第61話 地下八階その1
「うー……! 全然読めない……」
宿の食堂にある休憩室に行くとエミリアが何か唸っていた。
「エミリア、どうしたの?」
「エミリアちゃん、何かお悩み?お姉ちゃんが相談に乗りましょうか?」
「あ、レイ、ベルフラウ……いえ、実はこれなんですよ」
エミリアは僕たちに手に持っていた古びた本の表紙を指さす。
「これって確か、ダンジョンで拾った本だよね?」
確か地下六階の報酬に混じってた本だ。
「はい、それで魔導書だと思って色々見ていたのですが…」
どうやら中身に書いてあることが全然理解できなかったらしい。
「エミリアでも読めないの?」
「はい、私にはさっぱりですね…どこの国の言葉でしょう?」
僕はエミリアの本を受け取って中のページを読んでみる。
「どれどれ?」「レイくん、私も見せて―」
姉さんと二人でソファーに座って読んでみる。
「………見たことない文字だね」
「……もしかして、これって聖書かしら?」
聖書?てっきり魔導書かと思ってたんだけど。
「ベルフラウ、これ何か分かるんですか?」
「ええ、なんとなくだけど…少なくとも魔導書ではないと思う」
「なんだぁ…ガッカリです…」とエミリアは肩を落とす。
エミリアは魔導書の類もレア品として集めているらしい。
色々な魔法を覚えたいからだそうだが、今回はどうやらハズレのようだ。
しかし、今回は代わりに姉さんが興味を示したようで、
「ねぇエミリアちゃん、要らないならこの本貰っても良い?」
「姉さんはこの本が読めるの?」
「これに見覚えがある気がするの…もしかしたらなんとなく理解できるかも」
「構いませんよ、私にはどのみち読めそうにありませんし」
「ありがとう、なら貰うね」
「どうぞどうぞ、私は悩み疲れたのでもう休みますね」
と言ってエミリアは興味を無くしたように休憩室から退出する。
「姉さん、どういう内容なの?」
「えーっとね、私が女神だった頃に転生の間に置かれてた本に似てるの」
「え?ってことは、それはこの世界のものじゃないの?」
「もしかしたらそうかもしれないわ、ちょっと時間掛けて読んでみようかなって」
そう言って姉さんは本を読み進める。
「……うん、もしかしたらミリクの事について書かれてるかも」
「本当?」
「掠れてて読めなくなってる部分も多いけどね」
よし、と言って姉さんは立ち上がる。
「部屋に戻ってちょっとずつ解読してみるわ、万一の為にも」
そう言って、姉さんは二階の自分の部屋に戻っていった。
「万一…って」
もしかして、ミリクさんと敵対した場合って事だろうか。
警戒するには越したことないけど、仮に戦って勝てる相手なのだろうか。
そんなことを思いながら、僕は自分の部屋に戻り休むことにした。
◆
翌日、僕達は再びダンジョン攻略へ向かう。
―――地下八階
「さて……今回は…」
地下八階の階段を降りると大きな魔法陣がある部屋に出た。
しかし、周りに通路が見当たらない。
「どこにも扉も通路も無いようだけど、また隠し通路でもあるのかな?」
「ふむ…レベッカとしては、あの魔法陣が気になるのですが…」
レベッカの言葉に全員が魔法陣に注目する。
六芒星というやつだろうか、かなり本格的な魔法陣だ。
「魔法陣以外にも三重の魔法円まで描かれてますね、どういう効果でしょう?」
魔法円の中には何らかの文字も書かれている。
昨日の本に書いてあった字に似ている気がするが…。
「姉さん、この魔法陣の効果って分かる?」
「そうね、あまり自信は無いけど、空間転移……かしら」
「それってつまり、ここに乗れば別の場所に移動するって事か…」
僕達は頷いて四人全員で魔法陣の中に入る。
次の瞬間、魔法陣が赤く光り―――僕たちは光に包まれた。
◆
数秒後に僕たちは別の場所へ転送された。
「本当に、転移しましたね……」
空間転移の経験はこれで三度目だけど、不思議な感覚だ。
まるで一瞬、自分がどこにも居なくなったような変な気持ちになってしまう。
「それにしても…ここは……」
周りを見ると白い霧で包まれている。夜ではないが視界が悪い。
「……レイくん達、ちょっと嫌な気配を感じるのだけど…」
姉さんの言葉で僕たちは周囲の気配を探る。
「れ、レイさま…」
レベッカが体を震わせる、きっと怖いのだろう。
「う、うん…僕もちょっと分かってきて鳥肌が立ってきたよ」
何せ、見渡す限り――
「動く死体…アンデッドに囲まれていますね…」
魔法陣から出てきた先はよりにもよってアンデッド系のモンスターのたまり場だった。
幸い、まだ魔法陣から出てきた僕たちには気付いてない。
「モンスターハウスってことか…姉さん、浄化お願い!」
「う、うん!」
姉さんに指示を出して敵の様子を伺う。
敵の数は大体20体くらいだろうか、大半はゾンビだけど骨だけのスケルトンも居る。
スケルトンは剣と盾を持って武装して前の方に立っている。
「レベッカ、もし敵が襲ってきたら―――」と、声を出したのが失策だったか。
「ウウウゥゥゥゥウ……!」
敵にこちらの存在を知られてしまった。襲い掛かってくる!
「レベッカ、姉さんを守って!」「はい!」
僕は剣を構えて前に立ち塞がる。相手はそこまで強敵ではないため魔力は使わない。
「まずは私が行きますね!
レベッカの攻撃魔法が襲ってきた敵を中心に発動する。
炎の渦に呑まれた敵は灰になって消滅した。
「はぁっ!」
エミリアの攻撃範囲から外れたスケルトン目掛けて攻撃を仕掛ける。
ガキンと敵の盾で剣は防がれるが、僕はそのまま魔法を発動する。
「
スケルトンは剣は防いだものの、追加発動した炎に焼かれて消滅する。
アンデッド系は姉さんの『浄化』にも弱いが、予想通り炎にも弱い。
「レベッカ、そっちは?」「大丈夫です!」
レベッカの方を確認すると、レベッカが姉さんの前で槍を振るっている。
「待たせてごめん! 光よ―――!」
姉さんの浄化が発動する。姉さんを中心に周囲が光に包まれた。
光が止んだ後、周囲のアンデッドは灰になり数秒後には消滅した。
「はぁ、久しぶりの浄化だから緊張したわ…」
「ベルフラウ、お疲れ」「姉さん、お疲れ」「お疲れ様でございます」
姉さんのお陰でゾンビ達も全滅してようやく息を整えることが出来た。
「しかし、今度はアンデッドゾーンですか…」
「正直、あまり長居はしたくない場所でございますね…」
目の前のゾンビ達に意識が向いていたせいで気付かなかったが、周りはまるで墓場のような場所だった。周囲には変色した水たまりや人骨と思われる骨が散らばっている沼地なども見える。
ダンジョンというよりは野外のお化け屋敷といった感じだ。
「妙に霧が濃くて見通しも悪いですね、空気もべた付いて気持ち悪い…」
「地面も妙に柔らかいし、もしかしたら地中からゾンビが這い出てくるかも…」
「こわっ…!」
いきなり足を掴まれたりしたらどうしよう。
「……魔石が出ませんね?」「あ、確かに…」
いつもなら魔物を倒すと魔石が出現するのだが、今回は見当たらない。
「理由は分からないけど、回収の手間が省けるし先に進みましょう」
僕達は周囲を警戒しつつ、なるべく固い土の場所を歩くようにした。
「あ、宝箱があるよ」
小さなお墓の傍に木の宝箱が一つ置かれている。
「罠ではないでしょうか?」
「一応、確認してみよう。<判別魔法>」
僕は宝箱に向けて手をかざして魔法を発動する。
この魔法は宝箱に罠が仕掛けられていないかを確認する魔法だ。
危険があるなら赤色、危険が無いなら青色に光る。
「宝箱の色は、青だね…。開けるよ」
中を調べると、そこには折りたたまれた紙が一枚入っていた。
「……これは、地図……かな」
この場所と思われる地点に宝箱のマークが付いており、
更に東南方向に×印が付いたところが書かれている。とはいえ…。
「煩雑な地図ですね、正直あまり参考にならない気がします」
建物らしきものなども書かれているが肝心な細かい道などが記されていない。
それでも目的地が分からず進むよりはマシだろうと、僕達は×印のある方向を目指す。
しかし道のりは困難だった。
◆
「また出てきた! 姉さん!」
「うん!」
アンデッドが間を置かずに出現し、僕たちの行く手を塞いでくる。
今の所は敵は強くないが、一度に出現する敵の数が多すぎる。
僕たちが剣で戦うより、壁になって姉さんの浄化を中心にして進むことにした。
「光よ―――!」
「ベルフラウさま!」
「うん! 光よ―――!」
「ベルフラウ、お願いします!」
「あっ、はい! 光よ―――!」
「光よ―――――!」
ベルフラウ姉さんのお陰でアンデッド系の魔物の撃破は簡単だ。
ただ、出現率が明らかに多すぎる。少し移動するたびに地中から這い出てきたリ、
少し前に倒したと思われるゾンビが後ろから追いかけてきたりと引っ切り無しに襲われている。
「ちょっと敵の数が多すぎるね」
確かに周りは墓場ではあるが、明らかにお墓の数よりも多くの敵を倒している。
「普通の野良アンデッドは一度浄化されれば二度と復活しないのですが、
さっき倒したスケルトンが再生するのを目撃しました。誰かが操っているのかもしれません」
「何それ、そんなことできるの?」
「死霊術という魔法があるのです。
多分この魔法を使って再生させて私たちにぶつけてきているのではないでしょうか」
元の世界で死霊術の事は聞いたことがある。
死者の魂を呼び寄せて自身に憑依させてその経験や知識を得たり、
死体そのものを操って戦わせたりする、ネクロマンサーと呼ばれる魔術師の魔法だ。
「そんなことが出来るなんて……」
「普通の人間は無理だと思うのですが、この霧のせいですかね。
最初は普通の霧だと思っていたのですが、これは具現化した魔力のようです。
これを使って死体を蘇らせ続けているのでしょう」
「エミリアさま、ということは……」
「レベッカの予想通りです、この霧があるかぎり半永久的に私たちに襲ってくると思います」
それは不味い。
さっきから連戦で僕達は精神的にも肉体的に疲労している。
何より、姉さんの様子が心配だ。
「ベルフラウさま、立て続けに浄化を続けておられますが、大丈夫ですか?」
「う、うん……平気……」
姉さんはそう言っているが明らかに僕達より疲労している。
アンデッドが多いため戦闘は<浄化>が得意な姉さんの独壇場だが、
今まで乱発してこなかったことを考えると消耗が大きい魔法なのだろう。
これほど連続して使っていればいずれ限界が来る。
「一度どこかで休もう、姉さんが心配だよ」
僕の提案に皆は賛成してくれた。ちょうど近くに大きな木もあるため、そこで休憩することにした。
「あぁー……つかれた……」
姉さんは地面に座り込む。その表情には疲労の色が見える。当然だ、浄化を数十回は使っているのだから。
「ベルフラウさま、お水をどうぞ」
「ありがとうね、レベッカちゃん」
レベッカは水筒に入った水を姉さんに渡して飲ませてあげている。
念のためにエミリアは木の周辺に防御結界を張り巡らしている。
一時凌ぎではあるが、これでアンデッドは近づいては来れないだろう。
「ベルフラウさま、お休みください。私達が周囲を警戒しております」
「ごめんね、ちょっとだけ休むね」
姉さんは目を閉じてゆっくりと呼吸をする。
「ベルフラウ姉さん、少し横になろうか」
僕は隣に座る。すると、僕の肩に頭を乗せてきた。
「えへへ……レイくんの匂いがする……」
「あ、汗臭いよ? さっきまで戦っていたし……」
「いいの、落ち着くんだもん」
姉さんはそのまま頭をぐりぐりと動かしてくる。
少しくすぐったいけど、なんだか可愛らしい仕草だ。
「ねぇ、レイくん」「なに?」
「手を握ってもいいかな?」
「もちろん、はい」
僕は左手を差し出す。その手を姉さんは両手で優しく包み込んだ。
「暖かいね」「そうだね」
そうして、周囲の見張りはエミリアとレベッカに任せて休む。
◆
「……」
姉さんは目を瞑って軽く寝息を立てている。
長くはこうしていられないだろうが、今は少しでも体を休めないと。
「…………ん?」
何か物音が聞こえた気がする。
「どうかしましたか、レイさま」
「いや、なんか変な声が……」
「レベッカは何も聞いておりませんが」
レベッカも特に反応していない。空耳だろうか。
『うぉおおおお!!』
「っ!?」
今度ははっきりと聞こえる! そして、墓場の奥から巨大な影が見えた。
「あれは……ゾンビ!?」
体長2メートルはあるゾンビが墓場を這いずりながらこちらに向かってきていた。
しかも一体じゃない。
「他にもいます!」
「っ……!姉さん、起きて!?」
休ませてあげたいが緊急時だ、この場を離れないと…。
防御結界があるとはいえ、あんな相手だとどれだけ凌げるか分からない。
「…姉さん?」姉さんの方を見るとまだ眠っている。
仕方ない、無理やり起こすしかない。
「姉さん、お願いだから起きて!!」
「……ふぇ?」
ようやく姉さんは起きたようだ。こちらに退避してきたエミリアが声を掛ける。
「おはようございます、ベルフラウ。すぐに動けますか?」
「…………」
「姉さん?」
「レイくん……」
「な、何?」
「わたし、ねむたい……」
目が殆ど開いてない。これはすぐに動けないかもしれない。
「魔力切れを起こしかかってますね…ベルフラウの場合は急速な眠気なのでしょう」
「うん、分かってる」
姉さんはいつも魔力を多く使うと早く眠る癖がある。
膨大な魔力量があるからここまで消耗したのは初めてだけど。
「姉さんは僕が運ぶよ。早く逃げよう」「……おんぶして?」
「分かった、ほら乗って?」
僕は背中を向ける。すると、そのまま姉さんは抱きついてきた。
「よいしょっと……」
姉さんは僕の首に手をかけて体重をかけてきた。
「それでは行きましょう。お二人とも、私の後ろについてください」
「う、うん」「わかりました」
僕達はエミリアの先導に従い移動を開始した。
大きなゾンビはエミリアの<炎球>とレベッカの<地割れ>で倒したものの、
何体も次から次へ沸いてくるため、何とか足止めだけしてその場から何とか逃れた。
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