第224話 蛇の悪魔(後編)
僕達がレベッカに見送られて、邪龍の落下した場所に向かう。
そして、森の中で邪龍の大きな体が蜷局を巻いて尻尾を震わせていたので、僕達は隠れて様子を見ることにした。
邪龍はまだ死んではいなかったものの、体の一部に大きな穴が開いていた。
まだ、翼の一部が大きく切り裂かれており、飛ぶのも不安定な状態になり、更に先程の攻撃で大きなダメージを負っているのか、ふらついている。
どうやらレベッカの一撃は相当の物だったらしい。
「ここまで弱っていてもまだ生きているんだね……」
「流石、邪龍というだけありますが……たった一撃でここまで追い込んだレベッカの攻撃の凄まじさが伺えますね」
そのレベッカは少し離れたところでまだぷるぷるしていた。
大丈夫だろうか。
他の魔物に襲われたりしたら危なそうだ。
「レベッカちゃんなら大丈夫でしょ。
それより、弱ってるうちにさっさと倒した方がいいわよ」
カレンさんにそう言われて、僕達も頷く。
確かに、レベッカが回復するまで待っている余裕はない。
「確か、あとこいつの弱点は……」
「炎が弱点でしたね。という事で、私が一気に倒します!!」
エミリアはとんがり帽子を被りなおし、マントを翻して前に出る。
「エミリア、頼んだよ。
……あと、ここは森の中だからちょっと手加減してね」
万一火事になったら困るし。
すると、エミリアは心底不満そうな顔をした。
「……興が醒めるようなこと言わないでくださいよ。
新しく覚えた魔法を使おうと思いましたけど、上級魔法で加減しときます」
エミリアが杖を構えると、彼女の周囲の空気が変わったように感じられた。
「ふぅ………では行きますね」
エミリアは、左手から魔導書を取り出して、自分の目の前の地面に置いた。
そして、両手で杖を持ち、地面へ向けて数度叩く。
「―――禁じられた魔導書、起動――――」
エミリアの呼びかけと共に、地面に置いた魔導書が動き出した。
そして、魔導書はエミリアの真上1メートルほどの高さまで浮かび上がり、エミリアの周囲から半径1.5mほどの紅の魔法陣が出現する。
「<機能開放・魔力暴走>
―――業火よ、我が呼びかけに応え、現世へと来たれ、
目の前の愚かなる邪龍を、終焉の贄と捧げよ、全てを浄化する煉獄の炎よ――――!!」
「<
エミリアが詠唱を終えると、邪龍の中心に紅の霧が発生しそこから轟音と共に大爆発を起こす。そして、周囲に全てを滅するほどの熱量が迸り、まるで地獄のような光景を作り出していた。
「……ふぅ、疲れました」
エミリアは落ちてきた魔導書を拾い上げ、すたすたこちらに戻ってきた。
「加減しましたよ」
「えっ、どこが」
涼しい顔して戻ってきたエミリアの一言に思わず反応してしまう。周囲の樹木に燃え移ってとんでもないことになってるんですけど。加減といいつつ、いつもよりも数倍威力が高かったくらいだ。
邪龍は炎に焼かれて悲鳴を上げている。
重傷を負った後に、あれだけの威力の炎を浴びせられたら……。
しかし、それは甘い考えだった。
邪龍は奇声を発しながら体の長い尻尾を振り回し、周囲の木をなぎ倒していく。たまらず、僕達は邪龍から離れるが、邪龍はそうやって火を消していき、空に再び舞い上がった。
「あっ……」
僕が声を上げると同時、邪龍は怒りに身を任せてこちらに飛んでくる。
邪龍は地上にいる僕達に向かって空から僕達に突進してきた。
「う、うわっ!?」
「こっち来るわよ!!」
あの巨体で突進されようものならひとたまりもない。
「み、みんな! 左右に散って!!」
僕の指示に、全員即座に動く。
邪龍は僕達のいた場所に突っ込み、邪龍は通った場所にあった全てをなぎ倒しながら地面を抉っていき、再び上空に舞い戻っていった。
「みんな、大丈夫!?」
僕は周囲に呼び掛けると、すぐ近くからエミリアの声が聞こえた。
「いたた……酷い目に遭いました……」
マントの埃を振り払い、エミリアは立ち上がる。
「無事で良かった……」
しかし、ここに居たのは僕とエミリアだけじゃない。
「姉さん、どこー!!」
「カレンー!!」
僕達は他の二人を探してなぎ倒された森を散策し、二人の姿を見つけることが出来た。
「こっちよ、レイ君」
「危なかったー………」
二人はなぎ倒された木の影に隠れていたようだった。
「良かった、全員無事だね……」
僕はほっと一息つくが、まだ戦闘は終わっていない。
上空には大きなダメージを負ったはずの邪龍が森の上を飛び回っている。
どうやら上空からこちらを探し回っている様だ。
「さっきの攻撃で仕留めきれなかったか……」
レベッカの弓矢の攻撃も、エミリアの魔法攻撃も相当なダメージの筈なんだけど、あの邪龍は想像以上にタフなようだ。
「それにしても突進してくるだけで、森にここまで被害が出るなんてね……」
カレンさんは周囲を見渡して呟く。先程の邪龍の突撃で、周囲には複数の木が根っこごとひっくり返っていて、森に多大な被害を及ぼしていた。もはやエミリアが森を放火させたことなんて、それに比べると大したことではないだろう。
「……これは少しまずいかしらね」
「……うん、そうだね」
このまま邪龍が暴れまわれば、手が付けられない。
下手をすると近隣の村に襲い掛かる可能性もあるだろう。まだ、被害が出てなかったのは幸いだけど、とても並の冒険者が太刀打ちできそうな相手ではない。
「レイくん、お姉ちゃんレベッカちゃんのところに行ってくるね」
ここで固まってても一気に全滅させられる可能性がある。別行動しているレベッカと合流した方がいいだろう。
「見つかれないようにね」
「大丈夫! それじゃあ後でねー」
そう言って、姉さんは空を飛んでいった。
「何とか、ここで仕留めないとね」
「そうですね……」
エミリアは僕に返事を返しながらも、顎に手を当てて何かを考えている。
「……ちょっと思い付いたことがあるんですが」
エミリアは手を挙げて言った。
「どうしたの、エミリア」
「レイが以前入手した……<隷属の指輪>でしたっけ。あの、どこぞの盗賊がカレンを操ろうとして失敗したアイテム、持ってますよね」
「ん? 持ってるけど……」
僕は左手の指にはめてある指輪を見る。
<隷属の指輪>なんて名前というのは最近知ったことだけど、魔物や人を操れるらしい。出来ればさっさと処分したいけど、どういうわけか一度装備すると外すことが出来ないようだ。
「………」
カレンさんが僕達の話を聞いて、少し目を背けた。
以前、カレンさんを操ろうとした盗賊の事を思い出したのだろう。
あの時にカレンさんの出自を知って、少し複雑な想いだった。
「……で、それがどうしたの?」
「いえ、あの魔物を操って大人しく出来るのでは? と思ったのですが」
「なるほど……」
言われてみれば、確かにその通りかもしれない。
僕は<隷属の指輪>の能力を思い出す。
「えっと確か……。操る対象を直視しながら、
『我は汝に命ずる。我が下僕となり、その身を捧げよ』……だったっけ?」
あの時は、それどころじゃなかったから記憶も結構うろ覚えだ。
なので条件や詠唱文に抜けがあるかもしれない。
「んーまぁ、一度試してみて下さい」
エミリアは僕の肩を叩いて促してくる。
「う、うん……。分かった」
僕は邪龍の姿を捉えるために、木の影から身を乗り出す。
そして、出来るだけ近づいていくのだが……。
「あ、いた」
しかし、同時に邪龍も僕に気付き、こちらに襲い掛かってくる。
うわっ、ヤバい!!
自分の安易な行動に後悔しながらも、
邪龍に指輪を見せ付けるように左手を伸ばし、思い出した詠唱を唱えてみる。
「わっ、我は汝に命ずる! 我が下僕となり、その身を捧げよー!!」
その言葉を告げて、一瞬、指輪が光った気がするのだが――――
――GAAAAAAAA!!!
邪龍は構わずこちらに突っ込んで襲い掛かってきた!!!
「き、効かない!?」
「レイ!!」
「レイ君!! 危ないっ!!!」
僕が困惑していると、カレンさんが僕に飛びかかり、そのまま抱きしめられ地面に転がった。そして、次の瞬間には、邪龍が僕の居た場所に突っ込んできて、地面が抉れていた。
「あっぶな……」
間一髪で助かったようだ。
「ありがとう……カレンさん」
「いいから、ここは危険よ!
あいつにロックオンされたみたいだし、一旦退避しないと!!」
カレンさんは焦ったような顔をして言った。
「ご、ごめんなさい、レイ。
私が余計な事を言ったものだから……」
エミリアは少し申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
「そんな事無いよ……。僕が迂闊だったんだ」
無策であの魔物の前に飛び出すことの恐ろしさが今になって分かる。
しかし、話している暇はない。
邪龍はこちらを凝視しながら再び迫ってきて、今度は口から黒いレーザーのような物を放ってきた。
カレンさんは僕達二人を庇うように、咄嗟に前に出る。
「二人とも、逃げて!!!
極光よ、正しきものを守護せよ!!
カレンさんが魔法を唱えると同時に、目の前に虹色に輝く障壁が現れた。
それは、迫りくるレーザーを受け止める。しかし、その障壁の外に出たレーザーは周囲を薙ぎ払い、地面や木々を溶解させていた。
まともに食らえば、一瞬で溶かされる!!
「カレンさん!!!」
「私は大丈夫……それより、ここで私が足止めするから逃げて……!!」
邪龍はなおも漆黒のレーザーを僕達に放ち続けている。
カレンさんは防御魔法を展開し続けているが、その障壁は徐々に範囲が狭くなってきている。
まさか、カレンさんが純粋な力で押されている……!?
「くっ……! こうなったら!!」
僕は<龍殺しの剣>を取り出して、出来る限り魔力を剣に込める。
「レイ、何をする気ですか!?」
「あいつに全力の攻撃をぶつけてみるよ!!」
この一撃で倒したいところだけど、
今までのタフさを考えるとおそらく倒しきれないだろう。
それでも、相手を怯ませれば窮地を凌げるかもしれない。
「……剣よ、僕の全力を受け止めてくれ!!
剣に上級魔法を付与させ、更に出来る限りの魔力を込め続ける。
今はまだ魔法は発動させない。この場で発動させてしまうと、僕達を守ってくれているカレンさんにも被害が及んでしまう。
「エミリア、一瞬でいいからあいつの動きを止めて!!」
「了解です……ですけど、多分今のあいつだと本当に一瞬ですよ」
「それでも構わない!」
彼女は小さくコクリと首を縦に振ると、
「いきますよ……
エミリアが魔法を唱えた瞬間、邪龍の周囲に多数のファイアボールが出現し、邪龍に襲い掛かる。
一発一発の威力が通常の<火球>の同等の威力があるが、それでも邪龍は構わずこちらにレーザーを放ち続ける。
「……っ! これでも、駄目ですか!!」
「くそっ!!」
僕とエミリアは、今の状況に歯噛みする。
エミリアの攻撃ですら、今の奴に隙を見せることすら出来ない。
正面で僕達を守るカレンさんは両手から全力で防御魔法を展開し続けるが、
少しずつ障壁が狭まってきている。
このままだと、反撃すら出来ずに僕達は敗北してしまう。
「ふ、二人とも……いいから、逃げて……。私は大丈夫だから………!!」
カレンさんは振り向かずに言うが、普段の余裕が感じられない。
このままだと、カレンさんまでやられてしまう。
イチかバチか、飛び出して技を放つか―――!?
僕は死ぬかもしれないけど、
死に物狂いで奴を攻撃すれば少なくとも二人を助けられるかもしれない。
元々、こんな状況を作り出してしまったのは、僕の行動のせいだ。
責任を取って僕が前に出るべきだ。
それに、大切な仲間を守って死ねるなら、僕は―――!!
覚悟を決めたその時だった。
「諦めちゃダメですよ!!! レイ!!!」
「―――っ!!」
僕の後ろからエミリアが一喝する。
後ろを見ると、エミリアが杖を掲げて邪龍に攻撃をし続けていた。
「自暴自棄になっちゃダメですっ!!
ここまで来て一緒に居られなくなるなんて私は嫌ですからねっ!!」
「で、でもこのままじゃ……」
僕達だけでは、今の状況を乗り越えることは―――。
「
大きな掛け声と共に邪龍のどてっぱらに何者かの魔法攻撃が入り、衝撃で邪龍が一瞬怯んだ。
「大丈夫!? レイくんたち!!!」
「ね、姉さん……!!」
僕達を助けてくれたのは、上空から僕達を支援してくれたベルフラウ姉さんだった。
「お姉ちゃんだけじゃないよ!!」
そう言って、姉さんは視線をこちらとは違う場所に移す、そこには弓を構えたレベッカの姿があった。
「―――放て、重力の矢よ!!」
レベッカが強大な魔力を付与させた矢を解き放つ。
その矢は縦横無尽に軌道を変え、邪龍の体を穿ち続けた。
二人の支援攻撃は流石の邪龍でも耐え切れず、
今まで放出し続けたレーザーが途切れる。
そして、ようやく自由になった僕達だが、
防御魔法を展開し続けていたカレンさんは膝をつく。
「はぁ……はぁ……」
カレンさんは息も絶え絶えだ。
多分、防御に集中し過ぎたせいで魔力が殆ど残っていない。
すぐさま、僕とエミリアがカレンさんを抱き起こす。
「わ、私は大丈夫……レイ君、後は頼んだ……」
カレンさんは疲労困憊の表情ながら僕に笑い掛け、僕の拳に手を当てた。
「……はい、任せてください!!」
僕はそう言って、剣を構える。
「レイ、私達の魔力をあなたに託します!!」
エミリアとベルフラウ姉さんが僕の背中を支えてくれる。
「ありがとう、二人とも」
「レイ様、わたくしの魔法を受け取ってくださいまし!!!」
僕に銀のオーラが付与される。
レベッカが僕に<全強化>の魔法を使用してくれたのだろう。
そして、背後から姉さんとエミリアの柔らかい手が辺り、そこから二人の魔力が流れ込んでくる。
―――これなら、いける!!!!
「はぁああああああああああ!!!」
さっき、剣に込めた炎の魔力と、仲間達に貰った魔力を全て剣に込める。そして、レベッカの強化魔法で能力が跳ね上がった僕は、息も付かせぬ速度で邪龍目掛けて上空に飛びかかり―――。
「いっけええええ!!」
「やってしまいなさい!!」
姉さんとカレンさんの声援が僕の背中を突き動かす。
邪龍の腹部に龍殺しの剣を突き刺し、ありったけの魔力を注ぎ込む。
剣は光り輝き、蓄えていた魔力を一気に暴走させ、邪龍の体内に膨大な熱量を送り込み続ける。
そして―――
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁ!!! <
それを一気に爆発させ、邪龍の内部から大爆破を引き起こした。
内部から体を吹き飛ばされ、肉片や千切れた翼も全て吹き飛び、邪龍は断末魔を上げ、絶命した。
……僕はそのまま地上に降り立って、その場で倒れ込んだ。
「………や、やった………!!」
大地に寝転がり、剣を持っていられないくらい消耗してしまったけど、
あれほどの強敵を打ち倒せた。
「レイくーん!!!」
そのまま寝転がっていると、空から姉さんが飛んできて、そのまま僕に飛びかかってきた。
「ぐへっ!?」
「もう、心配させないでよぉ~! お姉ちゃんすごく怖かったんだから!!」
姉さんの豊満な胸に包まれ、僕は窒息しそうになる。
「……苦しいよ……」
「うふふ♪ レイくんにご褒美だよ♪ ぎゅう! ぎゅう!」
自分で擬音を言いながら、姉さんは体を押し付けてきた。
普段ならうれしいけど、今はマジで消耗してるから僕にとってトドメになってます。
「……あの、そろそろ離して?」
「やだっ!!」
「あはは……」
もう、姉さんの好きにさせよう……。
僕がそう諦めたところで、三人がこちらに戻ってきた。
「レイ、無事ですか!? 最後の一撃、凄かったですね!!!」
「お見事です、レイ様!!」
「レイ君、やったわね!」
三人とも笑顔で僕を迎えてくれる。
「みんなのおかげで勝てたよ。ありがとう、みんな……」
僕達はお互いの顔を見て笑い合う。
――僕達の勝利だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます