第743話 道は続いている、どこまでも

 たまたま見掛けたカシムとパーティを組んで冒険者を仕事を終えたレイ達。


 サクラ達が楽しそうに話をしている後ろで、レイはカシムが何か悩み事がありそうな雰囲気を感じて彼の相談に乗るのだった。


「(……まぁ、これだけ何か悩んでます感出されたらなぁ……)」


 王都で会った時から、カシムは橋の上で哀愁漂う背中で空を眺めて黄昏たそがれていた。あれはどうみても悩みを抱えていますと言っているようなものだ。


「……情けない話だが、私は家出の真っ最中なんだ……」


「家出? カシムさんがですか?」


 カシムさんの口から意外なワードを聞かさせて僕は首を傾げる。以前聞いた話だけど、組んだパーティと仲違いしたとかそういう話だったはずだけどそれとは別の理由らしい。


 ……もしかしたら、あの時は本音を隠してたかもしれない。


 だが、彼が悩んでたのはそれと全く別の身の上の話だった。本来、自分の事を語るのは躊躇するものだけど、こうやって話してくれる気になったということは、それだけ僕の事を信用してくれたという事だろうか?


「……結構前の話になるんだが、自分の住んでた故郷があまり好きな場所じゃなくてね……。

 私自身、あまり優れた人間じゃなかったというのも理由なんだが、人間関係も上手くいかず、居心地の悪い場所だったんだ……」


「そうだったんですか……」


「ああ……家族の前で弱音を吐いたこともあったんだが、私の父は厳格で厳しい人だからな……。一発ぶん殴られて大喧嘩になって、私はそのまま家を出て故郷を飛び出したんだ。今思えば、もうちょっと冷静になれなかったのかと思ってしまうが……」


「……カシムさんの気持ち、ちょっとだけ分かるかもしれません」


 カシムさんの話を聞いて、自分が元の世界で中学時代の同級生と上手くコミュニケーションが取れなかったことを思い出す。


 あの頃の自分も周囲と馴染めずに距離を置いていたものだ。僕の容姿も他の人と比べて少し変わっているのもあってイジメの対象になったりもした。


 当時の先生に相談したこともあったけど、一度や二度先生に注意されても、アイツらは結局僕に対しての態度は変えなかったなぁ……。


 カシムさんの事情は自分とは全然違うんだろうけど、自分なりにあがいてもどうしようもない状況ってのはある。


 自分を取り巻く状況が抗い切れるものじゃなくて、僕は学校に行かなくなり、引き籠って現実逃避してしまった。カシムさんの場合は故郷を飛び出すことで自分の置かれた状況を打破しようとしたのかもしれない。


 似たような選択に見えるけど、現実から逃げ出した僕と比べて、カシムさんの行動は同じ『逃げ』であっても勇気が必要な事だと思う。


「……で、家を飛び出したは良いものの、特にアテが無くてね……。故郷を出るのは初めてだし知り合いも居なかった。道中、たまたま知り合った冒険者の人と意気投合し、そこで『冒険者』の事を色々教えてもらったのさ」


「もしかして、カシムさんが冒険者になったのはそれが理由ですか?」


「ああ、冒険者という職業は地域にもよるが、どんな人間であっても平等に受け入れてくれると聞いた。故郷を捨てて何も無かった当時の私にとって渡りに船だったんだ。

 幸いだったのは、私の父は武道や魔法の心得のある人でね。幼少から不出来な私を鍛えてくれたお陰で、私は魔法も少しは使えるし剣の腕もそれなりにある。冒険者になるには十分過ぎる素質だったよ」


 カシムさんは自身の境遇を素直に話してくれた。今まで、あまり人に語るような事が無かったのだろう。正直な感情を吐露したことで、カシムさんの暗い表情が少し和らいだ気がする。


「冒険者になった私は有望な新人冒険者としてしばらく持て囃されていた。

 だが、それもデビュー数年の話、ある程度下地が出来て、それなりに頼りに仲間達を得た僕達は、今よりも少しだけ上に挑戦してみようと思った。

 ……その結果、私は見事に大敗してしまって、自信を打ち砕かれてしまったよ。……全く、多少運が良かったのを自分の実力だと勘違いしてしまったのは、今思えば滑稽極まりない話さ……」


「……そんなことが」


 カシムさんの自嘲するような発言に、僕は息を呑んでそう相槌を打つ。だが、カシムさんは先程までと違って、ジメッっとした目で僕を睨みつける。


「な、なんですか‥…? もしかして僕、言っちゃいけない事言いました?」


「……いや、そういうわけではないのだが。……あの時はキミ達にしてやられたなって事を今になって思い出してね」


「してやられた?」


 僕は、思い当たる節が無かったため、彼の言葉をそのままおうむ返しに繰り返して問い返す。


「……ほら、<ゴブリン召喚師>の時の事だよ。あの魔物と戦って、私はしばらく自信を喪失してしまったんだ。その後、キミ達があっさり倒してしまったけどね」


「……あ!」


 僕は当時の事を思い出して、手の平を拳で叩く。


「そういえば、あの時にカシムさんと初めてお話をしましたね」


「あの時はキミのお姉さんのお陰で助かったよ。仲間の何人かは酷い怪我をしてて命も危なかったからね……」


 カシムさんは当時の事を苦笑いを浮かべながら語る。


「あの魔物は当時の私達からすると想像を絶する強敵だった。大げさかもしれないが、それこそドラゴンやデーモン並の強さだと錯覚したものさ」


「僕達もアイツには相当苦戦させられましたよ。カシムさんとあんまり変わりませんって……」


「……だが、キミ達は見事に撃破した。あの時、私はキミ達の実力を見誤っていたと素直に認めるよ。そして、それ以上に自分の未熟さを痛感させられた」


 そう言ってカシムさんは肩を竦める。


「……その後、それが切っ掛けかどうかは置いといて、私達のパーティは解散。

 私はしばらく修行も兼ねて色々なパーティにお邪魔させてもらって、自分の実力を試しながらソロで冒険者活動を続けていた。

 一度、キミ達のパーティにもお邪魔させてもらったこともあったよね。あの時、一緒に組んでくれたレベッカという少女とは今でも一緒かい?」


「はい、レベッカは今でも一緒に居ますよ。僕達にとって大切な仲間です」


「……そうか。僕と違って、キミ達パーティは上手くやってきていたんだね………ああ、ちょっとだけキミにジェラシーを感じてしまったよ」


「えっと、その……すみません……」


 カシムさんが落ち込んだ様子を見せるので、僕は慌てて謝る。


「いや、単に私の人徳が無いだけさ……。とまぁここまでは私が家を飛び出して冒険者になった経緯というわけだが……。最近になって私はこの選択をしたことが正しかったのか、迷うようになった」


 カシムさんはそこまで話すと、また溜め息を吐く。


「あの時、感情的にならずもっと父や母と話し合っていれば……。父はとても厳しい人だったし、少々暴力的な部分もあったが、それでも家族想いの人だった。

 私にもう少しだけ堪え性があり、周囲の人間の視線や言葉にも心を固めて耐えていれば……もしかしたら、私は冒険者にならず、父の下で本来歩むべき道を辿っていたかもしれない。

 そう思うと、私は……私は、道を違えてしまったのではないか……と、最近、何度もそう思うようになったんだ」


「………カシムさんは、家を飛び出して、冒険者になったことを後悔してるんですか?」


「……どうだろうな。少なくとも家を飛び出さなければ、私はキミ達と出会うことは無かっただろう。故郷を出て見聞を広めたことで私は成長出来ていたと思ってはいるんだ……。……だが、こうして目を閉じると……」


 カシムさんはそう言って目を瞑り、足を止める。彼が足を止めたので、僕も同じく足を止めてカシムさんの方を向く。


「……私を生んでくれた家族の顔が思い浮かんでしまう。今、父と母は健在だろうか……家を飛び出した私の事を今も怒っているだろうか……今の私を見て……私を卑下していた彼らはどう思うだろうか……」


「……カシムさん」


「……すまない。こんな話をするつもりじゃなかったんだが……。ただ、どうしても誰かに聞いてもらいたかったんだ」


「いえ……僕を話し相手に選んでくれて嬉しかったです」


「……はは、今まで誰にも話さなかったのに、自分でもキミに話そうしたのは不思議だよ。……勝手に、キミにシンパシーを感じていたのかもしれないな……」


 カシムさんはそう言いながら目を開いて再び歩き出す。


「すまない、僕の勝手な思い込みさ。……彼女達も先に行ってしまったようだ。私達も急ごう……」


 カシムさんは、僕の返事が怖かったのか、足早にその場から離れようとする。だが、僕は彼に言った。


「……間違い、なんて決めつけるのは違うと思います」


「……?」


「カシムさんが家を飛び出したのも、その時はそれしか手段が無かったからだと思います。冷静になればその時の行動が間違いだったと気付くかもしれない。

 だけど、人は必ず最善の行動なんて選べない。カシムさんが冒険者として自分の道を進んだこと、それは最善とは言えなくても、その時のカシムさんにとっては正しい選択だったかもしれないじゃないですか」


「……そうかな。私は自分の選択が正しかったか……今も悩み続けている……」


 僕は胸を抑えながら、自身の事を思い出す。


「僕もカシムさんと同じく、お父さんとお母さんと喧嘩して家を飛び出してしまいました。……その結果、永遠に二人と会う事が出来なくなってしまった……」


「………まさか、キミは……両親と……」


 カシムさんは目を見開いて僕を見る。


「……その事を僕は今でもずっと悔やんでいます。あの時、喧嘩なんかしなければ、僕はずっとお父さんとお母さんと一緒に過ごせたかもしれない。

 ……だけど、それは考えてもどうしようもない。失った時は二度と戻らない……」


「そうか。……キミも私と同じか……」


「……違います。カシムさんは、今からでも帰ることが出来るじゃないですか」


「……!!!」

 カシムさんが驚いたように僕の方を見る。


「……僕は二度と会うことは出来ない。だけど、カシムさんは今、こうして生きている。カシムさんのご家族が今も健在なのか、僕には分からないですけど、生きてさえいればまた会えると思います。なら、喧嘩別れした両親にまた会いに行けばいいじゃないですか。その時に、カシムさんの選択が間違いだったかどうか考えれば良い。……そうは、思いませんか?」


「生きているならまた会える……」


 カシムさんは僕の言葉を反芻し、少しだけ笑みを浮かべる。


「……そうか。そういう考え方もあるのか。……確かに、私はそれをしなかったな……。今でも悔やんでいるのに、頭では納得していたはずなのに……そうか、私が気付かなかっただけで、両親に会いに行くことはいつでも出来たんだよな……」


「そうですよ。カシムさん。例え、選択肢を間違えたとしても、カシムさんの後ろにはこれまで歩んできた道が残っている。

 退路が残っているのであれば、いつでもやり直せるし、今まで歩んだ道が正しいと思うならそのまま進めばいい。……ううん、これは違うかな。

 ……少しだけ、来た道を戻って、『ただいま』って顔を見せるだけでも、ご両親は喜んでくれると思いますよ」


 僕は自分が歩むことが出来なかった選択肢をカシムさんに提示する。カシムさんは僕の言葉を聞いて、何かを考えるように顎に手を当てて固まる。


「そう……か。私は……」


「何も間違っていないです。誰がなんて言ったって、僕はそう思っています」


「はは、そうか……ありがとう……そう言ってもらえると気が楽になるよ……」


 カシムさんは少し肩が軽くなったのか、少しだけ晴れやかな表情を浮かべる。そして、背後を振り返る。


「……私は、勝手に戻れないと決めつけていたんだな……」

「……」


 カシムさんのその言葉に、僕は無言で返す。そうして、二人無言で立ち止まっていると―――


「おーい、レイさーん、カシムさーん!!!」


「二人とも、どこー!!!」


「もう夕日が沈みますよー。早く帰って一緒に夕食にしましょー!!!」


 可愛らしい女の子三人の、僕達を呼びに来た声が聞こえてきた。空を見ると、日は傾いて、夕暮れに差し掛かろうとしていた。


「……帰りましょうか、僕達の場所へ」


「……そうだな。こんなところで足を止めている場合じゃなかったようだ」


 カシムさんは、そう言って僕よりも先に行く。僕は彼の横に並びながら尋ねる。


「カシムさん、行先はどっちですか?」


「夕食でも食べながらゆっくり考えるさ」


 そう言うカシムさんは、今までよりも屈託のない笑顔を浮かべていた。

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