第29話 偶然
――三日後の朝、冒険者食堂
「今日からゴブリン討伐に行きますよ!」
食べてる最中にエミリアが大声で言った。
横でレベッカがびっくりしてせき込んでるから待ってあげて。
「レベッカ、大丈夫?」
僕はレベッカに水を渡してあげて背中をさする。
「は、はい、大丈夫です、急だったので驚いてしまっただけで…」
体が小さいからレベッカは食べ終わるのが大体いつも遅いのだ。
「ゴブリン討伐っていうけど今は危なくない?」
先日もカシムさんが召喚士と鉢合わせして酷い目に遭ったばかりだ。
攻撃魔法を使う上にゴブリンの上位種も召喚するという。今の僕たちで太刀打ちできるか怪しい。
「確かに強敵ですが、それなりの対策をしましたし、
何よりそのせいで蓄えが減ったので稼がないと不味いんですよ…」
エミリアは少し前に一日で金貨十五枚ほど使った。日本円で換算すると約四十五万円だ。
対して僕も金貨六枚で約十八万使っている。
「レベッカもちょっと懐が怪しいですので、エミリアさまの気持ちも分かります」
内心では僕も結構不味い状態だ。以前に報奨金が出たとはいえ昨日で半分以上使っている。
手持ちの財産ではあと二週間何もしないでいると枯渇する。
ゴブリン騒動が収まるのを待っていたのだが、そろそろ限界に近い。
「姉さんはどう思う?」
「わ、私もちょっと昨日無理しちゃったから…」
全員金欠だった。これはもう腹を括るしかないか。
――冒険者ギルドにて
「ところで皆さん、この依頼は見ました?」
何だ?と思い覗きこむと召喚士討伐の依頼だ。確か報酬は金貨六十枚。
「ゴブリン討伐1回で金貨二枚とか考えると実に三十倍、
しかも家を貸してもらえるとなれば争奪戦になるでしょうね」
今このタイミングで言うってことはエミリアも狙っているのだろう。
「私たちも――」
「あ、僕依頼受けてくるから!」といって強引に会話を中断して受付に行く。
装備を整えたと言っても僕たちの実力が上がったわけじゃない。
出会わないに越したことはない。
「ご依頼ですか?」
「はい、ゴブリン討伐です」
今の時間、いつものミライさんはいなかったので違う人に受理してもらった。
「他の皆さんのように召喚士の方は狙わないのですか?」
「いやいや、僕たちは新人なので…」
「……」
何か言ってよ。
◆
ゴブリン討伐の道中での話
「レイは自分の家が欲しくないのですか?」
ギルドで話を中断させたことをエミリアはまだ怒っているらしい。
「そりゃ今の宿だと不便だしお金が掛かるけどさ、勝てるとは思えないし」
「私も絶対の自信があるわけではないですが、冒険者やってる以上多少の危険は付き物です」
「だからって進んで危険なことはしたくないよ」
「レイだって、わざわざ専用の対策のアイテム買っていたじゃないですか!」
あれは万一の対策だし、実際に使う気はない。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」と姉さんが僕たちを仲裁する。
「今日はお弁当を用意してあるから、仕事がおわったらみんなで食べましょうねー」
それはそれで緊張感が無さ過ぎると思う。
話していたら目的の場所に到着した。
今回ゴブリンは昔木こりが住んでいた家の傍の狭い洞穴を根城にしているらしい。
「一応、言っておきますが、私は今『鼓動する魔導書』は使用できません」
「前も言ってた気がするけど、理由を聞いてなかったね」
「以前、集落を全力で使ってしまった反動です。
そのせいで私の力が弱くなっていますが、まぁゴブリンくらいなら問題ないと思います」
そういうフラグ立ては止めてほしいんだけど。
「
いつも通り、最初にエミリアが敵の位置と数を把握する。
「索敵完了、家の周りに見張りと思われる反応が1体、洞穴に六体」
家の周りか、それならここから目視できるだろうか?
「見張りでございますか、こちらに既に気付かれているという事は?」
「今の所動きはなさそうですが…」
なるほど、それなら安全策が取れるかもしれない。
今回の作戦はスムーズに決まった。
最初にレベッカに遠距離から狙撃してもらい、速やかに洞穴のゴブリンを殲滅する。
「レベッカ、ここから届く?」
木の傍に隠れて僕たちは一旦待機する。
ここから距離にして約300mくらいだろうか、射程ギリギリの距離だ。
「問題ありません、レイさま」
そういってレベッカは集中して家の周囲を見渡す。
レベッカの持つ技能に『鷹の目』というものがある。
これが視力が向上し遠くを見渡せるという弓使いにとって必須の技能だ。
これにより視野が広がり射程を大きく伸びる。
『―――きてください』
レベッカが言葉を発すると、その手には大きな洋弓と銀の矢が握られていた。
そしてレベッカは左手で弓を支え、右手に矢を番える。
「
レベッカは弓を構えた状態で、矢に補助魔法を付与する。
効果は名前通り射程を伸ばす魔法だ。
レベッカが左手を離すと、風を切る音がした。
「………見張りを撃破しました。
エミリアさま、他の敵に動きはありますか?」
「…大丈夫です、洞穴から出た様子はありません」
索敵の魔法を維持したまま待機しているエミリアは答える。
僕たちは素早く次の行動に移る。
「ここには既に人は住んでいないはずです、人質などは考えなくていいでしょう」
「うん、わかった」
僕たち4人はなるべく音を立てないように洞穴の少し手前の草むらまで来た。
「じゃあ姉さん、ここらへんで…」
「うん、任せて」
気付かないように声を伏せて話す。姉さんは自分たちの周囲に白い粉で円陣を描く。
僕は洞穴のすぐそばまで駆け寄り、
「……
出来る限り小さい声で初歩魔法を発動、持っていた草の束に火を付ける。
それを洞穴に投げ入れ姉さんの傍まで足音を消して逃げる。同時にエミリアは魔法の詠唱を始めた。
すると洞穴内に煙が焚かれ、煙を吸ったゴブリン達はむせながら洞穴から出てきた。
ゴブリン達は何が起こったのか分からず、まともに呼吸が出来ないのかこちらに気付いていない。
昨日採取したケムリ草だ。
これに火を付けると煙が発生して煙幕として使うことが出来る。
「
エミリアの魔法が発動する。
洞窟から出てきたゴブリンは炎に焼かれ洞窟内に立ち込めた煙によって誘爆を起こす。
僕たちも危ないので少し距離を取って、念のため姉さんの<防御結界>で今は守られている。
30分後、僕とエミリアは周囲の炎を<初級氷魔法>で消しながら洞窟に近寄る。
「………どうですか?」
「…………大丈夫、洞穴から出たのと合わせて六体いるよ」
中のゴブリンは全員黒焦げになって倒れていた。
一応の確認のために、ゴブリンの姿を見比べてみた。
どれも子供くらいの大きさで、少なくとも召喚士ではないようだ。
「これで索敵できた数は全員倒せましたね」
「うん」
僕たちが確認したところで姉さんとレベッカも洞穴も確認しに来たようだ。
「どうでしたか?」
「うん、大丈夫、全員倒せたよ」
「それじゃあこれで今回の依頼は終了ってことね」
全員が確認し終えたところで洞穴の外に出る。
「それじゃあ今日の依頼はこれで終わりかな」
「そうですね、明日もまたゴブリン討伐の依頼を受けるつもりですが」
「やっぱりまだ狙ってるんだね、エミリア…」
僕たちもお金がないからやるしかないのが悲しいところだ。
「まぁいいや、それじゃあ―――」
「帰ろうか」と言いかけたのだが、何者かの気配を感じた。
「………レイさま」
レベッカも気配に気付いたみたいだ。
「……エミリア、この家には人は住んでいないんだよね?」
「ええ、そのはずです……」
僕は声を小さくしてエミリアに伝える。
「(誰かいる気配がする、索敵を使ってみてほしい)」
「………!分かりました」
「
エミリアの魔法が発動する。僕の『心眼』が正しければおそらく家の中に誰かいる筈だ。
「……レイくん、もしかして」
「うん、誰かいるみたい」
「……おそらく家の中かと」
普通の人ならば問題ないけど、ゴブリンが居ること分かってて戻ってくるとは思えない。
そうなると考えられるのは―――
「索敵完了――居ますね」
索敵と同時に僕たちは戦闘態勢を取る。
同時に念のため、先ほどの防御結界に移動しておく。
「…エミリアさま、レイさま、ベルフラウさま。
何かあった時の為に即撤退できるように合図を決めておきましょう…」
レベッカの考えに同意する。
「分かった」
「そうですね」
「じゃあ……合図は…」
僕たちは小声で相談して『合図』を決めておく。
「一応聞いておくけど、召喚士以外の可能性はあるかな」
「流石に今家の人が帰ってくるのは不自然でしょう、状況的に召喚士でしょうね…」
どうする?この状況、相手がこちらに気付いてる可能性が高い。
「奴が出てきたときに私が時間を稼いでおきます…その間に……」
僕たちが話していると、家の扉が開いた。
「!!…お願いしますよ!」
僕はエミリアに無言で頷いて出てきた相手に向き直る。
『……またお前たちか』
「やっぱり……!」
姿を見せたのはあの時のゴブリンの顔、ゴブリン召喚士だった。
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