第956話 原始肉おいしい(お嬢様の感想)
ドレッドリザードの肉は非常に美味しかった。
流石は肉質が高いと長老様が言っていただけのことはある。
「ですけど、流石に獲れたばかりのお肉をそのまま味付けせずに焼くだけの料理は初めてです……」
カレンさんは火で炙ったばかりの串刺しのドレッドリザードの肉を齧って苦笑する。
「ふむ、そうか? 吾輩としてはむしろこうしてワイルドに焼いた方が肉の味を存分に味わえるので好きであるのだが……」
「お爺様は少々ワイルドが過ぎます」
「がはははは! そうか、ワイルド過ぎるか!! それは困った!!」
レベッカのツッコミにもセリオス長老様は豪快に笑う。
「……だけど、これ香料も何も使っていないんですよね? その割に味が濃いような……?」
「お、とんがり帽子の女子。よく気が付いたのう」
「エミリアと呼んでください」
「ほう、エミリア嬢と言うのか。この肉は確かに殆ど味付けはしておらぬが……」
セリオス長老様はそう言いながら自身が座っている岩の上を大きな指先でなぞり、それを僕達に見せつける。
「ここいらの岩陰にはこの大陸特有の植物が生えておってな。その植物の根や茎を食べると独特の香りがするのだ。そしてその植物は周囲の風に揺られて粉を散布する。その粉がこの……」
セリオス長老様は指先に摘んだ粉を僕達に見せる。
「この粉が、その独特の香りの元じゃ」
「……なるほど、つまりは樹木から取った香りを肉に塗しているわけですね」
僕がそう言うと長老様は高笑いをする。
「ふははは!!流石婿殿! 察しが良いのう!!」
「だから婿じゃありません」
いい加減その辺りの説明をしてほしいのだが、この長老様はそういった話をする気は無さそうだ。
「しかし、ここで料理を作ると吾輩が宣言した後、うぬらも中々手際が良かったのは意外じゃった。もしやこういうのは手慣れておるのか?」
「冒険者ですから。道中とかダンジョン内でキャンプすることも珍しくないんですよ」
日を跨いでダンジョン攻略を目指す時は事前に、キャンプ用具や火打石を用意して持って行ったり、ダンジョン内で見つけた湧水や川などで水を集めたりすることもある。勿論、生水をそのまま飲むと雑菌だらけで酷いことになるので、一度沸騰させてから飲むようにしている。
他にも食べられる魔物の区別や食べられる雑草などの見分け方。洞窟内でも腐らない保存食などもある。
こういった知識はベテランの冒険者のノウハウが他の冒険者に口伝されて洗練されていったものだ。僕達が冒険者になったばかりの頃はこの辺りの事を全てエミリアから教わった。
「ふはは! なるほどのう。若いのに中々博識と見える!!」
「いやまぁそういう知識が無いと下手すると死んじゃうこともあるので……」
冒険初心者が知らない知識の一つとして『ダンジョン内で食中毒で死ぬ』というのがある。
他の冒険者の話になるが、新人ばかりで結成した一党が初めて日を跨いだダンジョンの奥地で帰らぬ人となった話がある。
最初は強い魔物に出会って全滅した~など話が出回っていたが、そのダンジョンはスライムやゴブリンなど低級の魔物しか出現せず対処法さえ知っていれば新人でもそこまで苦戦する相手ではなかった。
では何故帰ってこなかったというと、その冒険者はダンジョン内に生えていた植物を口にして中毒を起こしてしまったのだ。
慌ててダンジョン内の水を飲んで毒を薄めようとしたようだが、その生水も多量の雑菌が含まれた毒水という事を知らずに大量に飲んでしまった結果、全員帰らぬ人となったことが後の調査で分かった。
こういった色々な人の失敗と犠牲の上に冒険者のノウハウは洗練されていったのだ。
「ふむ、吾輩ならその程度の物で中毒など起こさぬが……」
「でしょうね」
ノルンが呆れた声で言う。
「まぁ若い者とは鍛え方が違うのでな。うぬらも鍛えておけば並の毒や怪我で命を落とすこともないぞ。
特に婿殿は男だというに見た目が連れの女子と大差ないのがいかん。男ならば阿修羅の如く筋肉をつけておるくらいがちょうど良い」
「い、一応鍛えてますからね! ……なんか全然筋肉付かないだけで……」
これでも割と最近までちゃんと剣の稽古を毎日繰り返しているのだ。
現役の頃に比べたら実戦することも少なくなったが、それでも以前と比べて筋力が大きく下がったということはない。
「ほぅ? ならばヒストリアに戻った際に吾輩が見てやるとするか」
「え」
「安心せい。吾輩の鍛錬は里の者には恐ろしく辛いと不評であるが、今の所死んだ奴はおらん」
安心できる要素が欠片も無かった。
「いや、あの、その……」
僕はしどろもどろにどう断ろうかと言葉を探すが、ふと僕よりも先にレベッカが声を上げる。
「待ってください!」
「……ふむ? どうした可愛い孫娘レベッカよ」
セリオス長老様は興味深そうにレベッカを見る。
「レイ様にお爺様の特訓は必要ございません。何せレイ様は世界を何度も救った伝説の勇者様でございます故」
「……ほぅ?」
長老様は目を細めて僕を見る。
「伝説の勇者とな?」
「……あはは」
僕は愛想笑いをしながらどう説明したものかと考える。
伝説というのは過剰だが、魔王を何度か討伐したので世界を救ったとも言えなくもない。ただ、このタイミングでそんな事を言われてしまうと余計に拗れたりしないだろうか。
だが僕の心配は杞憂に終わった。
「ふははははははは!!! そうか、伝説の勇者か!!!
なるほど100年前に世界を救ったと聞く英雄王や50年前の大戦で魔王と相打ちした放浪の旅人の話は知っておったが、此度の魔王を倒したのは婿殿であったか!!!」
セリオス長老様は大きく笑いながら、僕の何倍もの大きさの手で僕の背中をバンバンと叩く。
「そうかそうか!! なるほど、レベッカが気に入るのも納得というもの!!」
「……」
物凄く機嫌良さそうだが、背中を叩かれてる僕はそれどころじゃない。この人、ゴリラみたいな体格とパワーしてるだけあって滅茶苦茶痛いんだけど!?
「は、離してください長老様! レイくんも困っています!!」
僕が痛がっているのに気付いたのか姉さんが慌ててセリオス長老様に声を掛ける。
「おっと、これは失敬。しかしそこまでの武人であるなら、今更吾輩如きの手ほどきは必要あるまいの。見た目で貧弱と判断して申し訳なかったの、婿殿」
「い、いえ……」
二人の説得のお陰でようやく解放された僕は、セリオス長老様に叩かれた背中を摩りながら無理矢理笑顔を作る。後で腫れてこないか心配だ。
「あ、あの……何度か聞こうとしていたんですが、婿殿って―――」
「――で、あるならば、この後の山道も婿殿達からすればさほど苦戦することはあるまい」
ってまたスルーされた!
「この先の山道は、ここ草原の動物や魔物よりも更に凶暴でのぅ。
吾輩ならば纏めて掛かってこようが何の問題も無いが、客人に無理はさせられぬと考えて、どう迂回するか無い頭を悩ませておったのじゃが……婿殿達が伝説の勇者と並ぶ益荒男たちだとするならば……ふははははは!!! 要らぬ心配だったようじゃの!!」
セリオス長老様はそう言って豪快に笑う。
いや、益荒男って……そんな大層なものでは……。
「……お兄ちゃんはともかく、私たちは女」
「ま、益荒男って言われるほどマッチョじゃないもん……!!」
アカメとルナがちょっと不満げな声で言う。
「よし、ならばさっそく山登りに向かおうではないか!!
婿殿、吾輩は麓までちょいとジョギングを始めるので、婿殿達は片付けを終えてから来てくれ。さぁ行くぞレベッカ!!」
「お、お爺様? わたくしはレイ様と一緒に……ああーっ!!」
話している最中に、セリオン長老様はレベッカの細い身体を片手で軽々と抱えて走り去っていく。
「ふははははははは!! 孫娘と一緒に野原をかけっこするのは久しぶりじゃのぅ!!」
「お爺様、わたくし足が地についておりませぬゆえに、これはかけっこでは……!!」
「ではな、婿殿たち。ゆっくり散歩でもして景色でも眺めながら追いかけてくるが良い!!
さぁレベッカ!! ふはははははははははははははははははははは!!!!!!!」
「ああぁぁぁぁぁぁっ~~~~~~レイさまぁぁぁぁ~~~~~!!!!!!!」
そんな二人をその場に残された僕達は呆然と見送る。
「……嵐のような人ね」
「嵐というか火山の噴火のようにも見えます」
「……野放しにすると危ない人かも」
「確かに……」
皆の言葉に僕は同意しかない。
だけど、レベッカの村の長老があんなにぶっ飛んでる人だったとは……。
「レベッカがちょっと心配だけど……」
「あの長老様、レベッカの事を孫娘として可愛がってるのは見て取れるし問題はないんじゃないかしら。私たちは片付けをしてから追いかけましょう」
カレンさんはそう言って早速片付けを始める。
僕達もそれに続いて片付けを始めた。
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