第87話 地下九階 ランダムエンカウント

 目の前にはドラゴンキッズとは比較にならない大きさの火龍がいた。

 全長は二十メートル程だろうか。翼を広げて威嚇してくる姿はまさに炎の化身である。


「これはまずいわね……!」

「逃げますよ!」

「……無理です!もう出口塞がれました!」


 全員の顔色が青ざめる。

 ちょっと待って、このダンジョン出口塞ぐ仕掛けがあるとか聞いてない!


「レイ、ヤバいです!滅茶苦茶強そうなブレス来そうです!」

「ね、姉さん!」

「うん!<極光の護り>オーロラバリア

 姉さんの魔法で僕たちはオーロラのバリアに包まれた。

 一応、ブレス系を軽減する魔法ではあるんだけど……。

「うわっ!」

 ブレスの衝撃がこちらまで届く。

「ひゃあっ!」「きゃっ!」「熱いです!」

 まともに食らったわけではないが、ドラゴンキッズのブレスとは威力が全然違う。

 余波だけでも身を焦がしそうな高熱に僕たちは圧倒されてしまう。


「レイ、もうこれは覚悟を決めるしか!」

 エミリアはロッドを構えて火龍を見据える。

 いつでも魔法を撃てるという意思表示だろうか。


「こんな微妙なテンションで挑む気は無かったんだけど……」

 火龍を睨みつけながら剣を構える。

 火龍らしく赤い皮膚の体と赤い瞳孔で見ているだけで威圧されてしまう。

 向こうもやる気満々だ。こっちに視線を向けるだけで肌が焼けるように熱くなる。


 ドラゴンキッズとは次元が違う――。


「姉さん、他の防御魔法を!」

 流石に防御魔法抜きで耐えられるとは思えない。

 如何に装備を整えたとして僕達人間とあの火龍では大きさが違い過ぎる。

 あれほど頼もしかった剣や装備が今では頼りなく思えてしまう。


「レイ様!勇気をお出しください!

 貴方様はとても強いのですから!それはわたくし達が保証します!!」

 その、レベッカの言葉にエミリアや姉さんも頷いた。


 みんな……!

「――ありがとう、レベッカ!!」


 今ので覚悟が決まった。

 こんな簡単にやる気が出るなんて僕は単純だな。


「それじゃあ行くわ!<物防広域展開>フィールドバリア

 姉さんの防御魔法が僕たち全員に掛かる。

 といってもあの巨大なツメと尻尾相手にどこまで効果があるかは分からない。


「レイ様、行きます!<全強化>貴方に全てを!」

 レベッカの強化魔法が僕に発動し、僕は銀のオーラに包まれた。

 この魔法はレベッカの使用する全強化魔法が同時に掛かるというとんでもない魔法だ。

 これを使えば僕一人でも、ドラゴンキッズに余裕で勝ててしまった。


「ありがとう!皆にも同じ魔法掛けてあげて!」

「えっ?」

 ……ん?今レベッカの反応おかしかったぞ?


「レベッカ?」

「えっと……その、この魔法はレイ様以外には使用できないので」

 え、何故、というか初耳なんだけど……。


「レベッカちゃん、それどういうことなの?」

 姉さんに問われて、レベッカは顔を真っ赤にする。


「その、この魔法の効果対象は……その、私の大切な……」

 後ろの方は何かごにょごにょ言ってて全然聞こえなかった。

 ……何か、聞くのが怖くなってきた。


「まぁ、いっか。よし、行こう!」

「おー!」

「はい!」

「りょ、了解です!」


 今は目の前の敵に集中しよう。


 まず周囲の状況の確認だ。敵は火龍だけ。

 周囲は広い空間だけど所々に溶岩がある。その場所に追い込まれたら僕たちはやられてしまう。

 天井は他に比べたら広いけど、流石に向こうが自由に飛び回れるほどじゃない。

 多少なら飛ぶかもだけど、戦線離脱されることはないだろう。


 そして敵は超巨体だ。大体二〇メートルくらいの巨体じゃないだろうか。

 巨大な顎と牙、そこから覗く熱量を帯びた火はまるでマグマの活火山のようだ。

 その口から発射する火炎の威力は他の魔物とは比較すら出来ないだろう。


「いや、普通に無理では?」

 さっきの気合いが何処かに飛んでいきそうだった。

「レイくん、そこは冷静になっちゃダメ!」

「あ、はい!」


 姉さんに怒られた。そうだよね、ここで動揺したら負けてしまう。

 僕は再び気合いを入れ直す。


「レイ様、どうします!?」

「とりあえず全力で斬りかかる!!」

 僕はそのまま助走を付けてジャンプする。

 更に鞘に収まった<魔力の剣>マジックソードを手で押さえながら風の魔法を発動する。


<中級爆風魔法>ブラスト

 対象は自分の後方だが、爆風により自身のジャンプに更に勢いが付き大きく跳躍する。

 そのまま『龍殺しの剣』に持ち替えて両手持ち。

 一瞬で距離を詰め、火龍の顔辺りにそのまま横薙ぎの一閃を放つ。


 と、同時に更に魔法を発動させる。


<剣技・氷魔法Ⅱ>剣技・氷結斬!!!」


 横薙ぎの一閃と同時に氷魔法で更に火龍に追撃を行う。

 僕の放った剣と魔法で『斬撃』と『凍結』の同時攻撃だ。

 これにより火龍の動きが鈍り、ダメージが入る。


「レベッカも援護させていただきます!!」

 レベッカは<女神の弓>を火龍に向けて構える。


<射程強化Lv10>更なる先へ

<感覚強化Lv10>呼び覚ませ


 レベッカは自身に強化魔法を使用する。

 一つは矢の射程の強化、もう一つは感覚を研ぎ澄まし命中率を上げるためだろう。


「はっ――!」

 そしてレベッカは速射で僅か二秒の間に五本の矢を放つ。

 放った矢は『龍殺しの矢』

 僕の『龍殺しの剣』と同じく龍を倒すために作られたものだ。

 その一発一発はドラゴンキッズすら屠るほどの貫通力を誇る必殺の一撃。

 レベッカの放った矢は、火龍の顔、胴体、翼、足、心臓の部位に全て命中する。


<魔法の矢>マジックアロー連射!!」

 レベッカの攻撃に触発されたのか、姉さんも張り切って魔法で攻撃する。

 火龍に通じる程の威力は無いだろうが、その連射力は目を見張るものがある。

 体感的に一秒間で五~六発は撃っているように見える。

 課題はその命中率の低さだろうか。この巨体なのに三割くらいは外している。


 こちらの追撃は終わらない。

「魔力強化<上級電撃魔法>ギガスパーク!」

 エミリアの魔法が発動する。火龍の頭上から強烈な雷撃が落ちてくる。

 補助結界により強化された一撃は、よほどの魔物でもまず耐えられるものではない。


 僕は風魔法で勢いを殺しながら着地をし、火龍の様子を見る。

 如何に火龍といえども、これほどの猛攻、流石に大きなダメージを受けただろう。


「えっ、効いてないんですけど……」

「嘘っ!?」

 火龍は全く意に介さずこちらに向かってくる。

 全く効いていないわけではない。レベッカの矢も突き刺さったままだ。

 しかし血は殆ど流れていない。


(僕の剣も、レベッカの矢も、鱗と皮膚で阻まれたってこと!?)

 想像を遥かに超える鉄壁の防御力に軽く絶望を覚える。おそらく今の攻防で有効だったのはエミリアの魔法だけだろう。火龍の体のあちこちが焼け焦げている。


「レイ、一旦下がりますよ!」

「――うん!皆も下がって!」

 僕たちは火龍から距離を取るように下がる。

 強烈なブレスは怖いが、下手に接近すると一瞬で肉塊にされてしまう。

 しかし、火龍はこちらに向かって巨大なツメで襲い掛かってきた。


「姉さん!何かあったら回復して!」

 僕はそれだけ指示して、火龍の攻撃に全力で応戦する。

『龍殺しの剣』に出来るだけ魔力を込める。こうすることで威力が底上げされていく。

 ギリギリでガードするが、凄まじい衝撃が僕を襲う。


「―――ぐぅうっ!重い!」

 数メートルは後ろに引きずられたが、なんとか剣で受け止めることが出来た。

 しかし、今の一撃で左腕の感覚が無くなっている。

 痺れているのだろうがそれだけでは済まない。

 おそらく折れているだろう。


「レイくん!<完全回復>フルリカバリー!」

 姉さんの回復で何とか感覚が戻ったが、正直このままだと体力が持たない。

 傷の回復は出来ても自身の体力はどんどん減っていっている。


「――大丈夫、それより皆は?」

 皆の方を見ると、レベッカの石の壁で守られている。

 先ほどの猛攻で周りの岩石などが破壊されているため、それを壁で防いだのだろう。


「レイ様、こちらは無事です!!」

 レベッカはエミリアと姉さんの前に出て立ち塞がっている。

 何かあった時に後衛の防御に徹するためだろう。


「わかった!レベッカは皆を守ってあげて!」

 そう言って再び戦闘に戻る。

 さっきの攻防で分かったことは、火龍の皮膚は相当硬いということだ。

 恐らく今まで戦ったどの魔物よりも固いだろう。

 レベッカの矢すらも通用しなかったのははっきり言って予想外だ。


<束縛Lv6>バインド

 姉さんも魔法の鎖で動きを止めようと試みるが、一瞬で鎖が引き千切られる。


「エミリアちゃん、火龍ってあんなに強いものなの!?」

「私もあんなのと戦ったことないので!」

 エミリアはこちら援護するために、多数の魔法を放つ。


<中級氷結魔法>ダイアモンドダスト!」

<中級雷撃魔法>サンダーボルト!」

<中級爆風魔法>ブラスト!」


 エミリアはほぼ無詠唱の速度で中級攻撃魔法を連発している。

 しかし、全て火龍に直撃しているものの、ほぼ有効打になっていないようだ。

 それでもエミリアと姉さんのお陰でこちらも僅かに余裕が出来た。


「レイくん!<自動回復>リジェネレイト!」

 姉さんの回復魔法が僕に付与される。この魔法は即座に回復する効果は無い。

 ただし自然に傷が治癒されていき、体力回復を早めることが出来る。


「ありがとう!」

 エミリアのお陰で僕は少し休むことは出来たが、

 流石にあれだけの魔法を連発しているエミリアも息が続かない。

 エミリアの魔法が途切れたところで僕は火龍に斬り込む、

 と同時にレベッカの矢の援護が加わり同時に攻め込む。


 僕とエミリアが交互に攻撃を重ね、

 姉さんとレベッカが遠隔で援護を入れるがやはり殆どダメージを受けない。


「はぁはぁ………あの固さは異常ですね」

 エミリアは肩で息をしながら口にする。不味い、こちらの体力が切れてきた。

 僕も皆の援護ありで攻撃を回避したり、受け流したりしてるがこのままだとじり貧になる。


 姉さんの「<自動回復>リジェネレイト」は四人全員に付与されているのだが、

 それでも全くダメージの無い火龍に対してこちらは焦りが見えてきた。


「そ、そうだ!<物防弱化Lv5>プロテクトダウン!」

 エミリアの弱体魔法で火龍の周囲に赤い煙が立ち込める。

 これは防御力を弱体化させる魔法だ。


「レイ!レベッカ!お願いします!」

 僕とレベッカは同時に攻撃を開始する。


「行くよ!」「はい!」

 僕は剣に魔力を込めてから火龍に斬りかかる。

 火龍は尻尾を振り回して反撃するが、レベッカの矢の援護でどうにか動きを逸らし攻撃を躱す。

 しかし、攻撃のチャンスが中々来ない。


<魔法の矢>マジックアロー!!!」

 姉さんがマシンガンのように魔法の矢を連射するが、防御力を落としたにも関わらずダメージが通らない。レベッカの矢の方は多少効いてはいるものの、僅かに動きを鈍くするだけだ。

 しかし、少しずつでも動きは鈍くなってきている。


 そして――

<地割れ>クラック!!」

 レベッカの地割れの魔法で火龍がバランスを崩した!


「今です!!」

「はあああああああっ!!」

 強く魔力を込めた<龍殺しの剣>ドラゴンスレイヤーで僕は火龍の腹に斬りかかる!!

『グウウウアアアアアアアアア』

 大きく振りかぶった一撃は、ついに火龍の腹を切り裂いた!!!


「やった!!」

 今の一撃で大きくダメージを受けた火龍に僕たちは追撃を加える。


<魔防弱化Lv5>マインドダウン!」

 エミリアのもう一つの弱体魔法が入り、今度は火龍が赤い煙に包まれる。


「さぁ!行きますよ!」

 その声と同時にエミリアとレベッカの詠唱が始まる。


「はぁっ!」

 僕は詠唱の妨害をされないように更に攻撃を加える。

 ダメージそのものはあまり通っていないが、詠唱時間を稼げればそれで十分だ。


<束縛Lv6>バインド!!」

 先ほどまでは殆ど効果が無かった姉さんのバインドも僅かに通用するようになっている。


 僕の攻撃と姉さんの束縛で時間を稼いで、

 エミリアとレベッカは同時に魔法を発動する。


<上級電撃魔法>ギガスパーク!!」

<重圧>グラビティ!!」


 レベッカの重力魔法でまともに動けない状態で更にエミリアの電撃魔法をまともに受ける。

 先ほどの弱体化魔法で目に見えてダメージが大きくなっている。


「行ける!行けますよ!!」

 エミリアはかなり魔力を使っていて消耗しているはずだが、

 希望が見えてきたことで少し元気になってきたようだ。


 しかし、途中で火龍の様子が変わった。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアア』

 急に火龍が劈くような咆哮を上げ、暴れ始めた。


「なっ、何だ!?」

「まずいわ!完全に逆鱗に触れてしまったみたい!」


 姉さんの言うように地響きが起こるような咆哮を上げながら怒り狂ったように暴れる。

 そして、火龍はこちらに顔を近づけ、口からとんでもない熱量を放出し始めた。


「盾よ――!!!」

 レベッカは咄嗟に僕らの前に盾を召喚し、ギリギリ間に合った。

 そして、ドラゴンキッズの数倍では効かないレベルの範囲の炎のブレスが放出される。


「ぐうううう………!!!」

「「「ああああっ……!!」」」


 駄目だ、このままでは―――!!

 姉さんの防御魔法とレベッカの盾でかなりの部分のブレスは削いでいるはずだが、

 このままでは直撃は避けられない。そうでなくてもあまりの高温で干上がってしまう。


「み、みんな!私の近くに!!」

 姉さんの指示で集まろうとするが、あまりの熱量で動くことが出来ない。


 動いた瞬間炎で消し炭にされてしまう。

 一瞬でいい、奴の気さえ逸らすことが出来れば――!!


「―――そうだ、姉さん!フラッシュを!!」

「わ、分かった!<閃光>フラッシュ!!」

 姉さんの魔法が発動し、一瞬周囲が強い光に包まれる。

 火龍がその一瞬の光に驚いたのか、僅かに炎のブレスの勢いが削がれる。


「今のうちに!」

 僕達は姉さんの周囲に集まって手を繋いだ!

「掴まってて!!!」

 それに気付いたドラゴンのブレスが迫る前に、僕たちはその場から消失した。

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