第416話 ビビるレイくん

 陛下に謁見し、作戦に参加することになった僕達は、

 翌日に王都を出立し、王都から離れた港に向かうことになった。


 港は王都から数キロ離れた西にあり、

 そこから、海上に停泊している船に乗り込むことになっている。

 今回の遠征に参加するのは、いつものメンバーに加えてサクラちゃんとウィンドさん。

 それに自由騎士団のフルメンバーだ。


 病室で寝たきりになっているカレンさんの事は心配だったが、

 昨日のうちに彼女のお見舞いに行って、留守の間はリーサさんに任せることになった。


 そして、出立から六時間ほど経過したお昼頃、

 僕達はようやく港町に到着し、停泊していた船に乗船した。


「うーん……!やっぱり船の上は気持ちいいですね!!」

 甲板の上に出たサクラちゃんは大きく伸びをしながら言った。


「海風も涼しくて快適です!」

「海というのはこれほど広い場所なのですね……もし船から転落したらと思うと……」

「大丈夫ですよレベッカ。もし落ちそうになったら私が飛翔の魔法で助けてあげます」

「ありがとうございます、エミリア様」

「ふふふ、三人とも元気いっぱいね。でも落ちないように気を付けてね」

 女の子四人は、きゃっきゃっ騒ぎながら船内へと消えていった。

 一方、男性陣はというと……。


「……お前は何やってんだ、レイ」

「ガクガクガク……」

 団長であるアルフォンスさんは僕を呆れた目で見つめている。

 僕は、船のマストの棒に掴まった状態で、足を震わせていた。


「だ、だって団長……船乗るのなんて初めてなんで怖くて……」

「漁船じゃあるまいし、大して揺れもしねえだろうが……。

 それに、『潜水艦』って言ったか? それに乗るときの揺れなんて今の比じゃねえぞ。そんなんで大丈夫なのか?」

「そ、それはそうなんですけど……」

「ったく、情けねぇ奴だな……」

 そう言いながら、彼は僕の腕を掴み、強引に立たせた。


「乗るのが初めてだろうが、こんなもの実戦で足腰鍛えていれば屁でもねぇだろう。あれだけ強いくせに、肝心なところで弱音を吐くんじゃない」


「は、はい……」

 彼の言葉に僕はしゅんとする。


「男がへっぴり腰で情けねぇったらありゃしねえよ。

 女ならまだ可愛げがあるんだが………いや、別に女になれとは言ってねぇよ!

 身体変化の指輪を使おうとするんじゃねえ!!!」

 要望通りに女になろうとしたのだけど、強引に止められてしまった。


「だ、団長……あとどれくらいで到着するんです?」

「ここから目的地までは結構距離があって、明日の朝頃に着く予定だ」

「そ、そんなにかかるのかぁ……」

 僕はげんなりしながら呟いた。


「今はまだいいが、この先の海域は夜になると魔物も出現し始める。そうなれば、ますます危険になるだろうな」

「そうなんですか。……あの、戦えそうにないんですが」

「……まあ、俺達が付いていれば、魔物なんかに遅れを取ることは無いだろう。

 見張りは俺達に任せて、お前らは中で休んでろ。というか、怖いならなんで甲板に出てきたんだよ」

「姉さん達が船の外で潮風を浴びたいとか言い出したから……」

「完全に置いてきぼりにされてるじゃねえか……」


 アルフォンスさんが呆れ顔で言った。

「と、とにかく僕はもう中に戻ります。これ以上ここに居たら海に落とされそうだし……」

「ああ、波が穏やかな間はまだいいが、荒れてくると船が揺れるからな。お前らは作戦まで時間があるんだから中で大人しくしていろ」

「はぁい……」

 僕は、気弱に返事をしながら船内へ戻っていった。


「うう、気分が悪い……」

 どうやら、船酔いも併発しているらしい。

 早く部屋に戻りたい。


 船内の自分達に割り当てられた部屋に戻ると、女の子達がテーブルに集まって何か話をしていた。僕が部屋に入ると、女の子達は扉を開く音に気付いて、こちらに振り返る。


 エミリアが僕の方を見ながら言った。

「遅かったですね、レイ。私達の会話に加わらずに団長と話をしてたみたいですが、何してたんです?」

「ちょっとね……」

「なんだ、またホームシックですか。

 シャキッとしてくださいよ、この後魔王軍の基地に乗り込むんですよ」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 エミリアの質問に苦笑しつつ答える。


「レイ様、顔色が悪いご様子……もしかして船酔いでございますか?

 それならば、そこのベッドで先にお休みくださいまし。このあと、ウィンド様が作戦の具体的な方針の説明があるのですが、わたくし達が代わりに聞いておきますので……」


「ありがとう、レベッカ……少し休ませてもらうね」

 僕は壁を伝いながら、部屋内にあるベッドに座る。


「ところで、四人は何してたの?」

「えっとね、サクラちゃんに魔法を教わってたの」

「魔法?」

 僕の疑問にサクラちゃんが答えてくれた。


<消失>インヴィジビリティの魔法です!!

 皆さんはまだ使えないみたいなので、一人でも覚えた方が良いかなって……」


「ああ、なるほど……」

 今回の任務は、魔王軍の拠点に侵入して装置に爆弾を設置する任務だ。

 魔物と戦うのが目的じゃないため姿を隠しながら隠密行動をする必要がある。そこで、サクラちゃんは自身の負担を減らすために彼女達に教えようとしているらしい。

 サクラちゃんは、僕が来たことで改めて魔法の解説を始める。


「消失の魔法は自身の姿を消すというより、周囲に溶け込むイメージなのです。

 敵からすると姿が消えたように錯覚しますが、使用者の実体はそのまま残ったままなので、仮に相手が消えた場所を手で掴もうとするとバレてしまうので注意してください」


「なるほど……属性はなんですか?」

「風属性です。難易度は少し高いですが<風の盾>エアロシールドの魔法を習得していればそこまで難しく無いはずです。……確か、レイさんも使えますよね?」

 と、そこで僕に話が振られる。


「え、僕? 一応使えるけど……」

「それなら、風の盾を使う要領で魔法陣を展開してみてください。その後、気を静めた状態で、展開術式を外部ではなく内部に変更して、魔力を流し込みながら発動させれば消失の魔法が習得できると思います!」

「わ、わかった……」

 僕は言われた通りにやってみることにした。目を閉じて、集中し、手を前にかざすと、脳内に風の盾を展開するときと同じ形で緑の魔法陣を展開する。


<消失>インヴィジビリティ

 魔法名を呟いて、魔法を発動させると、僕の周囲に僅かに風が吹いた。

 すると―――


「おお、レイ様の姿が消えました」

「レイくん、凄い」

「え、本当?」

 僕は自分の手を見つめてみるが特に消えてはいない。

 どうやら周囲から見えなくなるだけらしい。サクラちゃんの説明通りだ。


「おー、流石レイさん。じゃあそのまま動いてもらえますか?」

「分かった」

 僕はベッドから降りて軽く動いてみる。


「ん?」

 すると、エミリアが怪訝な反応をした。


「レイ、今動きました?」

「うん、ベッドから降りたよ」

「じゃあ、軽く走ってもらえません?」

「えぇ……? 気分悪いのにぃ……」

 僕は仕方なく、ジョギングのような形で船内を動く。


「……やっぱり、動くと残像が見えてしまいますね」

「え、見えてるの?」


 僕が動きを止めると、エミリアが迷わずこちらに向かってくる。

 彼女は僕の腕を辺りを手で掴む。すると、僕の魔法が強制的に解除されてしまった。


「はい、捕まえました」

 と、エミリアは言いながら僕の腕を離す。


「なんでだろ、魔法はちゃんと成功したはずなのに……」

「使うだけの魔力はあると思いますけど、船酔いのせいで上手くコントロールできてないんだと思います。魔法を維持するのも難しいんじゃありませんか? 」

「ま、まあね……」

 エミリアの指摘に僕は苦笑いを浮かべる。


「ふむ……万全の状態ではまだ分かりませんが、そのままではレイ様の<消失>インヴィジビリティは作戦で使えませんね……」

「でも、その場で立ち止まるなら誤魔化せそうじゃない?」

「使いどころが難しいですね。通路で魔物と鉢合わせした時にその場で立ち止まってやり過ごす時くらいでしょうか」

「とりあえず、レイさんは体調を整えた方が良いですね。

 師匠が作戦について説明があるそうなので、それまで休んでてください」

「うん、わかった……」

 僕は、ベッドに戻って横になる。

 そして彼女達の声を環境音にして、そのまま眠りに付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る