第741話 騒がし三人娘襲来

 次の日の朝―――


「レイさん、居ますかー!!」


 朝、急ぐ用事が無かったので、スヤスヤと眠っていると、自室の部屋の外から声の大きな女の子の声が響いてきた。


「……んぅ? ……誰だ……って、この声はサクラちゃんか……」


 僕はベッドから上半身を起こしてパジャマを脱ぎ始める。


「レイさーん!!」


 トントンと扉を叩く声が聞こえて僕は慌てて返事をする。


「ちょっと待ってて—……」


 僕は急いで普段の恰好に着替えて部屋の扉を開ける。扉を開けると、そこにはサクラちゃんと、彼女の親友であるミーシャちゃんとアリスちゃんの姿があった。


「あ、レイさん!おはようございます!!」


「おはよー、今日はどうしたの? サクラちゃんも昨日はクタクタで今日くらいはゆっくりしてるもんだと思ったけど……」


 僕はそう言いながら彼女の左右横に立っていたアリスちゃんとミーシャちゃんに視線を向ける。


 すると、三人は同時に叫んだ。


「一緒に冒険しましょー!」

「アリス達と一日大冒険だよっ!!」

「いっ、一緒に行きませんか?」


 ……冒険?


「三人共、朝から元気だね……」


 僕は欠伸をしながらミーシャちゃん達にツッコミを入れる。すると、三人は顔を向き合わせてにっこりと笑う。


「で、冒険って何するの?」


「ギルドで依頼受けて適当にモンスター討伐にしにいきませんか!!」


「思ったより普通だった! ……いや、……暇をしてたからいいけど」


「それじゃあ決まりですぅ!!」


 こうして、僕達は冒険者ギルドに向かうことになった。


 久しぶりに冒険者ギルドに向かうと随分と賑わっており、見慣れない冒険者の一党がクエストボードの前に立って、依頼書を持ってカウンターの方に向かっていた。


「随分と人が多いですねぇ、サクラお姉様」


「グラン陛下が魔王成敗の為に、色んな国から人を集めてるんだよ。お陰で王都の冒険者ギルドはかなり盛況だけど、冒険者さん達は荒っぽい人達が多くて、騎士団の皆は騒ぎの収拾に忙しくて大変なの!!」


 サクラちゃんはうんざりそうにそう語る。


「んだとこらぁ!!!!」

「ああ、やんのか!?」


 僕達がそんな話をしていると、タイミングを計ったかのように荒っぽい冒険者達の怒鳴り声が飛んでくる。どうやら別々のパーティが口論になっているようだ。


「このギガントバジリスクの討伐依頼は俺達が先に受けようとしたんだよ!!」


「ああ!? それは前から俺達が目に付けてた依頼なんだよっ! テメェらはついこないだ来たばっかの新参者だろ!大人しく俺に依頼書を寄越せ!」


「んだとぉ!!」


「やんのかよ!?」


 互いの一党のリーダーらしき男性が二人が大声で一つの依頼書を巡って睨み合いになっているようだ。このままだと他の人達に迷惑が掛かってしまう。


 今の所、王宮騎士団の人達はまだここに来てないようだし、誰かが割って入らないと暴力沙汰の喧嘩になってしまうかもしれない。


 サクラちゃんは今にも使命感で飛び出しそうだし、僕も元も騎士団員ということでこの状況は放ってはおけない。


「サクラちゃん、ここは僕達が止めに入ろう」


「了解ですっ!!」


「えぇっ!? レイさん、この喧嘩止めに入るんですか!?」


「あ、危なくないっ!?」


 僕の提案にサクラちゃんはノリノリで頷いたが、ミーシャちゃんとアリスちゃんが驚いた様子で聞いてくる。


「大丈夫だよ、二人はここで待ってて」

「チャチャッと片付けてくるねっ!」


 二人にそう言って、僕達は彼らの前に出て声を掛けようとする。すると、僕達の反対方向から凛とした女性の声が響き渡る。


「待ちなさい」


「ああ!?」


「何だおめぇ!?」


「おめーも俺達の獲物を横取りするつもりか!? ……って」


 相変わらず喧嘩腰だった男性二人だったが、片方はその声の女性の事を知っていたようで、振り上げようとした拳を収めて動きを止める。


 その女性の声は、僕達のよく知る人物……カレンさんだった。


「あ、先輩」


 飛び出そうとしてたサクラちゃんが慌てて足を止めてカレンさんの行動を見守る。カレンさんは、争う二人の男性の間に割って入って諭すように言った。


「失礼、ヒートアップしてる所悪いのだけど。あなた達が大声で叫ぶものだから、周りの人達が迷惑しているわ。少し声のトーンを下げて話しなさい。それが無理なら代わりに私が話を聞くことになるけどね……?」


 カレンさんは爽やかな笑顔で二人に話し掛ける。しかし、その目は一切笑っていなかった。


「い、いや……」

「これは……その……」


 どうやら二人ともカレンさんには頭が上がらないようで、途端に借りてきた猫のように大人しくなってしまった。


「それと、ここの依頼書は早い物勝ちよ。依頼を先に取られたからって大人げないわ。貴方がベテランだと言うのならそれくらい分かっているでしょう」


「そ、それはそうなんだけどさ……カレンさん……でもこの依頼は……」


 しかし、片方の男性は納得がいかないようで食い下がる。

 するとカレンさんは「分かってる」とその男性に呟く。


 だがもう片方の男性が、取り合っていた依頼書を強引に引っ手繰って言った。


「とにかく、この依頼書は俺達が先に取ったモノだ。よし、お前ら行くぞ」


 そう言って男性のパーティメンバーは頷いてギルドから出ようとする。しかし、それをカレンさんが静止する。


「待ちなさい」


「な、なんだよ、さっきアンタも早い物勝ちって言ってたじゃないか」


「ええ、そうね。確かに言った。クエストボードに貼り出された依頼書は基本的に早い者勝ちよ。でも、あなた達、その依頼書の中身はちゃんと確認した?」


「……あ?」


 カレンさんにそう言われた男性は、怒りの表情で一瞬固まる。


「その依頼……ギガントバジリスクは推定難易度B+級のモンスターよ。あなた達、それを討伐した経験はあるの?」


「そ、それは……」


 カレンさんに問われて男性は目を泳がせる。


「よく居るのよ。まだ経験の浅い冒険者が自身の実力を見極めずに無謀な依頼を受けてしまう事。今、あなたが口論していた相手は、あなた達が経験不足なパーティである事を察してその依頼を受けるのを止めようとしてくれたのよ」


 カレンさんにそう言われ、男性は冷や汗を流しながらさっきまで口論していた男性に目をやる。その男性は「悪い……」と言いながら視線を逸らす。


「(……どうやら片方の男性は悪気は無かったみたいだね)」


 ギガントバジリスクという魔物の知識は僕には無いけど、カレンさんの話によると新人冒険者が相手にするにはかなり荷が重いモンスターのようだ。もう一人の男性は彼らの身を案じて声を掛けたようだが、言葉が足りないせいで喧嘩になってしまったのだろう。


「今回はその依頼は諦めてこの人に渡しておきなさい。命が惜しければね」


 カレンさんは男性と冒険者達の仲裁をする。そして、彼らに忠告するようにそう告げると、男性達は渋々依頼書をもう片方の方に手渡して、機嫌悪そうな態度でそのまま仲間を引き連れて出ていってしまった。


「……全く、態度が悪いわね」


 それを見たカレンは小さく愚痴を言って彼らの背を見送る。すると依頼書を受け取った男性が申し訳なさそうに謝罪する。


「悪いな、カレンさん。俺が口下手なせいで揉め事起こしちまって……」


「今回は私が仲裁に入ったから何とかなったけど、次からはもう少し優しく諭すようにね」


「ああ、すまねえ。それじゃあな」


 男性はカレンさんに謝罪すると、カウンターの方に向かっていった。どうやら受付に依頼書を持って行って依頼を正式に受けるつもりのようだ。


「……さてと」


 カレンさんはその様子を見届けてから、僕達の方に視線を向ける。


「カレン先輩」


「カレンさん」


「レイ君にサクラ。それにミーシャとアリスも一緒なのね。冒険者ギルドで四人一緒に会うのは珍しいわね、どうしたの?」


 カレンさんは、僕達がここに居るのが珍しいようで首を傾げる。


「僕はサクラちゃん達に誘われて」


「先輩も一緒にど~ですか~? 久しぶりに強敵に会うために一緒に冒険しません?」


 サクラちゃんのお気楽な発言にカレンさんは苦笑する。


「残念だけど、ちょっと私は別件あってね。今回は遠慮しとくわ」


「別件?」


「ええ、人探しよ。面倒な要件なのだけど頼まれちゃったから……サクラ達なら問題ないと思うけど、無茶しちゃダメよ? じゃあ、私は行くわ」


 カレンさんはそう言って踵を返して去っていった。


「なーんだ、残念。久しぶりに先輩と一緒に冒険したかったんだけどなぁ」


「カレンさんも忙しそうだし仕方ないよ。……それにしても、仲裁上手かったなぁカレンさん……」


 カレンさんの仲裁が鮮やかなモノで、僕とサクラちゃんは感嘆の溜息を吐く。


「さ、僕達も依頼を受けて早く行こう」

「そうですね!」


 僕達はクエストボードでいくつかの依頼書を確認してから受付のお姉さんに依頼書を持っていく。


 そして、冒険者ギルドを出ようとしたところで――


「お……キミは……」

「……ん?」


 僕は後ろから男性に声を掛けられる。誰かと思い、振り返ると――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る