第827話 魔王城へ?

 魔王城に入る前によく分からない敵に勝利したレイ達一行。


「あれ、障壁が解除されてるよ?」


 魔王城の周辺を軽く叩いてみると、先ほどまでは固い壁のように物理的な攻撃や魔法を弾いていた障壁が跡形もなく消えていた。


 瘴気のような黒い何かはジメっとしているが、触ってみると泥のようなベタベタした感触だった。手に付いた黒い液体をハンカチで拭うと僕は振り返って姉さんに声を掛ける。


「もしかして、さっきの変な人が倒れたからかな?」


「アイツがあんな強固な魔法障壁を張っていたとも思えないけど……。でも、確かに何か異様な雰囲気は消えたわね」


 竜化を解いたルナと姉さんがそう言いながら魔王城の周囲を散策する。


「皆様、こちらへ。おそらくここが魔王城の入り口と思われます」


「!! 分かった、すぐ行く」


 レベッカの一声で僕達は彼女の元に集まる。


「おそらく、ここが入り口かと」


 僕達が集まるとレベッカは正面を見て右手を伸ばして指差す。彼女の指差す方向には、周囲と同じように黒い瘴気に包まれていたが、確かにそこには大きな両開きタイプの鉄扉があった。


 だが扉がやたら大きい。大体高さ10メートル以上、幅8メートルといった感じだ。


「まるでお城のような扉ね。まぁ、魔王”城”なんだから当然なんだろうけど」


「それにしてもおっきいねぇ……」


 ルナはそう言いながらおもむろに扉に近付いて力を込めるが……。


「う、う、う……」


 いくら魔力が高かろうと細腕の彼女にこんな巨大な鉄扉を開けられるわけがない。ルナは顔を真っ赤にして扉を押すがビクともしない。


「あー、無理しちゃダメですよルナ。多分、これ人間が開けることを想定してないと思います」


「二人とも離れて。面倒だから一気に破壊しちゃうわ」


 カレンさんがそう言って剣を構えると、ルナとエミリアが巻き込まれない様に慌てて扉から離れる。


「さぁさぁカレン先輩、やっちゃってください♪」


 サクラちゃんが楽しそうにそう言うと、カレンさんは若干引きつったような顔をして剣を突き刺すように構える。


「……おかしいわね。今から人類の宿敵である魔物の総本山に乗り込むっていうのに緊張感が欠片も無いわ……」


「ガチガチに緊張するよりはマシじゃない? さぁカレンさん、お願い」


 カレンさんの呟きに姉さんが笑いながらそう答える。カレンさんは苦笑し、キリッと表情を改める。


「――――はあっっ!!!」


 そして気合一閃と共に鉄扉の方に向けて剣を一気に突き出す。


 カレンさんの攻撃はドスンと大きな衝撃と共に鉄扉に激しく突き刺さり、その衝撃に巨大な扉にピキピキとヒビが入っていく。そしてやり切った顔をしてカレンさんが剣を鉄扉から引き抜いて後ろに下がると、数秒と経たずに巨大な鉄扉は轟音と共に完全に崩れ去ってしまった。


「まぁこんな所ね……さっさと行きましょうか」


 涼しい顔でカレンさんが剣を鞘に仕舞うとさっさと中に入っていく。僕達も彼女に続いて、遂に魔王城へと足を踏み入れた。


 ◆◇◆


 ――魔王城 1F――


 魔王城の禍々しい外観とは裏腹に、魔王城の内装は周囲こそ薄暗いが至って普通の城といった感じで、僕達は拍子抜けする。


 ともあれ、ここは敵地。気合いを入れて探索を開始する。


「中も普通ね……もっとこう、悪魔っぽいのを予想してたんだけど……」


「所々に悪魔っぽい彫像が置かれてますけど……もしかしたら近づいたら動くタイプのものだったりして?」


「え、エミリアちゃん、脅かさないでよぉ……」


 エミリアの言葉にルナが大げさに怯えながらそう言って彼女の腕に抱き着く。


「でも、なんだか変じゃない? 中に入った瞬間にいきなり攻撃してくるとか予想してたのに……さっきから一匹もモンスターに遭遇しないわ」


「……うん、確かに」


 姉さんが言った通り、僕達を出迎えたのはモンスターではなく不気味なくらい静かな城内の空気だけだった。


 そして、探索を始めて一時間経過した頃——―


「……物音一つしないね。本当にここは魔王城なのかな?」


 代り映えのしない通路を歩き続けて、僕は漠然とした不安を口にする。


「間違いなく魔王城の中の筈なんだけどね。もしかして、あの変な奴の罠で全く別の場所に飛ばされたとか……そんなわけないでしょうけど」


 僕の言葉に前を歩いていたカレンさんが立ち止まってこちらを振り返って言った。


「他の冒険者の方々の姿も今の所見られません……皆様は既に奥に行ってしまわれたのでしょうか」


「これだけ歩いて誰も見掛けませんし、何より争った跡が全く見られないのに違和感がありますね」


 レベッカとエミリアも違和感を感じていたようだ。僕とカレンさんが話していると少し困惑が混じった表情で話に加わってきた。


「……なんだか怖いね、ノルンちゃん………ノルンちゃん?」


 ルナが隣を歩いていたノルンに声を掛けるのだが、返事が無い。僕達は足を止めて振り返り、彼女の姿を確認すると……。


「……」


 ノルンは背後を向いて無言で立っていた。


「……ノルン?」


 彼女が微動だにせずにじっと後ろを見つめていることに、何か嫌な予感を覚えた僕はゆっくり彼女に近付く。だが、その前にお気楽なサクラちゃんがノルンの背後から彼女に小さな身体を抱きしめて明るく話しかける。


「ノルンさーん♪」「……」


 だが、サクラちゃんに話しかけられてもノルンは相変わらず無言のままだ。反応が無かったことに不満なサクラちゃんは抱きしめるのを止めて彼女の正面にグルりと回り込む。


「もう、なんで返事してくれないんですかー!」


 すると、ようやくノルンが彼女に返事をする。


「……サクラ、今、考え事をしてるのよ。少し黙ってて」


「……どうしたんですか? そんな真剣な表情で……」


 ノルンの真剣な表情に、サクラちゃんも少し心配そうな声で彼女に尋ねる。


「何か変な感じが……」


「変? 何が?」


「違和感があるのよ。まるで……そう、まるで……」


 ノルンはそこまで言うと言葉を詰まらせる。そして、彼女は足元に視線を向けると眉を潜めて言った。


「……ずっと同じ場所を延々と歩き続けているような……」


「「……!」」


 ノルンのその言葉に、僕とカレンさんが同時に目を見開く。


「ノルン、それはいつから?」


 カレンさんはノルンにそう言って彼女の肩を掴むと、強引にこちらを向かせる。ノルンはその勢いに少々驚いていたが、すぐに普段のローテーションな態度に戻って淡々と答える。


「一番最初に違和感を感じ始めたのは五十分程前ね。最初は空気が変わった気がする程度の漠然とした疑問だったわ。次に感じたのは三十分くらい経った頃。周囲を見渡しながら歩いていたら一定間隔で同じ間取りをずっと繰り返して歩いている感覚があった。確信を得たのはついさっきよ」


「……つまり、僕達は、今……」


「同じ場所をグルグルと回ってるってわけね。……妙に静かだと思ったわ……私達は今、敵の罠に嵌っているって事よ。あの変な奴、もしかしてまだ生きてて私達をこの空間に閉じ込めてるんじゃないかしら……」


「しかし、どういった原理でしょうか? ただ同じような光景が連続して続いているだけの可能性は?」


「いえそれも変よエミリア。私達ここに入ってずっと正面向いて直進してたでしょ? いくら長い通路だとしても、一時間以上直進するなんてまずあり得ないわ」


「……確かに。バカですね、私達……どうやら気が緩んでしまってたみたいです。少し考えればもっと早く違和感に気付いたかもしれないのに……!」


 そう言いながらエミリアは綺麗な黒髪をボリボリとかき毟る。


「……ちょっと考えてみよう。ノルンの感覚だと今から五十分前に空気が変わった気がしたと言ってたよね?」


 僕はノルンに改めて確認をする。


「ええ、そうよ」


「だとするならそのタイミングで僕達はループに嵌ってしまったって事だと思う。さっきカレンさんが言ったように、入り口で交戦したあの変な悪魔が何か僕達に仕掛けたのかもしれないね」


「では、このループを抜け出すには、その悪魔を見つけ出して、倒すしかないと?」


 レベッカに真剣な表情でそう問われる。


「……分からない。あくまでこれは僕の推測だ。ただ、ここまで歩いて一度の他の魔物に遭遇していないし冒険者の姿も無かった。そうなってくると疑いの余地があるのはそいつくらいしかないよ」


「……あるいは、他の何かに擬態してる可能性は? 例えば、その辺にいくつか配置されている悪魔の彫像とか……」


 姉さんのその発言に、僕達は周囲を見渡す。そして、すぐにサクラちゃんが何かを見つけて指差す。


「あ、あれじゃないですか?」


 彼女が指差す先には確かに悪魔の彫像が置いてあった。僕達はそこに集まり、悪魔の彫像に何か仕掛けがないか調べ始める。


「……特に何もないね」


「だけど、他に何か怪しいものもないわよ」


「たまに部屋への扉は見掛けましたが、どれもカギが掛かって入れる様子もありませんでしたし」


「うーん」


 皆、首をかしげて考え込む。だが、ここで答えが出る筈もなく……。


「……とりあえずこの彫像を少し移動させてみる?」


 僕は思い付きを言ってみる。ゲームとかだとこういう迷路や謎解きの場面に遭遇すると、何かしらのオブジェクトを移動させたり破壊したりすると突破口が開けたりすることは多い。


「あ、じゃあわたしがやってみます!」


 そう言ってサクラちゃんは悪魔の彫像を力いっぱい押してみる。


「うぐぐぐぐぐ!!」


 だが、この中で一番力のあるサクラちゃんでも彫像を動かすのはかなり大変そうだ。流石に女の子ばっかりに頼るわけにはいかない。


 僕が代わろうと声を掛けるのだが――


「サクラちゃん、僕も手伝う――」「ぐぐぐぐぐぐ!!!」


 が、言い終わる前に銅像を動かすことにサクラちゃんは夢中な様子だった。だが、その集中力が幸いしてか彫像が動き始める。


 ズズズ……と、少しずつだが悪魔の彫像が動く。


 だが、力を込め過ぎたせいか彫像は少しずつ傾いていきそのままひっくり返してしまう。


 ガシャンと大きな音を立てて壊れた彫像。


「サクラちゃん、大丈夫?」


「な、なんとか」


 僕達が心配する中、彼女は笑顔で返事をする。どうやら怪我は無いようだ。僕達はホッとする。しかし……。


「っ!!!」


 一瞬だが、周囲が白黒の砂嵐のような光景に変貌する。「何が起こった」と僕は言おうとしたのだが、次の瞬間に元の光景へと戻っていった。


「い、今の……皆も見た?」


 僕は恐る恐る皆に質問する。すると、仲間達は不安げな表情をしながらも頷く。


「決まりね……。おそらく、この彫像が私達をループさせている原因よ」


 ノルンは確信を得たのかそう語る。


「どうすればいい?」


「他にも彫像があるはず。ここと同じように全部破壊してみましょう。そうすればこのループから逃れられるかもしれないわ」


「分かった。それじゃあみんな、引き返しつつ道中の彫像は全部壊していこう」


「オッケー」


「えぇ、そうしましょう」


 そうして僕達は踵を返して引き返し始めた。

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