第742話 カシムという男

【視点:カレン】


 レイ達が冒険者ギルドから適当な依頼を見繕ってモンスター討伐に赴いている時。カレンはギルド長のラバンに頼んで『アスタロ・アーネスト』という人物が冒険者として登録を済ませていないか調べていた。


「カレン様、お待たせしました。念の為、他国のギルドの在籍者名簿を調べてきました」


「ありがとう、ラバンさん。手間を掛けさせたわね」


「いえ、ギルド長として当然の事をしたまでです。……しかし、アスタロ・アーネストという男は今も過去にも冒険者ギルドには在籍していないようです」


 ラバンは申し訳なさそうにカレンにそう報告する。


「……となると、やっぱり冒険者ギルドには関わっていないのかしら……?」


 カレンはそう言って考えるように腕を組む。


「あるいは、偽名で登録しているという可能性も考えられます」


 ラバンはそう言って一つの可能性を提示する。そして、一枚の紙をカレンに手渡してきた。


「カレン様に頂いた写し絵の男性に照合を掛けてみました。今から五年程前の情報ということで信ぴょう性が薄いですが、身長や体重、髪や瞳の色などの特徴が似ている冒険者の情報を探ってみたところ該当する人物が一人だけ見つかりました。とはいえ、彼が名前を偽ってるかどうかの確証はないので、あくまで参考程度にして下さい」


 カレンはラバンからその紙を渡されて目を通す。

 そこには一人の男性の似顔絵と経歴が記載されていた。


「Bランク冒険者『カシム・リスタート』、五年前に、ゼロタウンにて登録。

 現在、この王都イディアルシークに籍を置いており、新たなパーティメンバーを立ち上げて冒険者として活動してると……でも、出身国不明?」


「当時、彼の冒険者登録を行ったギルド職員に連絡を取ったのですが、ゼロタウンはこちらと違って身元不明の人物でも冒険者としても登録が可能な為、 カシム・リスタートという人物の素性については分からないとの事でした」


「そうですか……」


 ラバンの言葉にカレンは腕を組んだまま考え込む。


「ところでカレン様、彼がどうかしたのですか? その似顔絵の人物を探されているようですが……」


「彼のお父さんの依頼です。数年前、国を飛び出してそれっきり帰ってこないらしいの。その人に、居なくなった息子を探してほしい……と、頼まれてね。

 アスタロって人物の足跡を辿っていたのだけど、彼はどうやら冒険者という職業に憧れを持っていたらしいから、もしかしたら冒険者になってたんじゃないかと思って」


 カレンはそう言って、カシム・リスタートの似顔絵を見る。


「なるほど……カレン様が気に留める程の人物でしたら、将来有望な人材ということでしょうね」


「……まぁ、間違いではないわ」


 何せ、『アスタロ・アーネスト』は、魔法都市エアリアルの四賢者の一人、グラハム・アーネストの一人息子なのだ。魔法都市エアリアルで賢者という高名な地位に就く人間はよほど優れた素質を持たなければ、その座に就くことは出来ない。


 となれば、息子の彼もそれに近しい素養があるのかもしれないが……。


「(グラハムにとって、そこは重要じゃないんでしょうけどね……)」

 グラハムは言葉数こそ少ないが、息子の事を語る彼の表情から察するに純粋に、家出した彼の事が心配なのだろう。


 カレンがこの依頼が引き受けたのも、彼の想いが打算の無い純粋なモノだと感じたからだ。


「(まだ確定した訳じゃないし……ひとまず心に留めておきましょう)」


 カレンは内心でそう結論付けると、その似顔絵とメモを折り畳んでポケットにしまい込む。


「ラバンさん、情報提供感謝します」


「いえ、構いません。以前のように貴女に冒険者を引退することをチラつかせられては困ってしまいますので……。念押しで言われて頂きますが、ここで得た情報はあまり人に広めない様にお願いします」


「肝に銘じておきます。それじゃあ私はこれで……」


 カレンはそう言って席を立つ。そしてラバンに会釈して冒険者ギルドを後にする。


「……さて、とりあえず、カシムという冒険者の居住区に行ってみようかしら」

 カレンは次の行動を定めてから歩き出す。


 一方、その頃―――


 レイ達は、ゴブリンの討伐を完遂して街へ帰る途中だった。

 しかし、そこにいるのはレイ達四人だけではなく、もう一人、若い男性の姿も混じっていた。


【視点:レイ】


「いやぁー、相変わらずキミは強いな、レイ」

「いえ、カシムさんもお見事でした」


 その男性の名前は、カシム・リスタート。


 何の因果か、カレンがラバンに頼んでカシム・リスタートの情報を得る前に、彼がレイに声を掛けてきたのである。その後、カシムの方から久しぶりに一緒に依頼を受けないかと誘われ、レイは承諾した。


「でも、キミは相変わらず女の子とばかりパーティを組んでるんだね。しかも、以前見た時とは全員違う女の子だし……」

「ふ、不可抗力ですから……それに、以前から組んでた仲間達も今日は居ないだけですよ」


 僕はあらぬ誤解を受けそうになったため、すかさず反論する。


「それは本当かい? キミ程の実力者なら女の子の方から寄ってきてもおかしくないだろう?」


「いや、それは買い被りっていうか……僕の強さで女の子が近づいてきた事なんて一度も無いですよ……多分」


 僕はコホンと咳払いしながら前を歩いてる仲良し三人組に視線を向けながら答える。


 実際、今パーティを組んでるサクラちゃん達は、たまたま知り合っただけだし、エミリア達は言うまでもない。


「……強さや権力で寄ってくるような人間は、キミの周りには居ないんだね……羨ましい……」


「……?」


「あ、いや、気にしないでくれ」

 カシムさんは僕の返答に少しだけ苦笑した。


「( 今、一瞬、沈んだ表情をしたような……? 前にカシムさんと再会した時もそうだったけど、何か悩んでるのかな……)」


 カシムさんとの付き合いはそこまで長いわけじゃない。僕達がゼロタウンを拠点にして活動していた時にとある縁で知り合って仲良くはなったが、彼が一人旅に出てからは一度も顔を合わせた事も無い。


 だが、昔と比べて彼は妙に暗い雰囲気を漂わせている。以前会った時は、久しぶりの再会で、明るく振舞ってはいたものの、やはりどこか浮かない表情をしていたのを覚えている。


 旅先で何かあったのか、それとも……。


「(……とはいえ、それ以上踏み込むのもなぁ……)」


 彼自身、あまり踏み込んでほしく無さそうな雰囲気もあるし、僕は何だかんだで空気は読む方だ。人が嫌がりそうな事をするのは僕も本意じゃないし、彼の気持ちを汲み取ってあまり気にしないようにする。


「……そうだ、前に会った時、キミ、冒険者以外にやりたいことが出来たと言ってたが……」


「……ええと、そんな事言ってましたっけ……? ……言ったかもしれない……」


「言ってたよ。キミくらい強ければ冒険者でもかなり有名になったと思うんだが……一体、何を目指しているんだい?」


「えっと……正直、ちょっと言うのは恥ずかしいんですが……」


 僕は頬を人差し指でポリポリ掻きながら言葉を濁す。


「恥ずかしがる事は無いさ、キミの目指す道に興味もあるし……僕に出来ることなら協力するよ?」


 そう言ってカシムさんは親し気な笑みを向けてくる。


「……学校の先生……です」


「……せ、先生……? それって、子供達に勉強を教えるという、あの先生?」


「はい……前に新設された幼少専門の魔法学校で、ちょっとだけお手伝いさせてもらったんですが……」


 僕はその時の事を思い出して、生徒たちの顔を浮かべる。


「……皆、とても良い子達で……中にはやんちゃで先生の言う事も聞かない子も居ましたが、僕にとっては……とても、眩しくて……」


「……」


「その時に、お世話になった学校の先生に『教師の道を本気で考えてみませんか』……って言われて、しばらく悩んでたんですけど……その後、皆と相談して、ようやく自分の進むべき道が見えたというか……」


 僕は頭を掻きながらカシムさんの方をチラリと見る。


「……意外だな。キミがそこまで大人の考えを持っていたとは……」


 カシムさんは目を丸くして驚いた表情をしていた。


「いえ、大人だなんて……」


「……キミはまだ若いだろうに。なのに、そこまで達観しているとは……本当に尊敬するよ」


 カシムさんはそう言って笑みを浮かべる。


「……それに、キミの年齢でそこまで立派な志を抱いているんだ。きっとキミなら良い先生になれると思うよ」


「そ、そうですか? そんな立派な事は……」


 褒められる事に慣れてない僕はどう反応して良いか分からずに狼狽える。

 それを見ていたカシムさんはまた苦笑を浮かべて笑う。


「(何だか、照れくさいな……)」


「……キミみたいなまだ若い子がそこまで未来を見据えてるとは……全く……大人な筈の自分が情けなくなってくる……」


「……カシムさん、やっぱり何か悩んでるんじゃないですか?」


「……ふ、まぁこんな根暗な雰囲気纏ってたから分かってしまうよね……はぁ……」


 そう言って彼は溜め息を吐く。


「……僕の話を聞いてくれた礼ってほどじゃないですけど、もし悩み事があるなら僕も少しくらい相談に乗りますよ……?」


「……そうだな、折角の縁だし、王都に帰るまで、少し聞いてもらえないか?」


「ええ、何でも聞きますよ」


「……ありがとう。なら話させてもらうよ……実は―――」


「実は?」


「……情けない話だが、私は家出の真っ最中なんだ……」


 そうして、カシムさんは身の上話を打ち明けてくれた。

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