第298話 即落ちしそう

 ――レイとエミリアが塔を出てからの話。


「………」 

 レイとミッドが激戦を繰り広げたその場所で、

 一風変わった身なりの女性がその場に現れた。


「……派手にやってくれたものよなぁ」 

 その女性は褐色の肌で、まるで日本の和服のような服を着ている。

 髪の色は黒だが、腰まで届く長髪を後ろで縛っている。



 腰には日本刀を思わせる長い太刀の刀を二本差している。

 彼女はうち右の刀を鞘から抜いて、両手で構えた。その刀の刀身は紅のように朱く、そして3メートルはあろうかと思える程に巨大だった。



「―――神刀、不死鳥よ。再生の炎をここに」

 彼女がそう呟いた瞬間、彼女の持つ刀身に蒼い焔が灯った。

 同時に、周囲が青い炎に包まれ、地面から無数の青白い火の粉が立ち上る。



 それから1分ほど経過し、青い炎は全て消失した。

 すると、レイとミッドの戦いの余波によって崩れていた瓦礫や岩が元通りになった。



「ふむ、やはりこの程度の修復なら容易いものよのう」

 そう言って、女性は紅の太刀を鞘に収めた。


「さてと―――」

 女性は振り向いて、そこに残された男性を見つめる。


「こら、いつまで寝ておるか。既に身体は修復されてるであろう?」

 彼女が話し掛けているのは、さきほどレイとの戦いで気を失っていたミッドだった。


 ミッドは彼女の呼びかけに応えるように、目を開け立ち上がる。


「―――く、これはイリス殿。不甲斐ない所を見せてしまったな」


「全くじゃ。あのような坊やにここまで派手にやられるとはのう。お主、それでも余の眷属の一人なのか?」


「面目次第もない」


「まぁよいわ。して、あの馬鹿ミリクが選んだ勇者の実力はどうであった?」

 イリス殿と呼ばれた女性はミッドにやや高圧的な態度で尋ねる。


「……強いな。恐らく、我よりも遥かに」


「ほう? お主にそこまで言わせるか。まさかあのアホミリクの勇者がここに来るとは思わなんだが、少しは期待できそうなのかのぅ?」


「さて……そこまでは我には判断しかねるが」


「ふん、役立たずめ……」

「……」

 ミッドは『そこまで気になっているのであれば、何故自分の目で確かめなかったのか?』と内心で思っていた。


「余の選んだ女子おなごと、馬鹿の選定したあの坊やが今期の勇者となる。そして、今期の魔王はおそらく……」

 イリスと呼ばれた女性は、

 意味深な目でミッドの方を向いて怪しげな笑みを浮かべる。


「どう思うておる? お主の元あるじがまた蘇るというのに、あのような若者二人にトドメを刺されるかもしれぬ。お主としてはそれでよいのかえ?」


「……言ってる意味を測りかねるな。我の元主人はとうの昔に死んでいる。仮に似たような存在が現れたとしても、別物だ」


「ほう? では、お主はあやつらの味方ということか?」

「……」


 ミッドは答えない。


「どちらにせよ、あの若者二人が無事に魔王を倒せれば、

 この世界は一旦は救われよう。フフフ、その日が楽しみじゃのう。

 あの純粋無垢な坊やと女子が何を望むかも、興味がある」


「……」

 イリスの言葉に対して、ミッドは無反応だった。


 ◆


【視点:レイ】

 その後、僕達は塔から無事に転送され、

 気が付いたらそこはサクラタウンの中の広場だった。


「ここに転送されるんだね……」

「中々面白い場所でしたね。たまには遊びに来ましょう」

 ダンジョンをアトラクション代わりにする冒険者は多分エミリアしか居ないと思う。


 日はまだ差している。それなりに時間は経っていたと思っていたけど、どうやら数時間程度のダンジョン探索で済んだようだ。


「折角なので街を見回りましょうか。明日にはここを発つ予定ですし」

「そうだね。僕も今の服装はちょっと……だし」

 僕は自分の身なりを見ながら苦笑する。少し前まで女の子だった自分は、いつ戻っても良いように男性女性どちらでも普通に着れる服を着ていた。

 それでも女の子だったのが男の子に戻ったせいで、服装がパツンパツンになってしまっている。


「確かに、それだと動きにくいですね……。仕方ありません、服を買いに行きますか」

「え、いいの?」

「勿論ですよ。では行きましょう」

 エミリアは笑顔でそう言うと、僕の手を取って歩き出す。


「あ、ありがとう」

 少しは距離が縮まったのかな……?

 エミリアに連れられて、服などを売っているお店へと向かった。


 ◆


「ふむ、これなんか良いんじゃないですか?」

 エミリアが持ってきた服を見て思わず唖然とする。


「このフリルのついたスカートとか可愛いと思うのですが」

「いや、待って、それはおかしい」

 思わず突っ込む。


「え、何がです?」

「男に戻ったのになんで女物の服装ばかり持ってくるのさ!!」


 そう、何故かエミリアはさっきからピンク色をしたヒラヒラの付いたワンピースや、花柄の可愛らしいスカート、さらには淡い色のブラウス等を持ってくるのだ。


「ああ、そうでしたね。これはうっかりでした。でも大丈夫ですよ。レイって女の子だろうと男の子に戻ろうと大して変わりませんし、多分似合いますよ?」


「それ絶対褒めてないよね」


「あはは、冗談ですよ。それじゃあ仕方ないので男物の服も選んできますね」


 それから、僕はエミリアに選んだいくつかの衣服を試着してから気に入った物を購入し、ようやく店を出た。


「さて、次はどうしましょうか」

「僕としてはもう用事が済んだかなって思うんだけど……」


 正直疲れたので早く休みたいところだ。

 時間が経ってマナが少しは回復したものの、まだ体の状態は万全じゃない。

 すると、エミリアは少し残念そうな表情でこちらを見る。


「むぅ……折角ですし、色々街を見て回りたいんですけどね。

 こういう都会なら面白い魔道具屋があるかもしれませんし」


「魔道具かぁ……」

 それは確かに僕もちょっと興味はある。


「でしょ? じゃあ行きましょう!!」

 エミリアは嬉しそうに手を引っ張る。

 僕は彼女に引っ張られながら、とりあえず彼女の提案に乗ることにした。


 ◆


 サクラタウンの大通りからやや西の方にある赤い屋根の家。

 街の人から聞いた情報によると、ここには自らの手で魔道具を作り出す器用な女性が時折お店を出しているらしい。


「ここかな?」

「っぽいですね。入ってみましょうか」


 僕達はお店の扉を開けると、そこには一人の女性の姿が見えた。

 ラフな格好をした赤い長い髪を括っている眼鏡の女性だった。

 僕達よりは年上だろう。


「おや? お客さんっすか?

 初めて見る顔っすけど、もしかして旅人さん?」


「はい。実は今日この街に着いたばかりで」


「へぇ~そうなんすねぇ。私はここで魔道具を作って売ってる者っす。良かったら見ていってくれないっすか?」


「じゃあせっかくなので見せてもらいます」

「了解っす。何か欲しいものあります?」

 そう言われて、僕達は顔を見合わせて考えてみる。


「えっと……感情を抑え込める魔道具を」

「そうですね。浮気性を治す魔道具とか無いですかね」

 僕とエミリアが同時に呟く。


「……その、すみませんっす。

 そんなピンポイントに使えそうな魔道具はうちには無いので……」


「いえ、気にしないで下さい」

 流石にそこまで都合の良い物はないか。

 というか、エミリア。今、なんて言った?


「それで、それ以外に何か欲しいものは……?」

 眼鏡の店員さんの言葉に、エミリアは頷いて言った。


「では、このお店で一番凄そうな効果のある魔道具を見せてください」


「ず、随分と具体性に乏しい注文っすね? 一応言っときますけど、結構高いですよ?」


「構いませんよ。それなりに希少で効力が高ければ少々の値段の高さは問題では無いので」


「変わったお客さんっすね。……それじゃあ、ちょっと待っててくださいっす」

 そう言って、眼鏡の店員さんはお店の奥に入っていった。


「エミリア、いくらなんでもそれは無茶じゃないかな?」


「これでも魔道具収集家レアハンターですからね。

 多少値段を釣り上げられたとしても買えるだけの蓄えはありますし、もし気に入らなければ買いませんよ。とりあえず最高の品を見て、それでこのお店のレベルを測ります。大したことないなら帰りましょう」


「それただの冷やかしじゃん」

 エミリアの最後の発言に僕は思ったことをそのまま言う。


「まぁ、そうとも言うかもしれませんね。さて、どうなりますやら……」

 それから待つこと数分。

 奥から眼鏡をかけた女性が戻ってきた。


「お待たせっす。うちの一番自慢の品はこれなんすけど……」

 そう言いながら眼鏡の店員さんは持ってきた魔道具をテーブルの上に置いた。

 それは、指輪のような形状をしていた。


「これは、一体どういう魔道具なんですか?」


「簡単に説明すると、魔力を注ぐことで性別を変えることが出来るんすよ」

「!?」 


 その言葉に、僕は一瞬フリーズした。

 そして、そんな僕の様子を見てエミリアは言った。


「買います」「エミリアっ!?」

 硬直していた僕はエミリアの即決で即座に正気に戻った。


「さっきも言った通り、私にはお金がありますから。

 それに性別を変えるとか便利じゃないですか。レイにプレゼントしますよ」


「要らないよっ!!! もう女の子化はこりごりなんだから!」

 僕は必死になって断る。するとエミリアは残念そうな表情でこちらを見る。


「えー……折角面白い魔道具なのに……」

「そもそも何で僕が使う前提で話してるんだよっ! というか、こんな怪しい魔道具使わないでよ!!」


「そう言われると逆に欲しくなりますね。言い値で買います」

「毎度ー」

 そうやって、エミリアはあっさりと魔道具を購入した。

 結局、僕はエミリアに押し切られる形で彼女から魔道具を受け取った。


「こ、こんなの貰っても使ったりしないんだからね!!」

「レイ、なんかカレンみたいになってますよ。それにその言い方だと、逆に使いたいようにも聞こえます」

「本当に違うから!!」


 僕は必死に否定するのだが、

 エミリアはそれをスルーして、眼鏡の店員さんに言った。


「他に何か良いものありますか?」

「う~ん、そうっすねぇ。お客さん達、旅人さんなんすよね?」

「そうですね」

「なら、旅に役立つ魔道具とかどうっすか?

 この辺りは治安も良い方ですけど、それでも物騒なことはあるんで」

「確かにそれもそうですね」

「じゃあこの痴漢避けの防犯ブザーとかどうです?」

「良いですね。それもレイにプレゼントします」

「いや、マジで要らないよ!!」


 僕は全力で拒否するが、またもエミリアはスルー。

 エミリアに強引に渡され、これも僕は渋々受け取ることになった。


「良いじゃないですか。もしレイが女の子になった時に、

 男に取り囲まれてもこれで窮地を乗り切れるかもしれませんし」


「その前提条件はおかしいよ!」

「で、何か他に良いものは……」

「またスルー!?」


 エミリアはその後も、

 眼鏡の店員さんにあれこれ質問をして魔道具を購入していった。

 そして、最終的にエミリアは大量の魔道具を買い込んでお店を出た。


「……エミリア、流石に買いすぎじゃ」

「大丈夫ですよ。レイの鞄があればいくらでも積めますし」

「それはそうなんだけどさ」


 僕の愛用してる鞄は異世界に来た時に、今の姉さんからプレゼントされたものだ。鞄の大きさに入るものなら無制限に入れることが出来る。


「それに他にも掘り出し物はありましたよ。

 特に、このMPの補助をして貰えるイヤリングは中々良いものです」


 エミリアは自身の両耳に付けたイヤリングを僕に見せ付ける。

 そのイヤリングは透明なクリスタルのような石を加工したものだった。


 本人のMPに依存するけど、

 これを装備するだけで自身の最大MPが増加する優れものだ。

 むしろこれが一番良いものだった説まである。


「そうだ。片方はレイにあげますね」

 エミリアは、左耳に付けていたイヤリングを外して僕に手渡す。


「良いの? なんか貰ってばっかりだけど……」

「私の趣味に付き合ってくれたお礼です」


 僕はそれを左耳へと装着する。


「ありがとう。大切に使わせて貰うよ」

「いえ、私からの贈り物ですから。喜んでくれるなら何よりですよ」


 エミリアは微笑みながらそう言う。

 それから僕らはお店を回って買い物を楽しんだ。


 そして、日が暮れて僕達は宿に戻った。

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