第84話 地下九階 想定外の出来事
そして次の日、再び地下九階に挑む。
「今回は出来かぎり戦闘を控えて進もう」
「そうですね」
昨日はつい金貨が大量に転がっていたため目が眩んでたが、
本来の目的は火龍(サラマンダー)である。うん、今日は絶対に宝に目が眩んだりしない!
そんな決意をした矢先だった。
「レイくん、あれって宝箱じゃない!?」
「えっ?」
前方を見ると、確かに宝箱があった。
しかも、ご丁寧にやたら豪華な箱だ。如何にも凄そうな物が入ってそう。
「宝箱です!」「宝箱ね……」
「宝箱だよ!」「宝箱ですね」
僕達四人の声が重なった。
「い、いや……でも罠かもしれないし……」
「
エミリアがノータイムで判別魔法を使った。
―宝箱は青く光っている―
「罠は無いようですね」
そう言ってエミリアが宝箱を開ける。
中には一冊の本が入っていた。
「これは……魔導書かしら?」
「なんでしょう?見たところ普通の本に見えますけど」
「ちょっと待って、何か書いてあるみたいだから読んでみるよ」
僕はその本を開いてみた。
【呪いの書】
何だろうこれ、黒魔術の本とかそんな感じだろうか。
「――レイくん! その本捨ててっ!」
「えっ?」
突然言われて反応できなくて呆然としたが、姉さんが僕から本を奪い取って投げ捨てた。
「あぁっ! なんてことを」
「いいから早く燃やして!」
「えっ!?」
僕達が姉さんの言葉に動揺してると、さっき捨てたはずの本が浮かび上がり……。
「間に合わない……!三人とも、私の手を取って!」
「えっ、うん!」
「は、はい」
「わかりました!」
僕達は動揺しながらも姉さんの手を取り……!
「離さないでね!」
――そして、その場から消失した。
◆
気が付いたら、
僕たちは九階のダンジョンの入り口に戻っていた。
「こ、ここは……?」
「入り口付近のようですね……九階の」
「今のは……ベルフラウ様?」
そうだ、ここに連れてきたのは多分姉さんだろう。
「……姉さん?」
周りを見渡すと姉さんが倒れていた。
「姉さん!」
僕は倒れていた姉さんに寄りかかって抱き起した。
「姉さん、しっかり――!」
「大丈夫」
姉さんに強く呼びかけたら普通に反応が返ってきた。
少ししたら姉さんは立ち上がった。
「良かった、大丈夫そうだね」
「うん、急に力を使ったからちょっと消耗しちゃっただけだよ、大丈夫」
そう言う割には顔色が良くないように見える。
「とりあえずここを離れましょう、いつまたモンスターが来るかわかりません」
「そうだね、一旦出よう」
僕達は
◆
そしてそのまま宿に戻り、部屋で休むことにした。
「あの本の中身は何だったんですか?」
「わからないわ、表紙を見た瞬間に嫌な予感がして咄嵯に投げ捨ててしまったから……」
「呪いの書って名前だったと思うんだけど……」
僕の呟きを聞いてエミリアは顔色を変えた。
「――レイ、今なんと?」
「え、呪いの書って言ったんだけど――」
<呪いの書>というワードを聞いた途端、エミリアの顔が強張る。
「まさか……」
「どうしたの?」
「……その書、悪魔が乗り移った呪いの本です」
「えっ!?」
「そ、そうなのですか!?」
エミリアの回答に驚いたのは僕だけでは無かったようだ。
「はい、以前ダンジョンでそれを読み進めてしまった人が呪いに掛かってしまって……」
呪い、それって―――
「エミリア様、その呪いとは?」
エミリアは言い辛そうにしてたが、意を決したように話し始めた。
「読んでしまうと
それって前に、僕が受けてしまったっていう――
「え、もしかして僕があのまま読んでたら……」
「下手すると、レイも
こわっ!何でそんなものがあんな豪華そうな宝箱に入ってたんだ!?
「そんな危険な物があったなんて……」
「ベルフラウ様はそれに気付いて捨てたという事でしょうか?」
レベッカの言葉で、ベッドに腰かけている姉さんに注目する。
「えっと……何かは分からなかったんだけど、表紙を見た瞬間に危険だと思って咄嗟に――」
咄嗟に――そう言えば、姉さんが使ったのって、
「姉さん、もしかして<空間転移>を使ったの?」
僕の言葉を聞いて、横に居るレベッカとエミリアが驚いた顔をした。
「それは、確かわたくしの――」
「それ以外にもミリクが使っていませんでしたか?」
あ、しまった。
「あ、えーっとね、うん……」
流石に隠しようが無いので姉さんも肯定したようだ。
「まさか、レベッカに続いてベルフラウまでそんな凄い魔法を使えるなんて……!」
ぐぐぐ……とエミリアは悔しそうな顔をするが、すぐ真顔になる。
まぁ空間転移ってそもそも魔法じゃない気がするんだけど。
でも冷静に考えると、
「驚きました、ベルフラウ様も使えるとは――
それに、私と違って人も転移出来るのですね。まるでミリク様みたいでございます」
「そ、そうね……私も驚きだわ……うふふ」
姉さんもミリクさんも女神だからね、使えてもおかしくはないけど。
「ひとまず姉さんは疲れてるみたいだから今日は解散しよう」
「そうですね……では、後で」
「ベルフラウ様、お大事に」
レベッカは姉さんの部屋から出て行った。
エミリアは何故か僕に目配せをして出て行く。
……?どういう意味だ?後で行くという事だろうか。
そして近くに居なくなったことを確認して姉さんに話しかける。
「姉さん、体の方は大丈夫?」
「うん、久しぶりに使ったけど慣らせば大丈夫、ごめんね心配かけて」
「気にしないで……それにしても」
あの<呪いの書>捨てても勝手に動き出してたよね。
「姉さんが咄嗟に<空間転移>使ったのは、直接魔法を掛けられると思ったから?」
「実際に何をするかまでは分からなかったけどね」
何にしろ、姉さんの咄嗟の判断に僕たちは助けられたって事だね。
「ありがとう」
「気にしないで、これくらい全然大したことないから」
僕は姉さんの体調を気にして話を切り上げて部屋を出ることにした。
そして数時間後――
◆
トントントン――
自分の部屋のドアがノックされたので部屋を開けると――
「エミリア、レベッカ、どうしたの?」
「ちょっとベルフラウの事で話が……」
「レイ様、少しだけよろしいでしょうか?」
2人とも真剣な表情をしている。
「いいよ、入って」
部屋に入った2人は、僕の目の前に座ってしばらく無言だった。
「「「……」」」
これは、もしかして気付いてしまったんだろうか……。
そして数分後、エミリアが沈黙を破った。
「あ、あの……ベルフラウの事なのですけど」
「うん」
「その……何か隠していないかな……と思いまして」
「あの、レイ様とベルフラウ様を疑うわけではないのですが……」
二人とも滅茶苦茶言い難そうだ……。
「隠してるって……?」
「その……」「ええと……」
二人とも、何を言えばいいのか分からないって顔してる。
滅茶苦茶モジモジしてる。
「あの、少し前から思ってたんです」
「うん」
「ベルフラウ、何か私たちの知らないようなこと色々知ってて……」
「わたくしも名前すら知らなかった<空間転移>の事も知っておりました」
「……うん」
「なので、その……」
……流石にこれ以上引っ張るのは無理かな。2人とも薄々気づいているみたいだし。
「えっとね……」
僕が言いかけた時に、また部屋のドアを叩く音が聞こえた。
部屋のドアを開けると、そこには休んでいた姉さんが立っていた。
「姉さん」
「ごめんね、何となくこうなりそうだなって思って」
そう言って姉さんは僕の部屋に入っていく。
「ベルフラウ様……」「あ、ベルフラウ……」
二人とも姉さんの顔を見て驚いて、その後に済まなさそうにしている。
「ごめんなさい、私たち……体の方は大丈夫ですか?」
「気にしないで、体の方も大丈夫だから。2人とも、それとレイくんも付いて来てくれる?」
そう言って、僕たちは姉さんに外に連れ出された。
◆
「姉さん、何処に行くの?」
「んっと……そうね」
そう言って姉さんはいつもの酒場に入っていく。
「あ、いらっしゃい、ベルフラウさん、レイさん」
いつもの看板娘のミラちゃんだった。
「こんにちは、テーブル開いてる?」「うん、奥の方開いてるよー」
そして僕たちは奥のテーブルに着いて、注文だけした。
「ベルフラウ、あの……」
「あとちょっとだけ待ってて、お皿が運ばれて来たら話すから」
「は、はぁ……」
姉さんが何を考えてるか分からずエミリアとレベッカは少し困惑していたようだ。
僕もちょっと思っている。
(女神の事話すとしてもわざわざこんなところで……)
あまり人に聞かれたくないだろうに、何故ここに来たのだろう。
店員のお姉さんが飲み物と食事を持ってきてくれた。
……もしかしてお腹が空いていたのだろうか。
昨日持ってきた肉で作られたドラゴンステーキも頼んでるし……。
「はい、ごゆっくりどうぞ~」
お姉さんが去った後、姉さんが口を開いた。
「それじゃ、まずは2人には私の事を話すね」
「え?ええ……」
「と、その前に……あんまり訊かれたくない話だから準備するね」
準備?その割に何故こんな場所へ――
そう思ってたのだが、姉さんはこんな言葉を呟いた。
「<隔離の世>」
姉さんがそれを言った瞬間、
周りの風景が一瞬灰色になってすぐに元の光景へと戻った。
これって、確かミリクさんが以前に使ってた……?
『ちょっとした人払いじゃよ。
儂らの声は周りには聞こえず、よほど強い意志がないとここには近寄らん』
確か、そんなことを以前に言っていたはずだ。
「ベルフラウ様、今何をされたのですか?」
「この事は周りの人……。特にミリクには聞かれたくないから使わせてもらったわ」
そう言って姉さんは少し真剣な顔をして話した。
◆
「まさか……」
「お、驚きです……」
結局、僕達の事は言える範囲のことは大体話してしまった。
姉さんが実は元女神で今は普通の人間であること。
僕と姉さんが実の姉弟ではないという事、僕が別の世界から来たという事だ。
自分が異世界の住人であることは言う必要は無かったのだが、
個人的にこれ以上隠しておきたくは無かった。
「そういうことなの、言えなくてごめんなさい」
「僕もその……ごめん」
「いえ、別に謝るようなことでは……」
「そうです、お二人が謝ることではありませんから……」
――良かった。二人なら拒絶されたりはしないと思ってたけど。
「それにしても、女神様とは……
これからは敬意を以ってベルフラウ様とお呼びした方がよろしいのでしょうか?」
「レベッカちゃん、特に何も変わってないわ」
最近ちょっと言い方変わった気はするけど、レベッカは元から誰に対しても『様』呼びだ。
「まぁ私が<空間転移>とか使えるのはそれが理由ってこと」
「そ、そうなんですか……ベルフラウ様」
今言ったのはエミリアだ。違和感この上ない。
「や、止めて、私そんな偉い神様じゃないから……!」
敬われるのが苦手な神様ってのも珍しいな。
「あ、そうですか、じゃあベルフラウで」
「私も、いつも通りベルフラウ様で」
「ほっ……良かった、これで態度変えられてたら泣くところだったわ……」
隠し通すのが難しくなったから言っただけで、本当は言いたくなかったのだろう。
「それにしても、レイが別の世界から来たとは……」
「わたくしはそちらの方が驚きました」
「あはは……隠すつもりは無かったんだけどね」
というかこうもあっさり信じられるのが意外だ。
「まぁ私はそもそも異世界から来た、とか前に聞いた気がしますし」
「レベッカは知りませんでしたが、何となく浮世絵離れした方だと思っておりました」
僕からすればレベッカの方がよっぽど変わってると思ってたよ。
「まぁレイもベルフラウも何か変わるわけではないので」
「そうでございますね……レベッカも何も問題ないと思われます」
「二人ともありがとう……」
話がひと段落付いたため、僕たちは注文してた食事を食べ始めた。
ちなみにドラゴンステーキは少し冷めてても美味しかった。
「ところで何で姉弟名乗ってたんです?」
「私はレイくんのお姉ちゃん代わりだから」
「まぁそういうこと」
「最初会った時、妙に違和感あるなぁと思ってたので納得しました」
エミリアと出会ったころは姉さんともまだ会ったばかりだから距離感がおかしかったんだよね。僕は他人行儀だったし、姉さんは距離感がバグってたし。
「レベッカとしてはベルフラウ様とレイ様のこちらへ来た経緯が気になるのですが」
「あー」
ちなみに元の世界で死んだことまでは言っていない。
「色々あってこっちの世界に来たんだよ」
「色々あって女神辞めてお姉ちゃんになりました」
姉さんは普通に答えてるけど、色々とおかしい。
「……それはまた随分と波乱万丈ですね」
「えぇ、本当に……」
「でも、お二人はとても仲良さそうですよ?」
確かに、姉さんと一緒に居られるようになってからは毎日が楽しい。
こちらに来てから今までの人生で一番充実していると言ってもいいかもしれない。
「うん、大好きだよ」
そして、それを言葉にして伝えられることがどれだけ幸せなことなのかを実感できる。
僕にとって一番大切なことだ。
「ふふっ、やっぱりお似合いです」
「そうかな?」「はい、まるで本当の姉弟のようです」
「……ありがと」
その後しばらく四人で談笑していた。
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