第412話 思い出すレイくん

 戦勝祭の最中でようやく仲間と合流できた僕達。

 僕達はベンチに座って美味しいアイスを食べながら談笑していた。


「そうだ、エミリア。ちょっとお願いがあったんだ」

「なんですか?」

「サクラちゃん、さっき賞品として貰った回復アイテムを出してくれるかな?」

「あ、はーい」

 サクラちゃんは、入手した“万能ポーション”をバッグから取り出す。


「これ、さっき腕試しでサクラちゃんが貰ったものなんだけどね」

 僕はサクラちゃんからそのアイテムを受け取り、エミリアに手渡す。


「エミリアにこれを鑑定してほしいんだ」

「ふむ……」

 エミリアは受け取ったガラス瓶の液体を眺める。話 思い出すレイくん


「レイくん、なんで鑑定してほしいの?」

 姉さんに質問されて、僕はそれに答える。


「実はこれ“万能ポーション”として目玉扱いされてたんだよ。

 景品としてはいくらなんでも高価過ぎだし、ちょっと怪しい気がして」


「万能ポーション……で、ございますか。

 エミリア様、その名前の薬品は以前にわたくしが飲ませて頂いた……」

 レベッカの言葉にエミリアは頷く。


「ええ……。まぁ、レベッカだけじゃなくて私も飲みましたけど。

 回復アイテムの中で最高峰と言われる物です。超が付くほどの高級な素材が必要で、調合難易度も最高クラスと言われてます。普通に買おうと思うなら、それこそ袋いっぱいの金貨が必要ですね」


「そんな価値があるものが、戦勝祭の催し物で配られたということですか……」

 レベッカは、興味深そうにそのエミリアの持つガラス瓶を見つめる。


「あの、エミリアさん。

 万能ポーションって万病に効く……みたいな話って本当ですか?」


 これはサクラちゃんの質問だ。

 このアイテムの持ち主だった人が、それっぽい事を言ってたけど……。

 しかし、エミリアはちょっと渋い表情をして言った。


「調合の内容によっては効果が付与される可能性は無くはないです。

 ですが、そこまで効果が跳ね上がっているなら、今私が言った十倍以上の金額になるかと思いますよ。それこそ、死者蘇生する以外なら全部治せる文字通りの『万能薬』って事になってしまいますし」

「へぇ~……」

 サクラちゃんはその答えを聞いて納得したようだ。

 つまり、普通の万能ポーションではそこまでの性能は無いということだ。


「……それで、どうなの? それって本物なの?」

 僕が聞くと、エミリアは首を横に振った。


「いえ、多分偽物でしょう」

「やっぱりか……」

 本物である可能性も少しは考えてたのだけど、

 僕は自分の勘が当たっていたことに少々ガッカリする。


「エミリアちゃん、まだ鑑定の魔法使ってないような? なんでそれが偽物だってわかるの?」


「……私も、調合の技術は持ってますからね。

 万能ポーションかどうかの判別くらい付きます。……色は似せてますが、市販のポーションをいくつか混ぜ合わせて誤魔化したのでしょう。効果も、まぁその程度って感じです」


 エミリアは「お返しします」といって、サクラちゃんにガラス瓶を返す。


「偽物かぁ、私結構頑張ったのにー」

 サクラちゃんは、がっかりした様子でガラス瓶を受け取る。


「むー、偽物だとしたら、詐欺じゃないですか! 私達自由騎士団の出番ですよ、レイさん!」

 サクラちゃんは突然そんな事を言いだす。


「え、どゆこと?」

「騎士団は困っている人を助けるのも仕事の一つですよ!

 だから、こういう詐欺行為を取り締まるのも役目だと思うんです!」

「あ、そういうことだったんだ」

 要は、王都の騎士団は警察みたいな仕事もあるわけか。


「……んー、でもあの人。

 旅先で何処かの行商人から買い取ったって話だしなぁ……。

 むしろ彼も被害者だと思う」

「でもぉ……」


「サクラちゃんの気持ちは分かるけど、王都内で解決しようとすると、あの主催者さんを捕らえて終わりって事になっちゃう。

 騙した行商人を捕まえないとちゃんとした解決にならないし、何よりあの人も可哀想だよ。今回はサクラちゃんが優勝したから他の人は被害に遭わなかったし、勘弁してあげよう?」

「むぅ」

 僕の言葉にサクラちゃんは渋々納得してくれた。


「……というか、レイくんは腕試しに出場しなかったの?」

 姉さんの素朴な疑問に僕は答える。


「一応出たよ。一回戦敗退したけど」

「え、嘘よね?」

 姉さんは僕の返答を真に受けずに聞き返される。

 嘘は付いてないけど、本当の事を言ってないのは流石にバレるか。


「……正確には、棄権したんだけど」

「どうして?」

「……戦闘経験のない普通の人ばっかりだったんだよ。下手に攻撃してあの人達を傷つけたくない」

「あ、なるほどね……」

 姉さんは苦笑しながら、僕の頭を撫でてくれた。


「レイさんは優しいですね!」

「別に、優しくなんかないよ……」

 サクラちゃんの言葉に、僕は何となく否定する。


「……でも残念。本物だったら先輩に飲ませてあげたかったのに」

「………」

「………」


 サクラちゃんの一言で、僕達は沈黙する。

 彼女が腕試しで頑張ったのは、元々カレンさんの為だったのだ。

 だからこそ、彼女の気持ちも僕達に伝わってしまう。


「……カレンさんの目を醒まさせる方法ってないのかな」

 僕は、小さな声で呟く。

 だけど、近くに居たレベッカは僕の呟きが聴こえていたようで、

 僕や仲間達に聴こえるように、自身が見聞きしたことを語る。


「お医者様の話によると、本来なら目が醒めてもおかしくない状態だそうです。しかし、彼女のマナは何故か回復せず、常に枯渇した状態でいるとか……」

「……もしかして」

 レベッカの語る内容に、何か気付いたのかエミリアは言った。


「……やはり、あの魔物が原因なのでしょうか?」

「あの魔物?」

 僕の質問に、エミリアが答える。


「カレンを戦闘不能に追い込んだ魔物です。

 レイも目撃してると思いますが、あの巨大な魔物の事ですよ」


「……あいつか」

 僕はその場に居なかったから遠目で見ただけだけど、

 あれほど巨大な魔物と戦って、死者が殆ど出なかったのは幸いだった。


「グラン陛下の話だと、あれは百年前の魔王の成れの果てだそうです」

「ま、魔王!?」

 あの巨大な魔物の正体を知らなかった僕は驚愕する。


「そんな邪悪な存在ですからね。

 もしかしたらカレンは呪いか何かを受けた可能性もあります」


「……呪い……ね。私の力で浄化出来ればいいんだけど……」

 エミリアの「呪い」という言葉に、姉さんは反応する。


「姉さん、試してみたことは?」

「回復魔法の類は全部試したけど……」

「そっか」

「魔王を倒せば呪いが解けるというシンプルな物でも無さそうですし……」

「えぇ……あの魔物は、最終的にわたくしが倒しましたが、カレン様は目を醒ましておりません」

 レベッカは、申し訳なさそうな表情で言う。


「ベルフラウなら簡単な呪いの解除は出来るんですよね?」

「うん、通常の呪いのアイテムとかの解呪とかなら出来るわ。ただ、今回の場合、 魔力の流れを阻害されているみたいだから、 そういうタイプの魔法は効果がないかもしれないのよね」


「……となると、後は直接マナを流し込むとか」

<魔力共有>シェアリングを使うのはどうでしょうか?」

「……やってみる価値はありますね。レベッカのマナが回復したら試してみましょうか」


 エミリアのその言葉に、レベッカは頷く。

 今のレベッカは、カレンさん程ではないがマナがかなり減少している。

 まだこの手段は試せないだろう。


「……えっと、ごめんなさい、私の一言で皆を気遣わせてしまって」

 サクラちゃんは僕達の会話が自分の言葉が発端だと気付いて謝る。


「良いのよ、サクラちゃん。

 カレンさんの事を心配してるのは私達も同じだから」

 姉さんの言葉に、僕達は全員頷く。


「……ありがとうございます。

 先輩は目は醒めていませんが、心臓もちゃんと動いていて呼吸もしっかりしているんです。だから、大丈夫……きっといつか目を醒まします」

 自分に言い聞かせるように、サクラちゃんは言う。


「……そうだね。カレンさんはこんなくらいでどうにかなったりしないよ」

「……ですね」

 僕の言葉に、エミリア達も同意してくれた。


「……さて、そろそろ行きましょうか。戦勝祭で美味しい料理を出すお店も多いでしょうから」

「あ、それいいですね! わたしお腹空いちゃいましたし」

 話題を変えようとした姉さんの言葉に真っ先に乗っかったのはサクラちゃんだった。


「では、何処か良い屋台を探しましょうか」

「ふふふ、美味しいものが沢山で楽しみです」

「レベッカは少し控えた方が……」

「大丈夫でございます、わたくしは太りませんので」

「ぐぬぬ……」

 エミリアとレベッカは楽しそうに話しながら歩く。


 さっきまでの雰囲気は何処へやら、彼女達は街を歩いていく。

 サクラちゃんもいつまでも落ち込んでいられないと分かっているのだろう。

 それでも彼女はまだ悩んでいる。


 ……だけど、彼女だけがその責任を負うことは無い。

 彼女が諦めない限り、僕達は絶対カレンさんを救う手段を模索する。

 だから、一人で悩んでほしくなかった。


「……」

 僕は彼女達の後を追って歩き出す。

 ……その時、ふと、何気なく思い出したことがあった。


 それは、いつかの森の中の出来事。

 森で彷徨う少年、少女達の霊であるレーシィ達と遊んだ時の事だ。


『少し前にもね、お兄ちゃんみたいに、一日中遊んでくれた人が、いたんだよ』

『その赤毛のお姉ちゃんはね、また一緒に遊ぼうって、約束してくれたの。おにいちゃんも、また来てくれる?』

『だから、約束、また無事に帰ってきて、一緒に遊ぼうね』


「赤毛の、お姉ちゃん……」

 僕はレーシィの女の子に貰った『赤い石の花飾り』を取り出す。


 この女の子が言ってた赤毛の女の子というのは、多分―――


「――――サクラちゃん!!」

 僕は、自分よりやや前を歩くサクラちゃんに呼びかけて走り出す。


「……え? レイさん?」

 サクラちゃんは突然、自分が呼ばれたことに戸惑い足を止める。


「どうしたんですか?」

「思い出したことがあって……」

 僕は、レーシィから貰った『赤い石の花飾り』をサクラちゃんに見せる。


「―――! それって……」

「……やっぱり、知ってるんだね」

 赤毛の少女という僅かな接点の情報だったけど、

 あの時に言ってた女の子はサクラちゃんだったようだ。


「この花飾りね、レーシィっていう妖精から貰ったものなんだ」


「……レイさんもあの子達と会ったんですか?」


「うん。僕が出会う前に、赤毛の女の子に遊んでもらったって言ってたから。……この花飾り、もしかして、サクラちゃんがあの子達にあげたの?」


「はい……あの子達、ずっとあの森から離れられなくて、

 可哀想で……だから、また一緒に遊ぼうって約束したんです」


「僕も同じだよ。またこの森に遊びに来るって……」


「そうだったんですか……」


「うん……だからね、サクラちゃん。次にあの森に行くなら―――」

「……」


「―――次はカレンさんも誘って一緒に行こう」

 僕の言葉を聞いて、サクラちゃんは少しだけ驚いたような表情を浮かべた後、笑顔になって答える。

「はいっ!」


 そして、僕達は約束した。

 次は僕とサクラちゃんとカレンさん、

 それに仲間みんなでレーシィ達が待つ森に遊びに行くって。

 

 ―――だからカレンお姉ちゃん、元気な姿を見せてください。

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