第556話 休日3
中央商店の大通り。
様々な商店が立ち並ぶ王都の中でも有数の商店街であり、今日も大勢の人で賑わっている。久しぶりの休日を満喫するためにも、僕達は思い思いに自身の興味をそそるものを言い合うのだった。
「まずは何処から行く? アクセサリとか衣服とか色々あるけど」
「東方から来られた商人の珍しい品々の露店などもあるようですよ」
「お姉ちゃんはお美味しいご飯が食べたいなー」
「わたしもレイさんと同じく武具屋に行きたいんですがー」
「……どう思う、
サクラちゃんの提案を聞いた僕は、剣に質問してみる。
が、『却下』と返されてしまった。
「駄目みたい」
「えー?」
「はは、……じゃあ、まずは衣類ですかね。カレンはどうです?」
「私? そうね、たまには流行に乗った衣装で着飾るのも悪くないかもね」
「それじゃあ最初は服屋さんに行こうか」
「「「「「賛成」」」」」
◆◆◆
というわけで、最初に訪れたのは女性陣の要望に応えた服飾系の専門店。自分は入るのは初めてではあるけど、このお店は王都の女性の間ではかなりの人気店らしく、店内には若い女性客の姿が目立つ。
「わぁー、凄く綺麗なドレスばっかりですね」
サクラちゃん達は目を輝かせながら商品を見て回っている。
「そうね、でも流石に貴族の社交場に着ていくには物足りないかしら」
「庶民に人気ってお店ですからね。手ごろな値段で買える割には装飾が凝ってるのが人気の秘訣です。……ほら、この衣装なんて宝石みたいな石が付いてますが、実はガラス玉ですよ」
エミリアはマネキンに着せられた服の一つを指差して解説する。
「うわ、本当だ。これって詐欺じゃないの?」
カレンさんはそう言って渋い顔をする。しかし、エミリアは言った。
「ですが、見る人が見れば偽物と分かりますしお値段も相応ですよ。
そういう理由もあって後になってこの店で『詐欺だ!』なんて喚く人は稀です……まぁ、転売してどこぞのド田舎に売りつけるような悪質な方もいるみたいですが」
「なんというド畜生、……でございますね」
「レベッカちゃん、言葉遣い」
「あ、失礼したしました……以前、旅の途中で似た様な事がありまして……」
僕達と出会う以前のレベッカは色々あったらしい。
「さて、姉さんは……」
僕はエミリア達と一旦別れて、単独行動していた姉さんに声を掛ける。
「姉さん、何かいいのあった?」
「あっ、レイくん、丁度良いところに!!」
姉さんはこちらに歩いてきて僕の手を掴む。
「え、なになに?」
「良いからこっちに来て」
姉さんに手を引っ張られて一緒に店内を歩いていく。すると、女の子のやや露出の多い衣装や下着などが並べられているコーナーに辿り着いた。
「ね、姉さん。僕がこういう所に来ると人目が……」
僕は不安そうに周囲を見渡す。売られてるものがそういうものだけに周囲は女性客しか居ない。男の僕が堂々と歩くのは気恥ずかしいというか居心地が悪い。
「まぁまぁ……恋人連れならよくあるでしょ?」
「それはそうかもだけど……」
「それよりも、レイくん、どれが私に似合うと思う?」
姉さんは真剣そうな顔で僕の手を握ってくる。
「いや、僕そういうの分からないんだけど……。強いて言うなら、姉さんは黒系よりも白い清楚系の色が似合うかな」
「そうそう、レイくんのそういう意見が聞きたかったの。白系の衣装ね……この服とか……似合うかしら?」
姉さんはそう言って試着室に入っていき、カーテンを閉める。
そして、中からは着替えた姉さんの嬉しそうな声が聞こえてきた。
「うん、サイズもピッタリ。やっぱり私の目に狂いは無かったわ。レイくん、どうかしら?」
姉さんの声を同時に、閉められていたガラッと試着室のカーテンが開く。
「……おお」
そこには純白の背中が大きく露出したドレスを見に纏った姉さんの姿があった。普段の姉さんとはまた違う雰囲気だ。
普段はどちらかというとほんわか系お姉さんだが、今はまるで天使か女神様のように清楚で可憐な雰囲気を漂わせていた。
「どう、レイくん?」
「……すっごく可愛いよ。まるで女神様みたい」
見惚れてしまった僕が答えると、姉さんはパァッと表情を明るくさせる。
「良かった~……ん? あれ、私普段女神様っぽく見えてないの?」
「実家のような安心感を覚えるくらいには見慣れてるよ」
「ま、まぁレイ君が喜んでくれるから良いかな?」
姉さんは最初だけ不満そうな顔をしていたが、すぐに明るい笑顔に変わる。
「それより、実はレイ君に似合いそうな衣装を見つけたんだー」
「え、本当? カッコいい感じ?」
「それは見てのお楽しみ―、きてきてー」
今度は姉さんに手を引かれるまま、とある服の陳列棚の前に立つ。
「これこれー。どう、着てみる?」
「……あの、姉さん?」
陳列されていた衣装は僕の想定と全然違っておりどう見ても女性用の服だった。
「いや、これは無理があるんじゃ……」
「大丈夫だって、レイくん可愛いから、ほら早く!」
「この流れ何度目なの!?」
―――5分後
「うわぁ……」
開幕、サクラちゃんは困惑した様子でそう呟いた。
他の皆の視線の先には、僕の着飾られた姿。姉さんに着せられてしまったその衣装は、フリルがふんだんにあしらわれた可愛らしいピンク色のドレスで、髪には小さなティアラまで付けられていた。
「レイさん、そんな趣味があったんですね……」
「違う、違うんだよ、サクラちゃん」
僕じゃなくて姉さんが僕に女装させようとする趣味があるだけなんだ。
「うーん、思ってたけどやっぱ女装させてもレイ君可愛いわね」
「カレンさん、分かる!?」
「わかるわ」
姉さんとカレンさんは妙に意気投合してハイタッチを交わしていた。
「ですが、レイ様、そのまま外出するのですか?」
「するわけないじゃん……姉さんが『皆に見せてあげよう』とか言わなければすぐに脱いでたよ」
レベッカに尋ねられ、僕はげんなりとした顔でそう答えた。
「しかし随分とあっさり着替えたんですね。以前のレイなら全力で拒否してた気がするのですが……」
「もう慣れたよ……」
何なら女装どころかTS化したこともあるし……。
「でもレイさん。良い線行ってますけど、まだちょっと物足りないかな?」
「……そうねぇ、髪も長くして目の色も変えた方がいいんじゃないかしら?」
「ふむ、魔法で目の色と髪の長さを変化させてみますか?」
「いやいや、そんなことしなくていいから……」
流石にそこまでやったら最早別人だから。
しかし、女の子達は僕の言葉をスルーして盛り上がる。
「レイ、じゃあ魔法掛けますねー」
「許可してないよっ!?」
が、エミリアは僕の言葉をスルーして、目と髪を変化させた。
「はい、出来ましたよ」
「レイ様、手鏡をどうぞ」
すぐさまレベッカが店の人に借りてきた手鏡を手渡してくる。覗き込んでみると、僕の銀髪が背中の辺りまで伸びており、目の色が青色に変わっていた。
「………か、かわ――!」
一瞬、自分が思わず言いかけた言葉を無理矢理飲み込む。
これを言ってしまったら、男として大事な何かを失うような予感がしたからだ。
「うん、我ながら完璧な調整ですね」
「ええ、これなら文句無しの美少女でございますよ」
「レイくん可愛い~」
「これは、逸材ね……」
「わー……」
女性陣は満足そうにしているが、僕は複雑な気分で手鏡を見つめていた。
「……はぁ何やってるんだろ、僕……」
思わずため息を付く。
しかし手鏡に映る僕は、自分で言うのはなんだけど本当に……。
「―――本当に、可愛いですよねぇ」
「ひえっ!?」
僕が心の中で言い掛けていた台詞を、エミリアに耳元でボソッと呟かれる。
「や、やめてよエミリア」
「なんですかーいいじゃないですかー、むしろ羨ましいくらいですよ。男の子のクセに身体も小柄で
「いや、それ褒めてるの? 貶してるの?」
「勿論、貶してますよ」
「そこはどっちかっていうと褒めてよ!」
「おー、怒ってもかわいいですねぇ、よしよし」
「よしよし……レイ様、お可愛らしいでございます……」
「……なんか複雑」
エミリアばかりかレベッカにまで頭を撫でられて、僕は微妙な気持ちになった。このままの姿で居たら、僕は色んな意味で男として終わってしまいそうだ。
「…………はぁ、そろそろ僕は着替えたいんだけど良いかな。こんな姿のまま、誰か他の知り合いに出くわしても困るし……」
僕は深くため息を吐いて、後ろを振り返る。
すると、三人の可愛らしい女の子の姿が僕の視界に入った。
その子達は、僕達の方をチラリと見て、たまたま僕と目が合った。
「あ」と、僕は思わず声を漏らしてしまった。その子達は僕のよく知る人物であり、魔法学校特別新生学部の生徒の三人だったからだ。
「……あの綺麗な人」
「リリエル、知り合いかい?」
「……ん」
し、しまった!僕が声を出してしまったせいで気付かれてしまった。
「おや、あの幼き方々は……確か……」
「れ、レベッカ、知らないフリして!! あとエミリア、注目されないうちにどっか行って!」
「私の扱い雑ですね……まぁ、確かに、居ると都合悪そうなのでちょっと席を外しますか」
エミリアはそう言ってから魔法で姿を消して、その場が去った。そして、僕はこれ以上注目されないよう、生徒たちから顔を見られないよう顔を隠してその場に伏せる。
僕の様子に気付いたのか、カレンさんがしゃがんで僕の耳元に声を掛けてきた。
「知り合いなの、レイ君?」
「……僕の担当のクラスの子供達だよ」
僕は声が少女達に聴こえない様に小さく答える。
少女達三人は、突然伏せた僕を疑問に思いながらも何か話しているようだ。
「んー、リリエル、あの人何処かで見た気がするんだけどなぁ……コレット、知らない?」
「いや……ボクは知らないかなぁ。何処かの貴族の令嬢様とか?」
「………」
「ねぇ、メアリー、なんでさっきから黙ってるの?」
「……なんでもないよ、リリエルちゃん。そろそろ行こう?」
そう言って少女の一人、メアリーちゃんは走り去っていった。
他の二人も彼女を追って去って行った。
「……ほっ」
どうやらバレずに済んだようだ。自分達のクラスの先生がこんなところで女装してるとか、もしバレたら明日学校に行ったとき気まず過ぎる。
その後、僕は戻ってきたエミリアに魔法を解いてもらいさっさと着替えた。
そして、店を出たところで―――
「あ、レイお兄様、それにエミリア先生」
「!!」
先に店を出ていったと思っていた少女三人達と外で出くわしてしまった。僕はビクッと肩を震わせながらも動揺を抑えてなんとか、笑顔を形作る。
「や、やあ、リリエル、コレット、メアリー……」
僕がそう彼女達に答えると、リリエルとコレットが嬉しそうに言った。
「レイお兄様たちもこのお店に来てらしたんですか?」
「ボク達は今日、学校が休みだったから三人で遊ぶ約束してたんだ、奇遇だね」
「そ、そうだね……」
「あれ? レイお兄様、なんだか元気ないみたいですけど大丈夫ですか?」
「へ!? べ、別にそんなことないよ」
「もしかして、急いでました?」
「リリエル、先生たちも事情がありそうだし、ボク達もそろそろ行こうか」
「ん……そうね」
そう言って二人は僕に頭を下げてから立ち去ろうとした。
「(ふぅ……助かった)」
僕はホッと安堵の息をつく。だが、そんな僕を他所に、さっきまで黙っていたメアリーちゃんは何故か僕をじっと見つめていた。
「メアリーちゃん?」
僕はそう彼女の名前を呼ぶと、メアリーちゃんは僕の隣にとことこ歩いてきて、僕の袖を引っ張った。
「?」
僕は膝を降ろして彼女の視線に合わせる。
すると、メアリーちゃんは、僕の耳元で小さく囁くように言った。
「……レイお兄ちゃん、さっき、とっても可愛かった」
「!?!?!?」
メアリーちゃんの言葉に僕は思わず目を見開く。
まさか、気付かれていた!?
「……今度はいっしょ遊ぼうね、ばいばーい」
メアリーちゃんはそう言って手を振って、リリエルとコレットの二人の後を追った。僕は呆然としながら三人を見送った。
「………終わった」
色んな意味で。
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