第810話 言葉を話す化け物

「ファファファ、死ぬがいい!!」

「うわぁぁぁ、もうおしまいだぁ!!」


 時間はほんの1分程遡る―――


 エミリア達の強さに感化されて前に飛び出していったクロードの配下の精鋭たち。しかし、彼らの前に立ち塞がった魔物は他と一味違っていた。


「む……!! 今までとは少し雰囲気の違う魔物だ。皆、油断せずに構えよ!」


「ああ、全員で掛かるぞ!!」


 彼らの目の前に立ち塞がる魔物は他の魔物と毛色が違っていた。


 今まで彼らが蹴散らしていた魔物達は、一言で表現するなら猪突猛進。魔法をものともせず、本能のままに突っ込んでくるだけの魔物だった。


 故に最初はその獰猛さで気圧されていたものの、彼らでもどうにか対応できる魔物だった。


 だが、目の前の魔物は―――


「……くくく」

「喋ったぞ……こいつ!!」


 目の前の魔物は彼らが初めて遭遇する知性ある魔物。


 その体躯は人の二倍近くあり、灰色の毛並と筋骨隆々な肉体を誇っている。そしてその頭部には立派な角が二本生えていた。所謂、悪魔系とされる魔物であり、この魔物はその悪魔系の最上位種である”地獄の悪魔”と言われる魔物だ。


「随分と派手に仕掛けてくれたものだが、あの程度の攻撃では我らの居城はビクともせん。だが、非力な人間どもが魔王様に歯向かう事は許し難し……まずは貴様らを血祭りにあげてやろう!!」


「ひっ……!」


「ひ、怯むな!! 所詮、我らの敵では無いわ!」


「そうとも、醜悪な魔物よ!! 我ら天に住まう魔道士の力、思い知るがよい!!」


 彼らは目の前の魔物から感じる威圧感に圧されながらも、自らを鼓舞するように各々の得意な魔法を魔物に向かって放っていく。


 しかし、地獄の悪魔は防御魔法など展開せず、その攻撃を諸に食らったにも拘らず……。


「……ふん、子供騙しだな。見た目、派手な魔法を使うようだが……その程度、少々魔力があれば簡単に真似できる。

 ほぅら、お返しだ。貴様らが今使った魔法を倍の威力でかえしてやろう。自分の魔法を喰らってそれを誇りにして死んでいくがいい!!」


 地獄の悪魔はそう言うと、右手に強大な魔力を溜めてそれを前方に放出する。


 そして、その魔法が、それぞれ分散して彼らに一つずつ向かっていく。


 一つは炎の魔弾、一つは雷を伴う衝撃波、一つは凍えるような冷気の風、一つは鉄を切断するほどの威力を誇る水のカッター。どれも彼らがこの魔物に放った魔法だ。


 当然、自分の魔法を真似された彼らは、怒りながらも同種の魔法で応戦する。しかし……。


「ぐああぁぁぁぁ!!」

「ひいぃぃぃ……!?」


 全く同じ魔法だというのに、その威力は宣言通り倍の威力があった。彼らが応戦した魔法はいとも簡単に押し返され、悪魔の魔法と自身の魔法が自分に戻ってくる。


 彼らは数秒後、炎に焼かれ、凍傷に苦しみ、雷で痺れ、水のカッターで肉体が千切れ飛ぶことになる。そうなれば地獄のような苦しみを味わいながら一瞬でその命を散らしていくことになるだろう。


「ファファファ、死ぬがいい!!」

「うわぁぁぁ、もうおしまいだぁ!!」



 ―――だが、そうはならなかった。



「―――全く、世話が焼けますね」


「―――ほら見なさいよ。やっぱり弱いじゃない。これなら私とミリーちゃんの二人で戦った方がまだやりやすかったわ」


 地獄の悪魔の放った魔法と彼らの魔法が、エミリアの放つ炎魔法とセレナの闇魔法によって一瞬の内に消え失せる。


 そして、二人は悪魔と、今しがた殺されそうになった彼らの間に割り込み、悪魔から彼らを守るように立ち塞がったのだった。


「な、なにぃ!? な、何者だ!!」


 地獄と人間の戦いに割り込んできたエミリア達を見て、地獄の悪魔は驚きの声を上げる。


「お、おお……キミ達は……!!」

「す、すまない……」


「私達はあなた達を助けるために出張ってきたんですから、勝手に飛び出さないでくださいよ……。挙句、こんな雑魚に殺されそうになって……」


「雑魚だと……!!」


 エミリア達の言葉に、地獄の悪魔は怒りで顔を真っ赤に染め上げる。


「どうみても雑魚でしょう? セレナ姉知ってますか、この魔物の名前……?」


「ええと、下級悪魔だったかしら? 後ろに似たようなが居るし……あ、でもちょっとデカいわね」



「き、貴様らぁぁぁ!!! この最上級悪魔である俺を下級レッサー呼ばわりだとぉぉぉぉ!!!?」


 地獄の悪魔は怒り狂ったように、右手に巨大な魔法を展開してエミリア達にその攻撃を放つ。が、彼女達にその魔法が届く前に、彼女達が放った見えない障壁によって打ち消されてしまう。


「な、何をした……?」


「何をしたって、魔力による微弱なバリアですけど? 微弱といっても下級悪魔風情にはオリハルコンよりも固く感じるかもですね」


「な……き、貴様ら一体何者だ……!?」


 悪魔の魔法が通用しないことに驚愕する地獄の悪魔。そして、その悪魔にエミリアは淡々とした口調で言い放つ。


「死にたくないなら今すぐ城に逃げ帰って魔王に伝えてください。『私達、勇者一行が直接殴り込んでやるから、首を洗って待っていろ』、と。ああ、面倒くさいから後ろに控えている魔物達を退かせてから帰ってくださいね」


「……な、我らの主である大魔王様になんという無礼な―――」


「といっても、ミリーちゃん。コイツ如きがこの数の魔物を従えてるわけじゃないと思うわ。多分、沢山いる小部隊の隊長でしょ。如何にも格下に威張ってる中間管理職みたいな顔してるし」


「ぐっ……!?」

 悪魔の事を雑魚と罵るエミリアに、それを訂正しようとする地獄の悪魔だが、その後ろからセレナが冷静な分析で話を遮った。そしてそのまま悪魔の返事も待たず一方的に話を続ける。


「ああ、それもそうですね。余りにも態度が大きいからつい勘違いしてました。その程度の魔力の雑魚モンスターが魔物を従える権限なんかないですよね。

 一人で逃げ帰っても構いませんよ。そして二度と人間の前に姿を現さないでくださいね。殺すのは簡単ですが、雑魚モンスターに無駄な労力を割くのは魔法使いの矜持として好ましくないですから」


「がああああ!!」


 エミリアの物言いに、地獄の悪魔は怒りの咆哮を上げながら再び魔法を撃つ。しかし、その魔法もエミリアとセレナの魔法によって容易く打ち消されてしまった。


「こ、この……ならば我が最大最強の魔法で……」


「……はぁ、時間の無駄ですね」


 だが、エミリアがそう呟いた瞬間――


 ―――ゾクッ!


 ”地獄の悪魔”と、彼の率いる魔物達は背筋が凍るような錯覚を覚えた。


「―――もうこれ以上喋るのは時間の無駄です。

 殺されたくなければ今すぐこの場から消えろ。さもないと―――」


 瞬間、エミリアから放たれる自身の数倍を凌ぐ膨大な魔力の奔流。


 ダメだ、コイツには何があっても勝てない。例え不意打ちだろうが、自分と同じ能力を持った魔物と複数同時に襲い掛かったとしても、この人間の少女の足元にも及ばない。


 そう本能で理解した悪魔の意識はそこで途切れた。


「がああぁぁぁぁぁ……!!」


 そして、悪魔は敵わないと悟ると、本能の赴くままその場から離脱していく。それはまさしく脱兎の如くに――


「ひいいぃぃぃ!!」

「ぎゃあああぁぁ!!」


 その場に残された魔物達も皆一様に散り散りに逃げ出していき、その様は正しく蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていったのだった。


 その様子を一部始終見ていたクロードの部下達は、目の前の光景が信じられず、呆然としていた。


「……うわ、本当に逃げましたよアイツら。一応、魔王軍の兵士なのに……愛国心的なモノは無いんですかね?」


「多少頭が良くて人語を話したとしても、魔物に何かに敬意を表するとか愛着を感じるような思考なんて無いわよ。所詮、魔物なんて魔力の塊から出来た得体の知れない存在。ただの言葉を話すだけの化け物よ」


「……ま、それもそうですよね」


 セレナの言葉にエミリアは納得し、クロードの部下達の方を向く。見ると彼らは未だに口をパクパクさせて、この状況に驚き呆然としていた。


「……? セレナ姉、この人達、口を大きく開けて呆けてますが何かあったんですかね?」


「さぁ? それよりあなた達、もう魔導船に戻った方が良いわよ。あの程度の魔物に苦戦するようじゃ、これ以上突っ込んでも犬死するだけよ」


 セレナが呆然とするクロードの部下達に向かってそう忠告すると、彼らはハッとしたように我に返る。そして、慌てて船へと戻る準備を始めたのだった。

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