第226話 変わり者
翌朝、僕達は早速準備をしてギルドへ向かった。
緊急の依頼のほぼ全てを終えていた僕達は歓迎され、すぐにギルドマスターのクラウンさんに話を通してもらえた。
「封鎖された遺跡の再調査と……。
保管されている呪いのアイテムの譲渡ですか……しかし、それは……」
僕達が依頼の内容を説明すると、クラウンさんは渋い顔をした。
「やっぱり、ダメでしょうか……」
「――いえ、駄目というわけではありません。
それが可能なのはルミナリアさんを含むあなた方くらいしか居ないと確信しております。むしろ引き受けていただけるのは有り難いを感じております。……ですが、いざ実行に移すとなると危険過ぎる」
「そうですよね……。回収しても安全かどうか分かりませんし……」
「はい……そして、秘匿している真実を言わねばなりません」
真実?……嫌な予感がする。
「……それは?」
訝し気な目でカレンさんが続きを促す。
「呪いを持ち帰った冒険者と、その呪いのアイテムの場所は今、同じ場所に保管されています。この意味がお判りでしょうか?」
……どういうことだ?
「すみません、ちょっと意味が……」
「………」
クラウンさんは黙って僕達を見ている。
よっぽど伝えるのが憚れる内容なのだろうか。
「呪いのアイテムを回収すると、その呪いがこちらにも移る可能性があるということですか?」
「それもあります」
……つまり、もっと他の理由があるということか。
「では、こちらの質問になりますが……。その呪いのアイテムがどのような物なのかご存知ですか? そして、それを手に入れてどうするつもりなのですか?」
「呪いのアイテムに関しては詳しくは知りません。ですが、呪いを解くために必要だと聞いています。僕達のパーティの優秀な魔法使いが書物を解読して、解呪の方法を探してくれました」
僕はそう言って、エミリアをチラッと見た。
するとエミリアは、何も言わなかったが、どや顔で胸を張った。
可愛いけどウザい。
クラウンさんは難しい表情をする。
「……脱線しましたね。さっきの続きの話をしましょう。
さっき、私はこう言いましたね。『呪いを持ち帰った冒険者と、呪いのアイテムは同じ場所に保管されている』と……。冒険者とアイテムを同列に扱うことに疑問を感じませんでしたか?」
「……確かに、その通りですね」
言葉の意味を考えてみる。
普通に考えて呪いのアイテムと冒険者を同じ場所に保護、封印するのは考えにくい。
呪いの影響を受けている以上、最も重症の患者であるはずだ。
しかも、クラウンさんは冒険者を何故が物のような言い方をしている。
「……まさか」
嫌な予感がした。
「そのまさかです。呪いのアイテムは、持ち帰った冒険者達と同化しています。彼らは如何なる手段を用いても助かる術はない状況となっています。何せ、呪いのアイテム自身が彼等を呪い殺して人形のようにされているのですから」
「……じゃあ、その人達はもう……」
「……はい。既に死んでいます。
私どもはそれに早く気付くことが出来たため、最小の犠牲のうちに街から離れた場所に彼らの死体ごと簡易的に魔力を抑え、厳重に保管しました。
その場所も、遺跡と同様に強固な結界を敷いて呪いが溢れ出ないようにしてあります。……今、病院でもっとも重篤な患者というのは、その呪われたアイテムと彼らの死体を回収して頂いた方々なのです。そして、既にその中から何人も死者が……!」
クラウンさんは悔しそうに自身の拳を握りしめる。
「なんてことだ……」
「……つまり、私達もそうなってしまうかもしれないとお考えですか」
エミリアはクラウンさんに問う。
「……えぇ、申し訳ありません。しかし、それを考慮してでも、解呪をあなた方にお願いしたい。危険性は私も十分承知しております。
ですが、このままでは最悪の事態に陥る可能性があります。報酬はお支払いいたします。どうか、お願いします……」
クラウンさんは深々と頭を下げた。
僕達は顔を見合わせた後、全員でクラウンさんに向き直って、返事をした。
「僕達は引き受けます。引き受けたいと思っています」
「……ありがとうございます」
こうして、僕達は危険を承知で呪いの解呪の依頼を受けることになった。
クラウンさんの許可が下りたことで、僕達は呪いのアイテムを保管してある場所の詳細の地図と、封鎖された遺跡に入る許可とその封印を解く言葉を教えて貰えた。
◆
「これで、準備は出来たね。
あとはカレンさんの知り合いの魔法使いさんが来るのを待つだけだけど……」
僕はそう言ってカレンさんを見た。
「それじゃあ、街の入り口に行きましょう。そこが待ち合わせの場所よ」
「分かった」
僕達は街の入り口に向かい、そこで目的の人物が来るまで待機することにした。ちなみに、今回は馬車を使わないのでリーサさんはお留守番してもらっている。
「来るまでに彼女の事を話しておくわね。
これから会う予定の人は、私にとっての魔法の師匠でもあるわ」
「へぇ~、カレンさんの……」
「少し前まで、王宮の方で私と一緒に仕事をしていたんだけど、最近は何やらあちこち飛び回ってて、忙しそうにしているわ。何か他に訊きたいことはある?」
聞きたい事か、色々あるけど……。
僕は手を挙げて質問した。
「その、カレンさんとそのウィンドさんは何で知り合ったんです?」
「んー……私が色々あって冒険者になるときにね、魔力の扱いが下手だからって事で王宮に連れていかれたの。その時にね」
カレンさんにもそんな時期があったんだ。
「ふむ……それで、ウィンド様はどのような方なのでしょうか?」
今度はレベッカが手を挙げて言った。
「変人よ」
「……そ、そうでございますか」
即答だった。
それだけ言うということは、余程の変人なのだろう。
逆に興味が沸くけど……。
そして今度は姉さんが質問した。
「えっと、その人の歳と性別は?」
「性別は女性ね。年齢不詳だからは歳は分からないわ。
強いて言うなら、見た目はレイ君やエミリアと同じくらいかしら」
見た目は若いってことかな。
実年齢が分からないってのがちょっと気になるけど。
「あと、あいつ覗き見と噂話が好きでね。
いつの間にか人の背後に回って反応見て楽しむのが趣味だから気を付けた方が良いわよ」
「……それはまた、厄介そうな人物ですね。
ちなみに、その方はどういう魔法を使うのですか?」
今度はエミリアが質問した。昨日、少し訊いたのだが、エミリアは知り合いでは無いけど心当たりがあるようだ。
「基本的には風を使った攻撃が得意かな。
あと、レベッカちゃんが使用できる<時魔法>も使えるみたいよ。
というかあいつに使えない魔法ってあるのかしら……」
「……そ、それは驚きでございます」
レベッカの時魔法というと<重圧>などが該当する。その系統の魔法は、<禁呪>って言われるかなり希少で使い手の少ない魔法なはずだけど……。
「……もしかして、ウィンドさんってカレンさんより強い?」
「…………」
僕の問いにカレンさんは答えなかった。
しかし、その表情から察するに、おそらく肯定しているのだと思う。
「さて、そんな話をしているうちに、どうやら来たようね」
カレンさんがそう言いながら指差す方向を見ると、そこには一人の少女がいつの間にか立っていた。
髪の色は薄い緑色で、背中まで伸ばした髪を緩い三つ編みしている。瞳の色も緑で、服装もそれに合わせてか緑を基調とした魔道士風の衣装を身に纏っている。
エミリアのとんがり帽子を小さくしたような緑色の帽子はオシャレポイントだ。清楚な雰囲気を出しながらも全体的可愛らしい衣装だと思う。ちなみに胸元は控えめだ。
カレンさんは年齢不詳と言っていたけど、確かに僕と同じくらいの外見だ。身長は僕より少し低いくらいかな。顔立ちは幼さを残していて、雰囲気はエミリアよりもレベッカに近いが美人だ。
一言で言えば、清楚系美少女魔法使い(緑)
……だろうか。少なくとも見た目は。
彼女は僕達をジッと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「あなた達がカレンの知り合いの冒険者さんたち?」
「そうよ」
カレンさんが答えると、
ウィンドさんは僕達の方に近づき、一人ひとりに視線を向ける。
「……ふぅん………なるほど」
そして、最後にカレンさんに視線を向けて、少し表情を崩してニヤリと笑う。
「……沢山友達が出来ましたね、カレン?」
「っ!? う、うるさい!」
「おや? 照れてますか?」
「違うわよ!……それより、用件は分かってるんでしょ? 早く封印を解きに行きましょうよ」
「……ふぅ、初対面なのですから、挨拶くらいさせてください」
ウィンドさんは苦笑しながらそう言うと、改めて僕達に向き直った。
「初めまして皆さん。私はウィンドと申します。
今日は助っ人として呼ばれました。短い間でしょうが、よろしくお願いしますね」
ウィンドさんはそう言って軽く頭を下げて会釈する。見た目通りというか、物腰は綺麗な人だ。カレンさんから聞いたほど変わり者には見えないけど……。
今のやりとりを見る感じ、カレンさんとは結構仲が良いのかな?
物腰を見ると年齢不詳というのは少し分かる。外見は僕らと大して変わらないのに、自分よりもずっと年上のような印象を受けてしまう。
「レイです。よろしくお願いします」
僕も頭を下げる。
「レイ………」
ウィンドさんは僕をじっと見ている。
何か変だったかな?
僕は少し不安になりつつも、彼女の次の言葉を待った。
「………なるほど」
ウィンドさんは納得したように一人で頷いた。
「???」
何のことか分からず、僕はカレンさんの方を見る。
「……ね。変人でしょ?」
「……あー、はい」
なんとなく理解できた気がする。
この人、自己完結して人と会話が続かないタイプだ。
「変人とは失礼な。少しレイさんを見ていただけですよ。
私は、これでも物知りなので、状況をすぐに把握することに長けています。
例えば……そうですね、レイさんが『勇者』であるという事も」
「えっ?」
「な、何故レイ様の事を知ってらっしゃるのですか……?」
自分が勇者であるという事は仲間以外誰も知らないはず。
もしかして、カレンさんが伝えたのだろうか。
「(ふるふる)」
僕の言いたいことが伝わったのか、カレンさんは即座に首を振る。
ということは、彼女が勝手に当てたという事か。
「あー……何か、聞いていたよりよっぽどヤバそうな人ですね……」
エミリアは呆れた様子で言った。
「ヤバくありません、普通の魔法使いです」
「嘘つくな、この年齢詐称女」
ウィンドさんはしれっと答えたが、背後からカレンさんが辛辣な事を言った。
そして、その言葉に反応したのは姉さんだった。
「ね、年齢詐称女って……カレンさん、それは失礼じゃないかな!?」
「え、えぇ……?」
どういうわけか、ウィンドさんじゃなくて、
姉さんから非難されカレンさんは困惑した様子を見せる。
「……そういえば、姉さんの本当の年齢を僕は知らないんだよね」
「じゅ、十七歳って前に言ったよね!?」
「……本当?」
「ほ、本当だよ! どうして疑うの~!」
姉さんは涙目で抗議してくる。可愛い。
でも姉さんが十七歳というのははっきり言って怪しい。
「……そろそろいいでしょうか」
「あっ、はい」
話の流れをぶった切って、ウィンドさんは僕に話しかけてきた。
「今回のお話は、呪われたアイテムを安全に輸送し、解呪を行うという事でしたよね。
呪いのアイテムの運搬方法は私が行う予定でいます。レイさん達とカレンには、最初に呪いを一時的に封印する処置を行ってもらう必要がありますね。
その後に、呪いを解く必要があるのですが……その方法はご存知ですか?」
事情は聞いてるみたいだ。となると話は早い。
「エミリア、説明頼める?」
「了解です」
エミリアは元気よく答えた。
「呪いを解く方法は大きく分けて二つあります。
一つは、術者本人による解除。もう一つは、媒体となっているアイテムから取り除く方法。今回の場合は、後者の方法を取ります」
エミリアは以前に見付けた、呪いの魔法の描かれた魔導書を取り出す。
「ここに書かれた一部のページを解読し、解呪の方法が記されていました。
呪いの大元は元々アイテムが置かれていた場所にあり、そこで適切な儀式を行わないと、完全な呪いの解呪が難しいと書かれていました。
そして、解呪に必要な供物が必要とのことですが、それは事前に集めてあります。残るは、呪いのアイテムの回収、それと元々の場所へ赴いて解呪を行うだけという段階に来ています」
エミリアが分かりやすいように解説する。
供物に必要な物は、ここ二日の間で集めた<蛇の翼>と<消えない炎の欠片>だ。
でも、確かもう一つ必要なものがあったような……。
「エミリア、もう一つ何か無かったっけ?」
「うん? ああ、<魔を払う術者の体液>ですよね。
それはアレです、ここにいるベルフラウとカレンが現物供給するので」
「……え?」
「はい?」
突然話を振られて、二人はきょとんとした表情を見せた。
「二人とも、何今知ったみたいな反応してるんですか。
前に言っておいたじゃないですか。<浄化>の魔法を使える術者の二人の血を使うって」
……そんなこと言ってた気がする。
「え、でもぉ……ねぇ、カレンさん?」
「そうよね……ベルフラウさん……今からそんな血を抜いたら戦えなくなるじゃない」
儀式に使うための血の量はそれなりに多いと聞いている。
確かに、今から血抜きするとなると戦闘どころじゃなくなりそうだ……。
「ふむ……体液でいいのであれば、血では無くても良いのではないでしょうか」
「え?」
ウィンドさんが口を開いた。
「例えば唾液や汗などですね。それでしたら、代用できると思います」
「……あぁー」
なるほど、そういうことか。
それなら、健康や戦闘に支障もなさそうだ。
「……そ、それはそれで……ねぇ」
「う、うん……レイくんの前だからみっともないよ……」
しかし、二人は微妙な顔つきになった。
「ちょっと! いい加減にしてくださいよ!!
何でここにきて急に非協力的になるんですか!!」
どこか消極的な態度にエミリアが怒り始めた。
仲間同士で喧嘩するのってうちのパーティだと結構珍しい。
「あ、あの、レイ様……」
レベッカはこっそり僕の傍に来て言った。
「もしよろしければわたくしの血を使えば……。わたくしは浄化は使ったことはありませんが、魔を払うというのであれば神職である私も該当するかと思います」
「そ、それはダメだよ!
レベッカの綺麗な身体にそんな傷を付けるなんて――‐!!」
僕は慌てて否定する。
「い、いえ……そのお気持ちは嬉しいのですが……」
「僕が嫌なんだってば……それに、その案は却下するからね」
そう言いながら、僕はレベッカの案を却下する。
「……ねぇ、レイくん。私達とレベッカちゃんの対応の差は何?」
「そうね、きっちり説明が欲しいわ……」
あ……。
しまった、つい勢いで言ってしまったけど……。
「いや、その、ほら……レベッカはまだ幼いし……」
本当のところは、僕のレベッカに対する過保護意識なのだが、それを言うわけにもいかない。
一応、年齢の確認をしておくと、
レベッカは十三歳、カレンさんは十八歳、姉さんは自称十七歳だ。
「……魔を払うもの……という事は、<勇者>も該当するのでは?」
ウィンドさんがボソッと呟いた。
「「「「あっ……」」」」
僕とウィンドさん以外の四人がウィンドさんの言葉に反応した。
「……え?」
「ウィンドさん、ナイスアイデアです!
確かに勇者なら、きっと呪いのアイテムの効果を打ち消すことができますよ!」
エミリアが興奮した様子でウィンドさんを褒め称えた。
「まぁ言われてみれば、その通りかもね。
こうやって、私達が喧嘩するよりもレイ君にやってもらった方が……」
カレンさんは僕に視線を合わせながら言った。
そして、全員の視線が僕に集中して、無言の圧力が掛かる。
「……はい、それでいいです」
結局、押し切られてしまった。
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