第744話 大人と子供達の食卓

 カシムさんと一緒にモンスター討伐を終えて王都に帰還した直後の話――


 僕達は冒険者ギルドに戻って依頼の清算を行った後、その日に稼いだお金を使って冒険者食堂に向かい、五人で夕食を食べることにした。そして注文をしてからテーブルの上に山盛りの料理が運ばれてくると、僕達はテーブルを挟んで椅子から立ち上がる。


「それじゃ、今回の依頼達成を祝って……」


「「「かんぱーい!!」」」


「か、かんぱーい……若い子のテンションには敵わないなぁ……」


 サクラ達三人の声に遅れて、同伴していたカシムさんも相槌を打って手に持ったグラスを掲げる。


 彼女達の声が大きいせいで他のテーブルで食事をしていた冒険者達から注目を集めていたようで、カシムさんも少々恥ずかしそうにしていた。


「カシムさーん、声がちっちゃいですよ~♪」


「い、いやぁ……そう言われても……私だけ場違いな気がして……」


 無駄にテンションの高いサクラちゃんに絡まれて、カシムさんは気後れしてしまっているらしい。無邪気にはしゃぐ女の子達と比べて、カシムさんは大人な為、周囲の視線が気になって仕方ないようだ。


「……なぁ、レイ。あの子(サクラ)はいつもこんな感じなのかい?」


「この子の声が大きいのはいつも通りですよ。目立つのは仕方ないので諦めましょう」


 小声で質問してくるカシムさんに僕は苦笑して答える。


「サクラは人目を気にしないで大声で騒ぐもんねぇー」


「むー、アリスだって大声で話すじゃ~ん! わたしだけじゃないもんっっ!!!」


「サクラお姉様、声、声!」


「むぐぐっ……!」


 アリスとミーシャの指摘にサクラは頰を膨らませる。そんな様子をカシムさんは目を丸くして眺めていた。


「むー、皆がわたしをいじめるー!!」


「サクラちゃん、口の中にパスタ詰め込みながら喋らない」


「お、お姉様の唾がボクに……なんて幸せ……♪」


「……ミーシャ、普通にキモい」


「ぐふっ……!!」


 ミーシャちゃんは普段は割と普通なのにサクラちゃんが変態ぶりを発揮する。そんな彼女にアリスちゃんは冷ややかな視線を送りながらも楽しそうに食事を進めている。


 だけど、ライスとアイスクリームを同時に食べるのはどうなのか。……まぁ、本人が良いのなら良いのだろう。


「ははっ……」


 そんな四人のやり取りを見てカシムさんが楽しそうに笑う。


「どうしました?」


「いや、可愛らしい子達だなと思ってね」


 カシムさんがそう言うと、サクラ達は嬉しそうにはにかむ。


「ありがとうございます~」


「……本当に、賑やかでいいな。私が普段組んでるメンバーだとこうはいかないよ」


「あのー、カシムさんは普段はどんな人達と組んでるんですか?」


 ミーシャちゃんはカシムさんに質問する。


「私と同年代くらいの男二人と女一人だよ。一緒に食事をするのも稀だし、騒がしくなるのは酒が絡んだ時くらいか。食事中も次は何の依頼を受けるかとか、そういう話ばっかりで私語も少ないくらいだよ」


「今日はなんで一人だったんです?」


「たまたま彼らと予定が会わなかったんだ。だけど私は特に予定が無くて簡単な採取依頼でも受けようかと思ってたんだが、キミ達が居てくれて助かったよ」


「あ、一人で居たのはそういう事情だったんですね」


「カシムさんって大人っぽく見えますけど、おいくつなんですか?」


「ははは、いくつくらいに見えるかな?」


「え、えっと……」


 ミーシャちゃんは急な質問に慌てるが、代わりに割り込んできたアリスちゃんが答える。


「二十八くらい?」

「……」


 アリスちゃんの回答にカシムさんは静かに目を伏せる。


「……まだまだ若いと思っていたんだが……そうか、若い子にはそう見えるのか……苦労の分、私も老けたか……」


「いやいやいやいや! アリスちゃんはお子様だから何歳か分からなくて適当に言っただけですから!!」


「アリスは適当になんか言ってないよ!!」


「あ、いたいいたい、ごめんって」


 僕はアリスちゃんの失言にフォローしたのだけど、アリスちゃんを怒らせてしまったようだ。僕に圧し掛かって小さな手でポカポカと背中を叩いてくる。痛くはないけどちょっと鬱陶しい。魔法学校の生徒たちにじゃれ付かれてると思えば可愛いものではあるけど。


「あはは、アリスはまだまだお子様だもんね」


「むぅ~!! ……あ、そうだ! ねぇねぇカシムさん!」


「ん?」


 アリスちゃんは僕に攻撃を止めると思いついたかのようにカシムさんに声をかける。すると彼は不思議そうな顔で首を傾げた。


「カシムさんって彼女とか居ないんですか?」


 アリスちゃんの質問にその場がシンと静まり返る。


「……あれ? どうしたの、皆?」


「……アリス、そこは察しなよ……」


「えー?」


 ミーシャちゃんの言葉にアリスちゃんは不満げに言葉を漏らす。


「だって、もし彼女が居るなら、こんな所で一人で来ないでデートとかしてるでしょ?」


「そっかー」


 ミーシャちゃん、その言葉のナイフは僕にも刺さってんだけど。


「……はは、その通りさ。私に彼女なんて……はぁ……」


 カシムさんは背中を丸めて俯く。

 そんなカシムさんにミーシャちゃんは慌てて謝罪する。


「あ、あ、あ! ご、ごめんなさい、カシムさん! ボク、そんなつもりじゃなかったんですけど!」


「(あれで悪気無いって、逆に凄いな)」


 心の中で僕はカシムさんに同情する。


「あ、じゃあレイさんはどうなの?」


「今度は僕!? もうやめようよ、この話!!」


 僕は慌てて話を逸らそうとする。


「え~? なんで?」


「アリスちゃんが気にすることじゃないでしょ、もう」


「じゃあ、彼氏は居ないの?」


「居るわけないだろ!? どうしてそんな発想が出てくるのさ!!??」


「だって、アリスのママは――むぐっ!!」


 アリスちゃんが何かとんでもない事を言おうとしたところで、後ろからサクラちゃんが彼女の羽交い絞めにして口を塞ぐ。


「あ、はははははー。気にしないでレイさん、ちょっとアリスは特殊な家庭環境で生まれたから常識が無くてさぁ」


「……そ、そうなの?」


 ……まぁ、突然男に「彼氏居ないの?」とか聞いてる時点でアリスちゃんはおかしいし、気にしないでおこう。っていうか、気にしたらとんでもない話を聞かされそうで怖い。


「……カシムさん、ドンマイ」


「……いや、気にしてないよ……。だが、まぁそろそろ気に掛けないといけない時期かもしれないな……」


 遠い目をしたカシムさんが最後に何か不穏な事を呟いた気がするけど、僕は聞こえないふりをする。

 そうして、冒険者達の夜は賑やかに過ぎて行く。


 ミーシャちゃんの鋭い言葉のナイフにショックを受けていたカシムさんだったが食事を終える頃にはすっかり気を取り戻していた。


 そして、食後のデザートを済ませて席を立とうとするタイミングで、僕達はとある人物に声を掛けられる。


「―――あら、あなた達も食事中だったの?」

「???」


 僕達が後ろを振り向くと、両手にお皿を持ったカレンさんがこちらを見ていた。


「カレンさん、こんばんは」


「先輩、こんばんわ~♪」


「ええ、こんばんは」


 僕は席を立つとカレンさんに近づく。

 彼女は僕達を見るなり頬を緩めて笑いかけてくる。


「う、美しい……」


 僕の後ろで、カシムさんが息を呑む声が聞こえた。その言葉の意味は深く考えないでおく。


「あら、その人は……?」


 カレンさんはカシムさんの事に気付いたようで、軽く顔を動かして会釈する。すると、カシムさんは慌てて立ち上がり、頭を下げて挨拶をする。


「ど、どうも、初めまして!」


「あら、丁寧にどうも。私はカレンよ。両手が塞がってて握手は出来ないけど、よろしくね」

「は、はいっ! カシムです! お見知りおきを!」


 カレンさんが名乗ると、カシムさんは舞い上がったように返事をする。カレンさんって普通にしてれば滅茶苦茶美人のお姉さんだもんね。カシムさんだって驚いても仕方ない。


「よろしくね、カシムさん。……んん、カシム……?」


 だが、カレンさんはカシムさんの名前を聞くと、怪訝そうに眉を動かす。


「どうしたの、カレンさん?」


「ええ、ちょっと……あ、もしかしてもう席を立つつもりだった? 呼び止めてごめんなさいね」


 そう言ってカレンさんは少し申し訳なさそうな顔をしてその場を去ろうとする。だが、カシムさんは必死に呼び止める。


「いやいやとんでもない。あの、折角ですから一緒にお食事どうですか!?」


「え……あ、うん、ありがとう」


 少し呆気にとられたカレンさんは、カシムさんの申し出に一瞬迷う素振りを見せたが、すぐに了承した。彼女の言う通り、本当は席を立つつもりだったのだけど、カシムさんが謎に気合いが入ってるので、僕はそれとなくサクラちゃんに声を掛ける。


「じゃあ僕達も追加で何か注文しよっか、サクラちゃん」


「ですねー♪ じゃあ何にします?」


「アリス、果物アイス食べたいー」


「えっと、ボクは、モチモチ触感のラズベリークレープかな!」


「あ、じゃあわたしはふわふわクリームのホットケーキにしようっと」


「……なら僕は」


 メニューを見て皆思い思いに追加注文。そして、店員に声を掛けて僕達も席を座り直す。その間、カシムさんはカレンさんを見て随分とテンションが上がっていて、何度も話しかけていた。


 カレンさんは表面上笑顔で対応しているが、若干引いているようにも見える。


「(……もしかして、カシムさん)」


 カレンさんを見て一目惚れしてしまったのだろうか……。僕はちょっとカレンさんの反応が気になって、二人の様子を見守ることにした。

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