第364話 煽り方はエミリアから学んだ
そして、それから1時間が経過。
30分程開始時間が遅れて、観客が騒ぎ始めた頃に――
「大変長らくお待たせしました。
ただいまより、闘技大会の準決勝戦を開始します。参加者は、入場してください!」
元気なサクラちゃんの声が闘技場内に響き渡る。
ボクとエミリア、それに団長はコロシアムの壇上に向かう。
「くっ……」
観客席に向かう途中で、ネルソン選手がふらつきながら立ち上がる姿が見えた。
彼は、まるでゾンビのように覚束ない足取りで向かってくる。
それから、実況席にいつも三人がやってくる。
メインの実況役のサクラちゃん。
彼女はいつも通りだが、今日は冒険者の時と同じ装備に戻っている。
二人目はカレンさん。
彼女はベッドに横になっていたのだが、何とか回復したようだ。
少し顔が紅くて熱っぽい感じに見えるけど大丈夫だろうか。
そして三人目。
「………」
表情を変えずサクラちゃんとカレンさんに挟まれたまま入場してくる。
「陛下……」
三人目は当然だけど、グラン陛下だ。
ボクと団長は『陛下』が入ってくるのを見届けた後、コロシアムに視線を移す。
「(………周囲は)」
観客席に、違和感を感じてる人はいなさそうだ。
ネルソン選手に至っては、『陛下』の様子を観察する余裕もなくて、完全に無視している。
「(とりあえず、今のところは大丈夫かな……)」
観客に魔王軍の配下が相変わらず紛れ込んでいる可能性はあるけど、
人間でも気付かない変化に魔物が気付く事は無いだろう。
そして、実況のサクラちゃんの声が響き渡る。
「大変お待たせして申し訳ありませんっ!!
本来であれば、ここまで勝ち上がった四名の参加者に、陛下から激励の言葉を頂く予定だったのですが、今回は時間の都合上、省略させていただきます!!」
サクラちゃんは頭を下げる。
彼女の言葉に観客達がざわつき出す。しかし、彼らの大半早く試合を見たいという人が多いようで、あまり気にしていないようだ。
しかし、一部の観客に不穏な動きがあった。
彼らは、表情を激変させ怒ったような表情で、観客席のスタンドの前まで走ってきた。
「へ、陛下、お言葉をお聞かせください!!」
「何故取り止めるのですか!? 俺たち……いや、私達は陛下の激励を楽しみにしていたのですが……」
「ちゃんと予定通りに『激励』をして貰わないと、暴動が起きるやもしれませんぞ!!」
と、参加者でもない彼らが何故か詰め寄ってくる。
理由も明らかに不自然で、むしろ彼ら自身が暴動を起こす様な勢いだ。
「………」
しかし、陛下は何も言葉にせずそちらを見るだけだった。
隣にいるカレンさんも無言で彼らを睨みつける。
「……っ」
彼らは、無言の威圧に負けるように押し黙り、すごすごと引き下がっていく。
「では改めて! 準決勝戦を始めましょう!!
最初の試合は、サクライ・レイ選手 対 ネルソン・ダーク選手です!!両者前へ!!」
「はい……!」
ボクは、ゆっくりと前に出ていく。
「レイ……気を付けろよ」
「あの男、相当危険な状態だと思います。気を引き締めてください」
「ありがとう……行ってくるよ」
団長とエミリアに見送られながら、ボクは闘技場の中央に向かって歩いていった。
◆
ボクとネルソン選手は中央で向かい合う。
「……」「……」
彼の顔色が明らかに悪い。
青ざめていて、目は血走ってて焦点が定まっていない。
「……ネルソンさん」
ボクは彼に声を掛けるが、反応が無い。
「(……ちょっと不味いね、これは)」
これじゃあ、アムトさんの時と同じだ。
今のところ肉体に変調は出てないようだけどいつまで無事か分からない。
少しでも彼の意識を取り戻さないと本当に魔物化してしまう。
ダメもとで、ボクは更に声を掛ける。
「ネルソンさん、戦うのは予選の時以来ですね。
あの時はいきなり意味の分からないこと言われて、正直不快でした」
その言葉に、ネルソンさんがビクッと震えた。
「(お、反応あり)」
ネルソンさんは完全に精神を侵されてるわけじゃないのかも。
折角なので、彼が正常な状態で話せるか試してみよう。
「雷光のネルソンとか言ってる割には、雷光っぽい描写が全然無かったんですけど、二つ名が泣いてますよ」
とりあえず煽ってみる。
「本戦前で『その気になれば貴様なぞいつでも殺せるんだぞ』とか言ってましたけど、なんか元気無さそうですね。体調悪いなら帰ったらどうですか?」
とりあえずひたすら煽り倒してみる。
「……なんか、鋼鉄姫、ネルソン選手を挑発してるな」
「予選の時の仕返しだろ」
「ああー、この二人、よく考えたら因縁があったんだよな」
「あの時の鋼鉄姫、格好良かったよなぁ」
観客席からそんな声が聞こえてきた。
よしよし、このまま彼を正気に戻さないと……。
「それにしても……さっきから黙ったままですね。
もしかして喋れないんですか? それとも何か言いたいことでもあるんですか?」
「…………」
彼もさっきからこっちを睨んだりしてるけど、ずっと無言だ。
「ネルソンさん、昨日約束しましたよね。『あなたがボクに勝てればボクを好きにすればいい』って。そんな調子で勝てるつもりですか?」
その言葉に、観客席がざわついた。
「えっ、何々!?どういう事?」
「なんだ、賭けでもやってんのか?」
「おい、今の発言聞いたかよ」
「ああ、しっかり聞いてたぜ」
「まさか、あいつ、負けたらネルソンの奴隷になるつもりなのか?」
「マジかよ。鋼鉄姫、ああ見えてドMなのか……?」
ボクが変なこと言ったみたいになってる。
「ち、違いますからね!?そういう意味で言ったんじゃなくて!!」
慌てて弁明するが、会場中がどことなく生暖かい空気になっていた。
ネルソン選手を挑発するはずが、単にボクが変人扱いされてしまった。
「……おい、お前の仲間、とんでもない発言してるぞ」
「レイの馬鹿……」
観客席に戻っていったエミリアと団長が頭を抱えている。
なんだろうこの状況。
「(……もう、挑発は止めておこう)」
モロに自分にダメージを受けてしまいそうだ。
でも、反応が無いのはかなり危険な状況だ。
何としても彼を正気に戻させないと、と考えていると―――
「……れ」
「……はい?」
「黙……れぇっ!!」
ネルソン選手が突然叫び出した。
「……っ!」
突然叫んだことに驚いたけど、彼はまだ意識があるようだ。
「サクラちゃん!!」
ボクは実況席の彼女に向かって声を掛ける。
「え、あ、はい! では準決勝第一試合、開始ぃぃぃ!!」
彼女は困惑しつつも試合開始を宣言した。
そして、戦いが始まった。
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