第696話 いつもの

 巨大クラーケンを倒したその日の夜の話。僕達は港町の人達総出でもてなしの宴をしてもらった。


 スネイクさんは僕達に「英雄が酒の席でお預けじゃ盛り上がらねぇ」と言って、僕達は町の人達から様々な料理を振る舞ってもらうことが出来た。


 早速漁に出た漁師さん達も居たようで、その日の内に仕入れてきた新鮮な魚介類を使った料理の数々はとても美味しかった。


 クラーケンの討伐が終わってから既に酒盛りは始まっていたようで、僕達が宴にやって来た時には町の人達と一緒になって大量の酒瓶がテーブルに転がっていた。


 漁師さん達から「お前らも飲め!!」と勧められたが、僕達の大半はまだ子供だ。


 この世界にお酒を飲むための年齢制限は無いのだが、やはりお酒は子供には苦いものという認識がある。特に今回は最年少のアリスちゃんやルナがいる。


 その為、今回は断ることにした。実際は、宴の席で転がってる男達の惨状を見て、彼女達がドン引きしてたのが本当の理由であることは伏せておく。


 意外にもカレンさんはお酒が好きだったらしく、僕が断った時に軽くショックを受けていた。


 後で聞いた話だが、カレンさんのお父さんにお母さんには時々内緒で高級なお酒を嗜んでいたらしい。王都に居た時も酒場で一人飲んでいることもあったそうな。


 カレンさんはまだ病み上がりなんだから、どのみち飲んじゃダメだと思うが、少し悪いことをしたかもしれない。


 そして、その日の夜が空けて次の日――――


「……眠い……ちょっと頭も痛いし……」


 僕は目を擦りながらベッドから起き上がる。宴は夜遅くまで続いたせいで、僕達が解放されたのはてっぺんを越えた数時間後だった。


「んー、むにゃむにゃ………レイ様、それはお魚ではありません……お魚を模したアンパンでございます………はむはむ……」


「……」


 自分が横になってたベッドの右隣り視線を落とすと、そこには人の腕を甘噛みしている寝ぼけたレベッカの姿があった。


「……」

 何時から部屋に居たんだこの子は……。


「……んー、レイ君、不謹慎な行為はダメよ………私がベルフラウさんの代わりに教育してあげないと……すー……」


 僕の左隣には、同じく寝ぼけてヘンテコな寝言を呟きながら眠っているカレンさんの寝顔があった。


 僕は何故このような状況になってしまったのか数分思考する。どういうわけか靄が掛かったかのように記憶が曖昧だが、寝る前の事を少し思い出した。


「レベッカが久しぶりに一緒に寝ようと言い出して、カレンさんが止めに入った結果、何故か三人で一つのベッドで寝る羽目になったんだった……」


 っていうか、レベッカが腕に口を当ててるせいで涎でベトベトだし、彼女の歯が当たって地味に痛い。反対のカレンさんは豊満な胸元が僕の太腿に当たって気持ちが良いんだけど、僕の足をがっちりホールドしてて動くことが出来ない。


 こんな現場、もしルナに見られたら「さ、サクライくんのスケベー!!」みたいなお約束な反応をされるに違いない。


「…………とりあえず、二人を起こそう」


 ……正直、勿体ない状況ではあるのだけど、僕は未だに甘噛みしているレベッカに声を掛け、次にカレンさんの肩を優しく揺する。


「カレンさん起きて、もう朝だよ。綺麗な顔が緩んじゃって色々台無しになってるよ」


「んー……え、あれ?」


 カレンさんが目をぱちくりとさせて起き上がる。そして状況が分かったようで「ふぇぇ……」と情けない声を漏らしながら赤面して慌てて僕に謝ってきた。


「あ、ご、ごめんなさい!! 私ったらつい寝ちゃって……!!」


 カレンさんは僕の身体から手を放してすぐさま乱れた衣服を整える。


「……ふぁぁぁぁぁぁぁぁ………レイ様、カレン様、おはようございます。昨夜はお楽しみでございましたね……」


 右隣りで眠っていたレベッカが上半身を起こす。僕はレベッカにハムハムされた腕の涎をハンカチで拭いながら「おはよう」と答える。


「レベッカちゃん、『昨夜はお楽しみ』って言うの止めなさい。色んな人が誤解してしまうわ」


「正しくは、『昨夜は宴が続いて皆様とてもお楽しみになっておりましたね』という意味でございますが」


「レベッカちゃん、分かってて言ってるわね?」


「見ての通り、レベッカはまだ数えて十三の子供でございますので……」


「……」


 カレンさんはレベッカがワザとやってると気づいて、ジト目で睨んで……すぐに表情が緩んで笑う。


「レベッカちゃんったら、もう……自分で言ってたから意味ないわよ」


「わたくしなりの冗談でございます、カレン様」


 二人はそう言って朗らかに笑う。


「……」


 ベッドに横になってから記憶無いんだけど、本当に何も無かったんだよね?


 お酒は飲んでないはずなんだけど……あれ、でも最後の方に出てきた果実入りのジュースはとても美味しかったけど、飲んでからの記憶が曖昧……。


 まさか、あれはお酒……?


 確か、飲んだのは、僕と、レベッカと、カレンさんだけだったと思う。アリスちゃん達は眠くなって早めに宿に戻っていったから間違いなく飲んでいない。


 ……まさか。


「(いや大丈夫、まさか寝ている間に……なんて事は絶対……無い……うん……僕はまだ未経験だから……)」


「レイ君、どうしたの? 顔が青いけど……」


「え!? いや、別になんでもないよ! あは……あははは」


 僕は必死に誤魔化すが、カレンさんは何かを察したようで、僕に向かって意味深に顔を赤らめて微笑む。


「(何その笑顔!?)」


「レイ様、昨夜はお楽しみでしたね」


「レベッカ、なんで何度も同じ事言うの!?」


「いえ、言ってみただけでございます」


「ふふふ、慌てちゃって……レイ君かわいい♪」


「レイ様、とても可愛らしいです♪」


「……」


 その後、僕は二人に何度も昨夜の事を問いただしたのだが、はぐらかされてしまった。僕は諦めて出立の準備を整え、朝食を済ませて全員宿を出る。


 お世話になったスネイクさん達に挨拶をする。その際、「少し依頼料を色を付けておくから楽しみにしてくれ」とスネイクさんが言っていた。


 そして、それから1時間後、竜化したルナの背に乗って僕達はギルドのある街に戻り、冒険者ギルドへと向かう。


 冒険者ギルドの受付に向かった僕達はギルド受付のお姉さんに報告しに行く。


「すいません。昨日一泊して報告が遅れましたが、ミナトの港町の巨大クラーケンの討伐依頼、無事に完了しました」


「はい、聞いております。こちらにサインをお願いします」


「分かりました」


 僕は頷いて、渡された書類に自分の名前と仲間達全員の名前を書く。


「書きました」


「はい、承ります。では、本来の報酬は金貨十八枚だったのですが、依頼者の方が感謝と信頼の気持ちという事で、報酬に上乗せして金貨三十枚が支給されます」


「ありがとうございます!!」


 僕はお礼を言って、金貨の入った布袋を受け取った。


「それと……実は、他にも『是非受け取ってくれや、ガハハハハハ!!』……と、仰られて押し付けられた……じゃなくて、別の形で頂いたものもございまして……レイ様方に受け取ってほしいのです」


 受付のお姉さんは何故か苦笑いしてそう言った。


「別の形?」

「なんだろーね?」


 ミーシャちゃんとアリスちゃんが反応する。


「少々持つのに手間取る品でして……申し訳ありませんが、ギルドの物資保管庫まで取りに来て頂けますか?」


「是非受け取らせてください。でもそんなに重いものなんですか?」


「ええ……出来れば、二、三人ほどで取りに頂ければと……」


 三人も必要なのか……何なのだろうか?

 どのみち、スネイクさん達から頂いたものなのだから断る理由はない。


「じゃあ、僕と……えーっと……」

 僕は仲間達の方を振り返る。それなりに力がありそうなのは……。


「カレンさんとミーシャちゃん、来てくれる?」

「私?」

「いいですよー」


 二人は僕の申し出を快く受け入れてくれた。


「残りの皆はギルド内で待っててくれる? すぐに戻ってくるから」


「畏まりました、レイ様」


「アリスも大人しく座ってるねー」


「サクライくん、じゃあお願いね」


「うん。じゃあ行ってくるよ」


 僕はそう言って、ギルド職員のお姉さんに物資保管庫まで案内される。


 そして―――


「こ、これは……」

「まさかの……」

「うわぁ………おっきい……」


 僕、カレンさん、ミーシャの三人は、ギルドの物資保管庫でそれを見て唖然とする。僕達三人が驚愕しているもの――それは、巨大なお魚さんだった。


「全長三メートルの近海の主、ギガンティックスーパーメガロドンマグロでございます。正直、これが馬車で送られてきた時は目を疑いました……はは」


 お姉さんはそう言って乾いた笑い声を出す。その、ギガンティックスーパーメガロドンマグロとやらは魔法でカッチカチに凍らされており、胴体の部分だけは布に包まれていた。


 しかし、その死んだ魚の目と共に飛び出た魚の頭と、尻尾は大きすぎてとても隠せたものでは無かったようだ。


「正直、申しますと……うちのギルドにずっと置いておかれると扱いに困ってしまいますので、レイ様達がすぐにもどってきてくださったので助かりました……。勿論、受け取ってくださいますよね?」


「「「……」」」



『―――ギガンティックスーパーなんとかを受け取りますか?』


  『はい』

 →『いいえ』


 ……今、頭の中でメッセージアイコンが出て、猛烈に『いいえ』を選択したくなった。


「カレンさん、ミーシャちゃん……これどうしよう……」

「……どうしよっか?」

「……う、うーん」


 三人は唸りながら頭をひねる。しかし、中々良いアイデアが浮かばない。


「とりあえず……魚は鮮度が命だから……」

「そうですね」

「うん」


 僕達はギガンティックスーパー何とかを三人で運ぶことにした。その際、ギルド職員さんや他の冒険者と鉢合わせした時に、物凄い驚いた顔をされた。僕達がギガンティックスーパー何とかをギルドの外に出ると、レベッカが出迎えてくれた。


「あ、お帰りなさいませ、レイ様……って、え?」


 レベッカは僕達の後ろにあるギガンティックスーパー何とかを見て言葉を失う。レベッカが唖然としていると、同じく出迎えに来てくれたルナとアリスちゃんが後ろからやってくる。


「アリス退屈だったよー。結局、何がもらえ……た……の……?」


「サクライくん、お帰りー……え、……何それ……こわ……」


 ルナは僕とレベッカの後ろにあるギガンティックスーパー何とかの死んだ魚の目を見て、表情が固まった。


 ……その後、僕達は羞恥の視線に晒される前にそそくさと街を出た。


「……と、とりあえず報酬は全額貰ったし、ジンガさんの所に向かおう」


 僕は気を取り直して皆にそう言う。


「でもジンガお爺ちゃんがこんなの見たら何言われるか……」

「う……確かに……」


 ミーシャちゃんの言う事も尤もである。突然、こんな馬鹿デカい魚を解体もせずに渡されて、そのまま実家に帰ったら、ジンガさんが困惑するだろう。


 すると、レベッカは「あ、そうでございます!」と少し声のトーンを高くして声を出し、パチンと両手を叩く。


「そうでございます、解体すれば良いのですよ!」


「え、解体……? でも、私達は魚なんて捌けないわよ?」


「わたくしの住んでいた村では、魔物や動物などを干物にして保存することも珍しくありませんでしたですので、わたくしにお任せください」


「……そういえば、得意だったね」


 結構前にドラゴンの鱗を全部剥ぎ取って、中のお肉と臓器を解体していたのはレベッカの指導だった。それ以外にもオーク肉の解体作業などもレベッカが率先してやってた気がする。


「ではでは、レイ様」

「何?」

「レイ様の聖剣をお貸しくださいまし♪」


「……」

 僕は無言で鞘から聖剣を抜く。


『イヤよ』

「……」


 間髪入れずに断られてしまった。僕はカレンさんに視線を向ける。


「カレンさん……」


「……わ、私も……ほら、この聖剣アロンダイトはグラン国王陛下から貸し与えられた物だし……勝手には……」


 カレンさんはそう言ってやんわりと拒否してきた。


「……ミーシャちゃん、その剣貸して」

「えっ!?」


 僕はミーシャちゃんから剣を借り受けて、そのままレベッカに渡す。


「では、わたくしはお魚さんと戯れておりますので、皆様はしばしお待ちくださいまし……。さて、まずは血抜きと……」


 レベッカはミーシャちゃんの剣を器用に扱い、重力魔法を使って軽く浮かせたギガンティックスーパー何とかのエラを斬り、そこから丁寧に切り口を入れていく。


「うわぁ……血がいっぱい……」


「お魚ってああやって解体するんだね……」


「……魚が食べられなくなりそう」


 レベッカの手慣れた行動にミーシャ、アリス、ルナはドン引きしていた。


 それから三十分後。


「レイ様、見事に分割できました」

「う、うん。お疲れ様」


 レベッカはミーシャちゃんの剣を鞘にしまう。ギガンティックスーパー何とかの巨大な切り身が分割され、なんとか両手で持てる程度に分割された。


「では、この切り身はわたくしの<限定転移>で一時預かってきますね」

「……本当、便利だよね」


 というか、最初からそれを使っておけば、解体の必要なかったのでは?

 僕のそんな疑問は、レベッカの満面の笑顔に消えていくのだった。

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