第653話 彼の望みは

「……ロドク、これで終わりだ」

『……ぐ……』


 レイは、倒れたロドクの上半身に剣を突きつけ、彼に終焉を告げる。ロドクは彼の宣告に、言葉を返せずに受け入れたかのように黙り込む。しかし、そんなロドクに対してレイは訝し気な表情をする。


「レイ?」

 その様子を見て、ノルンが彼に声を掛ける。


「あ、いや……」

 レイはノルンの声に反応して顔を上げると、ロドクに剣を突きつけた状態で思考する。


「(……痛々しい姿になっているが、こいつはアンデッドだ。その気になれば上半身だけでも動き回ることも出来る。これで終わったと考えない方が良いか……?)」


 レイは今までのロドクのしぶとさを警戒し、再びロドクの方視線を向ける。すると、空の向こうからこちらに向かって飛んでくるような影が見えた。


「あれは……?」

 レイは疑問に思いつつその方角を見つめると、何がこちらに向かってきているのが見えた。

 やがて、その影の正体が判明する。それは、先程見た巨大な火龍程ではないが、全長八メートルほどの美しい竜だった。


「ルナ……それに皆も……」

 レイはその竜の名前を呼ぶ。

 ルナの背中にはベルフラウ、レベッカ、サクラの姿もあった。


「おーい、レイくーん!!」

「こっちは片付きましたよー♪」

 僕達の視線に気づいたのか、ルナの背中に乗っていたベルフラウやサクラが手を振ってくる。


「あっちもケリが付いたみたいね」

「良かった……皆、無事で……」

 セレナとノルンはホッとした様子で声を漏らす。


 ―――数分後、仲間達が地上に降り立つ。


【視点:レイ】


「皆、お疲れ様」

 僕は、仲間達の帰還に労いの言葉を掛ける。皆、随分と疲れていたようでクタクタの様子だった。特にルナは特に消耗が激しかったようで、竜化を解くとすぐ神依木に寄り添って尻餅を付いていた。


「おつかれー……って、そこの男……!!」

 最初、僕を見てニコニコしながら僕に抱きつこうとしていた姉さんだったが、目の前のアンデッドを見て一気に顔を強張らせる。同様に、サクラちゃんとレベッカも、その男を見て弛緩した空気を引き締め直した。


『……く、誰一人として仕留めきれなかったか』

 ロドクは彼女達を見て小さく呟く。彼女達の存在に気付いたのか、彼は残った力を振り絞りその身体を起こそうとする。しかし下半身の無い身体では身動きが取れず、ロドクが出来たのは飛行魔法でその身を僅かに浮遊させる程度だ。


 当然、逃がすつもりはない。ロドクがこれ以上動くなら僕と仲間達がロドクに追撃を行い場合によっては完全に仕留める。奴もそれが分かっているのか、無言になって僕達を睨み付ける。


 奴が逃げ出せないように、姉さんとセレナさんは協力して周囲に結界を張る。更に、姉さんの権能を上乗せすることで奴の『死霊術』を無効化する結界が完成した。


 これで、ロドクは逃げ出すことも出来ず、頼みの死霊術も使えない。


「ロドク……アンタに色々質問がある」

『……』


 僕の言葉に、ロドクは諦めたように手に持っていた骨の杖を手放し地面に落とす。


『……よかろう』


 観念したような彼の様子を見て、僕達はロドクを取り囲むように展開し、彼の話に聞き耳を立てる。


『……何が聞きたい?』


「……まず初めに一つ確認。今回の闇ギルドと神依木を巡る騒動は、アンタが黒幕なのか?」


『……いかにも。過去に闇ギルドに干渉し、死霊術の知識を与えたのは我よ』


「あのロイド・リベリオンにもか?」


『奴には、我が直接力を与えた。一時的に不死身のような生命力を得ておる。……もっとも、そやつは貴様がどうにかしてしまったようだがな……』


「奴の不死身を解除する方法は?」


『……分かっておるだろう。我が消滅すればその力を失う。もし、奴を殺す気が無いのであれば、今のうちに土葬した奴を引きずり出しておくのだな』


 ロドクのその言葉に、サクラちゃんが頭にクエスチョンマークを浮かばせる。


「土葬?」


「レイ様、もしやあの男を地中に埋めたのでございますか……?」


「……ふ、不死身だから、そうするしかないと思って……」

 死んでも仕方ない男だけど、奴の犯した罪はこの国で正当な裁きを受けさせたい。後で見つけ出して穴から掘り返しておこう。


 抵抗してくるならもう一回心を折って気絶させるのも辞さない。


「私からも、質問いいかしら?」

 僕の詰問の様子を見ていたセレナさんは、僕の隣に歩いてきてロドクに言葉を掛けてきた。


『なんだ?』


「何故この国に死霊術の知識を与えようとしたの? 対してメリットがあるとは思えないのだけど?」


『別に我から持ち掛けたわけではない。昔、たまたま人間に化けてこの国に滞在していた時、奴らがテロを目論んでいた場面に巻き込まれてしまった。もっとも不都合だったので我が秘密裏に処理したのだが……その時に、な』


「なるほどね……」


 セレナさんは納得したようでそれ以上の質問をすることはなかった。

 後の彼女の解説によると、当時の闇ギルドは長い歴史の果てに組織として体を為していないほど弱体化してしまい資金難や人材の確保に困っていたそうだ。

 その時にとある人物を闇ギルドに迎え入れたという。その後、その人物が知恵を貸したことで、闇ギルドは少しずつ力を取り戻していったが、人物こそ人間に化けたロドクだったのだろうと推測している。


「じゃあ神依木を狙った理由は?」

 次は姉さんがロドクに質問を行う。


『……ふ、何故だと思う? 異世界の女神よ?』

 ロドクはそう言って姉さんを挑発する。姉さんはムッとした表情で言い返そうとしていたが、少し思うところがあって僕が会話に割り込む。


「……ノルンを『新たな主様の生贄にする』って言ってたな。それって、グラン陛下が昔討伐した『魔王アビス』を新たな魔王に添えてノルンの力を利用しようとしたって事か?」


『……っ』

 ロドクは、自分の考えが看破されたことに驚いたのか、それともグラン陛下の名前が出たからか、彼はしばらく黙り込んだ後、静かに頷いた。


「……ふむ、つまり魔王軍は相変わらず健在という事でございますか」


「今期の魔王が死んでも、過去の魔王を無理矢理起こして、別の新たな魔王に据えるみたいな?」


 レベッカの言葉にサクラちゃんが補足を加えて話す。


「……知りたいことは大体分かった」


 僕は頷いて鞘に納めていた剣を再び抜き、ロドクの首筋に付ける。

 そして、僕は静かに彼に言った。


「……ロドク、最期に何か言いたい事ある?」


『……ふん、未練などいくらでもあるわ。我はアンデッドだぞ。人間の身を捨てて、肉体を化け物と化しても生き延びたいからこそ死霊術に手を出した。我は、もっと生きたかった。この身が朽ちぬと信じ切っておった』


「そうか……」


『……さぁ、知りたい事は全部答えたぞ。止めを刺すがよい』

「……」


 ロドクは、まるで自身の肉体が朽ちる事を受け入れたかのように僕に語り掛ける。


 僕は剣を振り上げ―――そこで、再び動きを止めてロドクに質問をする。


「……最期に、グラン陛下と会わなくて良いのか?」


『…………かつての親友とはいえ、この身は既にアンデッド……我は大昔に死んだ人間だ。そんな男が、どんな顔をしてあの男に会えばいい?』


 以前、グラン陛下が守護する王都にロドクが魔王軍を率いて侵攻しようとしたことがあった。


 だが、ロドクは自身は直接攻め込まず、部下や魔軍将に直接の侵略を命じて自身は、後方に下がって僕を待ち受けていた。


 今思えばこの男は、かつての親友と再会するを恐れていたのかもしれない。

 自分の手で親友を殺すことになるかもしれないから。


「……最後に聞かせてほしい、ロドク。

 ……なんでアンタはアンデッドになってまで召喚魔法を求めたんだ?」


『……戻りたかったのだ……我……いや、「私」は……』


 ロドクは、まるで人間だった頃を思い出したように、話し方が変わった。


「戻りたかった……?」


『……かつて、親友と出会い、共に笑い、共に泣き、共に戦ったあの頃に……。

 私は彼の力になりたくて、共に聖剣を携えて彼と肩を並べて、毎日、世界が平和になった後、彼と共に様々な国を冒険する。それが……私の夢だった……』


 ロドクは、昔を懐かしむように天を仰ぎ見る。


『……だが、それは叶わぬ夢となった。私は力及ばず、龍王ドラグニルに食い殺されて未来を失った。

 だが、幸か不幸か、我は肉体の九割を失いながらもまだ自我があった。魔法の知識が豊富だった私は、魂とマナだけでも人は延命できることを知っていたのだ。

 そして、我はアンデッドとして蘇り新たな野望の為に召喚魔法を学んだ。召喚魔法は、【次元の門】をこじ開けて、様々な場所や世界に通ずるという、その中には未来や過去の可能性すら通じていたという』


「未来や、過去……?」


『……この世の時間軸は、無数の次元の重なりによって織り成されている。

 その重なりは、やがて新たな次元を生み出す……例えば、‟私が死ぬことなく、親友と共に魔王を打ち倒し、世界を救った世界”、そんな次元の重なりも有り得るだろう』


 その言葉に、僕は彼が言いたいことを理解してしまった。


「ロドク……まさか……」

『……私は、召喚魔法利用して、‟並行世界を渡り歩き、自分が本当に望んだ世界を見つけたかった。"

 ……それが、この身を哀れなアンデッドに堕とした私の、唯一の望みよ』

「……」

 ロドクの言葉に、僕も他の仲間も言葉を失う。彼の夢は……あまりにも悲しいものだった。


『……だが、この身をアンデッドに堕としたことで、私に変化があった。時間が経つごとに、人間の頃の心が壊れていき、大切な家族や思い出も忘れた。そして、目的の為に同族の命すら何とも思わない化け物へと変貌した……その成れの果てが今の、「我」だ』


 ロドクは、まるで過去を悔やむように自分の掌を見つめる。


『もはや、我はこれ以上、生を望まぬ、並行世界への旅も望まぬ。ただ、叶うなら……我が親友と再び肩を並べて笑い合いたかった……』


 ロドクは最後に悲しそうな声を上げる。


『―――勇者レイよ。お前と話をして、「私」は最後に、人としての感情の残滓を思い出せた』


「……ロドク」


『……すまぬ、だが私はもう何も成し得ぬ。……介錯を頼む』


 ロドクが、最後に僕に懇願する。僕は――剣を振りかぶり、彼の首に向けて振り下ろした。


『さらばだ、我が友よ』

 ロドクの最期の言葉が聞こえた瞬間、ロドクの首が地面に落ちる。その瞬間、ロドクの頭と身体が光の泡となって空に浮かび上がり、天へと昇っていく。



 ―――ああ、これで、ようやく……。



 ……最後に、天に昇っていったロドクの、全てが解き放たれた彼の、安らいだ声が聞こえた気がする。その声は、僕達全員の耳に届いただろう。


 ―――こうして僕達は、闇ギルドの野望を阻止し、道を踏み外した一人の勇者の結末を見届けた。

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