第826話 前座

 陛下とウィンドさんのカップルに見送られた僕達。


 目指すは魔王城。騎士達は島の外の凶悪な魔物達と交戦を続けている。クロードさん率いる魔法都市の魔法使いたちも騎士達に協力して遠距離から魔法で支援をしている。


 先行した冒険者達も半数程度では既に島の奥地に進軍しているようで、これだけ混戦した状態だと通信魔法で連絡が取るのも難しいようだ。


 ただ、その内の何人かはサクラちゃんと面識のある冒険者だそうで、恐らくは大丈夫だとの事。


「レイ、分かってますね。ここまで来たら私達は魔王城に真っすぐ迅速に向かうだけですよ」


「さ……急いで向かいましょ」


 エミリアは急かすように飛行魔を使って空に浮いて高速移動を始めて、続いてカレンさんとサクラちゃんが走り出す。


「レイ様、わたくし達も」

「うん」


 僕とレベッカは頷き合い、彼女達の後を追う。


「あ、待ってみんな……行っちゃった」


 しかし出遅れてしまったルナとノルン、レイの姉のベルフラウは出遅れてようやく走り出す。


「……ねぇ」


 体格的にあまり体力が無さそうなノルンは息を乱しながら最後尾が走る。だが、途中で気付いたことがあり、少し前を走るルナとベルフラウに声を掛ける。


「ひぃ……ひぃ……で、どうしたの……ノルンちゃん……」


 ルナも余裕があまり無いようで、声を掛けられるまでノルンがすぐ傍で走っていることに気付いていなかったようだ。


「……ルナ、ベルフラウ、なんで貴女達、空を飛ばないの……? ルナに至ってはドラゴンに変身すれば皆を一緒に運べるのに……」


「……」

「……」

「……」


 ノルンとベルフラウは顔を見合わせる。

 そして数秒程間を開けてから、ベルフラウが先に口を開いた。


「ノリで……」

「皆がすぐに行っちゃったから、慌てて……」

「……」


 その後、ルナはドラゴンに変身して二人を運び、その先で立ちはだかる魔物達を相手しながら疾走するレイ達と合流したのだった。


 そしてルナの背に乗って最短距離で魔王城を目指す。


「見えた。アレだ!」


 レイは空を飛行するルナの背中から魔王城らしき不気味な建造物のようなものを指差す。周囲には黒い瘴気のような禍々しい何かが漂っており、遠くからでも確認できる程禍々しい雰囲気を放っている。


「あれが……魔王城……?」


「多分、そうだと思うんだけど……」


 遠くから見た感じでは確かに城っぽい感じではあった。だが近くで眺めるとそれは『城』というよりは闇を固めて実体化させたような『何か』に見えた。


「……あれは建造物なんかじゃないわね。邪悪な瘴気が集まって、歪曲した異空間を作っている……。まぁ、魔物や魔王なんていう得体のしれない存在が済むには丁度良い『住処』ではあるかもね」


 ノルンは目を細めながら、”魔王城”の実態をそう評する。


「他の冒険者達はもう皆あの中に……?」


「とはいえ、あんな中にどうやって入ればいいの……? 入ったら入ったで簡単に出れるとは思えないし……」


「……ルナの背中に乗ってくるまでの間、それなりの数の冒険者の姿は目撃しましたが……彼らが先に中に足を踏み入れたという確証は得られませんね」


「待って……ちょっと試してみるわ」


 そう言うと姉さんは身を乗り出して杖を構えて遠くから魔王城に魔法を放つ。


<光弾>ライトボール


 姉さんが放った光弾は魔王城に着弾してそのまま消滅する。


「……」


「……やっぱり駄目ね、熱も音すらも遮断されているみたい。何らかの結界が張られてるのかしら……」


「だとするなら、他の冒険者達は何処に―――」


 僕がそう呟いた時だった。


『それは当然、魔王様に捧げる供物として、私が丁重におもてなしして差し上げましたよ……ふっふっふ』


 突如として魔王城から、何者かのねっとりとした男の声が響く。


「……!」


「今のは……!?」


『ようこそ、勇者御一行様。どうぞそのままお進みください。この私が、直々に案内して差し上げますよ……ふっふっふ』


「この声……もしかして……」


 エミリアは魔王城に語り掛ける声の主が誰なのか気付いたようだ。だが僕達には見当が付かない。


「エミリア、知ってるの?」


「魔王軍の強襲が会った時に変な奴が現れたって言いましたよね。丁寧な口調の癖に悪意しか感じない不快な口調がそっくりです」


「……この声の主は間違いなく敵ってことか」


「それは確定ですね。しかも自分は高みの見物を決め込んで部下達にだけ私達を襲わせた陰湿な奴です」


「最低ね」


「敵の風上にも置けません」


「悪党な上に小物とか救いようがないわ」


「普通にクズだよね」


「正義の味方に真っ先に倒されるタイプの悪役です!」


『私、その人の顔も見た事ないけど嫌いかも……』


『………』


 僕達が散々罵るせいか、先程まで饒舌だった声の主は沈黙してしまった。


「で、どうする? レイくん、行く?」


 姉さんに質問されて僕は一瞬だけ考えてから皆に質問する。


「……皆はどう思う?」


「……100%罠でしょうね」


「私達を魔王の元まで案内するメリットなんてないもの。多分、いきなり不意打ちを仕掛けてくるはずよ」


「レイさんレイさん、多分ですけど、陰湿な罠仕掛けてますよ! 例えば、中に入った瞬間いきなりモンスターハウスで、周囲は地雷罠が沢山仕掛けてあるとか! 霧の塔でそんなのがありました!」


「あの塔そんなヤバい罠仕掛けたあったのか……怖……」


 僕達が入ったのはごく低層だから大した罠は無かったけど、いつかサクラちゃんにどういう冒険をしたのか訊いてみたいところだ。


『くくく……どうされたのですか? 私は案内して差し上げると言っているのですよ? まさか勇者とあろうものが怖がっておられるのですか?』


「……」


 コイツ、何か腹立つな……。


「……ていうか、アイツは何処から声を流してるんだろ?」


「一応、魔王城から聞こえますけどね……」


「魔王城の中から外まで声が聞こえるのかしら……? まぁ、魔道具使えば別に難しい事じゃないけど……」


『……実は、案外魔王城の外の何処かに隠れて私達を煽ってたりして……?』


「「「……」」」


 ルナのその一言に一瞬だけ沈黙が流れ、その後に全員の視線が僕に集まる。


「いや……それは流石に無いと思うけど……」


 僕は苦笑しながらそう否定する。ラスダンの敵がそんなアホっぽい事をするはずがないと僕は思っているからだ。


『……ク、ククク、そんなわけないでしょう』


 そして、敵のあざ笑う声だけが響く。やっぱコイツなんかムカつくな……。


「……気のせいかもしれないけど」


「なに、ノルン?」


「アイツ、一瞬声が引きつってたような……もしかして、本当に……?」


「嘘でしょう? そんな馬鹿な話が……」


「……蒼い星ブルースフィア


 僕は立ち上がって腰の鞘に納めてある聖剣を取り出して聖剣(彼女)の名前を呼ぶ。


『何?』


「ちょっと試してみよう、出力50%くらいで」


 そう言いながら僕はルナの背中から飛び降りて地上に降りる。

 そして、蒼い星に威力を調整してもらい構えを取る、


『準備出来た』


「……よし、聖剣技――聖なる光の輝きディバインレイン


 僕は聖剣の技を魔王城に放つ。


「ちょ、レイ!?」

「レイ様!?」


 僕の言葉に皆は驚きの声を上げるが、ディバインレインによる光の雨は容赦なく魔王城の周囲に降り注ぎ、至る所を浄化の光で焼き焦がす。


 そしてしばらく攻撃を続けていると――


『ギエェェェェェェェェ!!!』


 ――魔王城からさっきの男の断末魔のような悲鳴が聞こえ、そして同時に攻撃していた部分が崩れ始めた。


 すると、スーツのような恰好をした悪魔の男が、ボロボロの状態で悪魔の翼を広げてこちらに向かってくる。


『き、貴様ッ……この私にこんな真似をしてタダで済むと思うなよ! 必ず殺してやる!!』


「……」


 僕は無言でディバインレインを放ち続ける。


『ギエェェ!! や、やめっ』


 あ、なんかちょっと楽しいかもしれない。


『あ、ちょ、止め――』


「蒼い星、出力80%」

『OK』


『ギエェェェ!!』


「蒼い星、出力100%」

『OK』


『ちょ!? おま、たすけてまおうさ……ギャァァァァ!!』


 そのままスーツ姿の男は光の雨の集中攻撃を受けて、やがて光の粒子となって消滅していった。


「……よわっ」

「ていうかアイツ最後に魔王に助け求めてましたね、ダサッ」


 こうして、ラストダンジョンの第一戦目はなんとも言えない勝利を飾った勇者一行だった。

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