第697話 お爺ちゃん最終試練

 

 冒険者ギルドで報酬を貰った僕達は、修理依頼をした槍を受け止める為にジンガさんの工房まで戻ってきた。


「ミーシャ様、こちらを手土産として後でジンガ様にお渡しくださいまし」


 レベッカかは少し前に解体したスーパーなんとかという魚の切り身を布に包んで、ミーシャちゃんに手渡す。


「う、うん。保存庫に閉まってくる」


 ミーシャちゃんはレベッカに渡されたそれを持って家の中に入っていく。1分後、戻ってきたミーシャちゃんと工房の中に入ると、ジンガさんがムスッとした表情で僕達を迎え入れてくれた。


「……来たか」

「こんにちは、ジンガさん。頼んでた槍の修理は終わりましたか?」

「ああ、今朝出来上がった」


 ジンガさんはそう言って、工房の奥に立ててあった布に包まれた一本の槍を手に取る。


「レベッカ」

「はい」


 僕が彼女に促すと、レベッカは前に出てジンガさんからその槍を受け取る。レベッカが槍を受け取ると、包まれていた布を取ってその武器の全貌を確認する。


「これは……!」

 レベッカは感嘆の声を上げる。持ってきた時は錆びだらけでボロボロにになっていたその槍が、なんということでしょう。漆黒の艶を放つ美しい黒槍へと生まれ変わっております。と、レベッカの脳内でそんな言葉を考える。


「オリハルコンと神合金を使うだけあって修理には中々苦労したぞ。並の鍛冶師なら半年は時間を掛ける所だ」


「お爺ちゃん、それを3~4日で仕上げたの!? 凄い!!」


 ミーシャちゃんが驚いた表情で言った。


「……ふん、俺を誰だと思ってるミーシャ。傭兵を退役してからずっと鍛冶に打ち込んできたのだ。その辺の若いやつより多少早く仕事が出来て当然だろう」


 ジンガさんはフッと笑う。

 堅物な人だが、孫のミーシャちゃんに褒められてて少し嬉しそうだ。


「流石、ジンガさんです。いつも短い時間で武器を仕上げますよね」


「この槍の光沢も素晴らしいです。それに武器から力強さを感じます」


「素晴らしい仕事ぶりですわ、ジンガ殿」


「フン……茶化すな。一応、この工房が多少特別というのもあるんだがな……まぁ、いい」


 僕とカレンさんレベッカが褒めると、ジンガさんは少し恥ずかしそうにそっぽを向く。そして、すぐにこちらを振り返る。


「それで、お前たちの方はどうだった? ミーシャとアリスは少しは成長したか?」


 ジンガさんはキッと目を細めてミーシャちゃんとアリスちゃんに視線を移す。


「う……!」

「あ、あんまり自信無いかも……」


 ジンガさんの鋭い眼光にミーシャちゃんとアリスちゃんは少し怯える。


「ふふ、お二人とも、この数日で随分変わられたと思います」


 レベッカは微笑ましそうにそう語る。そして、カレンさんは彼女達からそっぽを向いて「そうね……特にミーシャは少し見直したわ」と語る。


「……え?」

「ミーシャ良かったね、あのカレンさんから褒められちゃったよ!!」

「う、うん……!!」


 カレンさんの言葉に一瞬、ミーシャちゃんは耳を疑ったようだが、アリスちゃんの言葉で彼女は嬉しそうに眼を輝かせた。


「フン……それは良かったな。どの程度強くなったかは確かめる必要はありそうだ……。その槍の感触はどうだ? 一応、お前が使う事を考慮して、多少長さと持ち手を工夫したつもりだが」


 ジンガさんはレベッカにそう質問すると、レベッカは槍を上下に振って頷く。


「はい。大変素晴らしいです。流石ジンガ殿です」

 レベッカはそう言いながらジンガさんに視線を向ける。


「実戦で振るう時が楽しみでございます」


「見掛けによらず中々好戦的な娘だな……ならば、今ここで試してみてはどうだ?」


「と、言いますと?」


 レベッカがそう尋ねるとジンガさんは再びミーシャちゃんの方を向く。


「ミーシャ、アリス。お前たちがどれだけ強くなったのか、彼女と戦ってその力量を示して見せろ」


「えっ!?」


「レベッカちゃんと……!?」


 ジンガさんの提案にミーシャちゃんとアリスちゃんは驚く。


「わたくしは構いませんが……」


 レベッカは少し困ったように話す。


「何か不満か?」


「いえ、流石に槍に不慣れな状態で戦ってしまっては何が起こるか分かりません。少し練習の時間を頂きたいのございます」


「分かった……なら二時間後、二人と手合わせしてくれ」


「そういう事であれば喜んで」


 レベッカは、ジンガさんにそう答えて僕の方に視線を向ける。


「レイ様、練習の為に少し付き合っていただけますか?」


「うん、構わない」


「あ、あの……お爺ちゃん、ボク達に拒否権は?」


「アリスは構わないけど……」


「……」


 ミーシャちゃんはおそるおそる質問する。

 しかし、ジンガさんは無視して工房から出て行ってしまった。


「……うぅ、あれじゃあ拒否できないよぉ」

「ここまで来たら腹を括りなさいな」


 カレンさんはミーシャちゃんの肩を叩いて軽く苦笑する。


「じゃあ、レベッカ。僕らは外で練習しようか」

「はい」


 こうして、レベッカは新たな槍を手に馴染ませるために、ミーシャちゃん達は成長を確かめる為に手合わせをすることになった。



 それから二時間後――


 僕達は、ジンガさんの指示通りに庭に集まり、準備体操をしていた。


「レベッカ。槍には慣れた?」

「はい」


 僕の質問に対してレベッカは力強く頷く。


「うう……緊張してきた……」

「そう? アリスはちょっと楽しみ」


 ミーシャちゃんは相変わらずの様子だ。アリスちゃんはミーシャちゃんと比べると表情が明るい。


「……っていうか、二人はレベッカが槍を使う場面見た事あったっけ?」

 

 僕の記憶では彼女達の前でレベッカが槍を振るう場面は殆ど無かったように思う。


 以前に顔合わせした時は一緒に肩を並べて戦ったわけじゃないし、今回の冒険者活動の際はレベッカはずっと弓で戦ってた。


 彼女達にとってレベッカがどの程度の実力か全く把握できてないだろう。


「えっと……無いです」


「ずっと弓と魔法ばっかり使ってたよねー。ねぇ、レベッカは強いの?」


 アリスにレベッカはそう質問されて、少し戸惑いながら答える。


「いえ、わたくしなど……レイ様と比べたら……」


「(僕を比較対象にしないでほしい)」


 レベッカがどう思ってるかどうかは置いといて、僕とレベッカに実力の差は殆ど無い。むしろ一対一の手合わせなら僕が不利なんじゃないかと思う。


 前に戦った時も、多少僕が戦いから離れてブランクがあったことを踏まえても勝てる気がしなかった。


「そっかー、それだったらレイさんよりは勝負になるのかな?」


「今度はアリス達にも勝ち目ありそう!!」


 ……ほら、そんな事言うもんだから二人が妙に張り切っちゃった。


「ね、ね、カレンさん」


「どうしたのルナちゃん」


「二人に何かアドバイスは無いの?」


「……そうねぇ……」


 そう言って、カレンさんはミーシャちゃん達とレベッカを交互に見る。


「……ミーシャ、アリス」


「はい?」「なーに?」


「その子、私より強いから本気で立ち向かいなさい」


「!?」「え!?」


 カレンさんの言葉に二人が固まった。


「レベッカ、くれぐれも全力で戦うのは控えてちょうだいね」


「はい、心得ております」


「え? え?」


「え? レベッカさんがカレンさんより強いって、そんな」


「ちょっと!!」


 ミーシャちゃんは驚愕の表情で僕を見る。アリスちゃんも同様だ。レベッカはいつも通りの微笑で二人を見ている。


「ねぇ、レイさん……今の冗談だよね?」


「カレンさんって最強の冒険者って言われてるのに、レベッカの方が強いの?」


「……何と答えれば良いやら。でも前回の決闘ではカレンさんが勝ったよね?」


「形としてはね……最終的に勝負を決めたのは武器の性能差よ。その武器も、今回のジンガさんが作り直してくれたお陰で完全に埋まっちゃったわ」


「カレンさんが言うにはそういう事らしいよ。レベッカはどう思う?」


 僕は彼女自身に質問してみる。すると、レベッカは「ふふふ、わたくしなどカレン様と比べればまだまだでございます」と微笑して答えた。


「まぁ、実際に戦ってみれば分かると思うわ」


 カレンさんがそう言っていると、ジンガさんが家から顔を出した。


「話はその辺にしてそろそろ始めないか? ミーシャとアリスはちゃんと特訓の成果が出せているんだろうな?」


 レベッカとの手合わせ前に不安そうな視線を向けるミーシャちゃんとアリスちゃんにそう言うと、二人はハッとする。


「ではやるぞ、両者とも距離を取れ」


 ジンガさんはこちらに歩いてきて力強く言い放つ。


 どうやらジンガさんが審判役を務めるようだ。その声が響くと、レベッカは一礼してゆっくりと距離を取り、ミーシャちゃん達は慌てて距離を取る。


 レベッカは単独で槍の先端を地面に付けたまま構え、ミーシャちゃんは剣と盾をがっちり構え、その斜め後ろにアリスちゃんが杖を両手で持って構えている。


 これで手合わせの準備は整った。


「―――よし、では始めろ」


 その言葉と同時に、手合わせの火ぶたが切られた。

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