第879話 訓練後デート
それから数日後の話。
ミリク様から魔王の再討伐を依頼されたことで、僕達は個別で鈍った身体を鍛え直すためにグループごとに訓練を行っていた。
冒険者としてまだ現役なエミリア、レベッカ、ルナ、そしてアカメの4人は、元々今でも実戦をこなしているため普段通りに動けば問題ないが僕はそういうわけにはいかない。
ここ半年程度、日常に戻っていた僕は学校の仕事と勉強に時間を費やしていた為、身体能力が大幅に低下している。
もしこのまま魔王と再戦する羽目になれば、皆の足手まといになってしまう。
なので僕はカレンさんにお願いして王宮の闘技場を借りて、ワンツーマンでカレンさんに指導を受けながら訓練をしている。
「……よし、休憩しましょう」
「はぁ……はぁ……うん……」
闘技場のど真ん中で地面に倒れ込みながら僕は呼吸を整える。
そんな僕にカレンさんはタオルと水の入ったコップを差し出してきた。
「大丈夫、レイ君?」
「うん、大丈夫。ゴメンね、カレンさん。こんなことにつき合わせちゃって」
「良いの、気にしないで。……でも、流石に数ヶ月戦線から離脱してたから、流石に体力が落ちちゃってるわね……」
「うん……まぁ予想はしてたんだけどねぇ……」
今の所、騎士時代に行っていた基礎鍛錬を一通り行ってみたが、思ったよりキツイ。
正直、冒険者として活動していた時であればここまで疲労を感じることは無かっただろう。だが、これは自分が選んだ道なので愚痴は言わないでおく。
「でも大したものよ」
「え、何が?」
「確かに体力的には落ちてるけど、剣の技術や魔法力に関しては以前と遜色ない感じがするわ。流石勇者って感じよ」
「え?」
「意外そうね……でも、現役の私と練習に付き合える時点でもかなりものよ。多分他の冒険者だったら半年も戦場から離れてたらこうはいかなかったと思う」
「……そんな筈は……だって僕は……」
「……?」
カレンさんの言葉を否定してしまいそうになるが慌てて口を閉じる。
「どうしたの?」
「あ、いや……僕も意外だなぁって……」
それはおかしいのだ。僕はアカメを人間に戻す引き替えとして、勇者としての力を返却した。
だから、カレンさん達に比べると戦闘力は格段に落ちている筈なのだ。なのに僕はブランクがある状態でも以前と対して変わらずカレンさんとの鍛錬に付き合えてしまっている。
「(もしかして、勇者の力がまだ残ってるのか……? )」
これはちょっと検証しておいた方が良いかもしれない。
「カレンさん、お願いがあるんだけど」
「何?」
「(もう少しだけ)僕と、付き合ってくれる?」
「え、付き合うって……そんな……私は嬉しいけど……」
「?」
カレンさんは顔を赤らめてモジモジしだす。一体どうしたのだろうか?
「……じゃ、じゃあとりあえずデートしましょうか!」
「え?」
「え?」
お互いに顔を見合わせる。そして、僕は口を開く。
「で、デートって?」
「え? 付き合ってほしいってそういう意味じゃないの?」
「違うよ!? 今よりも実戦的なトレーニングに付き合ってほしいって意味だったんだけど!」
「………」
僕が慌ててそう答えると、カレンさんは赤らめていた顔が徐々に通常状態に戻っていく。そして最終的に真顔になった。
「……レイ君、女の子をからかうと後が怖いわよ?」
「ご、ごめんなさい!」
「はぁ……もう、そんなに身構えなくても良いのに」
カレンさんは額に手を当ててため息をつく。そして呆れたように苦笑いをした。
「じゃあ訓練を再開しましょうか。大丈夫、まだ時間はあるから」
「……はい」
そうして僕達の訓練が再開されたのだった。
◆◇◆
そして、僕とカレンさんは試合形式で10メートル程度の距離を取って向かい合う。
「いくよ、カレンさん」
僕は愛剣の<蒼い星>を構えながら向かいのカレンさんに声を掛ける。
「ええ、いつでも」
同じように、カレンさんも愛剣の<アロンダイト>を右手で突き出すように構えて僕を見つめる。
「(さて、どう来るかな……カレンさん)」
僕はカレンさんがどのように攻めてくるかを予想しながら目を動かす。カレンさんの戦い方は今までに何度も見ている。
彼女の戦い方は、剣と聖剣技を主軸とした近接~中距離戦を得意とする戦い方だ。
接近戦での技量は僕を上回っており、更に躍るような独特のステップを踏みながら動くことで、相手に動きを読ませずに立ち回るのを得意としている。
対して僕は相手の動きを予測しながら動くことで相手の攻撃を可能な限り受け流してカウンター気味に攻める戦い方となる。
つまり必然的にカレンさんが攻め、僕が受けに回る戦い方となるのだが……。
「(動かないな、カレンさん……)」
僕が鈍っていることを考えて、敢えて様子見をしているのかもしれない。
「(ならこっちから……!)」
僕はタイミングを見て軸足を後ろに下げて一気に飛び出す。最初の一歩を可能な限り最速で踏み込み、カレンさんに接近する。
カレンさんとの10メートル程度の距離を2秒足らずで駆け抜け、僕はカレンさんとの間合いに入りこんだ。
そして攻撃射程ギリギリで体の回転を掛けながら<蒼い星>を横薙ぎに振るう。
「(まずは牽制……!)」
カレンさんは僕の攻撃を受け止めるが、反撃に備えてバックステップで距離を取る。
普段のカレンさんと比較すると防御寄りの動きだが、それならこちらは更に前に出て追撃を加える。
単純な力だと僕とカレンさんは同等程度、体格の差も大差ないが、カレンさんが僕よりも優れている点はスピードだ。逃げに徹されると速度的に追いつけなくなる。
なので僕は少しでも有利に立てるように距離を離されないように攻め続ける。
「(つ、強いわね……それに動きが鋭くなってきてる!)」
カレンはレイが放つ連続の斬撃をアロンダイトでいなしながら顔を歪める。
レイに合わせてやや手心を加えていたカレンだったが、時間が経つごとにレイの動きと剣の速度が上がっていき、彼女自身も本気を出さざるを得なくなった。
「(やっぱり、レイ君は強い!)」
だが、カレンも負けじと応戦し、自身が得意とする<剣の舞>という技能を使用する。
これは本来の無駄のない彼女の動きに躍るようなステップや緩急を加えることで、相手にこちらの動きを予測不可能にする技である。
「(ぐっ!)」
だが、それでもレイはカレンの動きに付いて行く。彼の得意技能である<心眼看破>は、相手の殺気や気配を読み取りながら、冷静に弱点を見極める技能である。
1年前ならば彼のこの技能を以ってしてもカレンに優位に立ち回ることは難しかったのだが、勇者として完成された彼の今の<心眼看破>は彼女の<剣の舞>をも打ち破るほど洗練されている。
それはつまり、万全の状態であればレイは既にカレンを超えているという事でもある。
「(でも、まだ隙がある!)」
しかし、ここ数ヶ月間戦いから距離を置いていたレイと、今でも冒険者として活躍しているカレンでは体力面で差が付いている。その為、この練習試合においては二人の戦闘力はほぼ拮抗していた。
レイの放つ袈裟斬りを冷静に見極めながら、カレンはアロンダイトをレイピアのように真っすぐ突き出し、僅かに隙が見えたレイの左肩を狙って刺突攻撃を行う。
カレンの扱う剣は本来このような使い方はしないのだが、カレンが自身のスタイルに合わせて独自に編み出した技である。
「っ!!」
攻撃を繰り出した直後の隙を狙われたレイは、自身の左肩を狙うカレンの刺突の攻撃を<蒼い星>で逸らして、そのまま横薙ぎの攻撃に転じる。
だが、戦闘経験で上回るカレンは彼の動きをギリギリのタイミングで読み取って、あろうことかレイの<蒼い星>の剣先を一気に蹴り上げる。
「なっ!?」
突然のカレンの蹴り技に呆気に取られてしまったレイは、一瞬だけ間の抜けた声を出してしまう。
そしてその隙を突いて、カレンはハイキックのように蹴り上げた自身の脚をそのまま横に動かして回し蹴りに派生させる。
「がはっ!?」
顔面に蹴りを受けたレイは、そのまま勢いよく地面に叩きつけられる。
「勝機!」
レイをダウンさせて圧倒的な有利な状況に立ったカレンは、倒れたレイに即座に詰め寄って手に持つアロンダイトを彼の首元に突き付けた。
「……私の勝ちね、レイ君」
カレンは一息つきながら倒れているレイに声をかける。勝負ありである。
「はぁ……カレンさんには敵わないなぁ……」
レイは観念したようにそう呟くと地面に倒れながら悔しそうに伸びをする。そして身体を起こしながら立ち上がると、<蒼い星>に声を掛ける。
「負けちゃった、ゴメンね」
『―――』
レイは自身の聖剣に笑い掛ける。どうやら聖剣の意思と対話をしているようだ。
カレンは聖剣の声は聞こえないので何を話しているのか分からないが、レイの表情を見るかぎり仲が良さそうに思える。聖剣の意思がどういう人物かは分からないけど、若干嫉妬してしまうカレンだった。
「……レイ君、終わった?」
カレンは損な感情を隠して微笑みながらレイに話しかける。すると、レイは「うん」と頷いてから、「また後で」と蒼い星に声を掛けて鞘に納める。
聖剣との対話を終えたレイにカレンは質問する。
「今の戦い、何か反省すべき点はある?」
「うーんとね……突然のカレンさんの蹴り技にちょっとビックリしちゃったかな……。あれで一気に流れを持っていかれた感じ」
「そうね、その辺りレイ君は対応しきれなかった。実力的には私とレイ君はさほど離れていなかったのだけど、実戦から遠のいてたレイ君に対して、私は冒険者としての経験があった。その差がレイ君に隙を作らせたと思うわ」
カレンは腰に片手を当てながら自身の反省点を告げる。すると、それを聞いたレイがカレンに質問する。
「カレンさんから見てさ、僕の弱点ってどこだと思う?」
「そうねぇ……」
カレンは少し考えるように口元に手を当てる。そして口を開いた。
「真面目な所かしらね?」
「真面目?」
「うん。レイ君って剣を主軸にしてバランスよく攻撃と防御を切り替えながら戦うスタイルよね。良く言えば王道で隙が無い動きだけど、同等以上に剣の扱いを心得ている敵を相手にすると動きが比較的読まれやすい。
そうなれば隙を見て相手にペースを握られて翻弄される。さっき、レイ君が私の蹴り技に翻弄されてしまったみたいにね」
「う、うーん……」
カレンの指摘にレイは困ったような反応をする。だが、事実なので言い返せない。
「だけど、レイ君はそれでいいんじゃないかしら」
「え、どうして?」
「レイ君の戦い方はそれで完成されているもの。
私が隙を突けたのはレイ君の普段の動きを知っているから隙を狙えただけで、それが無ければチャンスが無かった。
今のレイ君は前線から退いて時間が経ってるというのに、それでもギリギリって感じよ。本来の実力を取り戻せば、私じゃもう敵わないでしょうね」
「そんな事ないって……。僕はまだまだだよ……」
レイは申し訳なさそうにそう告げるが、カレンは首を横に振る。
「もう、前にもっと自信を持ちなさいって言ったでしょ? 今の貴方に出来ることは、新しい技能や戦い方を見に付けるんじゃなくて、戦いの勘を取り戻すことよ。そうすれば貴方は誰にも負けないわ。私が保証してあげる」
「……うん、分かった」
「……良し! それじゃあ疲れたしそろそろ帰りましょうか」
カレンはそう言いながらレイに右手を差し出す。それを見たレイは一瞬首を傾げるが、すぐにその意味を理解し、苦笑いをしながらその手を取るのだった。
「あ、そうだ。レイ君、私が勝ったからお願い事聞いてくれる?」
「ん、なに?」
「今からデートしましょ?」
……それから、レイとカレンは日が沈むまで二人で王都を満喫するのだった。
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