第72話 死線

 その瞬間、僕たちは気味の悪い気配を感じた。


「っ……!」

 振り向くと、そこには全身が真っ黒に染まり、顔の無い魔物がいた。

 これが、本物のトレントなのか……?いや、そんな生易しいものではない。

 腕と足、それに顔と思われる部位はあるが、目も鼻も口も何も無い。

 正体を探ろうとすると、何故かぼやけてまともに見ることすら出来ない。

 あまりにも異質過ぎる。


 そもそも、こいつは何だ?魔物なのか?


「ひっ……」

「な、何ですか、この化け物は……!」

 僕以外の三人はその姿を見て怯えているようだが、こいつはヤバすぎる……。


「――っ!何だ、お前は!?」

 僕は三人の前に出て震える手で剣を構える。

 ……何で手の震えが止まらないんだ―――!?


『―――』

 奴は何も言わない。いや、口が無いから何も話せないのか?

 しかし、まるで心の内側から言われたように、奴の声が響いた。


『我に恐怖せよ――――――<悪夢>目覚めぬ地獄


 黒い影がそう呟いた瞬間、僕の意識が遠のき始めた。

 なんだ、これ……やばい、このままだと意識を失う。

 僕は必死に抵抗するものの、意識がどんどん薄れていく。


「………あ、お兄様…」

「れ、レイくん………」

「あ……だ、駄目……」

「に、逃げて……レイ……!」


 僕の後ろから声が聞こえる。

 薄れる意識の中、後ろを見ると倒れ伏す4人の姿が見えた。

 その瞬間、こいつがさっきの幻惑の元凶だと分かった。

「み、みんな…………!」


 僕は剣を地面に突き立てて体を支えて倒れずに済んだ。

 もし、倒れてしまったら、僕も同じように気を失ってしまうだろう。


「お前が―――!!」

 こいつだ、きっとさっきの幻覚はこいつがやったに違いない!


 僕は震える手を抑え、力を振り絞って剣を構える。

 すると、その瞬間、僕の体は勝手に動き出して、正体不明の化け物に向かって駆けだしていた。

「うぁああああ!!」

 僕は全力で走り出す。体がまともに言うことを聞かない。

 だけど、剣を握る手には少しずつ力が籠っていく。

 そして、剣を両手で構えたままそのまま化け物に突っ込んでいった。

「はああ!!」

 僕は全力で体の痺れと震えに逆らいながら、

 僕は渾身の一撃を放つために、思いっきり地面を踏み込んで化け物を切り裂いた。

 しかし、その化け物は先ほどまでのトレントのように時間が巻き戻ったかのように切り裂いた部分が復元していく。

(これも……幻影だ)


『絶望せよ―――<恐怖>壊れゆく心

 奴の言葉を聞いた途端、僕の全身がまるで氷に覆われたかのように冷たく感じて震えが止まらなくなる。そして周囲が歪曲し、周りの茂みや木だったものが吊るされた人の死体のように映った。

「あ、あああ、あ……!」

 僕はあまりの恐怖に言葉が出ず、ただ震えるだけだった。

 さっきまでの力が入らず、子供のように怖くて僕は泣いてしまう。


 そして、正体不明の化け物は、最後の呪いの言葉を発する。


『終焉を迎えよ――<死>命が尽きる時


 再び囁かれた死の宣告に、僕は恐怖に耐え切れずに膝をついて地面に座り込む。

 そして、次の瞬間、僕の心臓が――――まるで膨れ上がったかのように痛み出した。

「―――あ、あぁ…………!!!」


 今まで感じたことのない痛み、まるで命そのものが尽きようかとする心臓の激痛。

 それまで受けた外傷とは比べ物にならない抗えない痛みだった。


 そして、僕の心臓は僕の胸の中で大きく肥大し、破裂するかのような激痛で――――


 ―――その激痛で、僕はようやく正気を取り戻した。


「―――――ない」


 こいつだ、こいつがレベッカを狂わせ、こんな目に合わせた元凶だ。

 周りはまるで猟奇殺人のように吊るされた死体や粉砕された肉片が転がっている。

 本来ある風景が全て異質なものに置き換わっている。


 ここはまるで地獄だ。でも、これは現実じゃない。


「許さない」


 僕は立ち上がって剣を握り直す。もう震えは無い。

 心臓が爆発するかのように痛む。だが、この痛みが僕を突き動かす。

 この痛みが消えた時、僕は死ぬのだろう。

 だからこそ、この痛みが止まらないうちに――


『―――何故』

 そこで顔のない化け物は、初めて困惑したように見えた。


「―――殺す」

 僕はただ一言、そう口にしてそいつを再び剣で斬り裂く。

 だが、やはりまた時間を巻き戻すように傷が消えていった。

 それでも僕は何度も斬撃を繰り返す。

 今度は腕も足も、胴体も頭も全てバラバラになるように斬り刻んだ。

 しかし、いくら切り刻んでも、どれだけ殺しても、化け物は再生し続けた。


 これは幻惑だ、僕は未だに幻惑に囚われてる。

 だが、奴はすぐ近く居るのが肌で感じる。


 そして――――


「―――こんなものが、いつまでも通じると思うな――!!」

 僕は首に掛けたペンダントを握り、奴を凝視した。


(見えた―――奴の本当の居場所)


 奴を何度斬っても再生したのは僕が奴のすぐ横に居ると幻覚を見ていたからだ。

 その場所に奴は居ない。だが、奴は魔法を掛けるためにすぐ近くに居る。


 幻惑に惑わされて正確な場所が分からなかったけど、

 今は僕の『心眼』と第六感的な何かがその場所を告げている。


 奴の本当の居場所は―――


「―――そこだ」

 魔力食いの剣が紫→青→赤の順番で刃の色が変化する。

 僕自身が引き出せる最大魔力、そして生命力を剣に転化していく。


 最大の力を込めた一撃で葬る。二度目は無い。

 余力など残さない。これで倒せなければ僕は死に、きっと三人も殺される。


「死ね――」


 奴の本当の場所、僕は目の前にいる化け物を無視して、それを狙う。 

 僕は幻覚を見せられた中の吊るされた人の死体の一つを全魔力を込めて両断した。


 同時に周囲と僕の剣から何かが砕け散る音が聞こえた。


 そして――――


『な、何故―――分かった―――――』


 人の死体の幻覚に化けていた顔の無い魔物は、灰のように崩れ、本当の意味で消滅した。

 そして同時に森全体を覆うほどの結界が解かれていくのを感じることが出来た。


 どうやら本当に終わったようだ。

 僕は安心して、その場に崩れ落ちた。

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