第170話 悪戯好きの子供達

 

 ――二十九日目


「んん?」

 まだ早朝、街道が無くなり、森へと入る手前に辿り着いた時だった。

 ふと、前方に視線を向けた僕が見たものは……。


「……人?」

「え?人が倒れているの?」

「誰か怪我をしているのでしょうか」


 遠目で分かりづらいけど、確かに人が横たわっているように見える。

 僕達が急いで駆け寄ると、そこには女の子が一人寝転がっていた。


「大丈夫!?」

「……っ、……ぅ」

 声を掛けると少女は苦しそうに声を上げた。

 どうやら意識はあるようだ。しかし、変わった格好だった。

 羽のような衣装を着てて、普通の女の子にしては妙に体が小さかった。


「大丈夫!?今治すから……」

「あっ、待ってください!レイ!! その子は―――」


 エミリアの言葉も聞かず 僕はすぐに魔法回復魔法を発動させた。

 しかし、魔法を使った瞬間、違和感を覚える。

 一瞬だけ視界が歪み、目の前の女の子が違うものに見えた。


「……あれ?」

 おかしい。

 さっきまで普通に見えていたのに急にぼやけて見えるようになった。

 ……もしかして、魔力が切れてきたのかな?


「レイ、魔法を止めてください」

「え、でも……」

 僕がすぐに魔法を止めなかったからかレベッカにも静止される。


「レイ様、離れてください」

「ちょっ!?いきなりどうしたの?」

 有無を言わさず引きずられてしまう。事情が分からず困惑していると……。


「……あれ?」

 目の前に居たはずの女の子が消えていた。


「あー、やっぱりでしたか」

「どういうこと?エミリア」

「あの子、おそらく人間じゃありませんよ」

「……へ?」

 僕は驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げてしまった。


 そして、今の現象について軽く説明を受けた。


「えっと、つまり、この子は幽霊みたいなものって事?」


「大体合ってますかね。

 今のは<レーシィ>と言って、森に彷徨う妖精のような存在です。

 ああやって、人を見つけると悪戯を仕掛けてくるんですよ」


「そ、そうだったんだ……」

 確かに言われてみると、どこか現実味がないような気がする。


「知ってる人間ならまず騙されないんですけど、

 出会ったことが無い人間だと大体は引っかかってしまうんですよね」


「森で亡くなった子供が生まれ変わった存在と言われております。人に構ってほしいという子供のような思考からああした行動を取るそうです。悪意はないと思うので許してあげてほしいのですが……」


「いや、別に怒ってないよ。ちょっとビックリしたけど……」


 それにしても子供に化けた妖精か。

 少し前に少女に化けた魔物と遭遇したことがあるので複雑な心境だ。


「分かったところで、この森を通り抜けましょうか。

 また悪戯を仕掛けてくると思いますが、適当に無視すれば大丈夫ですよ」


 レベッカの言葉に従い、僕達は森の中へと足を踏み入れた。

 しばらく歩いていると、前方の茂みの奥からガサガサと音が聞こえてきた。嫌な予感を覚えながらも警戒していると、次の瞬間には無数の葉っぱと共に何かが飛び出して来た。


「きゃー!!きゃー!!!」

 きゃーきゃー騒ぎながら出てきたのは子供達だった。


「えっ?子供!?」

 この辺りは普通に魔物が出現する場所だ。遊び場にするには危険すぎる。


「君たち危ないよ!家に帰ろう?」


 と、僕はたしなめて手を取ろうとするのだが……。

 突然、目の前の子供たちはふわっと浮き上がり、何処かに飛んでいった。


「きゃーきゃー!!!あははははははは!!!!」

 僕がその光景に呆然としていると……。


「レイ様、さっき言った通り、ああして悪戯してくるのです」


「―――え?今のもレーシィなの!?」


 僕は改めて自分の周囲を見渡す。

 すると、先ほどと同じように数人の子供たちが宙に浮かんでいた。


「……これ全部?」

「はい、全部です」

 僕の問いかけに対してレベッカが答えてくれた。


「そんな馬鹿な……」

「あら、何だか可愛らしい光景ねぇ」


 姉さんは子供の姿をしたレーシィに手を振って、

 それを見たレーシィが姉さんにじゃれついている。


「えぇ……どういう事?」


「多分、あの子たちは生まれ変わって森を遊び場にしてるんでしょう。

 生前好きだったものや興味があったものを見ると反応してしまうようですね。

 この森は、そういう思念がいつまでも残り続ける場所のようです」


「そうなんだ……」

 僕達が会話をしている間、何故かレーシィは姉さんに纏わりついていた。


「え?え? なんで私の元に集まってくるの?」

 はぁ……とレベッカとエミリアがため息を吐いて言った。


「レーシィは構ってしまうと、

 その人に憑りついてしばらく離れなくなるのです。

 だから無視するのが一番なのですよ」


「お優しいレイ様やベルフラウ様にとって、レーシィは難敵やもしれませんね」

 レベッカはそう言って苦笑した。

 

 確かに、見た目無邪気そうな子供達が甘えてくると姉さんは振り払えないだろう。僕も何だかんだで冷たい態度が取れなくなる。


「でも、放っておくと可哀想じゃない?」


 姉さんの気持ちも正直分かる。

 亡くなった子供の生まれ変わりだと思うと、どうしても情が湧くのだ。


「……仕方ありません。私がなんとかします」

 そう言って、レベッカは槍を取り出した。


「ちょっ!?レベッカ、それはダメだって!!」

 僕はレベッカの凶行を止めようと身体を抑えようとするが……。


 バフッ!


 突然、レベッカの体が小爆発を起こした。


「けほっ、けほっ……!!大丈夫!?レベッカ!」

 しかし、爆発した場所には誰も居なかった。


「レイ、そっちは偽物ですよー」

「えっ!?」


 エミリアの声の方向を振り向くと、

 穏やかな笑顔をしたレベッカが立っていた。

 さっき爆発したというのに、煤の一つも付いていない。


「……え?もしかして、今のも?」

「はい、レーシィの可愛らしい悪戯でございますね」


 レベッカが微笑む。

 よく見ると、彼女の周囲には数十人の子供達が取り囲んでいた。


「うぅ……」

 思わず涙目になる。まさかこんなにも早くに罠にかかるとは……。


「レイ、落ち込まないでください。

 素直な人ほどレーシィの悪戯に引っかかりやすいだけですよ。

 ほら、ベルフラウなんて、

 さっきレーシィに誘導されて落とし穴に引っかかってますよ」


 姉さんの方を見ると、

 いつの間にか地面に空いた穴に落ちていた。 

 気付いてたなら止めてあげて欲しい。


「あ、あれ?おかしいわねぇ……。

 確か私はここを通って来たと思ったんだけど……」


 姉さんは不思議そうな顔をしながら這い上がってきた。

 ……どうやら、落ちた衝撃で記憶が飛んだようだ。


「姉さん……」

 というか、これは悪意のない悪戯なのだろうか……。


「落とし穴とか、物真似して成りすますとか子供らしいじゃないですか。少々倫理観に欠けてる所もありますけど、それを妖精に求めるのもどうかと思います」


「まぁ、そうだよね……」

 子供らしくない悪戯ばかり仕掛けてくるよりはマシかもしれない。

 ……ちょっと納得いかない部分もあるけれど……。


 その後、レーシィ達は森の奥へと去って行った。

 ちなみに、姉さんはすぐにレーシィに悪戯されたことを思いだした。


 その後、森を通り抜けている間に、レーシィは度々姿を現した。

 僕達に化けて惑わせたり女の子達のスカートを捲って、エミリアがブチギレるのを止めたり、僕の持っていた剣がいつの間にかネギになってて、剣を盗んでいったレーシィを僕は追いかけ回したりもした。

 そんな風に森の中でレーシィ達と戯れながら進んで行くと、やがて開けた場所に出た。


「……つ、疲れた……」

 僕は疲労困ぱいになりながらその場に座り込んだ。

 元気いっぱいの子供と遊ぶとこんなに疲れるなんて……。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「うん……ありがとう」

 心配してくれた少女の頭を撫でる。

 良い子だなぁ、可愛いなぁ……。


「あー!ずるーい!あたしもー!!」

 すると、他の子も集まってきて、僕は困ってしまう。


「レイ様、その子たちもレーシィですが」

「……あっ」

 僕がそう言うと、周りにいた子達が一斉に泣き出した。


「うぇぇぇぇん!!」

「ごめんね!違うんだ!別に君たちが嫌いって訳じゃなくて……」


「あーあ、すっかり憑りつかれてますねぇ……」

「レイ様には構うとダメだと何度か意見させて頂いたつもりなのですが……」


 二人に呆れられてしまったようだ。

 ダメと分かっててもこうやって寄ってくると無視できなくなる。


「でも……この子たちは、その死んでしまった子供達なのよね」

 姉さんは少し寂しそうな声でレーシィを見ながら言った。


「そうですね……肉体こそありますが幽霊に近い。

 この子供たちは、もう成長することはなく永遠に時間が止まっています」



 ……そう言われると放っておけなくなる。

 僕だって、異世界に来る前に自動車に轢かれて死んでしまっているのだ。もし、こちらに来れなかったら今のレーシィ達みたいにこの世で彷徨っていたかもしれないのだから。


「……僕が、なんとかできないかな」

 感情移入し過ぎるのが良くないのは分かるけど、どうしても気になる。

 そう言って立ち上がると、エミリアが首を横に振った。


「いいえ、無理だと思われます。

 この子達はもう生前の記憶すら忘れてしまっているのです。

 ああやって、悪戯して子供のようにじゃれつくだけの存在ですよ」


「それでも……」

 それでも、この子たちに何かしてあげたい。 



 ――そうだ、悪戯でも何でもさせてあげればいいんだ。

 僕が1日この子たちと遊んであげて、そうすれば少しは寂しさだって和らぐかもしれない。



「……三人共、先に森を出ててくれるかな」

 僕はみんなにそう告げると、エミリアとレベッカが驚いた顔をした。

 ベルフラウ姉さんは、目を伏せて諦めたような顔をしている。


「え、それは」

「レイ様……」


「大丈夫、1日……いや、半日だけでもいい。

 少しだけ、この子たちと一緒に居てあげたいんだ」


「レイ……」

「レイ様……」


 レベッカとエミリアは心配そうな表情を浮かべるが、

 二人はそれ以上何も言わなかった。


 そして、後ろから心配そうな目でレーシィ達が見ていた。


「大丈夫、ちょっとお姉ちゃん達と話をしていただけだよ。

 さぁ、時間も出来たから一緒に遊ぼう」


「「「「うん!!」」」」

 良かった……受け入れてくれたみたいだ。


「それじゃあ、ちょっとだけ時間を貰うね」

 僕は三人にそれだけ言って、レーシィ達に連れられて森の奥へ行った。

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