第225話 友達の友達さん

 僕たちは地面に座り込み、全員で勝利の余韻に浸っていた。


「そうだ、邪龍の残骸ってまだ残ってる?」

 あまりの激戦で忘れかけていたけど<蛇の翼>というアイテムを回収しないといけない。こいつが蛇だったのか限りなく怪しいけど……前に倒した悪魔と同様、おそらくこいつが持っているだろう。


「それなら、わたくしが回収しておきました。

 具体的にどの部位かは分かりませんけど、名前からして翼の部分でしょう」


 レベッカは、邪龍から生えていた翼の部分を一部もぎ取っていた。そのままだと腐ってしまうので、エミリアに魔法で凍らせてもらっている。


「さ、流石レベッカ……豪快だね」

「ありがとうございます、レイ様」


 そう言って、レベッカは微笑む。その表情はとても綺麗で見惚れてしまいそうになるが、魔物の体の一部を手に持っているのでそこはかとなく猟奇的な雰囲気が漂っている。


「本当にこいつで合っているんでしょうか?

 ヘビという割にはあまりにも大きすぎるし、強すぎでした」


 エミリアが疑問を口にする。

 確かにエミリアの言う通り、この生物がヘビというのは違和感がある。

 だけど、姿をよく思い出すとあながちそこまで間違ってない。

 自信は無いんだけど、一応根拠もある。


 この邪龍の『ヒュドラ』という名前は、ギリシア語で『水蛇』を意味していたはずだ。つまり、蛇という名前が付いている。この世界で『蛇』という認識であることの証拠だ。


「多分大丈夫だよ」

「そうだと良いんですけどね……。

 あ、そういえば、何で<隷属の指輪>が効かなかったんでしょう?」


 エミリアは不思議そうな顔をしながら、僕の左手を見る。


「ん……僕にも分かんない」

 もしかしたら覚えてないだけで他にも条件があったのかもしれない。そもそも、あの盗賊が本当の事を言っているとは限らないし、あるいは似ていただけで全然違う指輪なのかも……。


「その事ですが……。 わたくしの記憶では『使用者の血』と『呪文』と『名前』が必要。あの盗賊はそう言っていたと思われます」


 レベッカの言葉でようやく思い出す。

 あの盗賊が使った時、突然自分の腕に噛みついて指輪に自分の血液を垂らしていた気がする。それにカレンさんの名前を呼んで意のままに操ろうとしてたっけ、失敗したけど。


「なるほど……だから駄目だったのか」


 ……うーん、これは一回何処かで試した方が良いんだろうか。

 でも、魔物を仲間になんてしたくないし、人間を操るなんて論外だ。


 それにこの指輪の話をすると、

 カレンさんが複雑そうな顔をしてる気がする。

 話題にするのは避けた方がいいかも。


「……まぁ、この指輪の話はいいよ。それよりも早く帰ろう」

 僕は話を切り上げる。暗い表情をするカレンさんを見たくない。


 そうして、僕達はその場から離れ歩いていると、リーサさんが馬車で僕達を出迎えてくれた。かなり時間が掛かったため心配させてしまったようだ。


 ◆


 その後、僕達は街へ戻り依頼を完了させた。

 冒険者ギルドで報酬を受け取って、六人で夕食に向かった。

 今日の依頼も想定よりもかなり高難易度みたいだったから追加報酬が貰えた。


 なので、普段の食堂と違って繁華街の有名なお店に来ている。


「……にしても、人が少ないね」

 高級なお店という話だから、元々入る人が少ないんだろうか。


「多少人が戻ってきておりますが、未だに流行病が収まってないのが理由でしょうね……」


 レベッカがそう答えてくれる。

 やっぱり、そういう事なんだろうか。


「……お客さん少ないね」

 姉さんも同じ感想を抱いたようで寂しそうな声を出す。

 人が少なすぎて、実質僕達の貸し切りのような状況になっているが、活気が戻るのはいつになるだろうか……。


「お客様、お待たせしました。こちらが本日のメニューになります」

 店員さんが、料理を持ってきてくれる。


 どうやらコース料理のようだ。


「わぁ…… 美味しそうですわ、うふふ」

 テーブルの上に並べられていく品々を見て、姉さんのテンションが上がる。

 口調がちょっと変なのは、高級なお店に来て緊張しているからだろう。どことなくリーサさんの口調に似通ってるが、あんまり被らないようにしてほしい。

 

 ちなみに姉さんとカレンさんはドレス姿をしている。

 僕やエミリア達も武器など物騒なものは宿に置いてきている。

 こういったお店に冒険者の装いでズカズカ入るのは好まれないらしい。


 僕はエミリアやレベッカにもドレスを勧めたのだけど……。


「嫌ですよ、私はそういう堅苦しい恰好は苦手なのです」


「レイ様が望まれるのであれば、わたくしは構わないのですが……」


 二人とも、それほど興味が無さそうだった。そのため武装こそ解除しているが、エミリアとレベッカは普段の服を代わり映えがしない。

 

 ……本音としては僕が二人のドレス姿を見たかったのだけど。


 リーサさんはメイドとしての矜持か、絶対に着替えてくれなかった。


「私はカレンお嬢様の侍女です。

 お嬢様よりも目立つ格好をすることなどプライドが許しません!!!!」


 と言って譲らなかったのだ。

 カレンさんもレベッカ同様、あまり服装に興味が無いのか、


「別に気にしなくて良いのに……」


 と言いつつも、リーサさんが手配してくれたので渋々ドレスに着替えた。

 姉さんに関しては、カレンさんに対抗した形だ。



「ねぇねぇ、レイくん! お姉ちゃんのこの衣装、似合う?」


 姉さんはくるりと回って、自分の姿を見せつける。

 姉さんは自分のイメージカラーをピンクと考えたようだ。昔の姉さんは清楚系の印象だったけど、こうして動き回る姉さんを見ると、意外と活発なお嬢様的な雰囲気を感じられる。


 ただ、胸元とか背中の露出が結構凄くて色っぽい。


「うん、とっても似合ってるよ」

「本当!? お姉ちゃん嬉しいからレイくんにキスしちゃうね!」

「それはやめて」

「なんで!?」


 姉さんの事は大好きだけど、義理とはいえ姉と弟の関係だもん……。

 みんなに噂されたら恥ずかしいし……。


「と、ところで……」

 姉さんの隣で、少し遠慮がち……

 ちょっとツンツンした感じでカレンさんは言った。


「わ、私のドレス姿……どうかしら、レイ君……?」


 そう言って、カレンさんは僕に近づき顔を赤らめて僕の反応を待つ。

 カレンさんは、落ち着いた色合いの青を基調としたドレスに身を包んでいる。

 露出はあまりないが、彼女のスタイルの美しさをより引き立てていた。


「え、えっと……その……綺麗です、カレンさん」

 カレンさんは僕を弟のように可愛がってくれてるから意識しないようにしてたけど、こんな風に接されてしまうと、僕もやっぱり緊張する……。


「そ、そう? ありがとう、レイ君。私も着飾った甲斐があったわ」

 ……良かった、満更でもなさそう。


 それにしても、こういう場だと自分だけ男なのを意識してしまう。


 その後、しばらく談笑しながら僕達は食事を楽しんだ。

 そして一通りの食事を終えて、僕達は明日以降の予定の相談を始める。


「それで、だけど……。

 明日は冒険者ギルドにいってクラウンさんに相談しようと思うんだ」


 僕の意見に、みんなが不思議そうな顔をする。


「レイくん、それって依頼を受けるって意味じゃなくて?

 確かまだ緊急依頼が一つ残ってたはずだけど……」


 姉さんの言う通り緊急依頼は残り一つある。

 ただ、僕としては別の事を優先したい。


「そっちは一旦後回しってことで。

 僕は先に封鎖された遺跡に行って呪いを解きに行きたい」


 姉さんのお陰で冒険者さん達は、呪いの影響が緩和されて病院から退院してきているようだ。それでも、まだ七割の人は未だに後遺症に悩まされていて、復帰できていない。


 おそらく根本の問題を解決しないと事態は収まらないだろう。

 今回の依頼をクリアしたことで、供物となるアイテムは入手できた。

 となれば、後は許可を貰って解呪に行くべきだろう。


「しかし、問題は山積みですよ。まず遺跡自体が今封鎖されていて誰も入れない状況になってますし、呪いを解呪するのであれば呪いの原因となったアイテムを回収しないといけません。現状、その保管場所も分かっていないみたいですし……。そして、何より問題なのは……」


 エミリアが言い淀む。

 確かにエミリアが心配しているような問題点がある。


「一番の問題は、呪いの原因に近付いてしまうと、私達にも呪いが掛かってしまう可能性があります。そうなると旅どころではありませんし、最悪死に至る可能性だって……」


 エミリアの指摘はもっともだ。そもそも原因に近付くこと自体、危険を伴う行為になる。僕達も、いつ呪いに掛かるかも分からない状態で危険な場所には行きたくない。


「……うん、そこが問題なんだけどね」


 呪いのアイテムの保管場所を探し当てて遺跡の封印を解いて、

 それから内部で解呪の儀式を行うまでは多分出来ると思う。そのために二つの供物のアイテムを集めたのだ。だけど、肝心な呪いから僕らを守る手段が未だに思い付かない。


「姉さん、女神の力で僕らを呪いから守る方法とか無い?」

 僕はダメ元で訊いてみる。


 すると姉さんは腕を組んで首を傾げた。


「うーん………。一時的に呪いのアイテムを封印出来る方法はあるよ? でもそこから、遺跡の奥まで進んで解呪の儀式を済ませるまで守り切れるとかと言われると……」

 ちょっと難しいかも、と姉さんは言った。


「時間が掛かるとダメって事?」


「うん、全盛期の私の女神パワーがあれば問題ないんだけど、今だとせいぜい二時間くらいかな……。それだけの時間なら、私の力で呪いを抑えていられると思う」


 つまり、そこまでは安全に行けるってことだ。


 カレンさんは言った。

「保管場所まで行って取ってくるくらいの事は出来そうね」


「ですが、そこから遺跡の奥まで向かい、解呪するだけの時間はとても足りないかと思います」


「それはそうよね……。

 呪いのアイテムを回収出来たとしても、根本的な解決にはならないもの」


 レベッカとカレンさんの言う通りだ。一時的な封印では解決しない。

 この問題を解決するには呪いの元凶となっている解呪以外の方法は無い。


「……レベッカの使用する<空間転移>でどうにかならない?」


 レベッカの空間転移は、姉さんの使用するものと違ってアイテムだけに限られるが、別の場所に転送しておく能力だ。もし、安全な場所に保管が出来るなら、その間に僕らが移動すれば安全のはずだ。


 しかし、レベッカは横に首を振った。


「……申し訳ありません。わたくしの能力では、故郷の村に転送する以外の事が出来ないのです。もし、故郷に送ってしまえば、村の方々が呪いに犯されてしまいます」


「……そうだったね」

 そういえば、そういう制約があったっけ。


「それじゃあ、エミリアはどう? 結界魔法で呪いから身を守ったりできない?」


 僕の提案に対して、エミリアは困った表情をする。


「えっと、はっきり言ってしまうと無理です。勿論、呪いから私達を守ることは出来ますが、私たちも結界から出ることが出来なくなってしまいます。もし出ようとすると、私達に呪いが掛かってしまいますから」


「そっか……」

 結局の所、僕達の案は全て却下された。


「……えっと、私に提案があるのだけど、いいかしら?」

 カレンさんが少し自信なさげに手を挙げた。


「カレンさん、何か方法があるの?」


「……正直、私も不安だしあんまり信用できない相手なんだけどね。

 そんな感じの事が出来そうな奴が知り合いに居るの」


 そう言って、カレンさんは苦笑いした。


「大丈夫だよ。それで、どんな人なの?」


「それがね……」


 そうして、カレンさんは僕の知らない人物の名前を告げた。


「……その人の事、誰か知ってる?」

「お姉ちゃんは知らないけど……」

「わたくしも、知りません」


 姉さんとレベッカは心当たりがないようだ。

 しかし、エミリアだけはピンと来たらしく言った。


「カレン……もしかして、その人ってかなり高名な魔法使いだったりします? 具体的には、凄く長生きしてて、魔導書とか魔法の教本とかで名前が出てくるような有名人なのでは」


「長生きか、どうかは分からないわ。年齢不詳だし、でも、後者は正解よ」

 エミリアの予想は当たっていたらしい。


「その人が居れば、僕達を呪いから守れるかもしれないんだね?」


「あくまで可能性の話だけどね。ただ、そいつの実力は本物よ。少なくとも、私の知る限りでは負けなしの最強の魔法使いだわ。借りは作りたくないけど……緊急時だし、連絡を取ってみるわ」


 カレンさんは通信魔法用の指輪を取り出してそれを指に嵌める。

 そして、テーブルから離れて、話し始めた。


「もしもし、私だけど……。……えぇ、久しぶりね。

 ちょっと相談があるんだけど……。え、今居る場所? サイドとサクラタウンの間にある街って言えば分かるかしら……。そう、そこよ。いつ来れる? ………分かった、じゃあ待ってるわね」


 そう言って、カレンさんは通信を切った。そして、テーブルに座り直す。 


「さて、これで来るはずなんだけど……。

 今から向かうから、これるのは明日の正午くらいって言ってたわ」


「分かった。それじゃあ、明日の午前中までにクラウンさんに会いに行って相談を済ませよう」

 こうして、この日は解散となった。

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