合することになる。

 その時に、決着をつけましょう。その時にあなたがボクに勝てればボクを好きにすればいい。だけど、ボクに負けたなら、もう二度とあんな酷いことをしないでください。

 ―――『雷光のネルソンさん』」


 ボクは最後に彼の異名を言葉にする。

 すると、彼は一瞬、頭を抱えて顔をしかめ、今までの威圧感が一瞬消えた。


「――――っ!!

 ………良いだろう、予選の時に俺に恥を掻かせたことを後悔させてやる」


 そう、彼は最後に言い残し、去っていった。


 ボクはネルソン選手を見送ると、後ろを振り向く。

 そこには、呆然とした様子で立ち尽くす団長がいた。


「大丈夫でしたか、団長」

 ボクは彼に近づき、声をかける。


「レイ……。あぁ、なんとかな……しかし、大した啖呵だったぜ」

 団長は、怒りの感情が消えたかのように、普段と変わらない表情をしていた。少しは冷静になれたようで、ボクはホッとする。


「ボクも今のはちょっとした賭けでした……。

 これで彼は、準決勝までは大人しくしていてくれるかもしれません」

「だといいがな‥…」


 そして、ボクと団長は、一緒に救護室に戻る。

 ボク達が戻ることには、姉さんの治療が既に終わっており、フレデリカさんの意識も戻っていった。

 彼女が意識を取り戻したので、ボクも彼女と話すことにした。


「フレデリカさん、大丈夫でしたか?」

「アンタ、『鋼鉄姫』じゃないか。いやぁ、みっともない姿を見せちまったね」

 たはは、と彼女は、ちょっと変わった口調で話す。

 彼女は武道家のようで、武道着を着て素手で戦うファイターのようだ。


「アタイとしたことが、あんな陰険野郎にムキになっちまって、つい意地張っちまった。迷惑掛けたね」


「いえ、そんなことは。……怪我の方は大丈夫ですか?」

「アンタの姉のおかげですっかり治っちまったよ。ほら、顔も元通り綺麗だろ?」

「ええ、良かった」


 彼女の言う通り、顔を集中的に殴られて酷く腫れ上がっていたが、今は普通の状態に戻っている。


「団長さんも……アタイの為に、あの陰険野郎に怒ってくれたみたいだな。感謝するよ」

 と、彼女は、ボクの横に立っていた団長にも礼を言った。


「いや、俺は、俺の制約ルールに則った生き方をしてるだけさ。気にしなくていいぜ」

 と、アルフォンスさんはぶっきらぼうに言った。


「ははっ、そうかい。アンタ、なかなか良い男だねぇ」

 フレデリカさんはニッコリ笑って、団長の手を握る。


「お……おう」

 団長は照れたように頬を赤くして、そっぽを向いて後ろに下がる。

 彼のその様子を笑い、彼女は今度はこちらを向いて言った。


「しっかし、ここまで来て負けちまうとはねぇ。

 もし勝ち上がれば、『鋼鉄姫』のアンタと戦えたのに、残念だったよ」


 ……もう、鋼鉄姫って呼び名が完全定着してしまってる感。


「ふむ、フレデリカ様はレイ様と戦いたかったのでございますか?」


 今度は、ボク達の様子を見ていたレベッカが会話に加わる。


「お!『戦場の巫女』じゃないか!!

 アンタの戦いぶりも凄かったねぇ!! アタイとしちゃあ、アンタとも戦いたかったよ! アタイは強い奴ととにかく戦いたいんだ。特に強い女とはね!」


「それは光栄でございます。また、機会があれば手合わせいたしましょう。しかし、今は病み上がりのご様子。ご自愛くださいまし」


「う……分かっちまうかい。まだちょっとふらついてんだよね。あの陰険男、顔ばっかり殴りやがって、脳震盪のうしんとうになったらどうしてくれんだい、全く」


 そして、ボク達は彼女の身体を気遣い、救護室を出た。

 姉さんは彼女が万全の状態になるまでサポートするつもりのようで、

 しばらく救護室でフレデリカさんと一緒にいるとのことだ。


「あれ、そういえば。次の試合、団長が出るんじゃありませんでした?」

 ボクはふと思い出したことを団長に言った。


「あ、やべ」

 団長は自分のミスに気付いたのかハッとした表情をする。


「わ、悪いが、ちょっと俺は急ぐ。じゃあな!!」

 そう言って、団長は大急ぎでコロシアムに向かった。


 そんな彼の様子に、ボクとレベッカは笑い合った。


「それじゃあ、ジュンさん。後はよろしくお願いします」

 ボクは、救護室の入り口で見張っているジュンさんに声を掛ける。


「おお、任せとけ」

 彼の言葉を聞いて、ボク達もコロシアムの観客席に戻ることにした。

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