第460話 敵を斬る!
夜の森、僕は皆と別れて単独でヒカリダケを探してた。
するとそこに、幼い可愛らしい女の子が現れ、家族と逸れたと言う。
僕は親切心で少女を助けることにした。
……なーんてね。
僕は出会った少女に笑顔を向けながら、内心こう考えていた。
「(この子怪しい……)」
普通に考えて深夜の森で幼女と出くわすとかありえない。
レベッカのように見た目は幼くても、優秀な冒険者というケースも無くはないが少女は武器も所持しておらず、魔物に対して警戒をするような素振りも見せない。あまりにも無防備すぎる。
ただ、本当に民間人がここに迷い込んだという可能性も否定できない。
しかし、その可能性は限りなく低い。
「(この森、危険地帯で結構有名らしいんだよね……)」
知名度が高いため近くに住んでる人なら迂闊に来ない。
もし採取が目的なら、冒険者ギルドで冒険者を雇って護衛を連れてくる。
そうしないと逃げることも出来ずに魔物に殺されかねない。
僕は考えながら少女と森の中を歩く。
「キミ……家族と逸れたって言ってたけど……」
「うん、そうだよ?」
「一緒に冒険者とか、村のガードとか居なかったの?
もしキミが逸れたと気付いたらすぐに助けに来ると思うけど」
「えっと……」
少女は意味が分からなかったのか、僕の質問に曖昧に笑う。
それならと思い、僕は質問を変える。
「じゃあ、家族の事を教えて? 誰と来たの?」
「こど……じゃない、男が一人……じゃなくて、おと
「………お父さん? それ以外は?」
「居ないよ、私と二人だけ」
「なんでここに来たの?」
「えっと……ここは私の狩場……」
「狩場?」
「……間違えた、薬草採取、かな?」
「お父さんと二人で?」
「うん」
「…………ふーん、そっか」
僕は目の前の少女を安心させるようになるべく笑顔で返事をする。
……今の少女の返事で分かった。
最初に言おうとした言葉も気になるが、
普通、お父さんの事を【男】なんて呼び方は間違ってもしない。
それに、【私の狩場】と少女は言いかけた。
魔物が沢山棲息するこの場所で、少女は何を狩っているのか。
「(……なるほどね。この子の正体が読めたよ)」
自分も初見だったら絶対に騙されていた。
少女の見た目とても可愛らしくて、傍に寄ると花の香水のような香りがする。
そんな女の子が涙目で一人で懇願してきたら、大体の人は良心のままに協力してしまう。悪い人なら良からぬ事を企んで声を掛けるかもしれない。
だけど、それは罠だ。
僕は少女に足並みを合わせていたが立ち止まる。
少女も三歩ほど僕より前に歩いてから立ち止まり、こちらを振り向く。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「何でもないよ……ところで、何処を目指して歩いてるの?」
僕は少女が進む方向に歩いているだけで案内していない。
なのに、少女は明確な目的地を知っているかのように歩いている。
不自然過ぎる。
「えっとね、森の出口の方……かな?」
嘘だ。
森の出口の大まかな場所は大体把握してる。
なのに少女は軽い足取りで迷う事もなく森の奥へと進んでいる。
「そっちは出口じゃないよ、入り口に案内してあげる」
そう言いながら踵を返すが、女の子は慌てて僕に駆け寄って僕の手を小さな手で引っ張る。
「ま、待って! えっとね、こっちの方に家族がいる気がするの!
だから、お兄ちゃんも付いてきて?」
「……」
僕は無言で足を止めて少女の方を振り返る。
さっきまで泣いていたはずなのに、今の女の子は満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔はとても愛らしく……同時に、仮面のように作り物めいていた。
………。
「………分かった。付いていこう」
「やった♪」
女の子は僕の快い返事に喜ぶ。
そして、女の子は僕にピッタリとくっつくようにして歩き出した。
少女の目的地は森の入り口ではなく、森の最奥部だったようだ。
◆
「………」
「~~♪」
女の子は機嫌良さそうに僕の左手を自身の右手で繋ぎながら、スキップするように歩く。どういうわけか、魔物の気配はあるのに、少女と歩き出してから魔物が襲い掛かってこない。
――そして、しばらく歩いてから少女の足が突然ピタリと止まる。
「………」
ご機嫌だった女の子の表情が、突然真顔になった。
「(……ここか)」
そこは森の中でも開けた場所で、目の前には大きな木がある。
その周りには、甘い匂いのする大きな花と――
――骨になったたくさん人間の死骸が散乱していた。
「(これは………!!)」
手を繋ぐ女の子に緊張が伝わらない様に感情を必死に抑える。
人骨の数はいくつもあるが、どれも植物の蔦が骨に巻き付いている。
大人のサイズの人骨もある。
それらは武装した冒険者の鎧が傍に転がっていたり、民間人の衣服などもある。
……一つだけ、若い子供の人骨も転がっていた。
その人骨の周りだけは何故か、衣服が見られなかった。
「さ、ここだよ♪」
周囲に人の骨が散乱している状態だというのに、
少女は僕の手を握りながら中央にある大きな花の前まで歩きだそうとする。
僕をそこまで誘導するつもりだ。
だけど、流石にこれ以上思い通りに動くつもりはない。
僕は少女の手に引っ張られても動かず、その場で踏ん張った。
「あれ? どうしたの?」
「ちょっと別の用事が思い付いたんだよ」
僕は踵を返そうとするが、少女に阻まれてしまう。
「ダメ、付いてきて」
そう言って少女は張り付いた笑みのまま、グイグイと僕の腕を引っ張る。
……流石に、これ以上は付き合いきれない。
「……もう、茶番やめない?」
「!?」
僕の発言に、女の子は驚いたような顔をする。
「キミの事、理解出来たよ。……人間じゃないよね?」
「な、何のこと? 私は……」
動揺しているのか、少女の口調が一瞬だけ乱れる。
「君と一緒に行動する様になって、それまでひっきりなしに襲ってくる魔物と遭遇しなくなった。
こういう森の中で周囲と比べて強い魔物が闊歩してる時はね、他の魔物が怯えて姿を現さなくなることがあるんだ。……そう、強い魔物ってのはキミの事だよ」
「……」
女の子の表情が消えていく。
それまでキラキラしていた目の輝きが消えて、
冷たいガラス玉のような目で僕を見つめている。
そして、少女は笑い出す。
「ふふ………はは………あっはっはっはっはっ!!!!!」
「――――!!」
少女の狂気じみた笑いに恐怖を覚えた僕は、
少女の手を振り払い、少女の身体を大きな花の方に突き飛ばす。
少女は抵抗する事なく地面に倒れると、
その衝撃で少女の着ているワンピースのスカートが大きく捲れ上がった。
すると、少女の下半身から緑の植物で構成された胴体が現れる。
その胴体の下は根っこのような線で目の前の大きな花と繋がっていた。
「……アラウラネだね」と、僕は呟く。
少女は起き上がると、僕の方を振り返り、ニタァと笑い、
女の子の姿から変貌した魔物――アラウラネは嬉しそうに答える。
「あらぁ? 私のこと気付いてたんだぁ? それに名前まで……」
「とっくにね、幼い女の子がこんなところで一人でいるわけがない。本当だったとしても魔物に襲われて殺されているはずだ。
だけど、君は魔物から逃げてきたにしては、服も汚れてないし息を乱した様子もない。普通の人間であれば、好戦的な魔物が多いこの場所で襲われないというのもあり得ない」
おそらくだが、その服は彼女の被害者のものだろう。
彼女の今の姿とほぼ同年代の人間の少女を襲い自分が身に纏っている。
「あっちゃあ……失敗したかしら。
何人かいた人間のうち、一番チョロそうな貴方を狙ったつもりなんだけど」
女の子はさっきまでと違って口調が全然変わっている。そして、僕達と同じ肌色だったら皮膚の色が、徐々に緑掛かった植物の肌に変色していった。
アラウラネ。
上半身は可愛い女の子だが、その下半身は緑色の蔦で形成された植物の魔物である。通常時は人間に擬態しており、こうやって自身の本体の場所がある場所で突然本性を現して襲い掛かってくる。
見た目の愛らしさで人間を巣に誘い込み、
本体のある場所で襲い掛かって人間に自身の触手を使って養分とする。
養分にされた人間は骨になるか、死体のまま操り人形にされる。
はっきり言って、僕が今まで出会った魔物の中では最悪の存在だ。
散乱している人骨は目の前の女の子に殺された人達のものだろう。
身に纏ってるワンピースは、その被害者の一人から剥ぎ取ったに違いない。
「まあいいわ。正体を知られた以上、逃がす理由はないわね。私の養分になりなさい」
アラウラネはスッと立ち上がると、
自分の身体の一部を触手のように伸ばしてこちらに向けてくる。
僕は、右手で鞘から剣と抜き、即座に一閃する。
「えっ?」
僕の行動に、アラウラネはキョトンとした様子を見せる。
次の瞬間――少女の右腕が僕の剣によって切り飛ばされる。
「え、ちょっ!?」
「――!!」
「ひっ!?」
僕の無言で再び、剣を薙ぎ払い、今度は少女の胴体に向けて一閃する。
少女の胴体が一発で切断され、少女の人間の身体の胴体と植物の胴体が二つに分離する。切り裂かれた場所から血ではない緑の液体が噴水のように迸る。
両断された少女の上半身と下半身が地面に落ちる。下半身はビクビク痙攣しながら緑の液体が噴き出し、上半身は手で這うように動きながら呻いている。
「うぐぅ……ああぁ……」
紛いなりにも人間のように痛みを感じているらしい。
目に涙を溜めて呻き、僕の顔を見ると少女は恐怖と痛みで顔を歪ませる。
「……油断し過ぎ」
僕はアラウラネを冷たい目で見下しながら言った。
「僕が正体を看破した時点で、キミは本体と疑似餌を同期すべきだった。
……僕はね、前に君の仲間に似た手口で騙されて、仲間まで危険に巻き込んでしまった。だから今度はすぐに違和感に気付いて騙された振りをして、本体の場所に案内してもらったんだ」
僕は、真っ二つになった女の子から視線を外して、
横にある大きなラフレシアの花に視線を合わせて剣先を突きつける。
「や、やめてっ!!
「殺す? おかしなことを言うね……。
キミは、今まで何人、僕のような人間を養分にして殺してきたんだい?」
「!?」
「じゃあね、さよなら」
そう少女に別れの言葉を残しながら、
僕は剣に魔力を注ぎ込み、ラフレシアの花を炎の魔法で一気に炎上させる。
「ひぃ!?」
燃え盛る花を見て、アラウラネは悲鳴を上げる。
「お願い! 助けて!」
「……」
命乞いをする少女を無視して、そのままラフレシアの花をじっと見つめる。そして、完全に灰になったところで、疑似餌であった女の子は泥人形だったかのようにボロリと崩れ落ちた。
女の子の姿をしていたものは、もう何処にも居ない。
「……」
周囲に再び静寂が戻る。
「―――はぁ……つっかれたぁ……!!」
緊張が解けて、その場に座り込む。
途中で魔物に擬態した女の子が襲ってくるかもしれないと思い、ずっと神経を張り詰めさせていた。
「(でも、これで少しは報われたかな)」
魔物に殺された人々の仇を討った。そんな気持ちになる。
「……よし、じゃあここもちょっと探索しよっかな」
森の奥深くということであれば、僕の目的の【ヒカリダケ】ももっと生えてるかもしれない。
僕は気を取り直して、近くを散策する。
すると、予感が的中したのか、ボンヤリとした光を放つキノコをいくつも発見した。
おかげで目標の数である10個ほど入手し、それを鞄に詰めた。
「……はぁ、早くみんなと合流しよう」
帰り道は襲ってくる魔物だけと戦い、それ以外は気配を消しながら森の入り口へ進む。途中で、姉さんやエミリア達とも合流し、僕が沢山のヒカリダケを集めた事を知らせると驚いていた。
そして、僕達は誰一人犠牲を出さずに森の外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます