第415話 海へ
「――では、これより、『魔軍拠点襲撃作戦』の概要を説明する」
陛下に集められた僕達は、作戦の内容を聞くことになった。
「さて、諸君。これから話す作戦内容は通常のものとは趣が異なる。
魔物と戦うことになるだろうが、主な目的はその拠点にある装置や物資を破壊することが目的だ。
それさえ達成すれば、魔物達を無視して王都に帰還しても構わない」
「敵を全滅させろ、とかそういう内容では無いのですか?」
エミリアは、少し不満げな表情をしながら陛下に質問をする。
陛下は、エミリアをチラリを見ながら、こう言った。
「……以前に、君達が得た情報を参考にして再調査を行ったところ、その敵拠点には、魔物を無尽蔵に作り出す装置が設置されていることが分かった」
「ま、魔物が……作り出されている、ですか?」
サクラちゃんは、動揺した様子で聞き返す。
「うむ。先の戦いで魔物が次から次へと湧いてきて襲ってきたのは記憶に新しいだろう。しかし、その魔物はどうやら人工的に生み出されていたようだ。
だが、前回の戦いで製造された魔物達を投入したことで、製造した魔物の総数をかなり減らしていると予想する。だからこそ、このタイミングで仕掛けることにした」
陛下はサクラちゃんの言葉に頷きながら僕達に説明を行う。
「ということは、僕らが以前発見した装置と同じ物がそこに?」
「そうだ。君達がサイドの近辺の廃坑で見つけた施設と同一のものだろう。
これより、あの施設は<魔導研究所>、装置を<魔道製造機>と名付けることにする。今作戦の狙いはそれらが目的だ。故に、魔物と戦う事自体が目的では無い」
陛下の説明を聞いて、僕達は納得しながら呟く。
「な、なるほど……」
「……何処からあれほどの魔物が現れたか疑問でしたが、そういうことですか」
「君達に依頼したいのはこの<魔道研究所>及び<魔導製造機>の破壊。今までに発見した施設と比べると、大規模なものであると予想される。当然、危険度も高く、命の危険を伴う任務となるだろう。だが、それでも引き受けてくれるだろうか?」
陛下は真剣な眼差しで、僕らの答えを待つ。
「……命懸け」
僕はポツリと言葉を漏らした。
その僕の言葉に、陛下は静かに頷く。
「(……そうだよね、魔王軍の拠点の一つに乗り込むわけだし……)」
はっきり言ってしまえば怖い。
怪我や病気は魔法で治せても死者は簡単には生き返らない。
勇者という役割を持たされたといっても、死んだらそれまでなのは変わらない。
この世界にはセーブもリセットも存在しない。
しかし、だからといって傍観者でいるつもりはない。
僕が拒否したとして、きっと別の誰かが代わりに行くことになる。
それでもし犠牲者が出たとして、僕はその事実に耐えられるだろうか?
無理だ。僕は、きっと後悔して自分を責めてしまう。
『――守るよ、全部。大切な仲間の為に、好きな人の為に、優しい人たちの為に。この世界を魔王なんかに好きにさせない』
少し前に、僕がとある場所で言った独り言である。
いざ、その状況が来た時に、自分の放った一言が重く圧し掛かる。
けど、当時の気持ちに嘘偽りはない。
「……はぁ」
僕はため息を吐く。
僕が文字通り、勇敢な人間ならきっとスパッと即答出来ただろうに……。
「……やはり、即答は出来ないか。覚悟が決まらないのならこの話は―――」
「いえ、大丈夫です」
僕は、答える。そして、仲間達の顔を見ながら言った。
「僕は参加することに決めたけど、皆はどうする?」
と、仲間達に質問したのだけど、仲間には物凄く意外な顔をされてしまった。
「れ、レイくんが、私達に相談せずにここまで重大な決断をするなんて……」
「レイ様、立派になられました……素晴らしいです……」
「成長しましたねぇ……」
……自分が周りにどう思われてたのか、よく分かったよ。
「あのねぇ……」
自分としては覚悟を決めたつもりなんだけど。
「っていうか、皆は行かないの?」
「レイくんが行くなら私も行くつもりだよ?」
「お供いたします」
「心配なので私も付いて行きますよ」
「そ、そう……」
シリアスな雰囲気だった筈なのに緊張感が無くなってきた。
でも、気負いすぎてもダメなことはこれまでの経験で理解してる。
「ま、まあとにかく、僕は行くつもりです」
と、僕は陛下に向かって言う。
「……うむ、ありがとう。ではサクラ君はどうする? 作戦上、君には特に参加してもらいたいのだが」
「私も行きます。元々、この作戦は私も組み込まれていたでしょうし」
サクラちゃんは、僕とは違い迷わず答える。
「そうか、助かる」
そこで陛下はアルフォンス団長に視線を向ける。
「アルフォンス団長、君も彼らに同行してもらいたい。
今回の隠密行動が主な作戦内容だが、状況次第では魔物との戦いも避けられまい。彼らの作戦が無事遂行できるように、自由騎士団としての力を貸してほしい」
「承知しました」
団長が返事をすると、陛下は満足そうな表情を浮かべる。
「それで、グラン陛下。
その魔王軍の拠点は何処にあるんでしょうか? 私達は、いつ出立すれば?」
サクラちゃんは、陛下に質問する。
しかし、陛下は「まぁ、待て」と手で制しながら答えた。
「その前に、君達に質問がある。この中に、泳ぎが苦手な者はいるかい?」
「えっ」
突然の問いに、僕たちは戸惑いながらも各々顔を見合わせる。
「ええと、私はまぁ得意ですけど……」
真っ先に答えたのはサクラちゃんだった。
「レイさん達は?」
「元々暮らしてた場所に海が無かったからあんまり……姉さんは?」
僕は姉さん達の顔を見ながら質問を投げかける。
「私は泳げないけど、溺れることもないかな」
「なんだそれ……」
姉さんの謎の発言に、僕は思わず突っ込みを入れる。
「エミリアとレベッカは?」
「私は、うーん……まぁ問題はないと思いますが」
「わ、わたくし、泳ぎは少し苦手でして……」
エミリアは特に問題なさそうだけど、レベッカは表情を曇らせながら話す。
陛下は僕達の会話に耳を傾け、今度はアルフォンス団長に声を掛ける。
「アルフォンス団長、君は?」
「俺は問題ないです。女性にモテる為に身体を鍛えてますから」
「相変わらずだな、君は……まぁいい」
何とも言えない表情をしながら、呆れた様子を見せるグラン陛下。
「さて、何故このような質問をしたかというと、今回向かう先は地上ではなく海の中だからだ」
「……へ?」
僕は、予想外の回答に素頓狂な声を出してしまった。
陛下は、僕の間抜けな声に笑いながら言った。
「以前に海から魔物達が出現して大陸に上がってきた事があった。その時は、カレン君率いる騎士達の活躍により場を収めたが、調べているうちに孤島の地下に巨大な施設を発見した。
案の定、そこで魔物が生み出されていたことが分かったが、その場所は地上から入ることは出来ず、どうしても海に潜る必要がある。それが今の質問に繋がるわけだ」
「なるほど……それなら質問の意味も頷けますね」
エミリアが納得したように呟く。
「となると……」
僕達はレベッカに注目する。
「も、申し訳ございません……」
「ううん、僕もレベッカと同じ。泳ぐのは苦手だから」
全く泳げないわけじゃないけど、海に潜ると考えるなら自信が無い。
他の皆も、そこまで得意というわけじゃないだろう。
「ふむ……泳げないとなると、他の手段を用意しよう」
「陛下、それは?」
僕が質問すると、陛下はこう答えた。
「潜水用の大型魔道具というものを用意してある。
まだ未完成な為、欠陥がいくつかあるが、まぁなんとかなるだろう。
3~4人用の乗り物で、詰めればもう少し入るはずだ」
それって……。
「潜水艦ってやつですね!」
僕は自分の世界にあった乗り物と同じものだと思い、口にした。
「潜水艦? それはどういうものなのだ?」
「僕の世界にあった乗り物です。詳しくは分からないんですが、水の中に沈んで進める乗り物なんですよ」
「ほう、そんなものがあるのか。興味深いな。
ではその魔道具をこれより<潜水艦>と名付けることとしよう」
陛下は、僕の言った名前が気に入ったようだ。
頷きながら、そう名付ける。
「その潜水艦だが、今はまだ実験段階のものでね。
現状ではそこまでスピードが出ない上に、酸素の供給量が若干物足りない。
そのため、本来なら使う予定は無かったのだが……」
「今回はそれを強引に使うわけですか……」
「うむ、商船に偽装した武装船で運び、孤島まで近づいてから魔道具を着水させ乗り込み、潜水して基地へ突入することになる。作戦実行までメンテナンスを重ねておこう」
確かにそれなら泳がなくても済むけど、色々不安が。
僕が考えていると、そこで、アルフォンス団長が口を挟む。
「陛下、懸念点も多いかと。敵の拠点である海底の基地に入るのですから、警備も現状でしょう。もし、魔道具が敵の手に落ちてしまえば、彼らが脱出する方法がありません」
「い、言われてみれば……」
僕もその問題点に気づき、思わず声を上げる。
しかし、陛下は言った。
「いや、帰りの手段は他にもある。
サクラ君か、あるいはベルフラウ殿が生存していれば、脱出自体は可能だ。
その場合、少々勿体ないが<潜水艦>は使い捨てることになる」
「えっ、私?」
「姉さんとサクラちゃんが……?」
僕達はサクラちゃんと姉さんに視線を向ける。
「サクラ君、君はウィンド君から<移送転移魔法陣>を学んでいるだろう?」
「はい……って、もしかして……!?」
「君の予想通りだ。この王宮内に用意された魔法陣と同じ魔法陣を描いて脱出することになる」
サクラちゃんは、陛下から一枚の紙を手渡される。
「そこに記されている魔法陣を記憶しておけ。
王宮の魔法陣は常に発動可能な状態にしておく。あとはサクラ君側が起動すれば、魔法陣を介してこちらに直接戻ることが可能となる」
「う、うぅ……私の負担大きくないですか?」
「負担ついでにもう一つ言わせてもらうが、君が使用できる<消失>の魔法が隠密の肝だ。事実上、君が戦闘不能になった瞬間、こちらの敗北が確定する」
「そ、それは分かってますよぉ……」
サクラちゃんは肩を落としながら返事をする。
陛下は、彼女のそんな様子に苦笑をしながら姉さんに視線を合わせる。
そして陛下は言った。
「それで、もし魔法陣を使用できない場合だが……。
ベルフラウ殿、君が<空間転移>を使用可能という情報は合っているか?」
姉さんは、突然で少し困惑していたが、陛下の言葉に頷く。
「い、一応可能ですが……、射程距離があまり長くないです」
「最大までどの程度引き伸ばせる?」
「……半径2キロ程度でしょうか」
「それは上空にも可能か?」
「出来ますが、上空の場合は1キロくらいが限界ですね……」
「ふむ……出来るだけ上に登ってから上に向かって空間転移を行ってくれ。それで基地の真上、孤島の上空まで移動することが出来るはずだ」
「その後は?」
「飛翔の魔法を使って孤島に着陸。その後、こちらは武装船で襲い来る魔物達を撃退しながら、孤島に横付けして君達を回収する。少々強引な手段だが仕方あるまい」
「なるほど……」
陛下と姉さんの会話の途中だが、
アルフォンス団長が納得したように呟く。
「つまり、俺達の自由騎士団の役目は彼らを送り届けることと、有事の際に武装船を指揮して、魔物共と戦うということですな」
「その通りだ」
「了解しました」
アルフォンス団長とのやり取りが終わると、
陛下は、こほんと咳払いをして、話を続ける。
「そして、基地内の装置の爆破は遠隔で行う。
基地内にある複数の魔道製造機に<魔法の弾>と呼ばれる魔道具を一つ設置し、君達が脱出した後に、魔道具を遠隔で作動させる。
そうすることで、設置した<魔法の弾>が一斉に起爆し、同時に施設を破壊するという算段になっている」
「……爆発の規模はどのくらいのものなんですか?」
「規模としては半径五十メートル程度のもの十発分といったところか」
「そ、そんな広範囲なんですか……」
僕は、想像していた以上の規模のものに驚きの声を上げた。
「火薬では無いから水に濡れても湿気で使えないということは無いから安心したまえ。ちなみに、その魔法の弾とは、これだ」
陛下は僕達の座っているテーブルに箱を置く。
その箱は見た目は、厚さ十センチ、幅三十センチ程度のもので、固いガラスのようなケースに覆われていた。中にはカラフルな色の球体が10個入っている。
「これが、その魔法の弾ですか?」
「ああ、予備はなくここにあるものが全てだ。この魔道具自体が特殊なものなので小型化には苦労したがね。開発に国家予算の1割つぎ込んだため、そういう意味でも失敗は許されない」
陛下の言葉に、僕は思わずぎょっとしてしまう。
「ま、まさかそんな高価な物が!?」
見た目は、平凡で、カラフルな鶏の卵っぽい形なのに……。
「ははは、驚いただろう。うちの財務大臣が金額を知って失神していたぞ」
陛下が笑いながら言う。
「そのケースも特注品で、爆発魔法などの衝撃を受けたとしても壊れることは無い。ただし、絶対に無くさない様にしてほしい。仮に盗まれでもしたら大惨事だからな」
「わ、分かりました」
僕が了承すると、陛下は話を続ける。
「魔法の弾は、装置に設置すれば中の魔力が装置に融合し溶けて無くなるため気付かれることは無いが、君達の存在が敵にバレてしまった時は直接戦闘で殲滅する事になる。
だが、それはあくまで最終手段だ。基本的には隠れてやり過ごし、装置に魔法の弾を設置していくというのが基本方針となる」
「了解です……」
「これは責任重大ですね……」
陛下の言葉に頷きながらも、
自分達が重大な任務を任されていることに今更ながら実感する。
「では、今日のところはここまでにしよう。
君達と自由騎士団に、明朝、武装船が停泊している港へ出立を命じる。
それまでに準備を済ませておくように、検討を祈るよ」
「はい!」
「了解です……」
「仰せのままに」
僕達は揃って返事をし、その日の会議は終了した。
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