第937話 女神様「お見合いかしら?」

――カレンの部屋にて。


「カレンさん、居る?」


 僕達はカレンさんの部屋の前まで訪れて中に居ると思われるカレンさんに声を掛ける。すぐに返事が聞こえて部屋の鍵が開いた音がすると、直後に扉が開いてカレンさんの顔が現れる。


「レイ君? それに皆も……? 夕食の時間かしら?」


「あ、いや違うんだけど。ちょっと話が……」


「なぁに改まって? 立ち話もなんだし中に入って」


「あ、うん」


 僕は言われるがままに部屋の中へと入る。しかし、仲間達は部屋に入ろうとしないのを見てカレンさんは首を傾げる。


「どうしたの、入らないの?」


「……今回、話があるのは僕だけなんだ」

「え?」


 僕の一言に、カレンさんはキョトンとした表情を僕と皆に交互に向ける。

 姉さんは僕の目を真っすぐに見て心配そうな表情で問う。


「レイくん、言える?」


 心配するような言葉と不安げな表情をする姉さんがお母さんそっくりで表情が緩んでしまう。


 僕は緩みそうな表情を抑えて「うん」と返事をする。


「レイ、ファイトですよ」


「勇者とは勇気ある者……レイ様、ここは勇気を見せる場面でございます」


「頑張れ……お兄ちゃん」


 そしてそれを皮切りに様子を見ていた皆が僕に声を掛けてくれる。


「ありがと、皆。僕頑張るよ」


 僕はそんな仲間達に感謝して仲間達にサムズアップを向ける。


「え、本当に何なの? 今から何かあるの?」


 カレンさんは益々混乱したように僕達を見回していた。


「カレン様、レイ様が勇気を振り絞る場面でございます。是非話を聞いてあげてくださいまし」


「えっ!?」


 レベッカにそう言われて身を硬くする。


 カレンさんは緊張した表情で「仕方ないわね」と口走って小さく息を吐く。そして僕とカレンさんが部屋の奥に入っていくと、姉さんが扉を静かに閉めた。


 これで部屋の中は僕とカレンさんだけ。部屋の外の廊下には姉さん、エミリア、レベッカ、アカメが待機している状態となった。


 そして、僕とカレンさんはテーブルを挟んで向かい合わせで椅子に座る。


「……」

「……」


 が、肝心な僕が中々言い出せずに少しの間だけ無言の空気が流れる。


「(うう……どうやって切り出そう……)」


 流石に直球で「リーサさんの事お母さんって呼ばないの?」とは口に出来ない。最初はいつも通り気安い会話から入って、そこから自然な流れでリーサさんの話を始めて……。


 頭の中で上手い形で会話の組み立てをする事に集中していた僕は、目の前のカレンさんに意識を戻すのを怠った。


 そのせいで、カレンさんの表情が何故か物凄く固くなっていた事に気付かなかったのだ。


 ……そして、そのカレンが何を考えていたのかというと……。


「(まるで戦闘の前みたいに真剣な表情……一体何を言うつもりなのかしら)」


 カレンはレイがまるで戦闘を前にする緊迫した表情になっていたので、どう声を掛ければよいのか分からず混乱していた。


「(私、レイ君を怒らせるような事をした?

 そんな事は無いと思うのだけど……もしかして顔に何か付いてるとか……?

  一応、顔を出す前に少しだけ化粧直ししたはず……)」


 カレンは、自分の顔をペタペタと触りながらそんなことを考えていた。


 そんなカレンの混乱に全く気付かない僕はというと……。


「(よし! まずは雑談から入ってそれから……)」


「あの」

「ひゃいっ!!」


 僕が声を掛けると、カレンさんは声を裏返して変な返事をするのだった。


「カレンさん……どうしたの……? 声が裏返ってるけど……?」


「な、なななな、何でもないわよ? わ、私はカール伯爵の娘のカレン・フレイド・ルミナリアだもの!」


 突然貴族としての名乗りをあげるカレンさん。


 え、本当にいきなりどうしたの?よく見たら若干顔を赤らめて汗かいてるし、普段落ち着いているカレンさんにしては妙に言葉が震えてる気がする。


 もしかして具合が悪いのだろうか?そんなタイミングで話を切りだそうとした自分のタイミングの悪さに、僕は心の中で頭を抱えるのだった。


 お陰で口にしようとした言葉が頭から抜けて忘れてしまった。


「(しまったわ……レイ君が切り出そうとしてくれたのに驚いて変な声が出ちゃった……!)」


 そしてカレンもまた自分の失態に頭を抱える。そればかりかレイの真剣な態度が理由で自分に都合のよい誤解を始めてしまう。


「(もしかして、レイ君。私に愛の告白をしようとしているんじゃ……!?)」


 今更だが彼女はレイに強い好意を抱いている。そして、レイもまたカレンに憧れ以上の感情を抱いているのも事実。


 そんな二人が部屋の中で二人きり……そして片方は真剣な表情で何か大事な話をしようとしている。


 年齢的には既に大人の筈だが色恋沙汰にそこまで免疫が無いカレンが妄想を拗らせて変な誤解してしまうのも無理はなかった。


「(か、彼がそのつもりなら……わ、私も言わないと……)」


 その結果、カレンは何を血迷ったか、レイが次の言葉を放つと同時にとんでもない発言をしてしまう。


「――あの、カレンさん」

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしますっ!!!!」


 ―――その瞬間、二人の時間が凍った。


「……」

「……」


 二人が言葉を発してから五秒間の沈黙が流れる。


「あ、あれ……?」


 カレンは、自分が何か間違った事を言ったのかと首を傾げるが、レイの唖然とした表情を見てカレンの血の気が引いていく。


 そしてレイの時間が動き出し……彼は、ゆっくりと口を開く。


「……カレンさん、今、なんて……?『不束者ですがよろしく』……って言ったような……」


「……う、うん」


「その、僕はカレンさんとリーサさんの関係の事について話をしようと思ってたんだけど……」


「…………………え」


 レイの言葉を聞き、カレンは心の中で、自分がとんでもない勘違いをしていた事に気付く。


 そして先程は血の気が引いていたカレンの顔が、今度はゆでだこのように真っ赤に染まっていき―――


「……きゅう」バタリ。


 そのまま、その場にバタリと力なく倒れ込んでしまった。


「カレンさんっ!?」


 レイは慌てて駆け寄り、彼女の上半身を起こして脈を測る。しかし、特に身体に異常があるわけでもなく、彼女は恥ずかしさのあまりに気絶しただけであった。


「……とりあえずベッドに運ぼう」


 カレンの身に何が起きたかよく分からないレイだったが、彼女をこのままにしておくのはマズいと判断し、お姫様抱っこで彼女をベッドまで運ぶのだった。


「……ん」


 そしてベッドに寝かされたタイミングでカレンが意識を取り戻すのだが……。


「……」

「あ、カレンさん、目が醒めた?」


 カレンが薄目を開けてこちらを見ていることに気付いたレイは安心した表情で彼女に声を掛けるのだが……。


「……お父様、お母様……リーサ……私、ここで女になります……」

「(どういうこと!?)」


 カレンの意味不明な発言にレイが心の中で衝撃を受ける。


 その後、カレンが冷静さを取り戻してまともな会話が成立するのに五分程の時間を要することになるのだった……。


 一方、廊下で待機しているベルフラウ達は……。


「お姉ちゃんが居ないところでラブコメが始まってる気がする!」


「ベルフラウが変な事を言い始めましたよ」


「いつもの事でございますね」


「(何を言ってるんだろう、この三人。お兄ちゃん早く戻ってきて……)」


 突然コントを始めたベルフラウ、エミリア、レベッカ。

 そんな三人を見たアカメは、心の中でレイに助けを求めるのだった。

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