第987話 人の事は言えないレイくん

 ベルフラウの悲報を聞いて阿鼻叫喚の声を上げている少女達。その悲報を齎したベルフラウは、まるでこの世の終わりのようにガックリと項垂れて泣いていた……。


「う、うぅ……」


「べ、ベルフラウさん泣かないで……。……でも、本当に突然ね……レイ君が突然デートとか言い出すから、まさかとは思ったけど……」


「……そっか、サクライくん……レベッカちゃんを選んだんだね……」


「……ルナ」


 落ち込んだ様子で項垂れて泣き始めるベルフラウ。彼女を慰めるためにカレンは彼女に寄り添って励まそうとする。しかし傷心しているのは彼女も同様だった。


 いや、彼女だけではない。


 同郷の友人だったルナも同じようにレイへ想いを寄せてはいたのだが、その想いはベルフラウのそれとは違い、どこか憧れに近いものだった。


 だが、それでも……いやだからこそか。彼女は自分の恋が破れたことを実感して涙していた。そんなルナの様子を見て、レイの妹であるアカメは彼女に掛ける言葉が見つからなかった。


 ……しかし。


「……ベルフラウ、レベッカは何か言ってませんでした?」

「……え?」


 エミリアの質問にベルフラウは顔を少し上げてエミリアの顔を見る。


「何かって言われても………あ」


 そこでベルフラウは思い出す。

 レベッカに皆に伝えるようにと言われた言伝があったことに。


「えっとね……『少しだけお待ちを』……って言われたんだけど」


「どういう事でしょうか……?」


 エミリアが首を傾げると、ノルンは無言でその言葉の真意を考える。


「(……もしかして、レベッカは)」


 両親の前で”あの事”を話すつもりではないだろうか。と、ノルンは予測を立てる。


「(……自分を選んでくれたというのに、優しい子ね。あの子は……)」


 ノルンはここには居ないレベッカの優しい天使のような笑みを浮かべて、ベルフラウに向き直る。


「ベルフラウ」


「……な、何。ノルンちゃん……お姉ちゃん、もうちょっと泣きたいんだけど」


「貴女、仮にもレイのお姉ちゃんでしょう。もうちょっとしっかりしなさい、何歳生きてるのよ」


「うぅ……ノルンちゃん厳しい……あと年齢の話は止めて」


「……そう。まぁいいわ……ベルフラウ、レベッカが『少しだけお待ちを』って言ったのよね」


「え? うん、そうよ」


「そう……」


 ノルンは少し考えた後、仲間達に告げる。


「皆聞いて頂戴。多分ね、レベッカはこう考えているの思うわ―――」


 ノルンはそう言って、皆に自分の考えを聞かせる。


「……え、それ本当なの?」


 話を聞いたカレンは少しだけ表情を緩ませてノルンに再確認する。


「あくまで私の予想よ。でも、この件は元々あの子が発案だしね。問題はレイがそれを了承するかどうかだけど……」


「……レイの事だから、流石に拒否しそうな気がしますね」


 エミリアはレイの表情を想像してため息を吐く。


「でも、自分が選んだ女性の頼みよ? 彼なら受け入れるんじゃないかしら」


「……む」


 ノルンの言葉にエミリアはうーんと考えてみる。彼の意外と押しに弱い性格や、昔からレベッカに甘い所を考え、エミリアは一つの可能性を見出す。


「……もしかしたらワンチャン?」


「ワンチャンどころか、レイって結構チョロいわよ」


「えー……」


 エミリアとノルンの会話に、ベルフラウが反応する。


「わ、私の弟はそんな軽い男じゃありません!!」


「……ま、後はレベッカが彼を説得できるかどうかかしらね……」


 ノルンはベルフラウの言葉に返事を返して、窓の外を見上げるのだった。


 ◆◇◆


 一方、レイとレベッカは……。


「「あ」」

「……」


 つい先程、レイと口論になり長老様に叱られて去っていった神官プラエと神殿の入り口で再会してしまった。


「……悪いか。俺は元々この神殿の番人だぞ。ここに居て何が悪い」


 神官プラエはレイをギロリと睨んで威嚇する。


 しかし、先程レベッカに完全に振られて諦めが付いたのか、視線こそ鋭いがその表情はどこか憑き物が落ちたようにスッキリしていた。


「いや、悪いとは言ってないですけど……」


「プラエ様、神殿の中に入ってよろしいでしょうか」


「……元よりラティマー様に二人を連れてくるように仰せつかっておりました。こちらへどうぞ」


「母上が」


「はい。おそらくラティマー様だけでなくウィンター様もいらっしゃるかと」


「……そうですか。プラエ様、案内をお願いしてもよろしいでしょうか」


「……勿論です。では俺に付いてきてください」


 そう言ってプラエは神殿の中に入っていく。レイとレベッカもその後に付いていくのだった。


 ◆◇◆


 神官プラエに案内され、レイ達はラティマーの待つ部屋へと向かう。その道中に……。


「あの……」

「む」


 レイは前を歩いていたプラエに話しかけると、振り返りレイを見る。そしてレイは少し迷った後、意を決して口を開く。


「……さっきは色々すみませんでした」


「何がだ」


「……色々とです」


「……止めろ。貴様に謝られると益々自分が情けなく感じてしまう」


 プラエはそう言って、再び歩き出す。


「……」


 レイ達はそんなプラエの後を黙って付いて行くのだった……。

 そして、二人が案内された部屋は神殿の一番奥にある一室だった。


「この部屋だ」


 神官プラエはそう言ってドアをノックしようとするが、それをレベッカが「お待ちを」と言って遮る。


「神子様、どうされました?」


「少しレイ様と事前に打ち合わせをしたのでございます。少しだけお時間を貰えないでしょうか?」


「構いませんが……」


 神官プラエは仕方ないと言った表情でレベッカのお願いを承諾する。


「ありがとうございます、プラエ様。ではレイ様、お耳をお貸しくださいまし」


 レベッカはそう言ってレイの元へ近づいて彼の耳元で口を開く。


 すると、レイが驚いた顔で声を上げる。


「……!? ちょっ、レベッカ、本気で言ってる?」

「……はい。本気でございます」


 二人はコソコソと小声で会話を始める。


「(……でも、そんなのレベッカは嫌なんじゃ……)」


「(……いえ、私もレイ様と同じ気持ちですので。後はレイ様が許可してくれれば……)」


「(……)」


 レイはそう言われてしばし黙り込む。


「……神子様」


「プラエ様、あと少しだけお待ちくださいまし。……レイ様、如何でしょうか?」


「……うん、分かった。……僕も頼んでみるよ」


「……レイ様!」


「……だ、だけどねレベッカ。かなり破天荒な頼みだと思うんだ。正直、そんな事を口にしたら、もう二度と会わせてもらえなくなるんじゃ……」


「大丈夫でございます。 この村では前例がない話ではございませんし!」


「本当なの、それ?」


「お爺様は10人同時だと」


「え、マジ!?」


「はい。もっともお爺様の武勇伝の一つでございますので、実際に聞いてみたわけでは……」


「……そ、そうなんだ……レベッカは物知りだね」


「ふふ……」


 レイとレベッカは軽く笑い合った後、再びプラエの元へと近づく。


「……申し訳ありません、お待たせしました」


「……もう宜しいのですか?」


「はい。ここまで待っていただいてありがとうございます」


 そう言ってレベッカは一歩後ろに下がりレイの背をそっと押した。レイはそれに頷いて前に出る。


「……お世話になりました」


「……貴様の世話をした覚えはない」


 レイの言葉に淡々と返す神官プラエ。


「……プラエ様。許嫁の件でございますが……」


「……その件はお忘れください。俺の愚かな行いが招いた結果です。貴女に非はございません」


「いえ、プラエ様。今まで未熟なわたくしを支えて下さったことに感謝しております。プラエ様に弓の扱いや狩りの心構えなど、戦いの教えを厳しく指導して頂いた事も決して忘れません」


「神子様」


「結果的にこのような形になってしまいましたが、プラエ様……わたくしは、貴方様の事嫌いではございませんでした」


「……っ」


 レベッカのその言葉を聞いた瞬間、プラエは目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じた。そんな彼の様子を見てレベッカは再び口を開く。


「最後に一つお願いがございます」


「……何でしょうか?」


「プラエ様、わたくしが初めて弓で鳥を撃ち落とした時の事を覚えておられますか?

 あの時、プラエ様はわたくしの頭を撫でて褒めてくださいました。その時のように、最後にもう一度……」


 レベッカはそう言ってプラエに頭を向ける。


「っ!! 神子様、それは……」


「お願いします」


「……分かりました……っ!!」


 そう言って、プラエは震える手でレベッカの頭を撫でる。


「!!」

「ありがとうございます、プラエ様。……それでは行って参ります」


「はい……」


 レベッカはそう言って扉を開けて部屋に入っていった。

 そして、残されるレイと神官プラエ。


「……おい、貴様。さっきから何故俺を睨んでいる」


「……べっつにー」


 レイはプイッと顔を背けてプラエから視線を逸らす。


「ふん……まあ良い、貴様も呼ばれているのだからさっさと入れ」

「……」


 レイは軽く頭を下げて神官プラエの横を通り過ぎていく。


 しかし、部屋に入りかけたところでレイは足を止めて神官プラエの方を振り向く。


「……なんだ?」


「……プラエさんって何歳なの?」


「何だ、その質問は……? ……27だが、それがどうかしたのか?」

「……」


 レイ 18歳

 レベッカ15歳

 プラエ 27歳


 レベッカと12歳離れているのにプラエとレベッカは許嫁だったという。


「ロリコン」


「おい貴様、今何と言った!?」


「失礼しましたー」


 プラエがレイに言い返そうとした時、既にレイは部屋の中に入ってしまっていた。


「……あの小僧、次に会った時は覚えていろよ……っ!!」


 そして一人残された神官プラエは、レイに対する怒りを拳に込めて壁を殴るのだった。

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