第363話 お姉ちゃんの介護をするお姉ちゃん
そして、翌日――
装備を女の子に変身してからボクたちは、準備を整えて部屋を出る。
いつまで女の子になってるんだとか気にしてはいけない。
「みんな、準備はいい?」
ボクは揃った皆に声を掛ける。
エミリア、レベッカ、ベルフラウ姉さんはそれぞれ強く頷く。
頼もしい限りだよ。
「準備万端ですよ。アイテムも調合しておきました」
エミリアは、今日の事を考えて消費アイテムを調合していたようだ。
「何を調合してたの?」
「回復アイテムをメインに、あと妨害に使えそうな物を少しです。相手は敵の数がどれだけいるか分かりませんし、不特定多数の味方と協力することになりそうなので」
なるほど、ボク達だけじゃなくて他の味方に渡すためのものって事かな。
エミリアと話していると、今度は姉さんに肩をツンツンされる。
「レイくん、レイくん、お姉ちゃんも色々準備したよ!」
「うん? お姉ちゃんは何したの?」
「街中に植物の種を植えておいたよ!!」
…………?
「どういうこと?」
「あのね、敵が攻めてきたら植物が育つんだよ!!」
「……………そ、そう」
よく分からないけど納得しておこう。
「あ、あれ? レイくん、何その反応!?」
「いや、何でもないよ。流石姉さんだね」
「レイくん、絶対何か勘違いしてるでしょ!? あのね―――」
まだ何か言おうとしてる姉さんをスルーしてレベッカに声を掛ける。
「レベッカはどう?」
「あまり自信が無いのですが、新しい魔法を勉強しておきました」
「新しい魔法?」
「はい……といっても、この魔法は相当なMPを消費しますので、撃てても一度きりだと思われます」
「それでも凄いよ。どんな魔法なの?」
「それは――」
レベッカが説明しようとしたところで、扉が開かれる。
そして、そこから現れたのは――
「カレンお姉ちゃん!?」
そこに現れたのは、しばらく大会の仕事に追われていたカレンさんだった。
ボク達は久しぶりに会えたカレンさんに駆け寄る。
「久しぶり、元気してた?」
「うん、でもどうしたの、カレンお姉ちゃん? かなり忙しかったんじゃ?」
「それは、そうだったんだけどね……。今日の事で声掛けとこうかと思って……前、食事に誘われた時、行けなくて結局ああいう形になっちゃったし」
カレンさんは苦笑する。
しかし、疲れが溜まっているのか、どこか顔色が優れない様子だ。
「大丈夫ですか? なんだかさっきから辛そうですけど……」
「ちゃんと眠れておりますか? カレン様、気を張っておられているご様子……少し休まれては?」
エミリアとレベッカは心配した様子で、彼女を気遣う。
「ありがとう、二人とも。大丈夫よ、それに今日さえ頑張れは後は……」
と、カレンさんは姿勢を伸ばそうとするが、
やはり疲労が抜けていないようですぐにふらついてしまう。
「危ない! ほら、カレンお姉ちゃん、無理しないで……」
ボクは倒れそうになった彼女を支えてあげて、部屋の椅子に座らせる。
「ありがと。……うん、やっぱりダメみたい。最近、まともに寝れてないから」
ほんのり顔が赤い、少し熱があるのかもしれない。
「カレンお姉ちゃん、ごめんね」
先に一言だけ伝えてからカレンさんのおでこに自分のおでこを当てる。
「ちょ……レイ君……」
「………やっぱり、熱があるかも。
ベルフラウお姉ちゃん、ちょっと見てあげてくれる?」
「分かったー」
ボクはカレンさんから離れ、姉さんにお願いをする。
「大丈夫だって……私、そこまで体調悪くないし」
「いいから。まだ闘技大会にはあと3時間は余裕あるし、今の間に休んでおこ?」
「……はい」
観念したようにカレンさんは返事をして、ベルフラウ姉さんの言う通りし始める。
そして、姉さんの指示で服を脱ぎ始めたので、ボク達は慌てて部屋を出る。
「エミリア、熱冷ましの薬とか作れる?」
「出来ますよ。少し待っててください」
ボクはその間に、エミリアに頼んで薬を調合してもらうことにした。
それから30分後――
エミリアが戻ってきて、カレンさんが休んでいる部屋に入る。
「ひとまず爆速で熱が引く解熱剤を用意しました。
睡眠薬も……と、思いましたが、後々不味いことになりそうなのでそっちは止めときましょう。多少副作用が強くて1日後アレな事になりますが、問題ないですよね?」
「問題大アリよ……まぁ、今日が正念場だから、それでいいわ……」
エミリアの作った怪しい薬を飲んで、横になったカレンさんに毛布を掛ける。
それから一時間半くらい彼女の様子を伺ってから、宿を出ることにした。
「カレンお姉ちゃん、ボク達、先に行ってくるね」
「……あ、レイ君、待って……」
ボク達が部屋を出ようとすると、カレンさんが小さく声を掛けてくる。
まだ顔は赤いようだ。汗もかなり掻いている。
ボクはカレンさんの隣に戻って彼女の耳元に顔を寄せる。
「気を付けてね……私も熱が引いたら向かうけど、
それと、私の事をサクラに伝えておいてくれる?」
「うん、分かった」
彼女の言葉に頷いて、
最後に彼女の顔を濡れたタオルで拭いてからボク達は宿を出る。
◆
街の中はいつもよりも静かで、広場で遊ぶ子供達の姿は無い。
しかし、出入りが全く無いわけじゃなく、闘技場に向かう観客の人達や、敗退したものの参加者だった者たちは今日も闘技場へと向かう。
一見すれば、ここ数日間の午前中の風景と変わりない。
「(うん、これなら大丈夫かな)」
人通りは少ないけど、これなら多少疑問に思う程度だろう。
心の中でそう思いボク達は、いつも通り闘技場の魔法陣へと進んでいく。
◆
「あ、レイさん達、待ってました!!!」
闘技場の入り口に進むと、いつもより真剣な顔をしたサクラちゃんがボク達を出迎えてくれた。今日に関してはメイド服でもなくバニー服でもなく、冒険者として活動していた時の姿だ。
「サクラちゃん、ちょっと話が」
「え?」
ボクは、彼女の耳元に口を近づけて話す。
ほぼ問題ないことは分かってるけど、念の為周囲には聴かれたくない。
「――というわけだから、カレンお姉ちゃんはすぐに来れないかも」
「せ、先輩が……? ……ああ、でも最近先輩無理してたもんなあ……」
サクラちゃんは頭を抱えてため息をつく。
「エミリアの特製の解熱剤を飲んで休んでるから回復は早いと思うけど、
間に合うかどうかはちょっと分かんないなぁ……」
闘技大会の三回戦を執り行うのは、あと1時間後。
いつもどおりの実況と解説をするだけならサクラちゃん一人でも問題ないけど、今日はそういうわけにもいかない。
「とりあえず陛下にこの事を伝えてきます。レイさん達は、臨戦態勢でコロシアムで待機していてください。時間になったら『陛下』と私も向かいますから」
「分かった。『陛下』とだね」
強調して話すサクラちゃんの意図を理解して、ボクは頷く。
「じゃあボク達は行くね」
「それじゃあね、サクラちゃん」
「サクラ様、ご武運を」
彼女の挨拶をして先に進もうとするのだけど、
最後にエミリアがサクラちゃんの方に振り向いて言った。
「カレンですけどすぐ治りますよ。
私が調合した薬の効果は保証します。明日以降アレですけど」
「え、待って、アレってなんです?」
「アレはアレですよ、まぁ今は死ぬほど絶好調になりますから問題ないです。それじゃ!」
「死ぬほど!? ちょ、エミリアさん!?」
慌てるサクラちゃんを置いてけぼりにして、エミリアはさっさと先に向かって行った。
それから―――
コロシアム内はいつも通り、人が賑わっていた。観客席にはいつもの顔ぶれの観客達、そして既に敗退したはずの参加者たちも観客席に大勢集まっている。
違うのは、参加者たちが普段よりも表情が強張っていることだ。身に着けていた装備も今までと違ってて、競技用ではなく戦闘そのものを行うための武装に変わっている。
――開始時刻まで残り30分。
「それでは、レイ様、エミリア様、わたくし達は観客席に向かいますね」
「うん」
既に敗退しているレベッカと姉さんは別行動だ。ボクとエミリアは準決勝まで進んでいるため、時間までコロシアム付近で待機することになる。
「あ、レイくん。ちょっと待って」
そう言いながら、姉さんはボクの懐近くまで歩いてくる。
「何?」
「ちょっとしたおまじないよ」
姉さんは、ボクの胸元に手を置いて何かを呟く。
すると、鎧の胸元に隠れていたペンダントが光り輝く。
「これでよし……じゃあ、頑張ってね」
と言って、姉さんは観客席に向かって行った。
「おまじない……かぁ」
多分、姉さんはこのペンダントに魔法か何かを込めたのだろう。
この後の戦いの為に。
そして、コロシアムまで足を運んだところで―――
「あの男は……」
闘技場の隅で身体を震わせて頭を抱えている男を発見した。
ネルソン・ダーク選手だ。
明らかに様子がおかしくて、誰も彼に近付こうとしない。
彼の様子を少し離れた場所で眺めていると、後ろから声を掛けられる。
「よう、お前ら」
声を掛けてきたのは団長こと、アルフォンスさんだった。
「団長」
「あ、女好きの人」
エミリアに変な呼び方をされて、団長は顔をしかめる。
「エミリア、だったか? その呼び方は勘弁してくれ」
「冗談ですよ。団長さん」
「……ったく、それより、何かあったのか?」
「彼の事を見てました」
ボク達は、頭を抱えて震えているネルソン選手を指差す。
「ああ、あいつか……。
いよいよ目に見えて様子がおかしくなってきやがったな」
ネルソン選手の様子は明らかにおかしい。
ブツブツと何か喋りながら、頭をブンブン震わせている。
「正気を保つのに精一杯……といった感じですね」
「うん……」
エミリアは彼を警戒しながら語る。
ボクと団長も、いつ向こうが暴走してもいいように剣の柄を抑えながら話す。
「もし、彼が何かしそうになったら止めに入るけど……」
魔王軍もタイミングを計っているはずだ。
陛下もサクラちゃんも揃わない今の状況ではまだ襲ってこないだろう。
ただ、彼がどう動くまではおそらく把握できてないはず。
「……そういや、カレン副団長はどうした?
陛下がまだ来ないのは分かるが、あいつは早めに会場に入って準備しているはずなんだが……」
「カレンお姉ちゃんは風邪で寝込んでますよ」
「はぁ!? あの女が風邪? あんなゴリラ女が風邪なんか引くわけないだろいい加減にしろ!」
「……団長、その言葉、あとでカレンお姉ちゃんに伝えますからね」
「…………」
団長が無言になったのを見て、
ボクは小さくため息をついてから話を続ける。
「カレンお姉ちゃんなら多分大丈夫。
エミリアの薬を飲んだから……ね、エミリア?」
ボクはエミリアに視線を移すと、彼女は頷いた。
「えぇ、飲むと熱も引いて体が軽くなります。
マナも一気に回復しますから戦闘にも支障は出ませんよ。
……まぁ、その後は分かりませんけど」
「おい」
エミリアの補足に思わず団長がツッコミを入れてしまう。
「あー、つまり俺達はあいつが来るまでここで待つしかないってわけだ」
「そうですね、闘技大会も時間通りに再開するか分かりませんし――」
ボク達は、ネルソン選手の方を見る。
「結局、彼次第ですからね……」
「団長、外の警備は?」
「騎士団の面々はほぼあちらに回してる。
外には絶対に死守しなきゃならないお方がいるからな」
団長は意味ありげに言った。
「(死守しなきゃならないお方、か……)」
その言葉を使うに値する人物はこの王都には一人しか存在しない。
そして、それから1時間が経過。
30分程開始時間が遅れて、観客が騒ぎ始めた頃に――
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