第40話 寄り道クエスト

 僕たちはどうにか地下二階まで攻略してから地上に戻ってきた。


「おお、あんた達戻ってこれたんだな!」

 ダンジョンに入るときに声を掛けてくれた見張りの人だ。

「はい、苦戦しましたが…」

「いやいや、冒険者では何人も帰ってこなかった奴が居るからね。

 あんた達はそいつらよりも強くて冷静だったからちゃんと帰ってこれただけさ」

 あの難易度だ、新人の冒険者だと帰ってこれなくても不思議ではない。


「そうそう、言っとくが――」

 見張りの人は言葉を続けるが、それをエミリアは遮る。

「持ち帰った情報は誰にも漏らすな、ですよね?」

 見張りは驚いた顔をした。図星だったようだ。


「知ってたのか?」

「私たちが最初に来た時、貴方の言葉で大体理解できました」

「行きましょう」とエミリアは言って先に帰っていく。


「そ、それじゃあ僕たちも行きますので」

「ご丁寧にありがとうございました」

「うふふ、それではー」

 僕たちはさっさと帰っていくのを見張りの人はぽかんとした顔をして見送った。


 ◆


 ――その日の夜、夕食後

「それじゃあ今回の成果を確認するよ」

 僕は今回のダンジョンで入手できたアイテムを鞄から取り出していく。

 どうでもいいがこの鞄は見た目小さいのにいっぱいになったことが無い。入る大きさなら無尽蔵に入れられるのだろう。流石女神さまから貰ったアイテムだ。


「まずこの宝珠二つ」

 どちらも宝箱に入っていたものだ。中に『Ⅰ』と『Ⅱ』が刻まれている。

「これは、階層を指すのかしら?」

 姉さんは手のひらで宝珠を転がして中の模様を覗いている。

「扉を開ける鍵なので換金は控えた方がよろしいでしょうね、エミリアさま」

「かなりの価値がありそうなのですが、残念です」

 売るつもりだったんかい。


「それと二階で手に入った剣」

 剣は刃の上の方に魔法石が埋め込まれている。自分が使う剣より少し大きな剣だ。

「これはレイくんが持てばいいんじゃないかしら?」

「え?いいのかな?」

 新しい武器が欲しかったから有り難い話ではあるが。

「レイさまに相応しいと思います」「戦力も増えるし良いのでは」

 レベッカもエミリアも同意してくれた。

「ありがとう、それなら僕の分の魔石は少なくていいよ」

 魔石は均等に配分する予定だったが、一番高価そうな剣が手に入るなら十分だ。


「それじゃあ、この銀の指輪と銀のペンダントと銀のブレスレット」


「「「………」」」


 何故か全員黙ってこっちを見ている。


「あ、あれ?何が欲しい…とか言わないの?」


 どれが欲しいとか言ってくれると助かるんだけど…。


「えっとね…」と顔を赤らめた姉さん

「レイさまが選んでくれたものがいいな…と」と同じく顔を赤らめるレベッカ

「まぁ…そんな感じで」と少し顔を赤らめるエミリア


「…………」

 これ、間違えたらめっちゃ好感度下がるやつでは?

 そんなことを一瞬思ったが、ここはあまり気にしないでおこう。


「じゃあ、姉さんにはペンダントを」

「う、うん…何で私にこれを選んでくれたの…?」

「ええと、以前にペンダントをくれたから……お返しとしては見劣りするけど」

「ううん!ありがとう!大好き!」

 ぎゅうううううううううう、と元女神さまに抱き着かれた。柔らかい。


「おお…素晴らしき姉弟愛です…」

「なんか違う気がするのですが……」

「(今思いっきり大好きとか言ってましたよね)」

 この二人の関係は出会った時から思ってたけどそういう関係なのだろうか。


「レベッカにはこの銀のブレスレットを」

「はい!ありがとうございます!」

 レベッカは僕の腕にギュッと抱き着いてきた。

「???ど、どうしたの…?」

「いえ、わたくしもお二人のご関係に憧れまして……」

「(レベッカ、かわいいですね…)」

 レイが妹みたいに可愛がるのが分かる気がした。


「エミリアには…その、これを…」

「何で私の時だけ貴方が照れてるんですか、レイ」

 出会った時の指輪のお返しって言いたかったけど恥ずかしくて言えなかった。


 その後、比較的小さな魔石だけ換金して大きめの魔石は残しておくことにした。


「それとババラさんに勧められた魔術書なんだけど」

 どれもダンジョンで役に立つから買えと言われたものばかりだ。

「どのようなものでしょうか?」

 今回購入したものはこの辺りの本だ。


『ダンジョンで生き抜くコツ』

『食べられる野草と食べられる魔物図鑑』

『モンスターハウスで生き残る方法~中級編~』

『迷宮脱出術書』


 ………あれ?

 よく見たら魔導書じゃ無いものが混じってるねー?


「「「……」」」

 全員が沈黙した。


「最後の本以外捨ててください」「はい」


「この迷宮脱出術書というものはちゃんとした魔術書のようですね」

「<迷宮脱出魔法>というものみたい。地下六階から戻れた人はこれを使ったのね」

 僕たちは四人でその本の魔法を学ぶことにした。

「何かあった時に全員使えた方が便利ですからね」


 ◆


 その次の日―――

 僕たちはダンジョン攻略の準備のために一日自由行動になった。


「レベッカは武器を消耗してしまったので装備を購入しに行こうかと」

「調合素材集めですね、終わったらずっと調合しているつもりです」

 二人は別々の用事があるようだ。


「姉さんは何処に行くの?」

「お姉ちゃんは植物採取かな、レイくんも一緒に来る?」

 僕は日課の鍛錬と装備の手入れ以外用事が無かったので姉さんに付いていくことにした。


 姉さんの使用する技能の『植物操作』は周りに草木が生えている場所なら何処でも使用できるのだが、ダンジョンでは植物の種子や根などが無いと使用が出来ない。そのために時々こうやって集めておかないといざという時に戦えなくなる。


 ひとまず周辺の草花を採取して種子集めに回ることになった。

「それじゃあ、この辺から始めましょうか」

 そう言って指さしたのは森の方角だった。

「そっちにも花があるんだね」

「うん、この先にある湖の畔にも群生地があったはずよ、あと薬草もね」

「じゃあ、そこも探さないとね」

「ふっふーん、それじゃあお姉ちんゃんが案内しちゃいます」

 姉さんは嬉しそうだ。やっぱりこういう時は女の子の方がテンションが上がるのだろうか。


 二人で森の中に入って行く。

 しばらく歩くと、姉さんがピタッと止まった。

「どうかしたの姉さん?」

「……誰かいるわ」

「え?敵!?」

 咄嵯に身構える。しかしすぐにそれは解除する事になった。


「……ん?あの赤い鎧って…」

 前に姉さん達を引き抜こうとした筋肉おじさんでは…。

「おう、この間の羨ましい冒険者じゃねーか!」

 向こうから声を掛けてきた。やっぱ羨ましかったのか。

「お、お久しぶりですね、こんな所で何を?」

「ああん?……そうか、お前らここに来て日が経たないんだったな、ここは危険だぞ」


「そうなの?私昨日もここで採取しに来てたんだけど…」

 姉さんはダンジョン攻略後に少しだけここに来ていたようだ。その時には何も出会わなかったらしい。

「姉ちゃん運が良かったな、ここは新人には手が負えない魔獣が出るんだぜ」

「魔獣!?」

 魔獣というのは本来野生の獣が魔物化したモノだ。

 姉さんが言うには魔物の影響を受けたせいで生まれた存在らしいが……。


「そいつがここにいるんですか?」

「ああ、少なくともお前ら新人は太刀打ちできる相手じゃねえ、帰んな―――」

 と、その時、奥の方から何かしらの気配を感じた。

「……っ!」


 僕は剣を抜き、筋肉おじさんも振り向いて大きな剣を鞘から抜いた。

 森の奥から現れたのは、奇妙な姿の獣だった。


(確か、こういうのは…)

 思い出した、ゲームでは合成魔獣とか言われるモンスターだ。

 確かキメラだったか、その姿は様々な動物のパーツが組み合わさったような姿をしていた。

 ライオンのような顔と胴体に狼の腕と足が生えていたり、蛇のような尻尾、そんな感じだ。


「出やがったか!おい、おめえら逃げろ!」

「でも筋肉おじさん一人じゃ…!」「誰が筋肉おじさんだ!」

 いや、あんた自分で言ってたじゃん…

「レイくん、おじさんも喧嘩してる場合じゃないわ」

 姉さんの言うように喧嘩してる場合ではない、敵は明らかにこちらに敵意を向けている。


『ぐるるるるる……!!』

 こちらを声で威嚇したと思えば、突然口から炎を吐いてきた!


「うおっとぉ!?」

 間一髪で避けたが、服の裾が焦げてしまった。

「ちょ、お姉ちゃんの服が焦げたんだけど!」


「俺が引き付ける、その間に逃げるんだ!」

 筋肉おじさんはそう言いながら向かってくる怪物に切りかかった。

「ぐぎゃぁ!?」

 しかし、その刃はあっさり弾かれてしまう。

「がはっ!」

 そしてそのまま押し飛ばされ、木に叩きつけられた。

「筋肉おじさん!」

(筋肉おじさん地下四階まで行ったんじゃなかったの!?)


 ―――仕方ない、逃げろと言われたけど筋肉おじさんを見捨てるわけにもいかない。


「姉さん、サポート頼むよ!」

「うん!」

 僕は姉さんからありったけの防御魔法を貰ってキメラと対峙する。


「まずは足を止める!」地面に向かって<初級氷魔法>を放つ。

『ガァア!?』

 足元が凍り付いたことで、キメラの動きが一瞬止まる。


「今だよ姉さん」

「うん、<魔法の矢>マジックアロー!」

『ギャッ!?』

 姉さんの魔力はSS級だ。初歩魔法といえど銃弾クラスの威力がある。

 いくら狙うのが下手でも足を止められたモンスター相手なら命中させられるだろう。

 予想通り姉さんは5発ほど連射し3発命中した。

 しかし、3発当てても止まる様子はない。


『グアアアアアアアア!』

 自身の足に向かって炎を吐き、無理やり拘束を解きやがった。

「嘘、効いてないの!?」

「効いてないってことは無いけど…」

 ダメージは確実に与えてる。それでもまだ動けるとは相当の強敵だ。


 キメラは今度は爪を立てて突っ込んできた。

 咄嵯に剣で防ごうとしたが、力の差があり過ぎて吹き飛ばされた。

「うわっ!」

「レイくん!」

 背中を強く打ち付けたせいで息ができない、おまけに剣も手から離れてしまった。

「ごほっ……くそっ……」

『グルルル……グオオォオ!!!』

 もうだめだ、そう思った時だ。昨日のもう一本の剣の存在を思い出した。

「くそっ!」

 僕は破れかぶれで鞘からその剣を抜き、全力を込めて魔物に投げつけた。

 すると、投げた先にいた魔物の体に突き刺さった!

「ガアッ!?」

 思わぬ反撃だったのか、魔物は大きく怯む。


 いや、それどころじゃない、刺さった剣がものすごい勢いで敵を貫いた。


「―――は?」

 いくら何でもそれはおかしい。全力で投げつけたけど僕にそこまでの力は無い。


 そしてふと自分の体に異変を感じた。これは…


「魔法を使い過ぎた時の――」

 魔力は時間が経てば回復するものの、魔力を使い過ぎると体に変調が出る。

 例えば体がふらついたり異様に喉が渇いたり、使い過ぎると魔法自体が使えなくなる。

 今の感覚がまさにそれだ。一気に消耗した時と同じ感覚…。


 エミリアに鑑定してもらってなかったけど

 あの剣は僕の魔力を威力に転換するような武器なのか…?


『グゥゥゥウ……』

 体に穴が空いて大量の紫の血が飛び散っているものの、キメラはまだ死んではいない。


「…姉さん!今の間に回復してくれる?」

「うん、分かった」

 姉さんは僕の背中に手を当てて回復魔法を唱える。


「お、おう…見た目の割にやるじゃねえか…!」

 さっき突き飛ばされた筋肉おじさんだ。派手に吹き飛んだ割にはまだ元気そうだ。


「貴方も大丈夫?<中級回復魔法>キュア

 姉さんが僕の回復を終えると、筋肉おじさんの元に駆け付けて回復魔法を使う。

「お、おう…すまねぇな……すげえ回復力だ」


 僕は姉さんに回復してもらって立ち上がる。

 さっき投げた剣は……魔物を通り越して近くの木まで飛んで行ったらしい。


「筋肉おじさん、あの魔物を倒しましょう!」

「お、おう!って筋肉おじさんじゃねえよ!」

 僕は筋肉おじさんの言葉を無視して落とした剣を拾って、魔物目掛けて踏み込む。

 手負いの獣と言うべきか、瀕死の重傷にも関わらずキメラはこちらに向けて炎を吐き出してきた。

「危なっ!」

 僕は咄嵯に<初級氷魔法>でガードしたが、横合いから出てきた筋肉おじさんは大剣でガードする。


「このやろう!」

 そう言いながらも筋肉おじさんは剣で魔物を横から殴りつける。重そうな鎧を付けているだけあって力は物凄く、今の一撃で更にダメージを受けたのか魔物は苦しげに声を出す。


 一気に間合いを詰める。

「うおおぉりゃあ!!」

 そして渾身の力を込め、キメラの首を撥ね飛ばした。

 ―――――ドサッ……。

 首を失った胴体はそのまま倒れ、数秒後灰となって消え去った。

「はあっ、はあっ、はあー!」

 なんとか倒せた。正直死ぬほど疲れた。


「倒した……やった……!」

「おい、坊主、大丈夫か?」

「え、あ、はい、ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いや、俺の方こそお前の姉ちゃんに回復してもらったからな」

 後ろを振り向くと姉さんがニコッと笑った。

「いえ、僕も筋肉おじさんが居ないと斬り込むチャンスが無かったですし」


 実際僕たち二人には手に余る強敵だった。

「それにしても凄かったぜ。あんなデカブツ相手に一歩も引かないんだもんな」

「そんなことないですよ。それより、助けてくれてありがとうございました」

「おう!気にすんなって!お互い様だろ?」

「はい!ところで、貴方の名前は?」

「俺はジャック、冒険者をしている。あんたらは?」

「レイです」「私はベルフラウですよ」

「そうか、新人と思って引き抜こうと思ってしまって悪かったな!」

 ハハハハ!と豪快に笑った。


「ところでお前たち、ダンジョンはどれだけ進んだんだ?」

「今の所地下二階まで…」

「そうか…」

 ジャックさんは少し考えて言った。

「本当はヒントなんて与えちゃダメなんだがせっかくの縁だ。

 地下三階は敵が複数出てくるような場所で部屋数も多い、それにボスらしい奴もいやがる。

 準備はしっかりしとけよ」

「ありがとうございます。助言素直に受け取らせてもらいます」

「おう、感謝しとけ」

「……ジャックさん、前は斧持ってませんでしたっけ?」

 今は剣を持っているが、以前は斧だったはずだ。

「今攻略中の四階で武器が壊れちまってな。お前たちも予備の武器を持っておいた方が良いぜ」


 ◆


 僕たちはジャックさんと別れて予定通り採取を行った。

「うっ…」

「レイくん、疲れたの?」

「いや、ちょっとね…」

 さっき、新しい剣を投擲した時に一気に魔力を消費したらしい。

(これは帰ってからエミリアに確認して貰わないとな…)


 ◆


 その日の夜―――


「なるほど、おじさまは最初の印象と違って優しい方なのですね…」

「あの筋肉が情報を教えてくれるとは意外でしたね」

「ジャックさんだよ」

 僕も筋肉おじさんとか言ってたけど。


「それで、レイの新しい剣を<鑑定>したのですが、

 この剣、通常は並の切れ味しかないみたいですが、魔力を込めることで威力が上がるみたいですね」


「やっぱり、それで僕の魔力はどのくらい減ってる?」


「確認してます。全体の1/2近く減ってるみたいです。

 中級魔法で言えば4回程度使ったくらいの消耗と言った感じでしょうね」

「そ、そんなに…?」

 かなりフラついてたがそこまでとは思わなかった。

「魔力の込め方で消費量も威力も変わるようですが、

 上手く自分で調整しないと一気に魔力を使い切っちゃう可能性もあるので要練習ですね」

 下手に使うと魔力切れしてしまうか、安易に頼れないかもしれないな…。


 僕は剣の使い方を学ぶために外で練習をすることにした。

「レイくん、ファイトー!」

「何で姉さんも居るのさ‥」

「だって、もしレイくんが魔力使い過ぎて倒れたら困るでしょ?」

 全然考えてなかった、確かにその通りだ。

 その後しばらく姉さんに見守られる中、色々試して分かったことがある。


<剣技・炎魔法>ソードファイア

 この剣でも魔法剣が使用可能、更に消費量が増えるが一瞬だけ攻撃範囲の拡張が出来る。

 魔力消費はある程度限界はあるようだが、自分で調整が可能な事も分かった。

「中級魔法を乗せて魔法剣を使えばもっと威力が上がりそうな気もするけど…」


 この剣がかなりの戦力アップに繋がりそうなのは幸いだ。

 色々考えながら遅くまで剣を振った結果、姉さんの予想通り魔力を使い過ぎて倒れてしまった。

 結局、次の日は僕の魔力が回復しきれず、探索は明後日に持ち越しになった。


 そして、地下三階の探索の日がやってきた。

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