第992話 夜の散歩

 レベッカと共に新居に引っ越して、皆が手伝いに来てくれたその日の夜。


 皆で居る時、普段食事を作るのは姉さんの役割だったのだが、今日に関しては花嫁修業ということでレベッカが料理を作って皆に振る舞う事になった。


「皆様、お味は如何でしょうか……?」


 レベッカは不安そうに皆に尋ねる。ちなみにメニューは、村で採れた新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダと、狩猟で獲れた鶏肉のスープ。それにこの村で収穫した麦を磨いて、水と混ぜて発酵させたパン。


 どれもこれもがレベッカの手作りだ。


「うん、美味しいよレベッカ!」


 僕は彼女の作った鶏肉のスープを一口食べて素直な感想を述べる。


「本当でございますか!? 良かった……」


 僕の感想を聞いたレベッカは手に持ったお盆を胸にギュッと抱きながら安堵した。皆もレベッカの料理を口にして、それぞれ感想を言い合う。


「レベッカちゃん、こんなに料理上手だったの?」


「普段あまり食べない料理だけど、もしかしてこの村の郷土料理?」


「はい。このお料理は村で採れた新鮮な野菜をふんだんに使ったスープでございます。皆様に気に入って頂けたようで何よりでございます」


  カレンさんの質問にレベッカが笑顔で答える。


「ほ、本当に美味しいわ……」


「ありがとうございます、ベルフラウ様。実はここの所、しばらく母上の元に毎日通って料理を教えて貰っておりまして……」


「そうだったの……(わ、私の作る料理より美味しいかも……)」


「レイ様との結婚生活を想像しながら、わたくし頑張りました♪」


 レベッカはそう言いながら、キラキラした瞳で僕を見つめてはにかんだ。


 ……なんだか嬉しいけど恥ずかしいな……。


 それから暫くして皆と談笑しながら食事を終えると、随分と時間も遅くなっていた。


「それじゃあ、私たちはそろそろ帰るわね」


「二人の新婚生活を邪魔するわけにもいきませんしね……」


「うぅ……サクライくんとの新婚生活羨ましい……」


「じゃあね、レイくん、レベッカちゃん。また明日ね」


 皆は口々にそう言って新居を後にする。僕とレベッカはそんな彼らに手を振って見送りする。


 皆を見送った後、僕達は家の奥に戻って、購入したばかりテーブルを挟んで二人向き合って椅子に座って一息つく。


「……皆、帰っちゃったね」


「はい……昨日まで皆様一緒だったというのに、少し寂しく思います」


 そう言ってレベッカは寂しげな表情を浮かべる。


「……実を言うと、僕もそう思ってた」


「……レイ様もでございますか」


「うん。昨日まで皆でワイワイ騒ぎながら生活してたもん……。帰るといつも姉さんとアカメが出迎えてくれて、姉さんが作った料理を皆で囲んで食べて、雑談室に皆で集まって遊んだり、エミリアが作ったアイテムで一波乱起きたり……もうそんな生活を三年以上続けてたからね……」


「ふふ……そうでございますね……」


 レベッカは僕の言葉を聞いて微笑む。

 そして、それからしばらくの間は二人っきりの静寂が続いた。


「……今日は色々疲れたし、もう休もうか」


「……はい。明日もまだまだやる事がありますし、そういたしましょう」


 僕の提案にレベッカは頷く。

 しかし、彼女はクスリと笑い、唇に人差し指を当てて言った。


「そうだ、レイ様」

「何?」


「就寝の前に、わたくしと一緒にお風呂は如何でしょうか、レイ様?」

「ぶふぉっ!?」


 僕はレベッカの突然の発言に思わず吹き出してしまう。

 彼女は僕の反応を見て、悪戯っぽく笑う。


「レイ様ってば、そんなに慌てなくとも……」

「い、いや……」


 ……言われてみれば、僕とレベッカは結婚しているのだ。


 今の彼女の言葉を冗談なのだろうが、それでもレベッカのその言葉に思わずドキッとしてしまう。きっと顔は真っ赤だろう……。レベッカはそんな僕の顔を見てクスリと笑う。


「ふふ、冗談でございますよ。それにわたくしが抜け駆けをしてしまうと皆様に申し訳が立ちませんし……」


「ぬ、抜け駆けって……」


「クスクス……では、わたくしがお先に入らせて頂きますね……では」


 レベッカはそう言ってお風呂場に向かう。

 僕は彼女の背中を見守ると、椅子に背中をもたれかけて大きな溜息をつく。

 今までと生活が大きく変わったせいか、今日はどっと疲れてしまった。


「(……結婚生活って、自分が思ってた以上に大変なんだなぁ……)」


 そんな事を考えながら、僕はレベッカがお風呂から上がるまでの間、瞼を閉じてひと時の休息に身を委ねた。


 ……しかし。


「……ん?」


 机の下で自身の足をブラブラと動かしていると、足に何かが引っかかった感触があった。


 何かが落ちていると思い、僕は椅子から降りてしゃがんで机の下を覗きこんでみると、エミリアがいつも頭に被っているとんがり帽子が落ちていた。


「エミリアってば、持って帰るの忘れちゃったのかな……?」


 僕は机の下に落ちていた彼女のとんがり帽子を拾い上げて、どうするか考える。


 どうせレベッカがお風呂から上がるまで手持ち無沙汰だし、エミリアに届けに行こうか。そう思い、僕は軽く上着を羽織って外に出ることにした。


 ◆◇◆


 外に出ると外は真っ暗で、昼よりも少々冷え込んでいた。ヒストリアは山の頂上付近にあるためか、王都に住んでいた時よりも空気が冷たく感じる。


 とはいえ、今の僕からすればむしろちょうどいいくらいだった。


 僕はとんがり帽子を脇に抱えて、エミリア達が宿泊している長老様の家へ向かう。


 しかし、その途中――


「……っ」


 何処かで誰かが僕を見つめている気配を感じた。僕は周囲を振り返っても目視で確認するのだが周囲には人影は無いように思えた。


「(……気のせいかな)」


 一瞬、<心眼>を使って気配探知をしようか迷ったが、特に敵意は感じなかったのでそのまま放置して歩き始める。


 そして数分後に長老様の家に辿り着く前に、僕が探していたエミリアを見つけた。


 どうやら彼女はまっすぐ帰らずにどこかに寄り道をしていたようで、左腕に紙袋を抱えて丁度帰宅する所だったようだ。


「エミリア」

「?」


 僕が彼女に声を掛けると、声に気付いた彼女がこちらを振り向く。


「レイ、もしかして私の帽子を届けに来てくれたんですか?」

「うん。エミリアったら忘れ物をしてたから」


 そう言って僕はとんがり帽子を手渡す。

 エミリアはそれを受け取ると、僕にお礼を言ってきた。


「ありがとうございます。実は家を出てすぐに帽子が無いことに気付いたんですが、戻るのも二人に悪い気がしまして……」


「そんなこと気にしなくてもいいのに……」


「いえ、もし私達が家を出た後に、二人がこっそり如何わしい事してたら気まずいじゃないですか」


「如何わしい事って何さ?」


「え、女の子に言わせます? 大人しい顔してレイって案外そういう趣味が……」


「ねぇよ、そんな趣味!」


 僕は思わずエミリアに突っ込みを入れる。

 ……しかし、彼女はそんな僕の反応を見てクスクスと笑う。


「まぁ冗談ですけど」


「冗談じゃなかったら僕が普段どう見られてたのか聞き出す所だったよ。ところでエミリアはこんな時間まで何処に寄り道してたの?皆は先に帰ったんだよね?」


 僕が彼女にそう質問しながら、彼女の左腕に抱えた紙袋に視線を移す。


「ああ、これですか? ちょっと神殿の方にある湖に立ち寄ってました」


「湖?」


「ほら、これですよ」


 エミリアはそう言いながら紙袋の中身を取り出す。

 彼女が取り出したのは、中に透明な液体が詰められた瓶詰だった。


「これってもしかして湖の水? なんでまた……?」


「忘れたんですか? あの湖は滝から流れてきた高純度の聖水ですよ。これを調合素材に使えばどんな回復アイテムでも作ることが出来ますから」


「ああ、そういえば……」


 僕はエミリアに言われて思い出した。神殿に用事がある時にいつも横切っていたがすっかり忘れていた。


「この村の周囲は自然が溢れてて助かります。村の外には調合の素材になりそうな薬草もいっぱい生えてますし。他の街だとお金を払わないと入手できない素材も、狩猟や狩りのついでに手に入るので、ここに滞在する間に集めているんですよ」


「そっか」


「まぁ、レイはレベッカとのあまーい新婚生活を続けたいでしょうから、帰るのは拒みそうですけど」


「……あのねぇ」


 エミリアの言葉に僕はジト目になって返事をする。実際の所、ここの生活を悪くないと思っているのでエミリアの言葉も的外れでは無かったりするが……。


「あ、そうだ。折角なのでちょっと話しませんか?」

「ん、いいけど……」


 エミリアの提案に僕は頷く。


「では、ちょっと歩きましょうか」

「うん」


 僕とエミリアはそう言って、長老様に向かう足を反転して、そのまま村の公園に向かう事にした。

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