第300話 逆戻り
「それにしても……レイ君、戻っちゃったのね」
カレンさんは少し残念そうに言った。
「戻った?」
「あ、何でもないのよ。大丈夫」
カレンさんは慌ててかぶりを振った。
どういう意味だろう?と思ったのだけど、
「カレンはレイが女の子のままの方が嬉しかったんでしょ」
エミリアが補足を入れてくれた。
「あ、戻ったってそういう」
姉さんが納得したように呟いた。
「あ、ダメってわけじゃないの。
ただ、女の子の方が私としては抵抗なく接しやすかったから……」
カレンさんは慌てた様子で弁解する。
「本当ですかぁ? やっぱり女の子が好きだからじゃ……」
「怒るわよ? え・み・り・あ?」
「ひゃうっ!?」
カレンさんが笑顔で詰め寄ると、エミリアが尻尾を踏まれた猫みたいな声を出した。美人さんって怒っても笑顔になっても迫力出るよね。
というか、エミリアの発言に突っ込みたい自分がいる。
「……エミリアだって人の事言えないじゃん」
「……うっ」
隣にいるエミリアにだけ聞こえる程度の小さな声で僕は言った。
心当たりがあるのか、エミリアも言葉に詰まる。
「こほん……で、王宮に行ってからの話よね。
レイ君は女神様の啓示を受けた勇者だから結構特別扱いされると思うわ。例えば、王宮と王都を自由に行き来出来る権利とかも得られるし、物資が欲しいなら支援してもらえるとか好待遇なのは間違いないと思うわ。勿論、レイ君達が望むなら王都で暮らすこともできるわよ」
「ふむ、カレン様にわざわざ勇者を捜索することを命令するくらいでしょうしね」
レベッカが納得したように言った。
しかし、カレンさんは何故か顔を伏せて頭を下げた。
「……カレンさん?」
僕の声にカレンさんは少し肩を震わせて顔を上げた。
「……だけど良いことばかりでもないわ。それだけ好待遇という事は、戦略的な意味で重要視されているってことでもある」
カレンさんはそこで一旦言葉を区切る。
そして、少しだけ間を空けてから言い辛そうに語る。
「例えば、王都に魔物の群れが迫ってこようものなら真っ先に派遣されて最前線で戦うことになるでしょうし、重要な作戦には参加の義務が発生する。……つまり、命懸けで戦う事を強いられてしまうの」
カレンさんはため息を吐きながら言った。流石に、茶々を入れるような話では無かったので僕達は静かに話を聞いている。はしゃいでたアリスちゃん達も雰囲気を壊さないように黙ってしまう。
「……ここだけの話だけどね。私がもう一人の勇者を探す命令を受諾したのは、少しでもサクラの負担を減らすためでもある。あの子にはもっと平和な場所で伸び伸びと暮らしてほしかったの。勇者なんていう責務さえ負わなければ、そうなったはずなのに……」
カレンさんの静かな独白を僕達は黙って聞いていた。
そして、カレンさんは僕達に向かって頭を下げた。
「……最初に言わなくてごめん。レイ君、私は貴方に重荷を負わせてしまうつもりでここまで案内したの。怒っても断っても構わないわ」
カレンさんの謝罪に僕達は茫然とした。
別に裏切られたとか騙されたとは思っていない。僕たち自身も戦うと初めから覚悟をしてたからだ。
僕達が驚いたのは、カレンさんがここまで罪悪感を感じていたこと。
いや、真面目なカレンさんの事だ。
僕達がその心情を察せなかったことはむしろこちらに非があると思う。
だからこそ、僕は自分の気持ちをこの場で表明すべきだ。
僕は一度深呼吸を挟んで気持ちを静めてから言った。
「カレンさん、それは違う。僕は自分でここに来たいと決めてついて来たんだよ。
もし、僕が嫌だと言うのであれば最初から断っていたし、そうしなかったのは僕達の意思だと思ってほしい」
その言葉に、同じく静かに聞いていた姉さんやエミリア達も頷く。
「……レイ君」
「ほら、カレンさん。もう頭を上げて?私達も馬鹿じゃないんだから、ちゃーんと理解して付いてきてるの。だからカレンさんが謝ることなんて何もないのよ。ね、レイくん」
姉さんがこちらにウィンクして同意を求めてくる。僕達はそれに同意する。
「そうだよ、カレンさん」
「真面目ですねぇ、カレンは」
「ふふふ、それがカレン様の魅力でございますよ」
みんな口々に言う。
カレンさんはようやく顔を上げたけど、まだ少し不安げだった。
「……ありがとう」
カレンさんは一言そう言って、また俯いた。
でも、今度は先程のような暗い感じではなく、照れくさそうな感じだった。
だけど、まだちょっと表情が浮かない。
「カレンさん、まだちょっと落ち込んでる?」
「……いつ言おうか悩んでたのよ。
本当は一緒に旅立つときに言わなきゃいけないのに言いそびれちゃって……。
でも、言ったら言ったで責められるかもって思うと……」
以前にカレンさん自身が言ってたっけ。自分は心が弱いって。真面目だから自分の中で考えを出そうとして、一人で悩んでてプレッシャーが掛かっていたのだろう。
なんとか彼女を励ましてあげたいけど……。
「よし、レイ。ここはあなたの出番ですよ!」
「え?」
唐突にエミリアに名指しされ、
カレンさんを含めた全員が僕に注目がいく。
「エミリアちゃん、レイくんに何させる気?」
姉さんが困惑したで表情でエミリアに尋ねる。
「それはもう、レイの年上殺しの手腕を発揮しまして」
無茶振りにも程がある。
ていうか年上殺しって何だよ。そんな覚えないよ。
「え、えっと……カレンお姉ちゃん頑張れ!」
「………」
皆、そんな呆れた目で見ないでほしい。
「……レイの雑な励ましで、場が冷めてしまいましたね。じゃあプランBで」
「そんなプラン無いよ。てか、むしろ僕の扱いが雑だよ!」
「レイ、今日プレゼントした指輪を出してください」
「え、指輪? って、まさか……」
嫌な予感がしつつも、やたら催促されて渋々取り出す。
僕が取り出したのは、今日この街の魔道具屋で入手した逸品だ。
その名前は『身体変化の指輪』
名前の通り、この指輪を装備して呪文を唱えることで身体が変化する効果がある。
まさかこれを僕に使わせる気なのだろうか。
「えっと……エミリア、もしかして?」
「嵌めてください」
あ、これ使わないといけない流れだ。
諦めて僕は右手の人差し指に嵌める。
指に嵌めることで、一瞬指輪がピンク色に光り輝く。
「え、なになに? 何が起こるの?」
『さ、桜井君が指輪を………ま、まさか婚約指輪!?』
カエデが変な勘違いしてるけど、いつの間にかアリスとカエデがじゃれ合って遊んでた。
「カエデちゃん、桜井君って?」
『私の運命の人の名前だよ♪』
アリスちゃんとミーシャちゃんは僕の本名知らないんだっけ。
カエデの返答が意味不明すぎてアリスちゃんの頭に?マークが出てる。
「えっと、使わなきゃ駄目?」
「カレンを喜ばせるためですよ、頑張りましょう」
「?」
僕とエミリアのやり取りを聞いて、カレンさんが不思議そうにする。
「……わかったよ、もう」
僕は覚悟を決めて、指輪の効果を発動する。
「――
僕は一言、呟く。
すると、僕の身体が光り輝き始めてその輪郭が少しずつ変わっていく。
それから数秒後―――
「「「おおおっ!!!」」」
僕の身体の変化が終わった時、周囲がざわついた。
「れ、レイ君が……」
「女性に戻ってしまわれましたね……」
「レイ、可愛いです!」
「えへへ~、女の子に戻ったレイくんはやっぱり美少女ね! いや、むしろ美人かしら」
「うーん、中性的でどちらとも言えますねぇ」
みんなの感想は様々だけど、概ね好評のようだ。
好評なのが逆にダメージ食らうんだけど。
「(ていうか本当に女の子になっちゃったよ)」
実はボク自身が一番驚いていたりする。
あれだけ苦労して男に戻ったのに、もしかしてこれがあれば簡単に男に戻れたんじゃ……?
「レイ君、薬の効果が完全に解けたんじゃないの!?」
カレンさんは、ボクの変化に戸惑いつつも、
女の子化した途端にボクの傍に来て頭を撫でまわし始めた。
「え、えっとね……この指輪の効果だよ。
なんか、これを使うと短時間だけ性別が変わるんだって」
<身体変化の指輪>は一時間程度のみ、性別を変化させる特殊な魔道具だ。
以前のボクが飲んだ薬のように精神まで侵食されるようなものではなく、効果時間も短いためお遊びのようなアイテムらしい。
それでも、魔道具屋さんが渾身を込めて作りだした力作なんだとか。
流石に使用制限があり六時間は置かないと再度使用は出来ない。
「あの魔道具屋の人がね……相変わらず変なもの作ってるのね」
カレンさんは呆れながら今度はボクの身体に後ろから抱きついた。人形を抱きかかえる子供みたいで可愛いけど、流石に恥ずかしい……。
「か、カレンお姉ちゃん」
「んー、折角だしもう少し抱きしめさせて……」
まさかこんなに喜んでくれるとは……。
「喜んでもらえてよかったですね、レイ」
「喜んでくれないと性別変わり損だからね……」
何にせよ、カレンさんが元気を出してくれて良かった。
結局、その日は身体変化の指輪の効果が解けるまでカレンさんが離してくれなくて、その後は色々雑談をしてから解散となった。
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