第745話 イライラするレイくん
「あ、あの、カレンさんは、もしかして、あの有名な冒険者の……!?」
「え、えぇ……多分、そうだと思いますが……」
「そうでしたか!! 私、冒険者になってから貴女の噂をお聞きしたことがあります。お会いできて光栄です!!」
「あ……こちらこそ……」
お互い席に着いて食事を開始したカレンさんだが、カシムさんによって謎の質問攻めを受けていた。
「いや、しかしあの冒険者のアイドルと称されたカレンさんがここまでお美しい女性だったとは!!」
「あ、はい……それほどではないと思いますが……」
「いやいや、貴女は間違いなく美しい女性だ! 私が今まで見て来た中でも、あなたほどの美貌の女性は私の故郷でも……!!」
「あ、ありがとうございます……」
カレンさんは営業スマイルを浮かべながら、カシムさんの質問に答えて食事を行う。カシムさんはカレンさんの美貌にすっかり興奮し、いつもよりも更にテンションが高い。
「………んぐ」
二人の会話を横目で見ながら、僕は追加で注文したパスタをパンで挟んだよく分からない料理を食べる。口の中になんとも言えない炭水化物の味が広がり、微妙な触感のそれを噛みしめながら二人の様子を伺う。二人を見てるとなんか胸がモヤモヤして落ち着かない……。
「レイさんは、何を頼んだの?」
「よく分かんないパスタを挟んだパンだよ」
アリスちゃんは僕が食べかけてたパスタ入りのパンをジッと見て質問する。
「美味しい?」
「普通」
しいて言えば、パスタとパンの味がする。クリームみたいな白いソースが掛かってるのだけど塩分が薄いせいで味がイマイチだ。かといって不味いわけでもなくコメントに困る。なので普通。
「アリスも食べたい!!」
アリスちゃんはそう言いながら僕の食べかけのパンに噛みつく。
パンを支えてた僕の指と一緒に。
「……」
「んぐんぐ……うーん、アリスはもっと甘々な味付けの方が好きかなぁ……」
「……」
人のパンを無許可でかぶりつきながら感想を述べるアリスちゃんに微妙な視線を向けながら、僕は涎まみれになった自分の手をそっと引き戻してハンカチで手を拭う。
子供のやることだ。こんなことで怒る事じゃないだろう。うんうん。
「……」
「いひゃいひゃい! レイさん、真顔でアリスのほっぺたを引っ張らないで!!」
しまった、思わず怒りでほっぺを引っ張ってしまった。しかし、なんというモチモチしたほっぺただろう。まるで餅みたいにぷにぷにもちもちだ。
そんな事をしている間に、カシムさんは相変わらずカレンさんに絡んでいた。
「……それで、カレンさんはどうしてここに? このような野蛮な場所に、貴女のような女性は似合わないと思うのですが……」
「あ、いえ。今日はここのギルドに用事がありまして……人探しを少し……」
「人探しですか……なるほど、冒険者ギルドはモンスター討伐だけじゃなくて様々な雑務なども仕事内容にありますからね。それで、どのような方をお探しなのですか?」
「え、ええと……」
カレンさんは困ったように笑い、ちらりとこちらを見る。
明らかに困ってる眼だ。これは僕に助けを求めているに違いない。
「カシムさん!」
「ど、どうしたんだい急に……?」
「……あ、いや、その」
僕が立ち上がってカシムさんの名前を呼ぶと、彼は驚いた顔でこっちを見た。カレンさんに助けを求められたのだと思って思わず反応してしまった。
「その……ほら、人探しとかその捜索依頼って内容によっては他人に公表してはいけない事がありますから、そんな根掘り葉掘り聞くのはマナー違反ですよ!」
「え、あ、そうか……。すまない……」
僕は適当な理由を付けてカシムさんにカレンさんへの質問を止めるようにお願いした。すると彼は少し反省したように謝罪する。
「すまない、カレンさん。私としたことがマナーを逸してしまったようだ、許してほしい」
「いえ、お気になさらないでください、カシムさん」
カレンさんはそう言って彼の謝罪を受け入れると、チラリとこちらを見てウィンクをしてくれた。
「(ありがと、レイ君♪)」
彼女のウィンクは僕の脳内ではそう翻訳された。
「(……よし!!)」
僕は心の中でガッツポーズすると、早速そのウィンクのお返しにとウィンクを返す。それを見たカレンさんは微笑みで返してくれる。
「(ああ、なんて可憐な笑顔……)」
そんな彼女を見て僕の胸はきゅんと締め付けられる。
やっぱりカレンさん可愛いよなぁ……。
「(レイさんレイさん、この流れで告っちゃいなYO♪)」
「……」
背後からサクラちゃんの声が聞こえる。後ろを振り向くとチョココロネをカジカジしているサクラちゃんの満面の笑みと目が合う。ちょっとイラッとした。
その後、カシムさんの質問が大人しくなると、カレンさんは慎ましく食事を済ませる。そしてハンカチで口元を拭うと、真剣な表情でカシムさんに言った。
「……カシムさん、ここは騒がしいので、お外でゆっくりお話しませんか?」
「!!」
「はえ!?」
「えっ!?」
「え、何々!?」
サクラちゃん達は今のカレンさんの言葉に驚いたのか食事を止めて一斉にカレンさんの方に視線が集中してその場が静まり帰る。
だが、多分カシムさんやサクラちゃん以上に僕が一番驚いてショックを受けていたと思う。
「……!?!?!?!?!?」
カシムサン、ココハサワガシイノデ、オソトデユックリオハナシシマセンカ……?
カレンさんの口から放った言語の意味が理解できず、僕はしばしフリーズして動けなくなった。
カシムさんもカレンさんの言葉をすぐに呑み込めなかったのだろう。だが、言葉の意図を理解したのか、少し間を置いて目を見開くと、小さくガッツポーズをして席を立つ。
「分かりました! すぐに行きましょう!」
「……では、近くの広場のベンチでお待ちしていますわ」
カシムさんはそう言うと、空になったお皿を返却口に返す。そして、先に外に出て行ったカレンさんの後を追うように大急ぎでお店を後にした。
……その場には、呆然としていた僕とサクラちゃん達の四人が取り残されていた。
「い、今のってもしかしてデートのお誘い!?」
「やだ、流石カレンさん、おっとなー♪」
「カレンさんがあんなことを言うなんて……ボクもサクラお姉様にあんな事言ってみたい……!」
「………………」
僕は三人の言葉を聞きながら、呆然と窓の外を見つめる。
「………………………」
「あの、どうしたんですか? レイさん、何処か具合でも悪いんですか……?」
「レ~イ~さ~ん? ……もしもーし?」
「おーい………………し、死んでる……!!」
その後、サクラちゃん達に身体を散々くすぐられて、僕はようやくフリーズ状態から解除されたのだった。
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