第191話 強くなりたい(物理編)

 ――三十三日目


 僕達は<特務隊>に配備されているのだが、肝心な指令が未だに出ない。


「リカルドさん、何故指示が来ないんでしょう?」


「調査に時間が掛かっているのだろう。

 我ら<特務隊>は<調査隊>の仕事を終えてからが出番だ」


「そうですか……」


 僕達は、<特務隊>として街から少し離れた所で待機している。

<特務隊>といっても、僕達以外にあと五人しかおらず、 他の人達は別の部隊に配置されているらしい。


「……」

「……」


 ……気まずい。

 僕とリカルドさん中心に街の警備に当たっているのだが、

 リカルドさんと二人だと何も話すことが無い。


 ……三人はどうしてるんだろう……。

 女の子達三人は、別の依頼に当たっており今は集まった書類の整理だ。

 僕はその手の仕事が全く出来ないため、警備を選んだんだけど……。


「あの、リカルドさん。最近、何か困ったこととかありませんか?」

 僕は、この沈黙に耐えられずにそう質問する。


「ん?特にないが……急にどうしたのだ」


「いえ、なんとなくです」


「……そうか、強いて言えば、最近は待機が多いせいで体が鈍っているな。

 ウオッカの奴もまだ動けないようで、時々やってる模擬戦もご無沙汰になっている。まぁ、他の連中を時折鍛えてはいるのだが……全力で打ち合える相手がな」

 この街には訓練所が用意されている。


 冒険者用というよりは、エドワードさんが保有する二つのギルドグループ、

<特務隊><調査隊>の為に用意された物らしい。


 しかし、<調査隊>は情報収集で大半が街を離れており、特務隊は人員不足だ。本当の意味での戦闘を得意とするのは、この街ではリカルドさんとウオッカさんとあと数名以外残っていない。


「ああ、それは分かります。

 僕もちょっと体を動かしたいなって思う時ありますし」


「ふむ……それならば、あと数時間すれば交代だ。

 私たち二人で模擬戦でもやってみるか?」


 ……まさか、そういう提案が出てくるとは。


「良いんですか?僕で」


「愚問だな。……というより、少年とは一度剣を交えてみたかった。

 以前に助けてもらった時、その実力は見ているが、あくまで魔物との戦闘だったからな。対人戦となれば、もしかしたら私にも勝機があるやもしれん」


 リカルドさんはニヤリと笑った。


 ◆


 ―――数時間後、

 交代の時間となった僕たち二人は、模擬戦の為に訓練所を訪れていた。


「ふむ、久しいな」


「リカルドさん、武器はどうするんです?」


「そこに置いてある訓練用の木製の剣で打ち合う。防具はそのままでいい」


 リカルドさんは既に木刀を手に取り、準備万端といった様子だ。


「わかりました。

 ……実は、僕もリカルドさんの剣技に興味がありました」


 リカルドさんは僕と違い、

 独学ではなくしっかりと師匠から剣技を学んでいるらしい。

 動きにムラが無くどっしり構えており隙を感じない佇まいだ。


 反面、僕は異世界に来て一週間ほど剣技を学んだ。

 戦闘では武器の性能や<魔法剣>に頼り切っている。要するに剣技においては素人だ。それでも、魔物との戦いでは通用はしていたけど、いざ技術の勝負になると勝てた試しがない。


「少年ほどの強者に言われるとは、私も捨てたものではないという事か」

 リカルドさんは僕の強さを高く評価してくれている。

 確かに、先日の戦いでは、僕はリカルドさんよりも魔物との戦いで強敵を打ち破っている。しかし、それは剣技では無い。あくまで僕が使用できる<戦闘方法>を駆使した結果だ。


 今回の模擬戦は、あくまで剣技としての勝負になる。

 そこには僕が得意とする<魔法剣>や<強力な武器>などは一切存在しない。

 純粋な技量の勝負となる。


「よろしくお願いします」

「うむ、こちらこそ」

 リカルドさんが腰に差していた鞘から剣を抜き放つ。


「……」

「……」


 お互いに相手の出方を伺い、間合いを取る。

 リカルドさんは、僕が<魔法剣>を使うと思っている。


「(そんなの使えるわけないんだけどね)」


 僕の<魔法剣>は<魔石が付与された武器>でしか使用できない。

 こんな何の変哲もない木刀ではとても使える技術ではない。

 だからこそ、この勝負は剣技以外の要素は介在しない。


 ……でも、リカルドさんやっぱり隙が無い。

 剣技において素人ではあるけど、僕もここ一年で戦闘経験は積んでいる。

 しかし、リカルドさんは僕とはまた違う実戦を経験しているはずだ。

 当然、僕が知らないような技術を幾つも習得しているに違いない。


「……行きます」

 まずは小細工無しの一撃、正面から斬り込む。


「……」

 リカルドさんはそれを難なく受け止め、弾き返す。


「ッ!」

 すぐさま一歩下がり、今度は横薙ぎに払う。

 これも受け止められるが、即座に二撃目を放つ。しかし、リカルドさんはそれを読んでいたのか、予想を超える攻撃を仕掛けてきた。


「秘技―――<疾風斬>」

 その瞬間、リカルドさんの姿が一瞬ブレて見えた。

 彼の持つ木刀は、僕の二撃目の攻撃を弾き返し、更にもう一撃叩きこんできた。


「ぐっ!?」

 なんとか防いだものの、僕は吹き飛ばされる。


「―――やはり、実戦と剣技はまた別という事か。

 少年の剣は実戦で磨かれた戦士としての剣技、あくまで戦闘技術の一つだ。

 だが、私は剣一筋でこれまで戦ってきた。つまりだ―――」


 リカルドさんは一気に距離を詰める。

 早い!!……いや、動き自体はそこまで早かったわけでは無い。


 僕が態勢を整える時、目を離した瞬間、その瞬間を利用してリカルドさんは僕に気付かれないように足さばきを揃えていたのだ。


「……私が剣技において、君に負ける事はない」

 そして、いざ斬り込む瞬間に、

 リカルドさんは僕の呼吸が完全に整う前に勝負を仕掛けてきた――!


「くっ!」

 僕が最も隙を生じる瞬間を狙ってきたリカルドさんは、

 まさに剣豪―――冒険者とはまた別の強者の姿がそこにあった。


「秘技――<三連斬>」

 再びリカルドさんの姿がぶれ、

 同時に木刀を三本振ったかのように錯覚させる剣技。

 瞬時に僕の右腕、胴体、左腕を狙った神速の三段攻撃。


 しかし、僕はその攻撃が僕に届く前に、

 更に一歩下がり、次の瞬間にはリカルドさんの攻撃を受け流しながら背後へと回り込んでいた。


「なっ……!」

 特に何かの技術を使ったわけでは無い。

 仲間の戦い方を参考にしただけだ。<初速>という技能がある。

 これは、最初の一歩を早く踏み出す事が出来るスキルだ。


 レベッカが所有する技能で、持ち前の体の小ささと足の速さ、そして<初速>のスキルを駆使して戦場を縦横無尽に走り回る戦い方を得意としている。


 僕も、レベッカほどでは無いけど足の速さにはそれなりに自信がある。そして魔物との戦いで培った、相手にフェイントを掛けながら戦う動きも学んできている。


 だから、リカルドさんの剣技にカウンターを合わせる事が出来た。


「……まさか、今のが避けられるとは思わなかった」

 リカルドさんは悔しそうな表情を浮かべた。


「いえ、僕も自身の技量だけでは勝てそうにありませんでした」

 僕はリカルドさんの背中に突き付けていた木刀を下ろす。


「最初、ここに立った時は剣技だけで戦うつもりでしたが、そのやり方では絶対に勝てないとすぐに気付いて、咄嵯に動きました。そうじゃなければ、今頃僕はリカルドさんに剣を突き付けられていましたよ」


「……ふむ」

 リカルドさんは顎に手を当てて、考え事をするように呟いた。


「……少年、君は私より強い。しかし、それは技術でなく戦闘経験の差が大きいのかもしれないな……。技術でもなく戦闘の心得でも無く、実戦の差で負けるとは、年上だというのに少し情けないな……」


「そんな事無いですよ。リカルドさんは十分お強かったです。

 僕の方が戦闘経験は多いはずなのに、全く歯が立ちませんでしたから」


 リカルドさんは、間違いなく強い。

 試合形式の対人戦において、おそらく僕が勝てるのは今回のみ。

 この後何度戦っても一度見切られた戦術では通用しない。


「リカルドさん、僕に剣を教えてくれませんか?」

 僕はリカルドさんに向かって頭を下げた。


「……」

 リカルドさんは黙って僕の顔を見つめている。


「何故だ。対人戦ならともかく、

 魔物との戦いは私より少年の方が圧倒的に強いはず」


「確かに、僕の戦闘経験は魔物相手が一番多いかもしれません。

 でも、それでもまだ足りないんです。もっと実戦を積んで、強くならないと駄目なんだと思います。今のままでは僕は仲間を守り切れずに死んでしまうかもしれない」


 少しずつ魔物との戦いが激化して、自身の強さで太刀打ちできないかもしれないという漠然として不安があった。仲間は色々な魔法を覚えて強くなっていくのに、自分はずっと停滞していることに焦りもあった。


「それに、僕はこれから先もきっと旅を続けます。

 そして、いつか必ず魔王と戦う事になると思う。その時の為にも、 今は少しでも強くなりたい。その為に、どうかお願いします」


 リカルドさんはしばらく考えた後、口を開いた。


「……良いだろう。

 しかし、少年と剣で交わるのは長い時間にはならない。それに、下手に初歩から教えると、今の少年の戦い方が崩れてしまう恐れがある」


「はい」


「ならば、私が教えるのは基本となる型、

 そして私がいくつか教える剣技を目に焼き付けるといい。

 そこから少年自身の剣技と魔法を組み合わせれば、きっと少年の望む戦い方が出来るはずだ」


「ありがとうございます」


「それと……私の剣技は正確には戦闘の技術ではない。

 本来、武術は心を鍛える鍛錬としての側面が強い、私の剣も同じだ。

 少年も剣の修行を学ぶときは、心の鍛錬も同時に行え」


「はい」


「……よし、ではまず基本となる鍛錬だ。

 今から素振り1000回!!外周10周だ!!!」


「はいッ!!!」


 こうして、僕は短い期間だが剣術の基礎を教わる日々が始まった。

 とはいえ、それは断片的に語るだけにしよう。

 この話はあくまで、物語の幕間の話に過ぎないのだから……。

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