第361話 幕間1
ボク達が観客席に戻ると、既にアルフォンス団長の試合が始まっていた。
何とか間に合ったようだ。相手の選手は魔法使いタイプの後衛らしく、団長が優位に進めていた。
ボク達は、観客席にいるはずのエミリアを探す。
しかし、彼女の方が先にこちらに気付いてやってきた。
「レイ、レベッカ、お疲れ様です。随分戻ってくるのが遅かったですね」
と、エミリアはボク達を労う。
「ありがと、ちょっと彼の件でね」
「申し訳ございません、レベッカ様」
「ああ……なるほど……」
彼女はボク達の事情を察してくれたようで、納得した表情をした。
「ここだと、人が多い。少し場所を変えましょうか」
彼女は真剣な表情で、そう言うと、歩き出した。
「分かった」
ボク達は、彼女に着いて行き、一旦、会場の外に出ることにした。
そしてそのまま路地裏に向かい、ボク達は物陰に隠れて話す。
「
レベッカは、魔法で周囲に動くものが無いか確認する。
「……ひとまずこの辺りにしましょうか」
エミリアは、そのまま魔法を維持したまま話す。
「二人はどこまで知ってます?」
「彼の事だよね。ボク達は救護室に居たからあらましは聞いたよ」
「フレデリカ様は、ベルフラウ様にきちんと治療して頂きました。まだ不調そうですが、じきに戻ってくるでしょう」
「そうですか……」
エミリアは、安心した顔をして息を吐いた。
「……それで、彼には会ったんですか?
アルフォンスさんが試合を止めてから、すぐに追っかけていったようですが」
「二人とも会ったよ。一触即発だったから止めに入ったけど……」
と、ボクは起こった事を全て、エミリアとレベッカに説明した。
「なるほど、こっちからも報告があります。
彼、ネルソン選手が試合を凶行を起こしてから、観客席から数人怪しい動きを見せた観客がいました。怪しかったので、調べてみたところ、予想通り観客に化けた魔物でした」
「やっぱり……。でも、何故そんな事を?」
「それは分かりません……が、推測は出来ますね。多分ですが、ネルソン選手を止めようとしたのではないかと」
「止める? 一応、洗脳してるとはいえ仲間なのに?」
「……魔王軍側としては、今、彼に暴走されると都合が悪かったんじゃないかと思います。彼がやり過ぎて、もし失格宣言を受けた場合、魔王軍側の計画もおそらく頓挫してしまってたでしょうから」
こちらとしては彼が失格処置を受けると魔王軍側が暴走しないか危惧してたのだけど、あちらはあちらで計画が狂うことを良しとしなかった形か。彼女の推測ではあるけど納得できない話では無い。
「確かに、その可能性はあるね。
それにしても魔王軍は何故、こんな回りくどい方法を取るのか」
「王都を落としたとしても、グラン陛下とレイ様達に逃げられてしまうと判断したのかもしれませんね。もし事前に、部下を紛れ込ませていれば、いざとなれば暗殺という手段も取れます。
……となると、最も陛下に近付きやすい人物に化けるか、あるいは勝ち上がれそうな選手を操る手段を選択した、というところでしょうか」
レベッカは、推測しながら話す。
「……もしそうだとするなら随分と狡猾で卑劣な策ですね」
エミリアは、怒りを抑えたような口調で話す。
「ところでエミリア様、見つけた魔物達はどうされたのですか?」
「騎士団に通報して、彼らに討伐してもらいました。
レイと繋がりがある私が直接動くと、こちらが魔王軍の計画に気付いてることに勘付かれる可能性がありましたので。あまり表だって動けないのが厄介ですね」
もし、あっちが大きな行動を起こしてくれたら、こちらは自衛手段という建前で動くことが出来るのだけど、今のところあちらが積極的に襲ってくる様子が無い。
このまま最後の日に一気に仕掛けてくるならこちらの作戦通りになるのだけど、やはりリスクが大きいのは変わらない。出来れば、今の間に相手の戦力を削っておくのが理想だ。
「しかし、ネルソン選手を倒して終わりにしてしまえば良かったのに。陛下は随分面倒な策を用意しましたね」
「ネルソン選手を捕縛して解決、というわけにはいかないからでしょうね。外部からやってきた観客や選手たちに紛れ込んでやってきた魔物が民衆を襲わない保証がありませんし」
二人の話を聞いて、ボクはちょっと考える。
「(……もしかして)」
陛下は、自らを囮にして、襲ってきた魔王軍を逆に捕らえようとしているのではないか。もし魔王軍の幹部……例えば、魔軍将を捕らえられれば、彼らの狙いや本拠地を聞きだせるかもしれない。
どのみち、相当危険な策には変わりないけど……。
「――と、そろそろ戻ろうか。もうすぐエミリアの試合でしょ?」
「そうですね。私は先に戻っています」
エミリアはそう言って、コロシアムの方へ歩いて行った。
「ボク達はどうしようか」
「では、レイ様。少し街を歩いてから戻りましょう」
「そうしよっか」
ボク達は、コロシアムに戻る前に街を少し散策することにする。
そして大通りを歩いていると―――
「……???」
二人で歩いていて何故か視線を感じた。
振り返ると、周囲に変わった様子はない。時々人とすれ違う程度だ。
「レイ様?」
「気のせいかな……何か視線を感じたんだけど……」
ちょっと気を張りすぎかもしれない。もしかしたら、人通りが多いから視線を感じたのかも?と思い、ボク達は裏通りに進んでいく。
しかし、それでも感じる視線は消えず、それどころか―――
「(ねぇ、レベッカ。なんか……誰か、付いてきてない?)」
「(……ふむ……確かに)」
ボク達は背後を振り替えずに、少し彼女とくっつきながら小声で話す。
誰かに尾行されてことに気付いたボク達は、更に人気のない場所に進み様子を探る。そうして歩いていると、尾行してる相手が一人だけじゃないことに気付いた。
「(これはもしかして……監視か……)」
闘技大会に乗じて、魔王軍の配下がスパイに潜り込んでいるのは周知の事実だけど、奴らの目的の勇者であるボクも入っているはず。となると、今の状況ならボクの命を狙う事は十分に考えられた。
「(レベッカ、……尾行してる人は人間?)」
「(……いえ、それにしては殺気を感じますね。姿は人間のようですが、おそらく変身魔法で擬態してるかと……)」
それを聞いたボクは、後ろを振り向かないまま敵の気配を心眼で探る。
「(尾行してる奴は3人、物陰からこっちを伺ってる)」
一応、相手が人間である可能性もある。すぐに手を出すわけにはいかない。
そして、ボク達はそのタイミングで、T字路の曲がり角に出る。
そこで一旦、ボク達は足を止める。
「……レベッカ、いくよ」
「……はい、では同時に」
そして、約三秒経ってから、ボク達は左右の道に分かれて走り出した。
「「ッ!!」」
左右に分かれた瞬間、背後の彼らが焦ったように急に駆け足でこちらに向かってくる。
そして、ボク達は、一気に走って逃げたように見せかけて、曲がり角のすぐ手前まで来て立ち止まり、近くの布を身体に被せて物陰に潜む。
「(よし、ここで……!)」
ボク達が、隠れていると彼らは慌てて追いかけてきた。
「くそっ、何処行った!?」
「探せ、近くにいるはずだ!!!」
「見つけても一人で襲おうとするなよ、手練れって話だからな!!」
そんな会話をしながら、バタバタと慌ただしく動き回る。ボク達を付けていたのは、薄汚れた服を着て、短剣を手に持った男三人だった。彼らがこちらから離れていくタイミングで、ボク達は互いに顔を出して小声で話す。
「(……どうやら、ボク達を探しに来たみたいだね)」
「(どうしますか? 始末しますか? 今なら簡単に出来ますけど……)」
レベッカはそう提案するが、ボクは首を横に振る。
「(ううん、魔物かどうか確認しないと。彼らの背後から強襲しよう)」
「(了解です、では―――)」
ボク達は、武器を取り出してから慌てている彼らにそっと近づいて―――
「動かないで」と、
ボク達は背後から彼らの喉元に、剣と槍を突きつける。
すると、彼らも観念したようで両手を挙げて大人しくなった。
それから、彼らの正体を確かめるべく少し話をする。
「何故、ボク達を付けてた?」
「………っ」
彼らは、汗を流しながらも無言だった。
「……質問を変えるよ。あなた達は人間?」
「っ!?」
激しく動揺した。
「どうやら、人間では無いようですね、仕方ありません。この場で―――」
と、レベッカは彼らを槍で突こうとする。
が、うち一人が慌てて叫んだ。
「ま、待ってくれ、俺たちは人間だよ。なんで、いきなり魔物だなんて!!」
「じゃあ、どうしてわたくし達の後を付けたのですか?」
「それは……、あ、あんたらを捕まえたら、多額の報酬をくれるって言うから……それで……」
「……なるほど、依頼……」
レベッカは納得しかけたが、ボクはまだ疑っていた。
「本当に人間?」
「ほ、本当だって!! 信じてくれよ、俺らはただ雇われただけだからさぁ!」
必死に懇願する様子から見て、嘘を言ってるようには見えないけど、
おそらく魔物であっても必死で誤魔化そうとするはず。
「じゃあ、なんでさっき魔物と聞かれて動揺したの?」
「そ、それは、そんな質問されるわけない思ってたから……」
「なら、依頼主の名前は?」
「………クソッ!!」
男は、悪態をつくと、急にナイフを振り上げて襲い掛かってきた。
しかし、すぐにレベッカが反応し、彼のナイフを叩き落とす。
「くっ……!! 仕方ない、やるぞ!!」
男はそう言って、三人は立ち上がり、その姿を変貌させた。
「やはり……!!」
予想通りだけど、人間じゃなかった。
「しねええええ!!」
悪魔のような形相で襲い掛かるそいつらは、鋭い爪でボク達に襲い掛かる。
しかし、元々戦闘を予想してたボク達は特に動揺はなく―――
「良かった、人間じゃなくて」
そう言いながら、魔物三人の首を剣と槍で撥ね飛ばした。
倒した魔物達は、悪魔系の魔物のレッサーデーモン三匹だった。
ボク達を暗殺するつもりだったようだけど、流石に力不足と言わざるおえない。
返り血を拭いてから、ボク達は話し合う。
「まさか、ここに来て命を狙ってくるなんてね」
「……そうですね。魔物の種類から判断して、魔王軍の配下には間違いなさそうです。他の民間人を襲わず、わたくし達の命を狙うということは、彼らの計画の邪魔になると思われたからでしょうか」
「多分、これからは少し警戒した方が良そうだね」
そして、ボク達は一度戻ることにした。
闘技場に戻ると、既にエミリアの試合は終わっており問題なく三回戦を突破したようだ。
そしてその帰りに、魔物に襲われたことを二人に話す。
二人とも驚いてはいたが状況が状況なだけにすぐ納得して、これからは警戒を強めて行動することに方針を固めた。
「エミリアの対戦相手はどうだった?」
そう質問すると、エミリアは首を横に振って言った。
「いえ、お相手は普通の選手でしたね。一応、何故私達の戦いを食い入るように見てたのか質問したのですが、悪意は無かったようです」
「そうでございましたか……わたくしの早とちりでしたね」
と、レベッカは彼女に謝罪をするが、エミリアは特に気にしていないようだった。
「何にせよ、明日が勝負ですね」
「ええ、明日。いよいよ……」
ついに作戦が決行される。
ボク達は、最後の準備を整えて、明日を迎えることになる――
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