第114話 競馬とか無い世界

 ――四日目

 朝起きたら姉さんが机に座って頭を抱えていた。


「おはよう姉さん」

「あ、おはようレイくん」

 姉さんが使ってる机を見ると、帳簿とそろばんが置かれていた。

 算盤……?どっから出したの?


「姉さん、朝からどうしたの?」

「ちょっと余分な出費が出そうで困ってるの……うーん」


 旅を始める際に旅行用のテントや食器などを一式揃えた以外にも、

 馬車や馬一頭などかなり馬鹿にならない出費も出ている。

 以前のように拠点を構えているわけでは無いので、宿代も馬鹿にならないし稼ぎも無い。


「また計算間違いとか?」

 共同生活をするようになって暫くした後は報酬分割ではなく姉さんが管理するようになっている。僕達も自由に使える金額は持っているが、それも一旦は姉さんに預けて後で姉さんから貰った分で所謂お小遣いのような形だ。ちなみにレベッカの仕送り分はちゃんと別に姉さんが出している。

 最初の頃は管理が難しくて、経費の記入漏れや計算間違いで悩んでたこともあったが今回はそうではないらしい。


「ううん、今回はレベッカちゃんにお願いされててね……」

 レベッカがおねだりとは珍しい。僕やエミリアなら度々あったりするんだけど……。


「どういうこと?」「えっとね――」

 と、そこでレベッカが部屋に戻ってきた。


「おや、レイ様おはようございます」

「あ、レベッカおはよう」


 レベッカは朝から村の外に行っていたらしい。

 折角なので訊いてみよう。


「レベッカ、姉さんに何かお願いしたの?」

「あぁ、そのお話でございますね……実は……」


 ◆


「……え?もう一頭馬が欲しいって……?」

「はい、皆様には申し訳ないと思うのですが……」

 

 レベッカに詳しい理由を訊くと、

 今は馬車を一頭のみで運んでいるのがかなり負担になっているらしい。そのため、もう少し馬を増やしたいとのことだった。確かにこの人数だと馬は二頭必要かもしれない。今後の事を考えるなら馬を増やして負担を減らすのは大事だと思う。


「でも、どこから馬なんて調達するの?」

「実はこの村でとても立派なお馬さまを見掛けまして」

 レベッカはゼロタウンから出立した時から懸念していたようで、

 エニーサイドでも馬小屋で他の馬の様子を見ていたらしい。

 今回も朝早くから村に出ていたのは馬の持ち主と交渉するためだったようだ。


「先ほどようやく交渉が成立しまして、あとは皆様の了解さえ頂ければ……」


 ……なるほど、姉さんが頭を抱えるわけだ。


「――ちなみに、お値段はおいくら?」

「はい、金貨百五十枚でなら売っても良いと言われました」

 ちなみに金貨一枚で日本円換算なら約3万円だ。この場合換算すると450万円程度となる。

 ゼロタウンを出立する際に購入した馬は金貨百枚だった。要は1.5倍ほどの金額でちょっとお高い。

 餌代や馬小屋の借し料を考えていくとその辺りも倍になるだろう。


 ……今だけ考えるなら決して払えない金額ではない。


 でも、収入が見込めない状況でこれほど高額な買い物をしても良いのか……?

 そんなことを考えていたらレベッカは僕の手を両手で握りながら上目遣いで言った。


「レイ様……駄目でしょうか……?」

「買おう、今すぐ買おう」

 こんな風に言われたから断れるわけないんだよなぁ!


「ありがとうございます!わたくし行って参ります!」

 レベッカは嬉しそうに部屋を出て行った。


「……レイくん」「ごめんなさい」

 あんな言われ方されたら断れるわけないじゃん……。


「まぁ、良いか。私も賛成だし」

「でも、お金の方は大丈夫?」

「んー……そうね、旅先で依頼を受けながら少しずつ工面していくとか……」


 それしかないよね……。

 しかし、何か一気に稼げる方法とか無いだろうか……。


「そんなこともあろうかと、私が良いものを持ってきましたよ!」

 話を聞いていたのか、エミリアが唐突に部屋に乗り込んできた。


「おはよう、エミリア。勝手に心を読まないで」

 口にすらしてない言葉を、あたかも言ったかように返事されるの何回目だろう。


「はい、おはようございます。それで良いものですが、これです!!」

 と、エミリアが取り出したのは……依頼書の束と地図?


「これは?」

「この村に貼られていた冒険者ギルド認可の依頼書と、もう一つは宝の地図です」

 た、宝の地図?


「エミリアちゃん、宝の地図ってどこで拾ったの?」

「依頼書を全部引っぺがしてたら受付の人がくれました」

「……それは貰っていいものだったの?」

「えぇ、どうせガセだろうってことで持って行ってくれって言われました」


「「…………」」


「それで、これがその宝の地図なの?」

「はい、こちらになります」

「どれどれ……」

 渡された地図にはいくつかの点が打ってある。

 そしてその点はとある場所を指差していた。


『魔石鉱脈』


「ここって……」

「はい、ここから東二十キロ先にある洞窟です」

 時間は掛かるけど行けない距離ではないね。


「こんなところにお宝なんてあるの?」

「さぁ?ただ名前の通り魔石が取れてた場所なので宝が無くても収穫はありそうじゃないですか?」

 確かにそうだ。それに、ここは確か――


「あ、レイくん。知ってるの?」

「うん、大分前にここの名前の依頼がゼロタウンで掲載されてた気がする」

 あの時はわざわざこんな遠い場所に来る理由が無かったから特に選んだりはしなかったけど……。


「その時はどういう依頼だったんですか?」

「確か、放置されて魔物の巣と化してたから住民に被害が出る前にどうとかって……」

 要するに魔物の討伐依頼だった気がする。報酬はそれなりに良かった。


「じゃあ今回はそれもやりましょう!」

「うーん……でも、結構な寄り道になっちゃうんじゃ……」

 一応僕達は怪しい商人を追いながら旅をしてるわけで。


「そこはほら、もしかしたら商人も色々な場所を寄り道してる可能性も……」

「……まぁ、そういうことにしておこうか」


 資金が無くて旅が続けられなくなっても困る。

 他に手が無い以上、とりあえずやってみようかな。


「レベッカの用事が済んでから行こうか」

「「おぉー!」」

 こうして僕達は一旦寄り道してちょっとしたお宝探しに向かうことになった。


 ◆


「おおー、白いねー」

 レベッカが交渉して購入した馬は美しい白馬だった。


「はい、それにこの子はとても力が強く持久力があるらしいです」

 金貨百五十枚は痛いけど、これなら少々高くても仕方ないか。


「……そういえばお馬さんの名前まだ決めてなかったね」

「あ、そうだね」


 どうしようか、以前の馬は黒色で今度は白馬だ。

 どっちも名前を付けてないし、旅の仲間なんだからいい加減決めないと……。


「みんなはどう思う?」

「もうシロとクロで良くないですか?」

 エミリアのネーミングも悪くないけど安直過ぎる気がする。


「ではフローラとビアンカで」

「いや、なんでそうなったの!?」

「え、だって白いし」

「どこがだよ」

 適当にも程があるよ……。


「……ちなみに姉さんは何が良い?」

「そうねぇ……トーカイルドルフとメジロクイーンとか」

「…………却下で」

「えぇ~」

 ありそうな名前だけど、異世界にはちょっと似つかわしくない。


「……レベッカは何かある?」

 いい加減疲れてきたんだけど……。


「そうでございますね……

 白い方はシロウサギ、黒い方はクロキツネで如何でしょうか」


「……………………」

 何そのセンス。

 しかも最初のエミリアの発案とモロ被ってる。


「私はそれで良いと思います」

「えぇー……」

「あら、可愛いじゃない。お姉ちゃんも賛成」

 

 これは止められない流れだ。

 僕も拒否する理由があるわけではないけどね。


「………駄目ですか?」

 レベッカにそんなキラキラした目で見られると何も言えない。


「……うん、これから宜しくね。シロウサギ、クロキツネ」

「「ブルヒヒーン!!」」

「ちょっ、うるさいよ!」

「「ブルル……」」


 どうやらテンションが上がり過ぎてしまったみたいだ。


「はいはい、落ち着きなさいな。それじゃあ出発するよ」

「「「はーい」」」


 そしてようやく僕達は村を出た。

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