第825話 グラン陛下、散る

 魔導船は大地に降り立つ。そこは瘴気と溶岩が至る所に噴き出す地獄の大地。そこに人間など住むわけもなく、今は恐ろしい魔王軍の総本山と化していた。


 最初に魔導船から降りて、この地獄の大地に降り立ったのはグラン陛下その人。グラン陛下はダガール団長率いる王宮騎士団、それに自由騎士団と共に大地へと踏み出して、魔王城の方に視線を向けて皆に話す。


「ダガール……お前にも感謝するぞ。ここまで付いて来てくれた事に……だが、ここから先、お互い生き残れるか分からない。死ぬなよ……」


「私如きにそのようなお優しい言葉をお掛け下さるとは……! 勿体ないお言葉!!」


 ダガール団長は陛下の言葉に感激して敬礼をする。そして他の騎士達の前に出て命令を行う。


「魔導船から降りた者は全員隊列を組め! 我らの役割は露払いだ。本命を魔王城へ進軍させるために道を切り開くぞ!!」


「「「ハッ!!」」」


 ダガール団長の言葉に騎士達は揃って応えて、凶悪な魔物が跋扈する地獄の大地への進軍を開始する。


「そして、聞いたな。冒険者諸君。本命とはキミ達の事だ。キミ達はそれぞれ別の場所でその腕を磨き、経験を積んで苦難を乗り越えた叩き上げの戦士だ。

 故にこのような荒れた土地や初めて見る魔物達との戦いはお手の物だろう。だから、存分にその力を振るってくれ。ただし、決して無理はするな。生き延びること……それが何よりも大切なことだ」


「「おおうっ!!」」


 冒険者達はその言葉に頷いて果敢に走り出す。


 冒険者達の中にはドラゴン達に襲われて心が折れ掛けていた人達も居たようだが、例の恐怖を塗り潰す魔法で既に洗脳……ではなく、勇気づけられていたので、何の問題も無く戦うことができるだろう。


「……さて」

 冒険者達の背を見送ると、グラン陛下はこちらの方に視線を向けて歩み寄ってくる。


「待たせたな。しばらくキミ達と気軽に会話を交わすことが出来なくて済まない。国王として振る舞う際は威厳を保つために、あまりこのような姿を見せるわけにはいかなかったのでな。

 だがここからは私も一人の戦士として戦う。まぁ後方支援に徹してくれと部下に散々言われてるからキミ達と並んで戦うことが出来ないのが残念なのだが」


「陛下……」


 その言葉を聞いてカレンさんが複雑そうな表情を見せる。


「ははは、カレン君。そんな顔をするな。キミは私の代わりに彼らと共に魔王城へと向かってくれ。キミは今の私よりもよほど強い。彼らの足手まといに決してならないはずだ」


「……陛下、絶対に無理はなさらないでくださいね。陛下の身にもし何かあったら、私だけではなく彼らも……それに”彼女”がきっと悲しみます……」


「……分かっている。出撃の前日に散々”彼女”に泣きつかれてしまったからな」


 ……彼女?一体、誰の事だろうか?


「あっ……あの、すみません。すごく真面目な話してる時にこんな質問するのもどうかと思うんですが」


「ん、どうした我らが勇者よ」


「その言い方はちょっと……そういうのはサクラちゃんに言ってあげてください」


 僕が陛下にそう言うと、サクラちゃんが頬を膨らませて割り込んでください。


「むー、最近、わたしの扱いよりもレイさんの方が勇者って言われてて何か納得しません!」


「いやいや、そんな事は無いよサクラ君。キミだって彼と並ぶ素晴らしい勇者だよ。扱いが悪いなんてそんな事はない。だがもしそう感じたのであれば、それは普段のキミの職務態度の問題があるとしか……」


「……あ。わたし、用事を思い出したのでちょっと後ろに後退しますね」


 サクラちゃんはそう言って後ずさりをする。が、彼女の後ろにいたエミリアはそんな彼女の肩を摑んで止める。


 そして笑顔で言った。


「サクラ、陛下直々の説教はちゃんと聞いておきましょう」


「え、あの、その……」


 まさか魔王討伐のその日に、自分の仕事への態度の悪さを王様直々に指摘されると思っていなかったサクラちゃんは青い顔をしてエミリアの方を見る。


「あの……その……」


「ふふ、サクラ、心配しなくても私が最後までちゃんと見届けてあげるからね」


「……はい」


 カレンさんに励まされつつ、サクラちゃんはガックリと肩を落とした。だが、そんな彼女を見て陛下は朗らかに笑う。


「はははっ……冗談だよサクラ君。それでレイ君、質問とはなんだ?」


「えと、”彼女”って誰の事です?」


「……」「……」


 僕が質問すると、陛下とカレンさんが何とも言えない表情で見つめ合う。


「あ、あれ……? 僕、何か聞いちゃいけないこと聞いてしまいましたか……?」


「いや……そういうわけではないのだが……」


「……アイツよ。私とサクラの魔法の師匠、ウィンドの事」


「へ? ウィンドさん?」


 意外な名前が出てきた事に僕達は目を丸くする。


「実はね、レイ君……」


 カレンさんはそう言って僕の耳元に顔を近付けて囁く。


「(アイツ、あんな澄ました顔してグラン陛下にベタ惚れしちゃってるのよ。秘密主義の黒幕みたいな奴なのに意外よね)」


「!!」


 カレンさんのヒソヒソ話を聞いて僕は一瞬言葉を失う。あのウィンドさんがグラン陛下にベタ惚れ……。


「(カレンさんは、ウィンドさんの秘密を知ってるんですね)」


「(まぁね、長い付き合いだし)」


 そういえばカレンさんは幼少の頃からの付き合いなのか。


「二人ともヒソヒソ話してどうしたの? お姉ちゃんにも教えて?」


「あー、いやプライベートっぽい話だから後で話すよ。それで、そのウィンドさんは今回の戦いに参加してないんですか?」


「んー言われてみれば、あの人見掛けないわね」


 僕の言葉に姉さんが同意して周囲をキョロキョロ見渡す。


「……いや、居るよ。今回の戦いは常に私と行動を共にしている」


 そう言いながら陛下は目の前の荒れた荒野を僕達よりも先に歩いていく。


「え、何処に居るんですか?」


「それは―――」


 僕の質問に、陛下が振り返り答えようとしたその瞬間―――


 突然、僕達の目の前に、正体不明の黒い影が音も無く出現する。


「コイツは……!!」


 以前に何度か見たことがある。コイツは、魔王が僕達に姿を現すために何度か交戦した『敵』……”魔王の影”だ!


「陛下、私の後ろに―――!!」


 カレンさんは目の前の敵が強敵であることを即座に認識し、前に出て陛下を守ろうとするのだが―――


『オウのクビ、モライウケル』


 それよりも早く”魔王の影”は動き出し、自身の影の一部を鎌のような鋭利な形に変形させて陛下の首筋へと伸ばした。


「っ!!」


 陛下は間一髪で”魔王の影”の攻撃を躱して後退する。だが、その直後に奴は複数の影を触手のように伸ばし、陛下に追撃を仕掛けてきた。


『シネ』


 その端的かつ容赦のない一言と同時に、無数の触手が槍のように陛下の身体を貫く。


「ぐ、は……っ!!」


「グラン陛下!?」


「くっ……よくも陛下を!!」


 僕は目の前の魔物に怒り斬り掛かるのだが、”魔王の影”は変幻自在に姿を変えて僕の攻撃範囲からスルリと逃れる。


『コレデオマエタチノアタマはツブシタ………ククククク!!』


 影はそう言って笑い出す。だが……。


「―――油断したな」『!!』


 重傷を負ったはずの陛下の声が聞こえた瞬間、その影の魔物は一撃で切り伏せられた。


『バ、バカな……!』

 ”魔王の影”はその一撃であっけなく消滅し消えていった。


「陛下!?」


「……油断した。やはりとうに現役を退いた者が迂闊に戦場に足を踏み入れるものではないな」


 重症だったはずの陛下は、少し前に僕達と話していた時と何ら変わらない様子だった。”魔王の影”の鋭い触手によって体中を貫かれていた筈なのだが、そんな怪我は何処にもなく治癒されたような形跡もない。


「へ、陛下……大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ……さっきの質問と合わせて答え合わせといこうか」


「え、それはどういう……」


 僕が陛下の言葉の意味を質問する前に、陛下の身に変化が起こった。


 なんと、陛下の頭の辺りから突然、緑色のエネルギー体が飛び出し、それが陛下から数メートル離れた場所に着地する。


 そしてその緑のエネルギー体は人の形に姿を変えて―――


「……ウィンドさん?」

 緑色のエネルギー体は僕達がよく知る緑の女魔道士さんへと姿を変えていた。


「久しぶりですねカレンとサクラ、それに皆さん。

 ですが少々油断し過ぎですよ。特にレイさんとサクラは現勇者なのですから、いつ強敵が襲い掛かってきても返り討ちに出来るように気を張っていなければなりません」


「あ、アンタ……」


「師匠!? 今まで何処に居たんですか!?」


 突然現れたウィンドさんは早速僕達にお小言を言う。


「申し訳ありません。ですが、私にも色々と事情があるのです」


 そう言ってウィンドさんは陛下の方をチラリと見る。陛下は苦笑していた。


「国王陛下様、一体どういうことでしょうか?」


 レベッカは僕が抱いた疑問と全く同じ事を陛下に質問する。


「今回の戦いに参加するにあたって、私とウィンド君は常に魔力を融和させた状態で共に行動している。彼女の使用できる<変身魔法>の応用だな。

 これにより私は彼女の魔力を使用することで、私は全盛期に近い状態で戦う事が可能だ」


「陛下は前線に出るといつも無茶なさいますから……今だって……」


「すまない、早速キミの世話になってしまった。肉体の能力だけ戻っても、戦場での勘や技術はとうに衰えてしまったらしい」


「もしかして、さっきグラン国王陛下様が無傷だったのは、ウィンド様が……?」


 レベッカがそう質問すると陛下は苦笑する。


「察しの通り彼女の魔法のお陰だよ。実は、私が今まで前線に出る時は何度か彼女に力を借りていた。……これは他の家臣や騎士達には言わないでくれ。私の力がとうに衰えていることを悟られると士気が落ちてしまう」


 陛下はそう言って少し寂し気な顔をする。


「……今の私では魔王どころか魔王の部下にすら危うい。肝心な所で戦力として戦えない事を恥ずかしく思う。勇者レイ、勇者サクラ……そして二人に並ぶ猛者達よ。キミ達に世界の命運を託す。どうか、この世界を救って欲しい」


「陛下…………はい」


「任せてください。わたしとレイさんがいれば負けません! 更に更に、カレン先輩と皆さんが居れば完全無敵!! もう負ける要素ありませんねっ。ね、レイさん♪」


 サクラちゃんはそう言って僕の腕に抱き着いてくる。


「うん、そうだね。僕達ならきっと大丈夫だよ……。あと、皆の目線が痛いから離れてくれる?」


「ひっど」


「……相変わらずキミ達の仲の良さは凄まじいな……だが、頼もしい」


「あなた達の勝利を願っています」


 グラン陛下とウィンドさんに見送られ、僕達は遅れて魔王城へ足を進めた。


 




 タイトルは嘘でした!!

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