第71話 恐怖

 森の中をさらに奥へと進んでいく。

 森の中は薄暗く見通しが悪いため、足元には注意して進まないといけなかった。


「それにしても薄暗いね、ランタン付ける?」

「そうしようか」

 僕は姉さんからランタンを借りて明かりを灯す。これで少しは進みやすいだろう。

「それにしても、こう森が深いと迷子になってしまいそうですね……目印でも付けるべきでしょうか?」

 レベッカの言う通り、

 この森は薄暗い上に似たような場所が続いている。

 下手をすると森の中で遭難しかねないだろう。


「じゃあ、私がやってみるね」「お願い」

 姉さんは<植物操作>で成長させた植物の蔦を木にグルグルと巻き付けた。

「こんな感じで良いかな?」

「ありがとうございます、これなら帰り道も分かりますね」


 こうして等間隔で巻き付けていけば、ある程度行った場所の確認もできるだろう。そう思って僕たちは先に進むのだが、少し進んだところに、同じように蔦が巻き付いた木があった。


「あれ?」

「これは、さきほどベルフラウさまが目印を付けた木だと思うのですが……」

「おかしいですね、私たちは真っすぐ進んでいるはずですが……」

 いつの間にか同じ場所を回っていたということか?

 しかし、こんな短時間で……?


「おかしいですね……少し方向を変えて進んでみましょうか」

 ミライさんの案で、若干遠回りの進路で進むことにした。しかし―――


「おかしい、何で……」

 進路を変えて進んだ先の目の前の木はさっきと全く同じ、姉さんが目印を付けた木だった。

「なんでしょう、このループのようなものは……」

「私たちが間違った方向に歩いていないはず。なのにどうして……?」

 すると、周りから木のざわめきが聞こえた。

「風……でしょうか?」

「いや、それにしては……」

 僕達の方に風は全く感じない。それなのに何故か木が揺れている。


 それどころか――

「なんか、見られてる気がしない?」

 視線を感じるのだ。それも、四方八方から……!


 ―――僕の『心眼』は何も警告を発しない。

 ―――だが、明らかにこの状況は危険だ。得体の知れない恐怖を感じる。


「囲まれていますね……!」

 その言葉と共に、僕達の周りを囲むように一斉に木々が動いた。


 文字通りだ。本当に周りの木が動き出している―――!

 木の根っこがまるで足のように動き、木の枝が手のように、

 そして幹からは口のような器官が現れた。


「これは、トレント……!?」

「エミリア、それは!?」

「木の魔物です! 森の周囲に擬態して人を襲うと聞いたことがあります!」

 擬態――?しかし、さっきまでの様子は擬態では説明が付かない。


 そこまで思考して、悲鳴を聞いてそちらに目を向ける。

「きゃあああああ! 助けて!助けて、お兄様――!」

「れ、レベッカ!?」

 レベッカはまだ攻撃もされていないのにあらぬ方向に逃げ、叫びながら走っていく。

「あっ!」

 レベッカは近くに落ちていた大きな石に躓いて転んでしまう。

「レベッカ!」

 僕はレベッカの傍に駆け寄って声を掛ける。

「レベッカ、大丈夫!?」

「怖い、怖いです、誰か、お兄様――!?」

 僕が近くに居るのに、レベッカは泣きながら逃げようとしている。

 これは――まずい……!レベッカはまるで僕が―――


「ど、どうしたのですか……!」

「分からない、でも……何か変なんだ!」


 レベッカの様子は明らかに異常だ。

 周りのトレントだけではなく僕らからも逃げようとしている。

 正気を失っているようにしか思えない。


「くっ!<炎球>ファイアボール!」

 エミリアの炎の魔法がトレントにぶつかり、一体を倒した。

 しかし、どういうわけかトレントはすぐに復元して元に戻ってしまう。


「な、何で……!?」

<魔法の矢>マジックアロー! ……駄目、私の魔法じゃ……!」

 姉さんのマジックアローが何発も当たるが、傷ついた部分から巻戻したかのように復元される。

「魔眼を使いますが……! 私の魔眼は魔物にはほとんど効果が無くて……」

 ミライさんが眼鏡を取って敵を睨むが、やはり殆ど効果が無いようだ。


「このぉ!」

 エミリアと姉さんは奮戦して戦うが倒した傍から再生されてしまい、

 どんどん距離を詰められている。


 僕も戦わないと――でも、レベッカが――!

 僕はレベッカを肩を掴んで叫ぶ。


「レベッカ、落ち着いて! 僕はここにいるよ!」

「嫌ぁっ!!来ないでぇ!!」

 駄目だ、レベッカは僕の姿が別の何かに映っているように、僕を震えた目で見ている。

「くそ―――! ダメなのか……!」

 やはり、この状態は普通じゃない。

 早く何とかしないと……


「レベッカさん! 危ない!」

 ミライさんが切羽詰まった声で叫んだ。

 その声でレベッカの後ろからトレントの攻撃がすぐそこに迫っていた。


 僕は無我夢中でレベッカを抱きしめて庇い―――

 次の瞬間、背中に強い衝撃を受けて意識が朦朧として………


(駄目……だ、ここで意識を失ったら………!)

 遠くから泣くレベッカの声が聞こえる。

 すぐ傍に居るはずなのに……どんどん声が遠くに――



「―――あああああああああああああ!!!!」

 僕は意識を失わないように力一杯叫んで、自力で意識を引き戻す。


 ――レベッカの声がすぐ近くに聞こえた。


 背中が熱くて、ものすごく痛い……きっと酷い怪我をしているのだろう。

 だけど、そんなの関係ない。赤く染まる視界の中にレベッカの姿が見えた。


「レベッカ、僕はここに居るよ! だから、安心して………!」

 僕はレベッカを抱き寄せて力一杯抱きしめた。


「…………あ、お、お兄様……?」

 レベッカの僕を表情が、恐怖に震えるもので無くなった。

 腕の中で震えるレベッカを見て安堵する。


 よかった、これでひとまずは……

「レイ! そっちにまたトレントが!」

 僕は『魔力食いの剣』を鞘から抜いて、迫りくる敵の攻撃を防いだ。


「ぐっ――――よくも、レベッカを………!」

 僕は魔力食いの剣に魔力を込めて目の前のトレントを両断した。


 しかし、どういうわけかトレントの数が減らない。

 どういうことだ―――。


「………ようやくわかった。私たちは森を彷徨っている間に、幻覚に囚われてたんだわ!」

「ベルフラウ、それどういう……?」


 口で説明する前に、ベルフラウは魔法を詠唱する。


「―――悪しき、幻よ。我が前から消え去れ ―<目覚め>偽りよ消えよ―」


 姉さんの魔法が発動し、周囲から眩い光が溢れ出した。


 光を浴びたトレントたちは次々と灰となって崩れていく。

 そして、森は瞬く間に元の静寂を取り戻した。


「……やっぱり、幻覚だったのか」


 先ほどまでの戦いが嘘のようになくなり、トレントも何もかも全てが消えた。最初から僕らは精神世界のようなものに閉じ込められていたのだろうか。恐らくは幻覚を見せられたまま、森の奥深くへと誘われてしまったのだろう。


「お、お兄様、お怪我は大丈夫でございますか!?」

 慌てたレベッカを見て僕は心底安堵する。もう大丈夫そうだ。

「うん、大丈夫、怪我は見た目ほど酷くないから」

 これは嘘だ。本当は死ぬほど痛いけど、レベッカに怖がられることに比べたら大したことはない。


 しかしその瞬間、気味の悪い気配を感じた。

 さっきとは違い、僕の『心眼』が最大級の警告を発する。

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