第860話 そして―――

『―――いや、違うぞルナ。そやつは間違いなく魔王じゃ!!』


 突然僕達以外の声が上がり、僕達はギョッして周囲を見渡した。

 しかしここには僕達以外誰も居ない。


 だが、聞き覚えのある声だ。


 女性の若い声なのに、何故かお婆ちゃんのような口調。

 そして唐突に話に割り込んできて、『魔王は本物だ』と断言する人物……。


「……もしかして、ミリク様?」


 僕は思い当たる人物の名を呼ぶ。すると、その声の返事は僕達の頭の中から聞こえてくるのが分かった。


『おお流石、儂の勇者よ! こんな唐突なタイミングで出てきてすぐに察してくれるとは、神様冥利に尽きるのぅ!! 今度、儂とデートさせてやろう!』


「結構です」 


『即答は止めよ! 神様だって傷付くんじゃぞ!!!』


 顔は見えないが若干涙目になって叫んでるのが何となくわかる。


「それより、ミリク様はこの魔王が本物だって分かるんですか?」


『うむ! なんせ儂の神様としてのセンサーが、そいつから悪の魂をビンビンに感じるからの!!』


 なんだそのセンサー。


「でも、悪の魂って……この魔王は死んだはずじゃ……」


『いや……確かに肉体は滅んでおる。だが、肝心の魔王の魂は未だに滅んでおらぬ……』


「それってどういう……」


『先程、お主らは「この魔王が以前と別物ではないか?」と議論しておったじゃろ? その見立ては合っとるぞ。何せ、魔王というものは”無数の人格が複合し混ざり合った”存在じゃからな』


「無数の人格……?」


『うむ、そうじゃ。つまりじゃの……あー、なんというか説明が難しいのじゃが………』


 突然、マイクの音量が小さくなったようにボソボソと何か言い出したミリク様。最初はミリク様の次の言葉を待っていた僕達だったけれど、段々焦れてきた。


「あの、ミリク様?」


『すまぬがレイよ……ちと面倒になってきたので説明は省くぞ!』

『省くな、阿呆が!!』


 僕達の脳内にミリク様以外の女性の声が響いた。そして、その声も聞いた覚えのある声だった。


「あ、イリスティリア様だ。やっほ~♪」


 この中では関わりの強かったサクラちゃんがお気楽な声でそう言った。


『サクラか、相変わらず神である余に対しても気安い態度で安心したぞ。……さて、ここにいる阿呆の極みのミリクに代わって、余が説明しよう』

「あ、はい。お願いします」


 イリスティリア様の説明によると、魔王という存在は様々な魂が混じり合っており、肉体が変化するたびに人格が変貌してしまうようだ。つまり僕達が最初に戦った魔王も、今この場で撃破した魔王も、その変貌した人格の一つであり、同一存在という話である。聞いてても正直サッパリだった。


「あの、つまりどういうことです?」


『端的に換言すると、”魔王”とは、闇落ちして死んでいった人間達の人格を取り込んで生まれた”怪物”である。……レイ、お主の世界で例えるのであれば”100以上の人格を持った”多重人格者”とでも表現するべき存在だ』


「100以上の人格……」


『うむ……そして、その人格全てが歪んでいる故に、行動原理も読めぬし性格も完全に破たんして存在そのものが矛盾しておる。中には一度は英雄と呼ばれた存在や偉業を成し遂げた存在も居たはずなのであるが……もはやそれらも溶け込んで完全に闇に染まっておる。だからこそ、まともな話し合いなど出来ぬのだ』


 そして、それだけ無数の存在が複合しているため、一度二度倒した程度では魔王は滅びることが無い。今まで人間と魔王は何度も戦いを繰り返していたが、魔王を完全に消滅させる方法は存在しない。


 魔王の肉体を滅ぼしても、魂が健在である以上はいつか復活してしまうらしい。イリスティリア様はそう語ってくれた。


「……じゃあ、僕達がコイツを倒したのは無駄だったんですか?」


『いや、そうではない。一度肉体を得た魔王を倒せば魔王の魂は消耗し、しばらくの間はこの世に顕現することは出来なくなる。そうさの……次に魔王が復活するのは、30年……50年……いや、それよりも後かもしれん。事実、今まで勇者が魔王を倒した後はそれくらいの期間があった』


「……」


 随分前に、この世界は何度も魔王の戦いを繰り返していると姉さんに聞いた覚えがある。


 それは魔王が事実上不死身で死ぬことが無いから寿命のある人間が魔王に対抗する為に、魔王の復活が近くなると人間の中で”勇者”という存在を選定するということだったのだ。だけどそれは、この世界の人間は、一生不死身の化け物と戦い続けるということになる。


「……魔王を本当の意味で消滅させる方法はないんですか?」


『無い。もしそんな方法があるのならば、とっくに魔王が滅んでおる』


 イリスティリア様は断言した。

 それはこの神様の言う事だから信じなければいけないことなのだろう。


「……」


『……レイよ、そう落ち込むで無い。魔王は不死身である以上、お主ら人間にはどうしようもなかったのじゃ』


「……でも」


『……そして、お前達勇者としての役割はこれにて全うした。今までよく戦い抜いたの……今は戦いの疲れを癒すと良い……』


 その言葉は決して気休めではなく、神様達にとっての僕達への最大限の称賛と労いの言葉だったのだろう。だけど、僕は……それに皆も……これで全て終わらせいいのか疑問を感じていた。


 だからこそ僕達はすぐに頷くことが出来なかったのだ。


「ミリク様、イリスティリア様、本当に魔王を消滅させることは出来ないんですか?」


 僕は再び同じ質問繰り返す。だが、今度は少し時間を置いてから二人は小さな声でこう答えた。


『う……ううむ……そう言われてしまうと……のぅ?』


『………ない、わけでもないが……』


「……あるんですか?」


『……理屈の上では……だが、魔王を消滅させる方法は、おそらく一つしか存在せぬ』


「それは?」


『魂としてこの世を彷徨っている”魔王”を全て消滅させることだ。この場合の「全て」とは魔王の中に混ざっている魂そのものを指す。だが、物理的に倒してしまえば―――見よ、死体となっている魔王を』

 イリスティリア様の言葉に、僕達は視線を下に向ける。すると魔王の死体は先程と状態が変わっていた。

 その姿が徐々に炭化していき、時間が経つとやがて砂の粒子のように砕け散って煙と共に空へと消えていった。


「これは……魔物を倒した時と同じ?」


『……その通り。魔王も結局は魔物と一緒である。

 人間に倒されてしまうと浄化の力が働いて霧散してしまう。当然、肉体が消えてしまえば我らが手を出すことは出来なくなるが、表面化しなかった魔王の魂は健在であり、長い時を得ていずれ復活を果たすことになる。ある意味、魔王の奥の手というべき能力と言えなくもないの』


『うむ、この能力……なんと名付けようか……”無限の魂”……とでもしておこうか? どうじゃ、ちょっとカッコいいじゃろう?』


『黙れ、この阿呆が』


 ピシッ!


『あいたっ!? 額にデコピンするでないわ!!』


 僕達からは分からないがイリスティリア様からデコピンを受けてミリク様が仰け反ったようだ。神様が神様に怒られているのはなんかシュールかもしれない。


『だが、これで魔王の脅威は数十年無くなったわけだがな……』


「ですけど、要するに魔王に逃げられちゃったってことじゃないですか、イリスティリア様」


 サクラちゃんがそう質問する。


『うむ、そういうことになるが……流石に肉体を持たぬ魂だけとなってしまうと、余の力を持ってしても追うことが出来ぬのでな……』


『肉体のない存在を追うというのは、我らでも不可能じゃ。魔王がまた復活するまでの間は長い年月が必要じゃろうから、その間に対策を考えるしかないのぅ……』


『お前は頭など使わんだろうが、考えるのは大体余であろう? 全く……』


「……」


『うむ……さてと、伝えることを伝えたので通信を切るぞ』


『何にせよ、これで一件落着じゃ。よくやったぞ、レイ、サクラ。それにその仲間達よ。落ち着いたらまた我らの領域を訪ねるが良い』


「あ、はい」


 そして僕達の前からミリク様とイリスティリア様の気配が消える。


「……魔王を討伐直後に、わざわざ解説までしてくるとはね……それにしても、アレがこの世界の神なのか……」


 会話に加わらずに僕達の対話を黙って聞いていたアカメは虚空を眺めてそう呟く。


「アカメは神様と話をするのは初めてだったんだよね?」


「……当然、もしレイ達と会う前に遭遇していたら、敵として戦っていたかもしれない」


「そうならなくて良かったよ……」


 もし、アカメと神様達が戦うことになっていたかもと想像するとゾッとする。


 おそらくアカメ達魔王軍が勝てる見込みは無かっただろうが、僕が知らない間に僕の妹が神様に殺されていた可能性があったなんて想像もしたくない。


「まぁ……とりあえず、皆……帰ろうか」


 僕は皆を振り返ってそう言った。


「……そうね。帰ろっか、私達の家に」


 姉さんは笑顔でそう言って僕の手を取った。こうして僕達の長い長い戦いの日々は終わりを告げたのだった。


 ◆◇◆


 それから……僕達はどうにか姉さんとノルンの力でどうにか魔王城を脱出することが出来た。


 外に出ると、魔王城の周囲には、王都の兵士達や騎士達が隊列を率いてこちらに向かってきていた。

 当然、最前列に居るのはグラン国王陛下だ。


「あ、陛下達だ」


「周囲も随分瘴気が晴れて明るくなってますし、魔王を倒した影響なんですかね」


「ふふ、では皆様、国王陛下様の元へ馳せ参じて凱旋と致しましょう」


「そうね……なんせレイ君とサクラは魔王を倒した勇者様なんだから」


「へ~、勇者様……それって良い響きですね!」


「僕とサクラちゃんが主役になっちゃってるけど、皆で倒したんだからね? っていうかあんまり目立ちたくないんだけど……」


「レイくんはもうちょっと堂々としても良いとお姉ちゃんは思うんだけどなぁ~」


「……」


 僕達が歩きながら話していると、不意にアカメが立ち止まった。


「アカメ?」


「アカメ様、どうされたのですか?」


 僕とレベッカが彼女に声を掛ける。すると、アカメはこちらに背を向けて言った。


「……私は、彼らにとっては魔王軍の憎き敵……。あなた達と一緒に居る所を見られたら色々と面倒な事になる。だから、私はここで別れる」


「あ……」


「それじゃあね……レイ……また会う機会があれば、いつか……」


 アカメはそう言いながら悪魔の翼を広げて空を飛んでいった。


「アカメ!!」


 僕は彼女の名前を叫んで彼女を追おうとするのだが、カレンさんに手を掴まれる。


「……レイ君、彼女の言う通りよ。事情を知ってる私たちならまだしも、彼女は一度は魔王軍の先兵として王都に潜り込んで陛下の命を狙ったこともある。もし彼女が騎士達に見つかってしまうと、下手をすると……」


「でも、あの子は僕の妹なんだよ!? なんで妹と一緒に居ちゃいけないんだよ!」


「レイくん、落ち着いて」


「……っ」


 姉さんにそう言われて僕は自分が動揺してた事に気付いて、一旦深呼吸をして心を落ち着ける。


「……ごめん、取り乱して……」


「……サクライくん」


「……いえ、私も貴方の彼女の関係性を知りながら、酷な事を言ってしまったわ……ごめんなさい……」


 カレンさんはそう言って僕の手を離して頭を下げる。


「……カレンさんの言ったことは正論だよ。ただ、それとは別に感情の整理が付かなくて……」


「レイくん、今は仕方ないよ。あの子とはまた会えるよ……必ずね」


「姉さん……」


「……またね、アカメちゃん」


 姉さんはそう言って小さくなっていくアカメの背中に向かって小さく手を振る。僕もそれに倣って彼女に手を振ったのだった。


 ――こうして魔王討伐の旅は終わった。


 僕と仲間達はグラン国王陛下と騎士達に祝福されながら王都へと凱旋したのだった。

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