第880話 緊急出動

 それから数日後の朝。

 いつも通り皆で宿の食堂に集まって朝食を始める。


「それでは」

「みんな」

「ご一緒に」


「「「「「「いただきまーす」」」」」」


「い、いただきます……」


 そしていつも通りみんなで「いただきます」をして朝食を食べ始める。

 だが、アカメだけはまだ少し恥ずかしがって声が小さい。


「アカメちゃん、声が出てないわよ~」


 姉さんが少しだけ意地悪そうにアカメに指摘する。アカメは顔を真っ赤にして俯く。


「姉さん、アカメは声を出すのが得意じゃないんだよ」

「だ、大丈夫……私はやれる……」


 僕が彼女をフォローすると、アカメはすーはーと呼吸を整えて目を瞑る。その真剣な雰囲気に、朝食を食べかけていた僕たちも思わず手を止めてしまう。


 そして、アカメの目が大きく見開かれる。


「い、い、いただき―――」ピカー!!!


 アカメが声を張り上げて「いただきます」を全力で叫ぼうとすると同時にアカメの全身が発光し、背中から天使の翼が生える。


「――ま、ます……」

 だが、彼女の声は勢いがあったのは最初の「い」だけだった。それ以降の声がどんどん小さくなっていく。そしてアカメの全身から力が抜けていき、そのまま前のめりにテーブルに突っ伏した。


「……アカメ様」

「……たかが朝食でそこまで全力を出さなくても……」


 彼女の頑張りを見届けた僕達は、彼女の頭を撫でて朝食を始めるのだが……。


 何故か今度はアカメの身体が浮き上がり始める。その様子に僕達は困惑の表情を浮かべていたのだが、一番困惑していたのはアカメ自身だった。


「わ、私、何もしてない………っ!」


 次の瞬間、アカメの身体から白い球体が頭上に浮かび上がる。


「こ、これは……!」

「前にミリク様に貰った”白玉”!」


 ちなみに命名したのはルナである。魔王の魂を感知すると反応するとミリク様は言っていたが、まさかこのタイミングで?


 突然の事で混乱する僕達だったが、間を置かずにミリク様から連絡が入ってくる。


 ――レイ達よ、出番じゃ!! こちらでも魔王の気配を感知した!!


「まだ朝食も食べてないのにぃ……」


「魔物にこちらの都合を考えろと言っても仕方ないですが、もうちょっとタイミングを待って欲しいですね……」


 ルナの苦言にエミリアが苦笑してそう話す。

 すると浮き上がっていたアカメがゆっくりと地上に降りてくる。


「ビックリした……」


「ドンマイ、アカメ。でも流石に急すぎるし朝食だけ済ませて僕達も出よう。カレンさんに連絡入れないといけないしね」


「う、うん……」


 アカメは頷くと再び朝食を食べ始める。レイ達も慌てて朝食を済ませるとすぐに宿を出る。そして、エミリアの通信魔法で連絡を受けたカレンさんと合流する。


 その後、竜の姿に変身したルナの背中に乗って、魔王の反応があった南西の方角を目指して空を飛びながら移動する。

 

”白玉”の指し示す方向に従って空を飛んでいると、白玉の上空に大きなスクリーンが出現して、魔王までの距離の詳細が映し出されていた。


 残る距離は西に7キロ。正確な距離が分かったことでルナも迷いなく空を飛んでいく。


 そして、更に近づいていくと、僕たちの前に大きな山が聳え立つ。


「あそこが反応があった場所かなぁ?」

「みたいねぇ……」


 僕の言葉にカレンさんが頷く。そしてルナは山の中腹辺りに飛んでいき、そこで僕達は山に足を付けた。ルナも変身を解除して人間の姿に戻り、僕達は反応のあった場所に徒歩で向かう。


 それから5分程して―――


「……レイ様、アレではありませんか?」


「ん?」


 レベッカは少し離れた場所を指で指し示す。距離がまだあったため目視で確認しづらかったのだが、彼女が指し示す先には僅かに空間が歪んだような場所があった。


「……アレか。レベッカ、ここから矢で射貫ける?」

「お任せくださいまし」


 レベッカは弓に矢をつがえて、放つ。放たれた矢は歪んだ空間の中心に命中するのだが、何事もなくすり抜けてしまう。


「あ、あれ……?」

「ふむ……攻撃が全く当たりませんね……」

「と言うより、当たってもすり抜けそうね……」


 レベッカはアカメはを傾げながらそう話す。そんな二人にルナが声をかけた。


「多分……肉体が無いからだと思う」

「あ、そっか」


 あれは肉体の無い魂なのだ。要するに物理的な攻撃手段は意味を成さないという事なのだろう。すると再び僕達の脳内にミリク様の声が響いてくる。


 ―――アカメよ。ここで”白玉”の力を使うのだ。


「使うって……どうやって……?」


 ――お主の持ってる白玉を魔王の魂の元へ全力投球するのじゃ!!


「え、壊れたりしない?」


 ――構わん。その白玉は特別じゃ。壊れてもまた作れば良いので気にせず投げるのじゃ!!


「……」


 アカメは少しだけ困惑しながら魔王の魂へと狙いを付けて、一気に腕を振り上げてまるで野球選手のように白玉をぶん投げた。


「ちょ、アカメ!?」


 あまりの豪快さにカレンは驚いて声を上げるが、投げられた白玉はそのまま魔王の魂に吸い込まれていくように姿を消す。すると次の瞬間、空間が歪み始め、その中心から漆黒のマントを着た一人の男が現れる。


「うぇ!?」


 突然の事に驚いた僕は変な声を出してしまう。漆黒のマントに黒髪。そして瞳の色は血のように赤い。


 ――ふむ、成功のようじゃ。”白玉”の力によって一時的に魔王を実体化させた。さぁお前達、あの魔王をフルボッコにしてやるのじゃ!


「え、えーっと……そういうことだから、とりあえず倒そう!!」


 僕は困惑しながらそう叫ぶと、皆も頷いて各々の武器を取り出す。そして、僕達は一斉に魔王に襲い掛かるのだった。

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