第878話 神様からのお仕事②

 前回までのあらすじ。

 ミリク様に呼び出しを受けた。


『お主らには魔王討伐を言い渡す!!』


 ………。


「いや、前回もう倒したんですが」


『オホン!』


 僕達が困惑の目線を向けると、ミリク様はわざとらしく咳払いをする。


『うむ、それも事実。……じゃが、その時に儂とイリスティアが話した内容を思い出すが良い』


「その時に話した内容……というと」


 僕はその時の事を回想してみる。確か、その時は―――


 ――確かに肉体は滅んでおる。だが、肝心の魔王の魂は未だに滅んでおらぬ……。


「あ」


 ようやく思い出した。

 僕達が倒した魔王はあくまで肉体。魂そのものはまだ健在なのだった。


『ふむ、ようやく思い出したか』


「でも、僕達に出来ることはもうないって話じゃなかったですか?」


『然様……本来ならお主らの役割は既に終えておる。しかし以前にレイにアカメの事を頼まれて儂は閃いたのじゃ……。


 肉体を失った魔王の魂をこちらから手出しは出来ぬ……。じゃが、何らかの手段で彷徨う魔王の魂をどこかに誘導し、仮初の肉体に閉じ込めてしまえば……もしそれを可能にして魔王の魂を完全に削り取るまで攻撃し続ければ、事実上、魔王の不死身の能力を無効化する事が出来る』


 そこまで聞いて、僕達はミリク様の言いたい事を理解した。


「それって、つまり」


『そう! そこでお主らが再び魔王を破壊すれば、魔王は復活出来ぬ!』


 その言葉に僕の胸がトクンと脈打つ。魔王を倒して平和になったことは理解していた。だが、数十年後に再び魔王が復活するかもしれない事を知って、僕達は何処か不安に思っていたのだ。


 何もせずに数十年の時が経ち、魔王が復活してしまうと、僕達はもう老いて戦う事は出来ない。そうなればその世代に生まれた勇者が魔王と戦うことになってしまう。


 だが―――


『……お主らが身を以って体感したように魔王は手強い。

 もし勇者の力が十全に開放していない時に対峙してしまえば瞬く間に全滅してしまう可能性さえある。

 そうなってしまえば、人間は魔王軍に敗北し、魔物がこの世界を支配せんとするだろう』


 そのミリク様の言葉に、皆はゴクリと唾をのむ。


『今回の作戦は今までと違ってこちらから魔王を探し出すことになるの。本来なら数十~数百年の時間を得て復活する魔王を無理矢理復活ことになるが、当然リスクが大きい』


「……リスク?」


 アカメは訝し気にミリク様に問う。


『分からんか? もしお主らが負けたら今までのお主らの偉業が全て無駄になるのじゃ』


「!!」


 その言葉に、アカメは目を見開く。


『魔王を倒すという事がどういう事かこれで分かったであろう? 作戦に失敗すれば世界が滅びる。それもお主らの手によって……。じゃが、もし成功させれば世界は末永く平和が続くじゃろう。ハイリスクハイリターンなわけじゃな』


 ミリク様は飄々とした態度で語る。だが、すぐに真面目な表情に切り替わる。


『……が、それでも儂はやると決めた。お主らなら魔王相手に後れを取ることはあるまい』


 ミリク様は真っすぐに僕とアカメに視線を移し、その後に仲間達に視線を送る。


「ミリク様、質問がございます」


 レベッカが挙手を行う。


『なんじゃ、レベッカ?』


「魔王を仮の肉体に封じ込めるという話でございますが……」


「一体、どうやってそんな事をするつもりなんですか?」


 ミリク様に質問をしたのはレベッカだけではなく、エミリア達もミリク様に視線を送る。


『うむ、よい質問じゃな。実は儂を敬愛する信者たちにある者を作らせておったのじゃ……』


「敬愛する信者って……貴女の?」


『なんじゃ疑いの目は……? 少し前は儂の名も廃れておったが今は違うぞ、ベルフラウ。

 今は儂の信者は世界中におるし、以前と違って神器の使用も問題なく行える。正に完全無欠の女神様というわけじゃ、お主と違ってな!! カッカッカッ!!』


「レイくん、あの女殴って良い? お姉ちゃんキレそう」


「やめて!」


「ちょっ、誰かベルフラウさんを止めて!!」


 カレンさんは姉さんを羽交い絞めにして無理矢理止める。


「それで、その信者たちが作った物って一体?」


『うむ、それなんじゃが……まぁ見ておれ』


 ミリク様がそう言うと、領域内の奥の方に向かっていった。


「……行っちゃったね」


 僕達も追おうと思ったのだが、この領域内を動き回るのは危険と判断し、僕達はミリク様が戻って来るのを待つことにした。そして、待つこと数分。


『待たせたのぅ』


 そう言ってミリク様が戻ってきた。……両手に30センチくらいの大きさの白い玉を持って。


「ミリク様、それは何です?」


『うむ、よくぞ聞いてくれた!! これは、えーっと……しまった、名前を忘れてしまったの。あやつら、妙に拘るせいでやたら覚えにくい番号を付けよってからに……!』


「え、名前忘れちゃったんですか?」


『か、勘違いするでないわ。神がど忘れなどするわけなかろう!! 多分、そもそも名前を聞いてなかったのじゃろう』


「もっと酷いじゃない……」


「……これが神……? お兄ちゃん、この世界、もしかして先が無いのでは……?」


 姉さんとアカメが似たような反応をする。


「アカメ、心配になるからそういう事は言わないの」


 身内でそんなやり取りをしていると、ミリク様が咳払いを一つする。


『ゴホン! ……では仕切り直しじゃ。この球の名前は何じゃったかのう……』


「名前くらい覚えてあげましょうよ……」


 僕がそうツッコむと、ミリク様はこちらを睨みつけた。


『やかましいわい!! えーっと……”魔王の魂を呼び寄せて縛り付ける玉”というのはどうじゃ?』


 適当にも程がある。


「もうちょっと名前に捻りましょうよ」


『やかましいわい! ……まぁ、名前はどうでもよい。重要なのは中身じゃからな』


 ミリク様はそう言って白い球を掲げる。


『この”魔王の魂を呼び寄せて縛り付ける玉”の半径50キロ以内に、魔王の邪悪な魂が存在すると、光り輝いてその方角を指し示すように出来ておる。更に距離が近くなると具体的な場所を示すようになり、1キロ以内まで接近すると無理矢理魔王の魂を吸い寄せる効果がある。どうじゃ、便利じゃろう?』


「……都合が良過ぎる。そんな都合の良い物がある訳がない」


 アカメが訝し気に言う。確かに、都合が良すぎるのは僕も同感だ。


『そう思うのも無理はないが、一応この”魔王の魂を呼び寄せて縛り付ける玉”は儂の力も込めておるからのぅ。この世界を統べる神の力を得ているのだから、このくらいは当然じゃ』


「え、ミリク様の?」


『あ、今のはイリスティリアには内緒じゃぞ? 神が必要以上に人間に協力したことがバレてしまうと後々面倒じゃからの』


「わざわざ言いませんけど……内緒なんですか?」


『今回の件はあやつは一切関わっておらんからの。あやつは顔も頭の中も固いから融通が利かなくて困る』


 少し心配だ。イリスティリア様はミリク様と違って高圧的な所はあるけど、思慮のある行動を取る。だけど、ミリク様は何処か考えなしというか人間臭い部分がある。僕は不安な気持ちを抱きながらミリク様を見る。


『というわけで、この”魔王の魂を呼び寄せて縛り付ける玉”を―――』


「あの、もうちょっとまともな名前を考えませんか? いちいち呼ぶのが面倒なんですけど……」


 僕は思わずミリク様にそう提案してしまった。だが、皆も思っていたのかウンウンと頷く。


『えー……では”魔王の魂を拘束する玉”でどうじゃ?』


「……変わってないですね」


「……正直、あまりセンスを感じない……あ、いえ、なんでもありませんわ!」


 エミリアの呟きにカレンさんが同意してバッサリと切り捨てる。だが、言い過ぎたと思ったのかすぐに言葉を引っ込めるのだがミリク様は子供のように拗ねてしまった。


『うぐぐ……ならばお主らが好きに決めればよいじゃろう! もう儂知らん!!』


 そう言ってミリク様はその場に横になって不貞寝し始めた。


 そんなミリク様に呆れつつ、仕方ないので僕達が代わりに考えることにした。


「じゃあ、どうする?」


「……うーんと……あ、こういうのはどうかな、サクライくん」


 ルナが何かを思い付いたのか、僕の耳元でこう囁いた。


「……白玉?」


「駄目?」


 いや、確かに白い玉だけどさ……。


「なんだか食べ物みたいだし……他に、誰か案がある人は?」


「はーい」


 すると今度は姉さんが挙手する。そして、ルナと同じように僕の耳元で言う。


「魔王魂」


「却下」


「えー」


 僕は即座に却下する。姉さんは不満そうにしていたが、その名前は色々駄目だと思う。


『んあー?』


 そこで、白玉の名前で揉めているとミリク様が起き上がって僕達を見る。


『何を騒いでおるのじゃ? 何か良い名前でも浮かんだのかの?』


「あー、えっと……」


 僕が皆の顔を見渡すと、一様に小さく頷く。


 僕が決めてくれという事だろう。


 そして、僕は……。


「……”白玉”しらたまで」


「お姉ちゃんの案を採用してほしかったよー!」


「だからその名前はダメだってば」


 僕がルナの案を採用すると姉さんがゴネてしまった。


『では、その”白玉”をアカメに進呈しよう』


 ミリク様はそう言って、アカメに”白玉”をポンと渡す。すると、白玉はアカメの掌の中に消えていった。


「……消えた?」


『必要な時にはちゃんと取り出せるようになっとるから安心せい。


 魔王の魂が近づくと自動的に反応するはずじゃから、ひとまずお主たちは地上に戻ると良いぞ』


「あ、はい。ではお世話になりました」


 僕達はミリク様に頭を下げると、領域から外に出たのであった。

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