第852話 全員空気読んでない

 ―――そして、決戦の時は訪れる。


 レイ達は人類の代表として、今度こそ魔王軍との戦いに終止符を打とうとしていた。魔王が居ると思われる最深部の前の扉まで辿り着いたレイ達は互いに顔を見合わせて頷く。


「よし……」


 そして、レイが意を決して扉に手を掛けると……。


「あ、忘れてたわ!!」

「え」


 突然、ベルフラウがこの場に似つかわしくない明るい声で言い放つ。


「お弁当、まだ残ってたわ。あの作戦を実行しないと!」

「……」


 姉さんの言葉に、今まで真剣な表情をしていた仲間達が困惑の表情を浮かべる。


「いや……姉さん、その……ね……?」

「ベルフラウさん……本気?」


 全員、冗談だと思ってた『魔王の前でお弁当食べ始めて戦意を削ぐ作戦』を本気でやろうとするベルフラウにどう反応していいのか分からない。


 特に何も知らないアカメはベルフラウの発言の意図が理解できずに彼女に対して敵意とも困惑とも取れない微妙な表情を浮かべる。一応、お弁当を作るのに協力していたカレンも困惑気味だ。


「レイ……この女は何を言ってるの?」


「あー……うん。少しでも勝率を上げる為に、魔王の戦意を削ごうって作戦なんだけど……」


「……何それ、ふざけてる?」


「(めっちゃ怒ってる!)」


 今からまさに魔王が待ち受ける扉の前で「あ、いっけなーい。お弁当残ってたから全部食べないとー♪」とか言い出す女神様など、彼女の立場からすれば正気の沙汰ではないだろう。


 というか僕達からしても正気の沙汰では無い。


「ベルフラウ、空気読みましょうよ」

「酷い!!」


 エミリアの素っ気ない一言にベルフラウが涙目になる。


「じゃ、じゃあせめて5分だけでいいから時間をお願い!! アカメちゃんだってお腹空いてるでしょ?」


「空いていないし、そもそもお前が作ったモノを食べたくない」


 アカメ、ベルフラウに痛恨の一撃。ベルフラウは崩れ落ちた。


「お姉ちゃんの……料理が……いらないと……?」


「レイ、この女殴っていい?」


「気持ちは分かるけど止めてあげて……!」


 レイはアカメに落ち着くよう言ってから、ベルフラウを慰めるのだった。


 ◆◇◆


 五分後、気を取り直してリトライ。


 ―――そして、決戦の時は訪れる。


 レイ達は人類の代表として、今度こそ魔王軍との戦いに終止符を打とうとしていた。魔王が居ると思われる最深部の前の扉まで辿り着いたレイ達は互いに顔を見合わせて頷く。


「よし……」


 そして、レイが意を決して扉に手を掛けると……。


「………」


 あれ、開かないよ?


 押したり引いたりしてみても、扉はびくともしない。


「レイ様、如何なされました?」


「あ。いや……扉を開けようと思ったんだけど、鍵が掛かっているみたいで……」


 僕がレベッカの質問に総答えると、アカメが驚愕の表情を浮かべて言った。


「……!! まさか、魔王城で最近開発された噂のオートロックシステム……?」


「今、魔王城に似つかわしくない単語が聞こえたんだけど」


「いえ、そんなハズは……!? あれを導入しようと魔王に進言した部下は、『そのようなハイカラな機能は、この如何にも魔王城らしく不気味な場所に似つかわしくない。貴様は処刑だ』……と、ロドクに言い渡されて処刑され、その部下は夜な夜な『処刑……処刑……処刑……』とうわ言を呟く亡霊と化してしまい、二度と化けて出ないように供養して技術も封印したというのに……」


「なんか、アカメが怖い事言ってるんだけど!!」


「魔王軍ってアホの集まりなんですかね」


「エミリア様、そんな事を言ってはいけません!! 魔王が聞いていたら何を言われるか……!」


 思わず口を滑らせたエミリアにレベッカが注意をするのだが……。


「―――っ!!」


 突然、周囲の変異したように重苦し空気が流れ始める。そして、扉の先からこの世のものとは思えない不気味な声が響く。


 僕達はその声と、その意味を理解して驚愕する。


『……その扉は、引き戸だ』


「……」『……引き戸だ』


「……」『……引き戸だ』


「……アカメ、なんか魔王が僕達にめっちゃ扉引くように促してくるんだけど」


「……なるほど引き戸の扉だったのね……普通の開閉式の扉にしか見えないのに、ここだけ何故か引き戸をに変えて私達の動揺を誘うなんて……流石、魔王ね……」


 ノルンとが感心してるけど、魔王はそんなつもりなかったと思う。


「……レイ君……魔王がああ言ってるんだし入ってみたら……?」

「ええと……」


 カレンに言われてレイは迷ってしまった。この雰囲気で人間と魔王の最終決戦をするのは……。


「………よし、一旦撤収!!」


 10秒ほど考えて、レイは今の事を無かったことにした。


 ◆◇◆


 そして、二度目のリトライ。


 ―――そして、決戦の時は訪れる。


 レイ達は人類の代表として、今度こそ魔王軍との戦いに終止符を打とうとしていた。魔王が居ると思われる最深部の前の扉まで辿り着いたレイ達は互いに顔を見合わせて頷く。


「よし……」

 そして、レイが意を決して扉に手を掛ける。しかし、次の瞬間―――


 ぐぅ~~~~。


「……あ」


 僕の背後にいたアカメのお腹から、可愛らしい空腹の音が鳴り響く。


「……」


 その音を聞いて、全員が一瞬固まってしまう。そして……。


「……えっと」

「あ」


 僕が我に返ると、アカメは赤面して俯き、皆が笑いを堪えている様子だった。


「……姉さん、やっぱりお弁当食べようか」

「オッケー♪」


 結局、姉さんの思惑通りになってしまったけど……まぁ、皆楽しそうだったから良しとしよう。こうして、僕達の魔王軍との戦いは最終決戦を前に一旦幕を下ろしたのだった。


 ◆◇◆


 なお、扉の先に居た魔王は―――


『(……我が声を掛けたというのに、勇者が入ってこない……まさか、我に恐怖して逃げたか?)』


 などと、見当違いな事を思っていたらしい。それから、僕達はお弁当を食べながら魔王との最終決戦に向けて作戦を練り直すのだった……。

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