第348話 お姉ちゃん、固まる

 その後、ボク達は観客席から観戦を続けていた。

 ここまでで一回戦の第八試合まで終了しており、次は第九試合だ。

 次の試合はボクもよく知ってる人物が出場することになる。


「次の試合、団長の出番だね」

「団長というと、レイ様が仮所属している自由騎士団の……」

 レベッカの質問にボクは頷いて話す。


「うん、アルフォンス団長さんだよ。去年の闘技大会の優勝者って聞いてる」

「それほどの方なのですか……」

 レベッカは目を輝かせて、コロシアムを眺める。


「(予選でレベッカが斬り掛かった相手ではあるんだけど……)」

 あの時止めなかったらどうなってたか正直分からない。


「でもその人って、私達が王都で見たナンパ男ですよね?

 パーティ戦でレイが戦ったことは知ってますけど、強いんですか?」


 エミリアはジト目でコロシアムを眺める。


「何度か剣を交えたけど、間違いなく強いよ」

「へぇ、そんなにですか……」

 エミリアはボクの返答に興味深そうにしていた。


 と、実況アナウンサーのサクラちゃんの声が闘技場内に鳴り響いた。


「続いて、一回戦、第九試合を開始します!!!

 皆さんお待たせしました!! 去年の闘技大会の覇者!!

 アルフォンス・フリーダム選手の登場です!!!!」


 サクラちゃんの声と共に、団長が普段の鎧を身に纏い、何故かいつも装備していなかった白いマントを付けてコロシアムの中央まで歩いてきた。


 そして、中央を陣取ると、観客席に向けて手を振り始めた。


「キャー! アル様~!!!」

「こっち向いてくださいましぃ~!」

「素敵―――っ!!!」


 黄色い声援が飛ぶ中、団長は笑顔を浮かべながら手を振る。


「(あれ? 意外と人気あるような……?)」

 普段の彼は、女の人をナンパしては毎回振られてるような印象だったけど人気はあるらしい。


「外見だけなら確かにカッコいいわよね、団長さん」

「ふむ……確かに、精悍で男らしい方ではありますね」

 姉さんとレベッカが感心したように言った。


「む……」

 二人が団長を褒めたので、ちょっとムカついた。


「おやおや、レイってば嫉妬ですか?

 大好きなお姉ちゃんとかわいい妹が他の男になびくなんて~って思ったりなんかしちゃってます!?」


 エミリアは面白いモノを見つけたかのように、ボクをからかいはじめた。


「別にぃ……。大体、今のボク女の子だし、そんな事思うわけないよ」


「へぇー、じゃあ今ここで男に戻ってみてくださいよ」

「戻るわけないじゃん。他に観客だっているんだよ?」


 と、ボクが断ると、エミリアが姉さんに声を掛けた。


「ベルフラウ、<隔離の世>を使ってください」

「え、なんで?」

「いいから、レイの本音を聞きたくないんですか?」


 姉さんは、エミリアの言葉の意味を察して頷いた。


「なるほど、じゃあ使うね。――<隔離の世>」

 姉さんは目を瞑り、魔法名を口にする。

 すると、周囲が一瞬セピア色に染まり、数秒後には元に戻った。


 今のは<権能>と呼ばれる、神に属する存在のみが使用可能な魔法。

 今回使用した<隔離の世>は周囲からボク達の存在を見えなくする魔法だ。

 効果時間の間は、ボクらの声も姿も認知されなくなる。


「さ、これで男に戻っても大丈夫ですよ」

「もう、そこまでして……」


 ボクは仕方なく変身を解いて、男性の姿に戻る。

 同時に、ボクが装備していた法衣鎧が白い軽鎧の姿に形を変える。


「……これで満足?」

 僕はちょっと呆れながら言った。


「ふふ、レイ様は男性の姿の方が凛々しくて、レベッカは好きです」

 レベッカは満面の笑みでボクに抱き着いた。


「もう、レベッカ、近いよ……」

 ボクは顔を赤らめながらレベッカを抱き留める。

 ……やっぱり、男に戻ると、彼女を強く意識してしまう。


「で、男の姿の僕に何をさせたいわけ?」

 ボクはため息交じりに、エミリアをジト目で見る。


「それは勿論、二人の言った言葉の感想ですよ。

 ベルフラウ、レベッカ、さっきの言葉のリピートお願いします」


 エミリアの言葉で姉さんとレベッカは、

 くすくすと笑いながら先ほどと同じ言葉を言った。


「レイ、感想は?」

「感想って、そんなの……」


 いくら僕が男に戻ったって、

 そんな言葉くらいで嫉妬する僕じゃ……。


「あのアホ団長、許さない」

「わー、割とブチギレてますねー」

 エミリアは面白そうな顔をしていた。


「冗談だよ。本当はそんなに怒ってないよ。

 どうせ団長勝ち進むだろうし、その時にボコれば怒りは収まると思う」


「……やっぱり怒ってるのでは」

「私達が思ってたよりレイくんが嫉妬深いって事はわかったわね……」

「ふふふ、レイお兄様、可愛いです……」


 三人が何か話しているけど、気にしない事にしよう。


 ◆


 そして、アルフォンス団長の1回戦が始まった。

 対戦相手の選手の名前は、オルタ・レオニという男性の選手だった。

 布で顔半分を覆っており、羽の付いたターバンを被っている。

 しかし、外見だけだと、どういう戦い方をするのか予想が付かない。


「それでは、一回戦、第九試合開始ですっっ!!!」


 観客席からは歓声が上がる。

 大半の観客の声援はアルフォンス団長に向いているようだ。


「さて、まずは様子見だな」

 団長は余裕綽々といった表情で相手を見据えていた。


「貴殿から来ないのなら、こちらから……」

 オルタ選手もその場から動かず、距離を詰めるような事はしない。

 代わりに杖を取り出し、自身に何らかの魔法を付与させる。


「我が身は獣の加護を受けし者。その力を以て、敵を打ち倒す」

 詠唱を終えると、彼の周囲に黒い霧のようなものが漂い始める。


「……な、なんだあれは?」

「うおぉ!? なんか、変なものが纏わり付いてるぞっ」

 観客がざわつき始める。


「おっと……オルタ選手、開始早々に自身を対象に何かしらの魔法を付与させました。あの魔法はなんでしょうか……? カレン先輩、分かりますか?」


 サクラちゃんも知らない能力のようだ。

 先輩であるカレンさんに意見を求める。


 カレンさんは興味深そうに、見つめて言った。


「<呪術>と呼ばれるものの一つね。

 通常の魔法体系とは全く別の異国の魔法よ。初めて見たわ」


「へぇ、先輩も詳しくは知らないんですね。ちなみにどんな効果なのかは?」


「彼、オルタ選手が使ったものは<憑依呪術>と呼ばれるものだと思う。簡単に言えば、自身に動物霊や過去の英霊を憑依させてる。……陛下、この術の事はご存知ですか?」


 カレンさんに問われて、

 陛下は腕を組んで考えるような仕草をしてから答える。


「ふむ……昔、似たような魔法が存在した。

 召喚魔法と呼ばれるものだが、召喚魔法が生物そのものを呼び出すものに対し、この憑依呪術は既に肉体の無い霊を呼び出すというものだ。

 太古に栄えた王の霊を呼び出しその知識を得て国を治めた王の話や、逆に呼び出した霊に精神を冒され廃人になったものの末路など色々と伝説が残っている」


 陛下の言葉を聞いて、サクラちゃんは目を輝かせながら言う。


「召喚魔法は知ってましたが、そんな凄いものもあるんですね!」


「うむ。憑依呪術はその術者の技量によって、呼び出せる霊の格が変わる。

 しかし、この術の使い手は非常に少ない。というのも、霊に気に入られる供物が必要なうえ、それを制御できるだけの精神力と魔力を必要とするからだ」


「つまり、制御できなければ暴走して乗っ取られる可能性もあるって事でしょうか?」


「そういうことだ。そして、彼は制御に成功しているように見える。

 彼が呼び出しているものは、動物霊と呼ばれるものだろう。憑依術の中では比較的リスクが少ない」


 陛下は真剣な眼差しで試合を見る。

 オルタ選手は憑依呪術を身に纏い、その身体を変質させていた。


「尻尾と獣のような耳……なるほど、彼はおそらく大狼と言われる動物霊を呼び出したらしい」

「おおかみ……ですか?」


 サクラちゃんはあまり聞き慣れない言葉のようだ。僕も実物は見たことないけど、同じ生き物が元の世界に存在したことは知識として知っている。


「ああ、大狼とは森に住む獣の一種で、

 非常に凶暴で知能が高く危険視されている存在だ」


 そして、陛下の解説が終わり再びコロシアムに注目が集まる。


 オルタ選手は獣のような尻尾と耳、それに人間の手がまるで獣のように大きくなり鋭い爪を生やしていた。


「グルルルルルルルルルゥ!!!」

 その唸り声も、もはや人間では無く獣そのものだ。


「……ふっ、面白い。来いよ、犬っころ」

 だが、団長はその様子を伺いながらも挑発する。


「ガルァッ!!」

 オルタ選手はそれを合図にして団長へと襲い掛かる。


「ふっ!!」

 団長は手に持つ大剣を振り上げ、獣と化し飛び込んできたオルタ選手を迎撃しようとする。しかし、オルタ選手は自身の右手を大きく変化させた爪で斬り裂く。


 ―――ガキン!


 と、鉄と鉄がぶつかり合う反響音が響き渡る。

 オルタ選手は、勢いに押されつつもそのまま団長を切り裂こうとする。


「ぬぅん!!」

 だけど、団長はそのまま押し返すように力を込めて大剣を振るう。

 すると、オルタ選手の身体は宙に舞い、地面を転がった。


「ぐ、う……!?」

 起き上がろうとするオルタ選手だが――


「は、呪術とかいう力を借りてその程度か? 役者が違うんだよ」

 既にオルタ選手の背後に回り込んでいた団長は、彼を見下ろしながらそう呟いた。


「――――っ!!」

 オルタ選手は怒ったのか団長に向かって飛び掛かるが、団長はそれを軽々と躱す。しかし、オルタ選手はそのままコロシアムを高速で駆け回り、団長へ攻撃を加えようとする。


「ちぃ……鬱陶しい奴め!」

 だが、団長は舌打ちをしながら冷静に対処し、またもや攻撃を捌き切る。オルタ選手は再びそのスピードで射程範囲から離脱。どうやらヒットアンドアウェイの戦術に切り替えたようだ。


「グルルルル……ふふ、どうだ。

 こうやって距離を離されてしまえば、貴殿のような魔法が不得手な戦士には捉えきれまい」


「喋れるのかよ」

「ふっ、これくらい出来て当然だろう」


 獣と化したオルタ選手は、その後何度も素早く距離を詰めては後ろから団長に一撃加えて離脱を繰り返す。大剣で上手く防御をしていた団長だが、それでも素早い連続攻撃で少しずつ傷を負っていく。


「おっと!! 意外にもアルフォンス団長が押されているっ!!!」

「彼のような戦士だと、あんな戦い方されると面倒この上無いでしょうね」


 サクラちゃんの実況の言葉にカレンさんは苦笑しながら言う。確かに、団長は接近戦を得意としているタイプだから、ああいった相手は苦手なのかもしれない。


「……そろそろ終わらせるか」

 しかし、団長は焦る様子も無く静かに構えると、大剣を地面に突き立てる。


「グルルル……何をする気だ?」

「言っただろ、この試合を終わらせるのさっ!!!」

 そう言いながら、団長は剣に力を込める。


 そして、

「絶技・天地開天斬!!」


 大地に刺した剣を素早く引き抜く。

 そしてオルタ選手の方向を目掛けて剣を一閃。

 同時に地面が割れ、コロシアム全体に衝撃波が走る。


「グ、アァッ!?」

 それは、まるで巨大な剣で横薙ぎされたかのように、

 オルタ選手を場外まで吹き飛ばした。


「おぉっと、これは凄まじい!

 まさに大剣豪の如き一閃! オルタ選手が吹っ飛ばされたー!!

 一回戦、第九試合の勝者は、アルフォンス・フリーダム選手でした!!

 まさに王者の圧倒的な技を見せてくれたー!!!」


 観客席からアルフォンス団長に向けて熱烈な声援が飛び交う。

 団長は、大剣を掲げてパフォーマンスをしてからコロシアムを後にした。


「あの一瞬でここまで……」

「なるほど、お強いですね」

「……」

 エミリアとレベッカの二人が彼の強さを認める。


「(今の技は初めて見たけど……)」

 やっぱり、彼はまだ強力な技を沢山隠し持っているようだ。


「あの技はどういう原理なんでしょうね、魔法?」

「ううん、今のところ団長さんに魔力を感じたことは一度もないわ」

「ということは、魔法ではないと?」

「多分だけどね、ただ不思議な力は感じるのよ。

 彼自身というよりは、彼の武器……かしらね?」


 三人がアルフォンス団長の技について考察し合う。


「(となると……)」

 もし魔法の力でないなら純粋な身体能力か、

 武器の性能で今のような技を繰り出したことになるが……。


「(もしかしたら、あの武器……)」

 姉さんの言う、『不思議な力』にボクは心当たりがあった。


「ちなみに、レイ。彼との今までの戦績は?」

 エミリアに問われて、ボクは思い出しながら答える。


「訓練中の手合わせで一回負けて、後は勝ってるから、二勝一敗」


「という事は一応勝ち越してるわけですね」


「形としてはそうなるけど、

 団長とはお互いに本気で戦ったことが無いから何とも……」


「なるほど、どっちが強いかまでは分からないんですね」


「うん、だから本気でやったら勝てないかも」


 しかし、姉さんは不思議そうな顔をして言った。


「レイくんなら勝てそうな気がするんだけどなぁ」


「いや、何を根拠に……」

「レイくんだって、この闘技大会で全然力を見せてないでしょ?

 チーム戦でもパーティ戦でも」


「それは、まぁ」

 事実、ではあるけど……。


「レイは今のところ魔法剣も極大魔法も使用してません。

 聖剣の力だって殆ど使ってないわけですからね。私も同意見です」


「ふむ……レベッカも同意見とさせて頂きます」

 エミリアの言葉にレベッカまで頷く。


「……」

「ふふっ、それに……貴方は私の自慢の弟よ。簡単に負けたりはしないわ」

「……ありがとう、姉さん」

 僕は、二人の言葉に少しだけ勇気づけられた気持ちになった。


「まぁ、レイがあの団長と戦う機会はもうないと思いますけどね」

「えっ? それってどういうこと?」


 僕がエミリアの言葉に疑問を感じて、質問すると彼女は不敵に笑う。

 そして言った。


「レイより先に、私があの選手と戦うことになりますから」

「それってつまり……」

「そのままの意味ですよ。私は――」

 エミリアは、自信満々で自身が勝利することを宣言した。


「あの、エミリアちゃん?」

「ん、なんですか? ベルフラウ」


「それって、エミリアちゃん。私と二回戦で当たって勝つ前提で言ってる?」

 姉さんは自分を指差しながら言う。


「もちろんそのつもりで言ってますよ」

 真顔で応えたエミリアのその言葉に、姉さんが笑顔で固まった。


「(うわぁ……姉さんちょっと可哀想……)」

「(エミリア様、もう少し手心を……)」


 僕とレベッカは、内心で姉さんの事を憐れんだ。

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