第988話 ある意味最終試練の時
レイとレベッカはお互いの決意と覚悟を固めて扉を開いて部屋に入る。そこには二人を待っていたレベッカの父ウィンターと母ラティマーの二人が椅子に座って待っていた。
「父上、母上……遅くなって申し訳ございません」
「……おはようございます。ウィンターさん、ラティマーさん」
レイとレベッカの二人は少し緊張した面持ちで頭を下げる。
ウィンターはそんな二人に「いや」と声を掛ける。
「おはよう二人とも、今日はわざわざ呼び出して悪かったね」
「まぁまぁ……そんな固まってないでこっちにいらっしゃいな。二人の為にお菓子も用意してあるのよ」
ウィンターに続いてラティマーは優しい笑顔でレイとレベッカを手招きする。レイとレベッカはお互いの顔を見合わせると頷いて両親の前へ移動すると、一礼してから用意された席へ座る。
「ごめんなさいね急に呼び出して」
「いえ」
「神官プラエにキミ達を迎えに行ってもらったのだが、彼は何か言っていたかい?」
「えっと……特には」
一瞬、いきなり喧嘩売られたことを口にしそうになったが、大切な話をする前に余計な事を口にして話が拗れてしまう事を危惧したレイは敢えて口にしなかった。
「そうか。彼にレベッカの事で色々意見を貰っていた。レイ殿に失礼な事を言わないかと心配していたが、杞憂に終わって何よりだ」
「……」
当たってます、と口にしそうになったが耐える。
「今日は二人に聞きたいことがあってね」
僕はウィンターさんの言葉を聞きながら、ゴクリと息を呑んだ。そしてラティマーがテーブルに三つのコップを置いて、グラスにお茶を注ぎ始める。
「はいどうぞ。お菓子も好きに食べてね」
「あ、ありがとうございます……」
ラティマーさんの声で緊張感が和らいだレイは礼を言ってお茶を飲む。そして冷たいお茶で身体を冷やしてから再びウィンターさんに視線を合わせる。
「それでウィンターさん」
「うむ……昨日、キミ達が二人が深夜に村から抜け出したという話を村の者から聞いてね」
「……」
「キミ達にも事情があるから外出するなとは言わない。しかし、レベッカはこの村では『神子』という重要な立場にある人間だ。故に他の村の者よりも目に付いてしまうし、何かあれば誰がが私たちに報告を入れてくる。
私もキミ達プライベートの事まで突っ込むのは気が引けるのだが、キミ達の身の安全と村の秩序を守るためにも私はキミに問わねばならない」
「……」
「父上……それは……」
レベッカは自身のお父さんの真剣な眼差しで気圧されているようだった。
「教えてくれないか、レイ殿。キミは娘を連れだして深夜に村を飛び出して何をしていた?」
彼と話をしたのは昨日の今日。
ウィンターさんも僕がレベッカを何故連れ出したかは薄々理解しているのだろう。
しかしその時の話は秘密という事になっているため、レベッカの前でそれを口にするわけにはいかない。
つまりこれは詰問ではなく僕に対しての確認を兼ねているのだろう。
レイの覚悟は既に決まっていた。あとはどうウィンターに意思を伝えるか、レイの考えはそこにあった。
そんなレイ達を見守っていたラティマーはウィンターの隣に座ると、微笑みながら言った。
「もうウィンターさんったら。若い男女が夜に抜け出してやることなんて限られてるじゃありませんかぁ」
話に割り込んできたラティマーさんの一言に場の空気が一気に弛緩する。
「ラティマー……今は真面目な話をだね……」
「えー、そうかしら? この子達ももう年頃なんだし、そういう関係になってもおかしくないと思いません?」
「それはそうだが……」
「ね? レイさん?」
「あはは……その……」
どうやらラティマーはレイ達を気遣って雰囲気を和らげようとしてくれているようだ。
事情を何となく察して話しやすい土台を作ってくれているのだろう。ラティマーの気遣いにレイは心の中で感謝する。
「レベッカ、言ってもいいかな」
「はい」
僕は切り出すタイミングをレベッカと相談してラティマーさんの言葉に乗っかる事にした。
「実は、彼女のご両親であるお二人にお願いがあって来たんです」
「私達?」
「まぁ……何でしょうか……」
「はい。……その、僕と……その……」
僕はそこで一度言葉を切る。そして深呼吸をしてから再び口を開いた。
「……彼女との結婚を前提にお付き合いさせてください。絶対に彼女を幸せにします。お願いします!」
レイがそう告げると、部屋の中は静寂に包まれる。
「……」
「……」
ウィンターさんの表情が硬くなり、ラティマーさんは口を開けたまま固まっている。
僕とレベッカは顔や背中にじわりと汗が浮かんでくる。僕達は真剣な眼差しで二人を見つめて二人の言葉を待つ……。
静寂の中、次に言葉を発したのはウィンターさんだった。
「レイ殿……」
「……はい」
僕が恐る恐る返事をすると、ウィンターさんは僕の手をがっしり掴む。
「……よく言ってくれた。こちらこそ娘をよろしく頼む」
「!!」「父上……!」
「あらあら……♪ レイさんがレベッカを貰ってくれるなら安心ね。ねぇウィンターさん」
「ああ、そうだな……」
「父上、母上……お許しになってくださるのですか!?」
レベッカは目に涙を浮かべながら、自身の両親に訴えかける。
「許すも何もない。……お前はレイ殿のことが好きなのだろう?」
「はい……!」
「ならば私から言うことは何もない。二人の仲を応援するだけだよ」
「……っ! ありがとうございます!」
レベッカはそう言ってウィンターさんに抱き着く。
そしてラティマーさんもそんな娘を見て優しく微笑んでいる。
「(よかったね、レベッカ)」
僕は心の中でそう呟くのだった。……しかし。
「(交際と結婚の許可は得られたけど、最大の問題はこの後なんだよね……)」
先程、レベッカに耳打ちされた話。
それは、レベッカと結婚すると同時に、他の女の子達と同時に籍を入れて欲しいという内容だった。
「(一夫多妻制……か。僕には関わりの無い事だと考えてたんだけど……)」
この世界では、一部の王族は男性一人に対して複数の女性と婚姻関係を結ぶ事が出来るらしい。
要は元の世界で言うところの重婚が出来るという事だ。
僕は王族ではないがこの村は子供が少ないという事で例外的に重婚が認められている。その対象になる女性はこの村に在住している女性全員との事で、それは一時的に外泊している人間も例外ではない。
つまり姉さんやエミリアやカレンさんなど、僕達の仲間も今は村の一員として見做される。彼女達はこの村の人達と積極的に交流し、仕事の手伝いなどもしているため好意的に受け入れられているため、その点においては問題は無いだろう。
「(問題は、僕達がどうやってそれを二人に言って納得させるか……なんだよねぇ)」
一夫多妻制の話をするということは、自分が重婚をするという事をご両親にカミングアウトするということだ。更にその後、仲間達にそれを言わなきゃいけない事を考えると憂鬱どころではない。ドン引きされてしまうかもしれない。
ウィンターさんもラティマーさんも今は満面の笑みを浮かべているが、僕がその事を口にした瞬間の事を想像すると身体が震える。
「(……でも、僕が言わなきゃ始まらないんだよね)」
僕は覚悟を決めてレベッカに耳打ちされた内容を両親に伝えることにする。
「……実はお願いがもう一つあるんです」
「ほう? 何だろうかレイ殿。キミの頼みとあってはこちらも断るわけにはいかないな」
「ふふふ、なんですかレイさん?」
二人は改まった僕を見て居住まいを正す。それにつられて僕も背筋を伸ばした。
そして一度咳払いしてから口を開く。
◆◇◆
「レベッカとこの村で式を挙げた後の話になりますが―――」
「(!! レイ様、あの事を……っ!)」
レベッカはレイが両親の説得に掛かると思い、思わず身体を固くした。そして隣に座るレイを横目で見る。
「この村で式を挙げた後、僕達と一緒に来てくれた仲間達……彼女達を僕達の籍に入れたいのです」
「……!! ……レイ殿、それはつまり―――」
「まぁ……? つまりレイさんは、うちの娘だけじゃなくて一緒に旅をしてきたあの人達とも結婚をする、という事ですか?」
ウィンターさんは目を見開いて僕を見つめ、ラティマーさんは少しだけ驚いた表情の後、笑顔のまま僕にそう確認してきた。
「はい」
僕はコクリと頷く。表情だけは変えないようにしているが、内心では心臓が爆発しそうなくらい緊張している。隣で見守っているレベッカも、さっき結婚の許可を貰った時以上に不安そうな表情をしており、二人には見えない位置で僕とレベッカは強く手を握りしめている。
ラティマーさんは目を細めてウィンターさんを見る。二人は無言で見つめ合い、それから時折僕達の方を見てラティマーさんがウィンターさんに耳打ちをする。
しかしウィンターさんの表情は険しいままで、僕達は焦り始めていた。
もし、許可を得られなかった場合、何とか粘り強く説得をするつもりでいるのだ。
しかし正直な所、説得できる材料が思い浮かばない。
レベッカとの時間を最優先するとか、この村に留まって王都の生活を諦めるなど、考えられる事を片っ端から口にするのも一つの手だ。
しかし、そうなると今後色々な事に支障が出てしまいかねない。なので快諾してくれるのであればそれが一番なのだが……。
「―――すまないが、レイ殿。それは許可しかねる」
「……っ」
ウィンターさんは硬い表情で、そして僅かに声のトーンを落としてそう言った。
「(だよね……予想していた事だ……)」
予想はしていたが、やはりそうなってしまった。
レベッカも僕の手を痛いくらい握りしめている。僕は彼女の不安を少しでも和らげようと強く握り返すが、それでも彼女の手の力は緩まなかった。
「確かにこの村では一夫多妻が認められている。
しかし、私としてはキミに娘のレベッカ一人を愛してほしいと思っているのだ。それは親として娘の事だけを考えてくれる人と結婚する事が娘の幸せだと思っているからに他ならない。娘だけではなく他の女性達もキミの嫁として迎えるという事になるのだろう?」
「そう……なりますね……」
「ならば、やはりそのお願いを聞き入れる事は出来ない」
「……」
何とか説得出来る材料が見当たらないかと頭の中で考えて口にしてみるが、やはりウィンターさんは頷いてくれない。
自分でも分かっているのだ。娘と結婚したいと言いながら、他の女性とも結婚するなどと言い出すのはどう考えても筋が通っていないという事は。
「(ごめん、レベッカ……僕には説得出来そうにない……)」
僕はレベッカに視線を向けた。彼女は不安そうな表情で僕を見つめている。
おそらく彼女も諦めかけているのだ。
そんな僕をウィンターさんは厳しい視線で射貫くように見ていた。
「(……これは、下手すると結婚も……)」
先程まで笑顔だったウィンターさんの表情が明らかに侮蔑のそれへと変わっていた。
「レイ殿、私はキミが娘の事だけを考えてくれる男性だと信頼しているつもりだ」
「……っ! はい……ありがとうございます……」
どうやら結婚の許可を貰えるかもしれないと僕の心が僅かに明るくなる。しかし――。
「だが、それはあくまで娘一人を愛してくれるという前提での話だ。済まないが、キミには他の女性との未練を――」
「……っ」
その先の言葉を予想して僕は目を瞑る。そして、無力な自分に絶望し、ウィンターさんの決定的な言葉を待つ。
……が、そこに、僕とレベッカにとっての女神様……。
いや、もはや女神様を超えた存在と言っても過言ではない人物が割って入ってきたのだった。
「あら、ウィンターさんったら」
「……ラティマー?」
「ラティマーさん……?」
僕とレベッカが声の主を見ると、そこには僕達に向かってニッコリと微笑んでいる全てを凌ぐ大女神様がいた。
今の僕達にとって彼女は後光が差しているほど神々しく見えている。
「いいじゃないですか、ウィンターさん。レイさん達の好きにさせてあげましょう?」
「ラティマー、キミは何を……」
「レイさん、貴方は私たちの娘レベッカの事を愛してくれているんでしょう?」
「は、はい!」
僕は誠心誠意を込めて全力で頷く。ラティマーさんは僕達に味方をしてくれようとしているのだ。僕達がウィンターさんを説得出来ない以上、ラティマーさんに頼るしか方法が無い。
「そしてレベッカも、レイさんの事が大好きなのよね?」
「……はい、母上。わたくしは、レイ様以外の殿方など考えられません」
「ふふ、聞けて良かった。なら二人の想いはもう十分ですよ。さっきからずっと二人は机の下で手を握り合っていて寄り添っていますし、とてもお似合いだわ。ねぇウィンターさん」
ラティマーさんがそう問い掛けると、ウィンターさんは「しかし……」と呟いてレベッカを見つめる。
「レベッカ……お前は良いのか。お前の伴侶となる男は、自分以外の女性も愛すと言っているのだぞ?
今はお前も納得しているのかもしれないが、いずれ彼の愛が自分よりも他の女性に向けられる事に嫉妬する日が来るかもしれない。……そんな結婚をお前は望んでいるのか?」
ウィンターさんは厳しい視線でレベッカに問う。それに対してレベッカは怖気付く様子もなく、強い意志のこもった瞳で彼の瞳を見つめ返す。
「レイ様はそのような事は決してなさいません」
「何故そう言い切れる?」
「それはわたくしがレイ様の事を強く信頼しているからでございます。わたくしはレイ様と出会ったその日から、レイ様の温かさを知ってしまいました。レイ様なしでは生きていけない……そう思えるほどにレイ様に恋い焦がれているのです」
「レベッカ……」
「父上……お願いです。レイ様の頼みを頂けないでしょうか。
このお願いは元はといえばわたくしがレイ様に提案をしたことなのです。レイ様はわたくしがそれを願うならと、その提案を受け入れてくれました。ですので、もしこの事を咎めるのであれば、レイ様ではなくわたくしが責められるべきなのです」
「……っ、レベッカ……お前が……?」
「レイ様の人柄を知るのはわたくしだけではありません。
レイ様と一緒に旅をしている皆様全員、彼の事を慕っておられるのです。わたくしは、そんな素敵な殿方に巡り会えた幸運を女神ミリク様に感謝しております。ですので……どうかお願いです、父上」
レベッカはそこまで言うと、椅子から立ち上がりウィンターさんに向かって深々とお辞儀をした。
「……僕もお願いします!!」
そして僕ももう一度とお辞儀をする。
今までよりも更に深く、テーブルに額がつくくらいまで下げる。
「……」
「……あなた。もう良いんじゃありませんか?」
お辞儀をする僕とレベッカを見つめるウィンターさんにラティマーさんが優しく声を掛ける。そんなラティマーさんに気を削がれたのか、ウィンターさんの表情に硬さが無くなる。
「……全く、キミは甘すぎるんじゃないか。娘の未来が掛かっているんだぞ」
「うふふ、何を言っているんですか。元は貴方がレイさんを見込んでいたんじゃないですか?」
その言葉にウィンターさんは驚きの表情を浮かべてウィンターさんの方を見る。
「っ……! キミ、知っていたのか……?」
「うふふ」
しかしラティマーさんは女神の様な優しい笑顔で見つめ返す。
「……? 父上、何の話でしょうか?」
「い、いや……レベッカには関係の無い事だよ………こうなってしまえば、私も認めざるおえないか」
「!!」
「父上……!!!」
「……レイ殿」
ウィンターさんは僕を真っ直ぐに見つめてくる。その目には先程の厳しさは残っていない。
「キミの事を娘の事だけを考えてくれる人だと信じたいが、未来がどう転ぶかは分からないのが現実だ。……だから私はこう言おうと思う」
そしてウィンターさんは一度目を瞑り、再び目を開くと僕に向かってこう言ったのだった。
「――娘を必ず幸せにすると約束してくれるか?」
「っ! はい!!」
僕は思わず立ち上がり、力いっぱい返事をする。
「もし、キミが娘を不幸にすることがあれば、私はキミを許さない」
「ち、父上! そんな酷いことを……!」
レベッカはウィンターさんの言葉に反論しようとするが、それを僕が手で制す。
「約束します。レベッカを必ず幸せにすると。彼女に悲しい想いはさせません……僕は『人としての幸せ』を彼女と一緒に探していきたいと思っています……!」
僕は力強くウィンターさんを見つめ返す。僕の決意が伝わればという思いを込めて、しっかりと見つめる。
「……ふふ」
そんな僕を見てラティマーさんが微笑みを浮かべる。
「分かったよ……キミを信じようじゃないか。レイ殿、娘をどうかよろしく頼むよ」
「っ! ありがとうございます!」
僕は思わずウィンターさんの手を取り感謝を述べる。
「ふふふ、良かったわね。レイさん、レベッカ……!」
「はい、母上!」
「ありがとう……ラティマーさん……!」
僕とレベッカは互いに顔を見合わせる。そしてどちらともなく抱き合ったのだった。
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