第85話 地下九階、ゆうべはおたのしみでしたね
その日の夜――
「レイくん、いる?」
「姉さん?」
僕は自分の部屋のドアを開ける。
「姉さん、もう体は大丈夫なの?」
「うん、もう全然大丈夫!」
ダンジョンから帰った時は少し体調が悪そうだったが平気そうだ。
ご飯食べてた時も問題なさそうだったし、本当に久しぶり<空間転移>を使ったからみたいだ。
「部屋に入って良い?」
「うん、いいよ」
僕は姉さんを部屋に入れる。姉さんは僕のベッドに座った。
「帰った時は少し体調悪そうだったのに、今は全然良さそうだね」
「女神の時は正装着けてたからからなのかな。
何の負担も無かったけど今は使うとちょっと疲れやすくなるみたい」
あの時は咄嗟だったからってのもあるかも、と姉さんは言う。
何も無いなら良かった。
「ところで、こんな夜にどうしたの?」
「最近ご無沙汰だったから、久々にレイくんと寝たいなって」
言い方。
「あぁ、そういうことか」
最近は色んなことがあったからなぁ。
「レイくんさえよければだけど……」
「もちろん、断る理由なんて無いよ」
僕は姉さんの隣に座り、そのまま一緒に横になった。
「レイくん……あったかい……」
「姉さんも温かいよ」
お互いの温度を感じながら目を瞑る。
「ねぇ、レイくん」
「何?」
「今日はこのまま寝ても良い……?」
「……うん、僕もそうしたい」
姉さんが腕の中に居るという幸せを噛みしめつつ眠りについた。
◆
次の日、僕たちは朝食を食べ終えてからレベッカと合流した。
「おはようございます、ゆうべはおたのしみでしたね」
「待って、レベッカ。どこでそんな影響受けたの」
「昨夜はお楽しみでしたね」
「違う、そうじゃない」
なんでわざわざ誤解を招くような言い回しをするのか。
「昨日ベルフラウ様の部屋を訪ねたのですが返事が無かったので、
てっきりレイ様の部屋におられたのかと」
「間違ってはないけど、その言い方だと違う意味になる」
「何をされていたのでしょう?」
「寝てた」
「「……」」
あ、これ勘違いされてる。
「姉さん、何か言って」
「一緒に寝てたよね?」
姉さんに聞いたのは間違いだったかもしれない。
「義理の姉弟で添い寝……素敵だと思います。
私の愛読書の話とそっくりです……」
レベッカが変な妄想してる……。
「いや、ほんとに何もないから……」
「わたくしも昔はよくおじいさまと一緒に寝たりしました」
「え?そうなの?」
「はい、子供のうちは親と一緒に寝るものと教えられておりましたので」
小さい頃はそれが普通だよね。てかレベッカ今も子供だよ?十二歳だよ?
「ちなみにいつまで?」
「物心つく頃にはもう一人で寝ていましたが?」
……うん、この子も色々苦労してきたんだろうなぁ。
「レイ様、私にも手ほどきをお願いします」
何のだよ。顔を赤らめないでレベッカ。
「三人ともおはようございます」
エミリアがようやく降りてきた。助けて。
「助けて」「えっ」
思わず口に出して助けを求めてしまった。
「冗談だから引かないで……」
「そうですか、それは残念です」
まったく表情を変えずに言われた……怖いよ。
「シスコンでロリコンってのも業が深いですよね」
「本人に同意を求めないで」
その後四人で軽く話してからダンジョンへ向かった。
◆
二時間後――
「あれは――!」
昨日見たのと同じ豪華な宝箱があった。
しかし、おかしい。昨日あった場所とは違う所に置いてある。
「私の記憶が正しいなら、あんな場所に置いてなかったような……?」
姉さんの疑問に僕ら全員が頷く。
「どういうこと?誰かが置き直したとか?」
「しかし、誰がそんなことをするのでしょうか?」
それは……。
「ミリク様、なのでしょうか……?」
レベッカが悲しそうな顔をする。
ミリク様が僕らを貶めるためにあんな場所に宝箱を置いたって事?
「いえ、ミリクがそんなことするとは思えないわ」
これは姉さんの言葉だ。
「ベルフラウ、何故そう思うのです?」
「あの子、確かに色々やらかしてるけど、私達に殺意を向けるようなことはしてない。
あの宝箱開けたら人がどうなるかくらい予想出来るはずです」
殺意とか抜きでミリクさんのダンジョンで死に掛けてるからちょっと微妙な気もするけど……。ただ、確かに僕は一度ミリクさんに助けられている。直接会った時も僕達に高圧的な面はあれど悪意は感じなかった。……何よりレベッカの信奉する神だから、そんな疑い掛けたくもない。
「ベルフラウの言うことが正しいなら、では一体誰が……?」
「うーん、まさか宝箱が自分で動くなんてこと無いだろうし……」
「レイ様、もしかしたらそれでは?」
「えっ?勝手に動くってこと?」
いや、確かに<呪いの書>は勝手に浮いたりしてたな……。
「ちょっと怪しい気がしてきましたね、確認しますか」
エミリアがそう言うと、足元に魔法陣を描く。
「エミリア、何をするの?」
「万一反撃された時のため、防御結界を張っておきます」
「あ、それなら私も手伝うわ」
姉さんはエミリアの魔法陣の外側に少し大きな魔法円を描く。
そうして二人で防御結界を敷いて発動させる。
「それと、これも使うわ」
姉さんはそう言っていつもと違う魔法を詠唱する。
詠唱の際に足元から白い光が姉さんを包んで―――
「
姉さんの魔法が発動し、僕らも淡い光に包まれた。
「姉さん、これは?」
「恐ろしい魔法効果、例えば呪いとか即死みたいな危険な攻撃を一度防ぐ魔法。
私たちが西の森であの怪物に襲われてから急いで覚えたの」
あの時から勉強してたのか……。
「ただ、防ぐのは一回だから気を付けてね」
僕達は頷いて目の前の宝箱に向き合う。距離は結界から一〇メートルほど離れている。
「エミリア様、具体的に何をされるのですか?」
「レベッカ、まぁ見ててください――」
エミリアは詠唱を開始する。あ、この魔法は――
「
僕がそんな疑問を感じている間に、エミリアの魔法は終わった。
「確認しました。……やられましたね」
「エミリアちゃん、結局あの宝箱は何なの?」
「――<パンドラの箱>です。<呪いの書>と同じく呪われた存在、要は魔物です」
「魔物!?あの宝箱が?」
僕はギョッとして目の前の宝箱を睨む。何の変哲もない箱に見えるけど……。
「中に<呪いの書>の存在も確認できました。どうも魔物同士グルのようです」
呪いのアイテム同士がコンビ組んでるって事?冗談じゃないよ!
「そうと決まれば、あの魔物達は危険ね!」
姉さんは正面に手を伸ばして、詠唱する。
「<大浄化>を使うわ!」
通常の<浄化>の上位魔法。
そして女神にしか使えない『権能』の一つだ。
それほどの魔法を使用しなければならないほど脅威の存在という事か。
姉さんの周囲に通常の回復魔法とは違うオーラが放出される。
この魔法は詠唱時間が非常に長い。何事も無ければいいのだが。
しかし、オーラが放出されたと同時に宝箱にも変化があった。
何と、宝箱に触手のような足が生えて……取っ手の部分が開いた。
中から<呪いの書>が浮き上がり本の中身がパラパラとめくられ始める。
更に<パンドラの箱>の中から恐ろしい悪魔の顔とワニのような牙が底から這い出てきた。
「――な、何だ、アレ」「――っ!」
以前、西の森で感じたようなおぞましい殺気を感じた。
――あの魔物は脅威だ。あの時の魔物と同じくらいに――!
「レイ、レベッカ!来ますよ!」
エミリアの声で目の前の敵が何か魔法を唱えていることが分かった。
しかも、詠唱が早すぎる!殆ど無詠唱だ!
『
<パンドラの箱>から大きな炎の弾が打ち出される。
「―――!来てください!」
レベッカが咄嗟に<空間転移>で『ドラゴンシールド』を僕たちの目の前に展開して防いだ。
「た、助かったよ」
「いえ、レイ様。防御結界内なのであれくらいは防げたと思います、ただ――」
<パンドラの箱>と<呪いの書>既に次の魔法を詠唱している。
「――あれほど、魔法を連発されては結界が保てません!」
続いて、<呪いの書>が魔法を発動する。
『
<呪いの書>から小さな人魂のようなものが放出され、
レベッカの盾をすり抜け姉さんのすぐ近くまで飛んできて、結界に弾かれた。
「今のは……!?」
「結界に弾かれたようですが、おそらく人の生気を吸い取る魔法です!」
更に、<パンドラの箱>の魔法が発動する。
『
上級魔法!?いくら何でも早すぎる!
「―――っ!
エミリアの咄嗟の魔法が発動し、電撃魔法の威力が半減されたが―――
結界の周囲からガラスが割れたような音がした。
防御結界を見ると、魔法陣の外側の魔法円が綻んでしまっていた。
「――反撃を!
レベッカの重力魔法が発動するが、あまり効果が見られない。
強力な魔法ではあるが、どちらも見た目は箱と本だ。重さは殆ど無い。
「くっ!失敗しました!」
「くそ、ここは!」
僕は
「待ってください!結界を出てはいけません!」
「でも!」
「あれほどの魔法の使い手!出て行ってしまうと餌食になってしまいます!」
――っ!
確かに、魔法のレベルの桁が違い過ぎる。
このまま出て行くと無防備に魔法を食らって僕は倒されてしまうだろう。
そして、<呪いの書>があの魔法を発動する。
『
その魔法を聞いた時、あの時の光景を思い出し悪寒がした。
次の瞬間、また結界の周囲からガラスが砕けた音がした。
「結界が――!」
今の即死魔法を代わりに受けたのだろう。
ついに二重の防御結界が壊れてしまった。
そして今度は<パンドラの箱>の魔法が発動する。
『魔力強化
インフェルノ――エミリアが得意とする、最強最悪クラスの上級魔法。
通常のインフェルノと違い、前方を地獄の炎で薙ぎ払うタイプの魔法に変化している。
アークデーモンの時と同じだが、その時よりも熱量が上回る。
僕は剣に最大限の魔力を込めて全力で迎撃する。
「
エミリア達の前に出てありったけの魔力と力を込めて僕はインフェルノに立ち向かう。
「うおおおおおおお!!!!」
―――駄目だ!威力が足りない!!!
あの時よりも魔力も武器も全然強いはずなのに!
<パンドラの箱>の魔力が<アークデーモン>を大きく上回っているのだろう。
僕達はまだ知らないが、このパンドラの箱は擬態した別の魔物だ。
名を<地獄の悪魔>という。本来、僕達が太刀打ち出るレベルの相手でない。
僕は少しずつ炎に呑まれていき―――
「諦めないで!!
「
エミリアの魔法とレベッカの相殺魔法で何とか持ち直す!!
更に――
「盾よ!!」
レベッカは僕の少し前に『ドラゴンシールド』を召喚して炎の一部を防ぐ。
僕は<龍殺しの剣>を右手にそのまま前に出しながら、<魔力の剣>を左手で抜いて構える。
「
『魔力の剣』による能力で二連続で
「「「はあああああああああああああああ!!!!」」」
僕達はそこまで力を費やして、ようやくインフェルノを打ち払った。
しかし、次の瞬間――
『
魔法の対象はレベッカだった。
「あ………」
即死魔法を受けたレベッカの小さな体がふらつき――
「レベッカ―――!!!」
僕の叫びが、次の瞬間の光でかき消される。
『女神の力を以って、悪しき存在を断罪する―――――<大浄化>』
姉さんの魔法により<呪いの書>と<パンドラの箱>が光でかき消されていった。
◆
「―――終わりましたね」
気が付いたら、<呪いの書>も<パンドラの箱>もすっかり消えていた。
「ごめんなさい!相手が強すぎて時間が掛かり過ぎたわ!!」
姉さんは慌てて駆け寄ってくる。
以前戦ったロードコープスより今回の二体の方がよほど危険だったようだ。
「――そうだ、レベッカ!!」
レベッカは即死魔法を受けていたのだ!僕は周囲を見渡して――目の前にレベッカが居た。
「はい、どうされましたか?」
「うわああぁ!!」
僕は目の前にレベッカが居ると思わなくて、尻餅を付いた。
「れ、レベッカ、無事だったんだね……よかった」
「はい、ベルフラウ様の魔法のお陰で何事もありませんでした」
無理していないか、様子を見るが本当に何も問題なさそうでホッとした。
「レベッカ、大丈夫ですか!?」
「胸は痛くない!?」
「はい、ベルフラウ様のお陰で全く問題なさそうです」
レベッカの言葉を聞いて二人も胸を撫で下ろした。
「本当に良かった……」
「無事で良かったです……」
今回も誰も犠牲にならずに済んで良かったけど……。
「あんな危険な敵がこんなところに居るなんて……」
以前の顔の無い化け物ほどでは無いが途轍もない強敵だった。
この後に戦う予定の『火龍』よりも下手すると危険なのではないだろうか。
「ミリクのせいかどうかは置いといても、あの子にはお仕置きが必要ね……!」
姉さんは今回の事でミリクに対して敵愾心が沸いたらしい。
「もう宝箱にはこりごりですね……」
「本当にね……」
僕達は暫くは宝箱には近寄らないことにした。
流石にもう気力が無かったので、
◆
その日の夜、酒場にて――
夕食中、ふと気になったことをエミリアに尋ねた。
「あの時エミリアは
あの時とは、宝箱が<パンドラの箱>と気付かずに開けた時の話だ。
「わたくしも、エミリア様が魔法を使用したことは覚えております」
「そうね、私も見てたわ」
それなのに<パンドラの箱>に使用しても宝箱は青く光っていた。
<判別魔法>は危険かどうかは色で見分けることが出来る。
危険なら『赤』、安全なら『青』だ。
低レベルなら失敗する可能性もあるがエミリア並になると失敗はしない。実際ここの迷宮でエミリアは
「それなのですが、<パンドラの箱>に<存在秘匿>が掛かっていました」
「<存在秘匿>って……」
僕の<ペンダント>やエミリアの<鼓動する魔導書>に掛かっている施錠のような能力だ。
エミリアの
代わりに大半の能力が<存在秘匿>で読むことが出来なかったようだ。
「<存在秘匿>があると
「それは、何というか……」
役に立たない魔法だなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます