第259話 一難去って……

【視点:レイ】

「―――終わった」

 既に日は落ちており、もう夜も更けている。


 魔軍将クラウンが消滅したところを見届けたボクは剣を仕舞う。

 街に災厄をもたらし、仲間達を傷付け、更には雷龍のカエデすらを殺そうとした憎き男との因縁は遂にここで途絶えた。

 思ったより、あっけない幕切れだったけども……。


 あの男に同情や憐憫の気持ちは一切沸かないけど、それでも倒した後の気分は虚無感だけだった。これなら、エミリア達とダンジョンでお宝探して魔物と戦う方がよっぽど楽しい。


「(――ボクに、復讐とか合わなさそうだな……)」

 怒りの感情も全て消えて、何というか虚しさだけが残ってしまった。

 せめて、この勝利をみんなで共有して帰ろう。


 そう思いながら、ふと後ろを振り向く。

 ボクの戦いを見守っていた仲間達は、ボクの姿を確認すると駆け寄ってきた。


「レイ、やりましたね!!」

「流石レイ様でございます。見事な戦いぶりでございました!!」

 まず、エミリアとレベッカに声を掛けられた。二人とも凄く興奮しているようで、さっきまでの疲労感はどこへやら、目をキラキラと輝かせていた。


「あ、うん、ありがとう」

 そして、二人と話していると、姉さん達も話に加わってきた。


「お疲れ様、レイくん。

 お姉ちゃん、ずっとヒヤヒヤしながら見てたよー。無事で良かった」


「心配かけてごめんね、姉さん」

 ボクは苦笑しながら答える。騎士でも何でもないボクが一騎打ちを行ったのは姉さんも驚いただろう。ウィンドさんの発案ではあるけど、ボクもかなり無茶をした自覚はある。


「カエデも力を貸してくれてありがとう」

 ボクの傍に寄ってきた雷龍のカエデにも礼を言う。


 ――桜井君、凄かったよー!

 カエデは、首をこちらに摺り寄せてくる。

 猫じゃないんだから雷龍の身体でそんな動きされてもこわいよ……。


「カレンさん、剣返すね」

 ボクは剣の取っ手の方をカレンさんに向けて返却する。


「それにしても凄かったわ。あそこまで圧倒するなんてね」

 カレンさんは聖剣を受け取りながら言った。


「ボクも本当に驚いたよ。

 といっても、あいつもかなり弱ってるように見えたけど」


 今回の勝負、結果だけ見たら圧勝に見えるけど、そういうわけでもない。

 カエデの力を借りている時点で一騎打ちとは言いづらい状況で、彼女に借りた力はボク自身の力を大きく超えていた。その上で、更にカレンさんの聖剣のお陰で、奴の防御を突破することが出来たのだ。


 奴よりも早く動けたのも、奴の魔法攻撃を振り払えたのも、今のボクが女の子状態かつカエデから力を借りていたためだ。最後に使用した極大魔法に関しても、能力を共有していたカエデを通じて得たものでボク自身の魔法では無い。


 更に、奴は随分と追い込まれていたのか逃げ腰だった。

 連戦で魔力も相当減っていたようで、奴にとって<焔の嵐>は最後の切り札だったのだろう。それが突破された時点ですぐに撤退しようとしていた。勿論、撤退なんてボクが許さなかったけど。


 結局、今回の戦いは、みんながあいつを追い詰めて、最後にボクが止めを刺しただけだ。

 だから、この勝負はボクの勝ちじゃなくてみんなの勝利だ。


「ウィンドさん、一応勝ちましたよ」

「はい、良く出来ました。ハナマルをあげましょう」

 そんな、子供みたいな……。


「それで、レイさん自身の感想はどうでしたか?」

「そうですね……」


 ボクは少し考えてみる。


「――何というか、思ったより自然に動けました」


「それは良いことですね。雷龍と契約を結んだ甲斐があったというものです」

 ウィンドさんは、珍しく裏表のない笑顔で言った。


「それで、ウィンドさん。結局、何が試練だったの?」

 姉さんは疑問に思ったことを尋ねたようだ。確かに気になるよね。


「試練というのは、何も今の戦いだけを指す言葉ではありませんよ」


「どういうことです?」


「試練とは今回の一連の騒動を指します。

 レイさん自身がどのように成長したかを見極めるためのものですよ」


「え?それって……つまり……」

 姉さんが何かに気付いたように声を上げる。


「私がカレンから連絡を受けた時から考えていました。

 未覚醒……いや、覚醒一歩手前まで迫っていた<勇者>は、何かしらのきっかけが無ければ、最後の一線を越えられない。

 ならば、敵が明確であれば、救うべき仲間がいれば、何かしらの身体変化をもたらす劇薬があれば、それが一押しになるのではないかと私は思っていました」


 倒すべき悪、救うべき仲間?前者は分かる。魔軍将クラウンの事だろう。

 救うべき仲間というのは……エミリア達の事か。


「それもありますが、私にとっての予想外は雷龍の存在でした。

 元々私はここに住み着いているとは思いませんでしたし、レイさんと同郷とは思っていませんでしたからね」

「ウィンドさんにも予想外という事だったですね」

「えぇ、後は大方予想通りではありましたけど」


 その、ウィンドさんの一言に、ウィンドさん以外の全員が反応した。


「え……つまり、それって……」

「まさか、あのクラウンが黒幕だったってことも……」

「クラウンが悪魔だということも、看破されていたと仰るのですか?」

 姉さん、エミリア、そしてレベッカがそれぞれ言う。


「……あの街、以前から様子がおかしかったのですよ。

 サイドとサクラタウンの境にあるというのに何故か情報が流れてこない。ギルドマスターがいつの間か変わっていても誰一人気付かず指摘もしない。

 カレンに依頼をされる以前から既に私は調査を行っていました。そして、私が以前に秘密裏に調査した際には、魔物すら蔓延っていなかったはずの大昔の遺跡に何故か大勢の魔物達が潜んでいたこと。ここまで怪しければ、何者かが裏で動いていたことくらい気付きます」


「そ、そこまで気付いていたのに、何で言わなかったの!?」

 カレンさんはウィンドさんに詰め寄りながら言った。


「全てネタ晴らししてしまっては面白くないでしょう。

 それに、きっかけを作るなら事前情報は極力少ない方がいいです」


 カレンさんは、呆れたような顔をしながらため息をつく。


「まぁいいわ……。で、結局アンタの計画通りにレイ君は覚醒できたの?」


「雷龍の存在が想定外でしたが……結果、私の予想以上に、彼女……彼は成長してくれました」


 ボクは、自分の手を見ながらじっと見つめていた。

 そんなに強くなれたのだろうか……。


「……あの、最後に質問宜しいでしょうか、ウィンド様」

「何でしょうか、レベッカさん」

「……さきほど、何かしらのきっかけが無ければ、一線を越えられないと仰っておりましたが……」

「言いましたね」

「その、倒すべき悪と、仲間、までは理解できたのですが……。

 最後の、『何かしらの身体変化をもたらす劇薬』というのは……」

「………」

 ウィンドさんは、レベッカの質問に答えず無言になった。

 そして、ボクから目を背けた。


「……え、それって」

「もしかして、ウィンド……アンタ……」

「レイくんをわざと、女体化させたってこと!?」


 ………………!?


「はあああああああ!?」

 ボクは思わず大声で叫んでしまった。


「ど、どういうこと!? ウィンドさん、

 前に聞いた時、『女に変わるのは想定外』とか言ってたじゃん!」


「そうよ、私も聞いていたわよ」

 ボクとカレンさんがウィンドさんに詰め寄って質問攻めにする。

 すると、ウィンドさんはこう答えた。


「あれは嘘です」

「はあ?」


「――正確に言えば、全部嘘ではありませんね。どう身体的変化を起こすかまでは完全には予想は付いていませんでしたから」


「いや、でも……」


「とはいえ、出来る限り安全に、変革をもたらすという意味で、性別に作用する効果は付与させていました。結果、女体化という最も被害が少ない形で作用したのは幸いと言えますね。もしかしたら、より男らしくなる形で作用した可能性もありましたが」


「じゃ、じゃあ初めからボクに何か起こるのは織り込み済みで……」


「そうなりますね……。しかし、予想外だったのは、想像よりも随分女らしく変化したことでした。あなたが着飾った今の恰好で私の前に現れた時、それはもう驚きましたよ。

 まるで、初めから女だったのではないかと、より女らしく変化したのでは? と間違った判断をするところでした」


「ああ、なるほど……。だから馬車で待ち合わせした時、あんなにも動揺していたんですね」

 エミリアは納得したような事を言った。

「ええ……正直、この薬を制作した私自身の才能が怖かったくらいです」

「それは自画自賛すぎるような……」

 エミリアは呆れた表情で呟いた。


 ――桜井君、女の子になったの薬のせいだったんだね……。

 カエデが同情するような声で言った。傍目には竜が唸るような声だけど。


「うん……でも、まさか意図的だったとは……」

 ウィンドさんが現れてから、結構散々な目に遭ってる気がする。


「……ところで、ボクはちゃんと男に戻れるんですよね?」

 今の話を聞いて心配になってきた。


「それは大丈夫ですよ。以前に言った通り、一週間……あと五日もあれば薬の効果が解けるはずです」


「良かった……。ボク、このまま一生女のままだったらどうしようかと……」

 安心してボクは胸を撫で下ろした。


「ウィンドさん、ちょっとお話が」

 エミリアはボクをチラッと見てから、ウィンドさんと小声で何か話し始めた。


「……の薬ですけど……余ってたら……」

「………ですね……では……お互いの……………で、如何でしょうか?」

「……なら……お願いします」

「ふふ……………」


 二人でこちらをチラチラ見ながら何か言ってる。


「あの二人、何を話してるんでしょうね」

「さぁ……。まぁ、あんまり良くない事なのは確かよね」

 姉さんとカレンさんが苦笑いしながら言う。


「レイくん、気にしない方がいいよ。悪い予感しかしないから」

 本当に嫌な予感しかしないし、被害受けそうなのボクって予想すら出来てしまうんだけど、泣いていいだろうか。


「――で、お願いします」

「分かりました……。私も、良い研究仲間が増えて嬉しいですよ」


 二人の話が終わったようだ。

 最後の研究仲間って部分が、マッド感があって怖すぎる。


「……ねぇ、戦いも終わったんだし、そろそろ帰りましょ? もう深夜も近いわ」

 姉さんの言葉に、ボク達は頷く。


「そうでございますね。もう魔軍将は撃破しましたし、雷龍のカエデ様も無事に保護できました。わたくし達は最良の結果を得られたと言えるでしょう」


「そうだね。みんな無事だし、後は帰るだけだね」

 ボク達はそれぞれ荷物をまとめ始めた。その時だった。


「まだ終わっていませんよ」

 ウィンドさんが突然そんなことを言い出した。


「え、でももう戦う相手は……」


「いえ、実はもう一つ懸念材料があるのです。

 ……それが判明するまで、少しこの場で待機しておいてください」

「??」


 ウィンドさんは、そう言って、何か詠唱を始めた。

 そして、ボク達の目の前に、大きなスクリーンが映し出される。

 その中の映像は、この山の頂上が映し出されている。


「……頂上の映像ですか?」

「随分荒れ果ててしまいましたが……」

「特に何か異常があるわけじゃないわよね。何を見せたいわけ?」

 カレンさんが怪しげに尋ねる。


「……場面を切り替えます」

 ウィンドさんはそう言って、また何か詠唱をする。

 すると、映し出された映像は、頂上付近の比較的無事な場所に切り替わった。

 そこには、半径1メートル程度の魔法陣が今でも起動状態になっていた。


「……ウィンドさん、これは?」

「これは、私達が来る前から設置されていた魔法陣です。主に離れた場所から連絡を行う魔法陣ですね」


「連絡……通信魔法みたいな?」


「それをより汎用的にしたものですね。魔法陣と魔法陣を繋げて、相互に魔力を飛ばすことで通信魔法が使用できない者同士でも連絡が可能になる装置です」


 要は、固定電話のようなものだろうか。


「私が訝しんだのは、これが魔王軍が占拠していた頂上の近くに設置されていたことです。間違いなく、魔王軍が設置したのでしょうが……どうも、山中だけでなく、地上に連絡を取っていた形跡があったのです。つまり……」


「地上にいる何者かが、魔王軍と連絡を取り合っていたと?」

 エミリアが確認するように言った。


「えぇ、その通りです。……そして、私が今こうして待っているのは、次に連絡が来るタイミングです。もし、何者かが連絡が入れば……そこから逆探知して敵の居場所が掴めるかもしれません」


「なるほど……そういうことね」

「えぇ、ですから、今はここで待っていてください」

「分かったわ、少し待ちましょう。レイ君」

「うん」


 ボク達が了解したことを確認すると、

 ウィンドさんは、先程までと同じように、何かの詠唱を始める。


 それから十五分後――


「……来ましたね」

「えっ?」

 モニターには、さっきと違い魔法陣が点滅し始めている。


「誰かが、この山に魔法陣を介して通信しようとしています。

 この魔法陣を設置したのが魔王軍であれば、連絡を取ろうとするのは間違いなく同じ魔王軍のはず……!」

 ウィンドさんは確信を持ったように言った。


「今から、この連絡を傍受します。皆さんは決して音を立てないように」

「うん」

 ボク達は黙って見守る。


「……繋がりました!」

 ウィンドさんが言った直後、モニターから雑音と共に、しゃがれた老人の声が聞こえてきた。


『……魔軍将……サタン・クラウン……応答しろ……』


 声の主は、明らかに人間ではなかった。

 人間にしては、聞いただけで寒気がするような、まるで死を連想させる死神のような声だった。その声は一切の生気を感じさせない。


『応答せよ………雷龍を無事に捕獲できたか?』

 雷龍はカエデの事だ。

 連絡主は魔軍将の名前や目的なども把握している。

 ということは間違いない。


 しかし、それに誰も反応は出来ない。

 もしボク達の存在がバレてしまった時、嫌な予感がするからだ。


「………」

 ウィンドさんは、緊張した様子で魔法陣の様子を探っている。

 おそらく、さっき言っていた逆探知をしているのだろう。


『……反応が無いのであれば、作戦は失敗と判断する………。そして、今より次のシークエンスに移行し、今から任務失敗時の後始末を行う』


「ッ!?」

 後始末という言葉を聞いて、ボク達は息を飲む。


「(……どういう意味だ?)」


『貴様らが雷龍に負けて滅ぼされた可能性を考慮し、明日の明朝……時間にして今から六時間後。麓の人間の村とそこに住み着いている雷龍を含めた全ての生物を一掃する』

 そして、その言葉を残して通信は途絶えた。


 ……なんとも無慈悲な宣告だった。


「そんな……」

「なんて事を言うのよ! この山にいる人達全員を殺すっていうの!!」

「……許せない」

 カレンさんとエミリアが怒りに震えている。ボクだってそうだ。


「……今の通信で居場所が分かりました。

 連絡を入れた主は、地上のこの山の麓から東四十五キロ離れた場所。しかし、今の宣告を考えるのであれば、おそらく奴の方からこちらに向かってくると思います」


「なら……迎え撃つしかないわね」

 姉さんが言うと、みんな一斉に武器を構える。


「でも、時間が無いよ。それに、このままだと麓の村まで……!」

 さっきの宣告をそのまま取るなら、麓の村の人間や魔物すら巻き込んで殲滅すると言っている。


「確かに、悠長にしている時間はありませんね。

 レイさん、あなたはここに居る数人を連れて、雷龍に乗って麓の村に行ってください。そこには私の弟子が待機しています。そこで協力して住民の避難をお願いします」


「ウィンドさんの方は?」

「私は今はここで、残った結界……飛行魔法を封じている結界を解除してから、残った皆さんを下に送ります。敵の戦力が掴めませんが、掃討作戦と捉えるならば相応に多いはず。気を付けてください」


「分かった……」

「では、早速行動に移りましょう」

 ウィンドさんの言葉に、ボク達はすぐに動き出した。

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