第469話 独房にて、再会
【視点:桜井鈴】
エミリアがカレンの病室を訪れてからおよそ1時間弱後――
レイは王宮の謁見の前に呼び出されていた。
そこには、自由騎士団団長アルフォンスも一緒だった。
彼ら二人は、謁見の間に並んで陛下が来るのを待っていた。
「遅いな……」
「そう言わないで待ちましょうよ」
僕達が謁見の間に入って既に30分程経過している。普段なら、僕達が向かうといつもグラン陛下が玉座に座って待ってるのだが今日は何故か空席だった。
「……それにしても、なんで僕だけ呼ばれたんだろ」
今回は副団長としての初の仕事があると事前に言われておりその為に呼び出された。
副団長と言っても、僕とサクラちゃんは二人で副団長の仕事を分担するという形である。いわば、僕達は文字通り半人前扱いなのに、相方のサクラちゃんだけ呼ばれていないのは不自然だ。
「まぁ、陛下にもお考えがあるんだろうさ」
「団長はどういう内容か聞いてます?」
僕が団長に質問すると、団長は少しダルそうに足腰を伸ばして言った。
「一応な」
「じゃあ今の間に教えてくださいよ」
「悪いがそれは無理だ。ギリギリまで教えるなと言われてる」
「えぇ……?」
一体、どんな無茶な仕事をやらされるんだ……。
「その仕事って、サクラちゃんじゃ駄目だったんですか?」
「ダメってわけじゃないが、サクラはあいつと面識がロクに無いからな。今回に限って言えば、お前の方が適任だろうさ」
「あいつ?」
「ほれ、噂をすれば陛下のご登場だ」
「あっ、本当だ」
ちょうどその時、奥の部屋に続く扉が開き、陛下が何人かの兵を引き連れて戻ってきた。
陛下はこちらに目線を移し、僕達は陛下に向かって敬礼を姿勢を取る。
その間に、陛下は玉座まで歩いていき、そのまま着席する。
「皆、楽にしていい」
陛下の言葉に従い、僕達はすぐに姿勢を戻す。
「よく来てくれたな。……それで、君達を呼んだ理由だが……」
陛下はそこで一度言葉を切り、一呼吸置いてから再び口を開く。
「単刀直入に言うと、今からとある人物と話をしてここに連れて来てほしい」
「連れてくる……? 構いませんが、その人は誰で、何処にいるんですか?」
僕は陛下に当然質問する。
すると、陛下は苦笑しながらこう答えた。
「その人物は地下にいる」
「え?」
「この王宮の地下に、彼は居る。
実は先ほどまで私はそこに出向いて彼の説得に向かっていたのだが……」
「……説得に失敗したのですか?」
アルフォンス団長が、緊張した面持ちで陛下に尋ねる。
「ああ、見事に失敗だ。自分のしでかした事に気が滅入ってしまい、自尊心が打ち砕かれてしまったようだ。私の提案も受け入れてくれなかったよ。
そこでだ、レイ君、少々想定とは違う事になるが、キミに頼みがある」
「僕にですか?」
「ああ、私の代わりに彼を説得してほしい」
説得?僕にそんなこと出来るんだろうか……?
「やれるだけやってみますけど……ところで、その彼って結局誰なんですか?」
僕のその質問に、陛下は苦笑して答える。
「キミの知っている人物だよ。
……ある意味では、ここのいる中でキミがもっとも彼と会話を交わしているな」
「え?」
「では、答え合わせの時間だ。キミが説得する人物とは――」
◆
――王宮、地下にて
ここは王宮の最下層にある独房が並ぶ施設、つまり牢屋だ。この場所は王都にて犯罪を犯した者達が収監される場所で、基本的には王宮の兵士以外の立ち入りは禁止されている。僕と団長は二人で陛下に許可を頂いて、ここに収容されているとある人物の元へ向かっていた。
「うぅ……緊張する……」
「おいおい……」
団長は、僕が緊張しているのを見て呆れたようにため息を吐く。
「さっきも言ったが、今の奴は大人しい、怖がるような事は無いぞ」
「そうかもしれませんけど……」
しかし、相手が相手だけにどうしても不安になってしまうのだ。
何せ、これから会いに行く相手は―――
「―――着いたぞ、ここだ」
そう言って、団長はある牢獄の前で立ち止まる。
その牢獄の中には一人の男性が粗雑なベッドで横になっていた。
彼はボサボサの白髪の混じった黒髪と無精髭を生やしており、 薄汚れた布の服を格好をしていた。
しかし、僕が想像していた人物は真っ黒な髪と鋭い眼つきの体格の良い男性であり、この人物と合致しない。
そう思ったのだが、彼の右腕の部分を見て本人だと確信してしまった。
「―――ネルソンさん!!」
「……ん?」
目の前の男性は、数週間前の闘技大会にて僕が準決勝で戦った相手だ。
彼はその時、魔物に取り込まれ正気を失っており、恐ろしい力を以って僕を圧倒したが、僕はどうにか彼の右腕に憑りついた魔物を切り離すことで事態の収束を図った。
だが、その代償として彼は右腕の肘から下を失った。ネルソンさんはボンヤリと虚ろな目をこちらに向けて、以前とはまるで違うしゃがれた声で言った。
「……誰だ、少年? 国王陛下に言われて俺を説得しに来たのか?
すまないが、俺はもう決めたんだ。たとえ、魔物に操られていたとしても、俺は俺がやったことが許せない。陛下に伝えてくれ、俺は極刑を望むと……」
ネルソンさんの口調は、以前とは全く違い、覇気が感じられない。
以前はもっと荒々しく力強い声だったはずなのに……。
「ネルソンさん……」
「……変わったな、ネルソン」
僕の後ろで黙って見ていたアルフォンス団長は呟いた。
ネルソンさんは団長に視線を移して言った。
「アルフォンスか……また陛下に言われてきたのか。悪いがお前の下に就くつもりもないし、このまま生き恥を晒して生き延びるつもりはない。そこの少年を連れて帰ってくれ、俺なんて目に入れても有害なだけだぞ」
ネルソンさんは、彼とは思えないようなネガティブな言葉を吐いた。
「以前までの自信満々な態度はどうした、ネルソン。魔物に憑りつかれていたとはいえ、俺を脅して見せた威圧感は何処に消えた?」
「ふ……そんなもの、あの時の戦いで全て失ったよ。あんな力を持っちまったせいで、腕と一緒に全部失くしちまった。……今の俺はただの抜け殻だ」
ネルソンさんの言葉からは、強い後悔と絶望を感じる。あの時の戦いで、彼は腕だけじゃなくてきっと自信や生きる意味までも失ってしまったんだろう。
でも、だからといって彼が犯した罪が無くなるわけじゃない。
だからこそ彼は極刑を望み、自身の死で罪を清算するつもりでいるのだ。
『絶望の淵にある彼の心を救ってやってほしい』と、僕は陛下にそう頼まれた。
「……本当に変わりましたね、ネルソンさん。準決勝で僕と戦った時、あなたは魔物に憑りつかれていましたが、まだ意思が残っているように見えたのに」
「準決勝……だと、まさか、少年……お前は……」
ネルソンさんは信じられないような目で僕を見る。
……そっか。あの時、僕は<身体変化の指輪>で女の姿になっていた。
彼が僕の姿を見てすぐ気づけなかったのも無理はない。
「あなたが最後に戦った相手、サクライ・レイです」
「……まさか、本当に男だったとはな」
ネルソンさんは驚きながらも納得しているようだった。
「それで、わざわざ恨み言を吐きにやってきたのか?
確かに、俺はお前を殺そうとしていたし、あの騒動を引き起こした重罪人だ。
本来なら、お前に右腕どころか首を撥ねられても文句は言えない」
そう言って、ネルソンさんは自嘲気味に笑う。
「……陛下の許可は得ています。ネルソンさん、ここを出ましょう。
あなたがそこまで絶望しているのは、罪悪感があるからです。一度、王都の人達に謝罪し、許して貰えれば少しは心が晴れるかもしれません。こんな薄暗い地下の牢獄にいつまでも入ってなくても……」
「……」
ネルソンさんは僕の言葉に答えずに黙り込む。
団長は、その様子に呆れて僕に言った。
「……な? こんな調子だよ。
陛下と来たら、こんな世捨て人を俺の部下にして『鍛え直せ』ときたもんだ。
いくらお優しい陛下とはいえ、無茶な事を言うぜ、全く……」
「そう言わないで下さい。陛下だって本当に悪人だったらそんな事を言いません。彼がここまで絶望してるからこそ、陛下は彼を助けようとしてるんですから……」
陛下も彼に反省の色が見えなかったら、彼を処刑しただろう。なのに、僕に彼を説得してくれというのだから、それは彼の心の傷が深いことを理解していたからに違いない。
「……気遣いは有り難いが不要だ。少年がその剣で俺を裁いてくれるのなら願ったりかなったりだが、そうでないのならば俺は出る気は無い。さあ、もう帰ってくれ」
「ずっとここに居るつもりですか?」
「さぁな……迷惑なら出ていって何処かの戦場でも探しに行くさ……」
「そんな……今のあなたじゃ……」
僕は彼の右腕を見る。
右腕は肘から先が無くなって分厚い包帯が巻かれていた。
とてもじゃないが戦えるとは思えない。
「これか? ……なぁに、死に物狂いでやれば魔物の一匹ぐらいどうにかなる」
「馬鹿野郎! 片腕だけで魔物と戦えるか!!」
団長は怒鳴った。
その団長の迫力に、彼の肩が一瞬震えたが、態度は変わらない。
僕は説得を続けるが、彼の心に響くことはなかった。
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